3話 柳沢①

 7人の車座が出来ると、隣に腰を下ろした目の細い筋肉質な男から缶コーヒーを渡された。

 最初に俺を排除しようとした例の男だ。

 だが缶コーヒーを渡す彼の手付きからは、もう俺に対する敵意は感じられなかった。ここでも爺さんの人徳が大きかったのか、単にこの男の切り替えが早かったのかは分からない。

 渡された缶コーヒーを見て「結局缶コーヒーだったんかい!」という気持ちはしたが、予想していた格安コーヒーではなく、最大手のメーカーのちゃんとしたものだったことに俺は多少の安堵感を覚えた。

 プルタブを開けたところで、皆が軽く缶を頭の辺りに捧げて乾杯のポーズを取ったので、慌てて俺もそれに倣う。「乾杯!」の声もグラス(この場合は缶だが)を合わせる儀式もないのが、ここでの流儀なのだろう。すぐに皆むさぼるようにコーヒーをすすりだした。当然俺もそれに倣う。

(……甘い!)

 元々缶コーヒーをあまり飲まなかったこともあってか、俺にとっては衝撃的な甘さだった。もちろん普段の食事に甘味が全く無いことがその衝撃の一番の要因ではあるだろうが。


「さて、最初はだれからいくかの?」

 一息ついたところで爺さんが座を見渡した。

「……じゃあ、俺から……」

 一人の男がおずおずと口を開いた。

 どう見ても風采の上がらない男だった。男としてはやや低身長の体躯たいくは、手足が細く腹だけが別の生き物のように不気味に飛び出ている。丸顔に押し込まれた眼鏡が顔の肉に食い込み、歪んだ口元からは、にちゃぁ、と効果音が付いてきそうだ。おまけに話し方もぼそぼそと陰気なものだった。第一印象だけで圧倒的な不快感を与える類稀たぐいまれな才能を持った男だ。

「ふぉふぉ、柳沢さんか。ええじゃろ、皆も久しぶりに柳沢さんの話が聞きたかろうて」

 爺さんがそう告げると、柳沢と呼ばれたその男は軽く舌なめずりをすると、にやりと笑い話し始めた。

「じゃあ、始めさせてもらいますわ。……ところで新入りさん」

「……え?俺?」

 いきなりこの気持ち悪い男に話しかけられるとは思ってもみなかったので、俺はとても驚いたし、いい気はしなかった。話しかけてきたのが存在するだけで不快感を与えるこの男だったから尚更なおさらだ。

 周りを見ると、そんな俺の反応も含めて楽しんでいるようだった。

(……なんだコイツら?)

 当然それが余計に苛立たせもしたが、まあその程度でキレるほど俺も子供ではない。明らかな敵意に対しては闘わなければならないが、何しろコイツらも退屈で死にそうなのだ。新入りとしてコイツらの楽しみの材料となることくらいは許してやっていい。

「……あんた好きなAVはあるかい?」

 たっぷりと勿体もったいつけて投げかけられた問いは……あまりな内容だった。



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