5話 柳沢③


「……なあ、一体アンタは何者なんだ?」

 改めて問い直した俺に対して、柳沢は自嘲気味に笑って答えた。

「は、俺は単なるAV好きさ」

「AV好きって……ほとんどの男はAV好きなんじゃないのか?アンタとは違うのか?」

 何気なく言った俺の一言が、またしてもこの男のどこかに火をつけたようだった。

「違う。ほとんどの男は単にオナニーのためにAVを利用しているだけだ。そんなヤツらのことをAV好きとは言わない」

 きっぱりと言い切った柳沢の真意を、俺は計りかねた。

「ふぉふぉ、せっかくの機会じゃ柳沢さん。……新入りさんに少しだけ語ってやってはどうじゃ?お前さんも、新入りさんのことが嫌いではなかろうて?」


 横槍を入れてきた爺さんの言葉に驚いたのは俺の方だった。……この不気味で陰気な男が俺のことを気に入っている?改めて言葉にすると、寒気で震えが止まらなくなりそうだった。

「……しゃあねえな。仙人がそう言うなら、少し話してみるか」

(え?俺はあんたの話、聞きたいなんて一言も言ってないけど?)

 と内心でツッコミを入れてはみたが、正直なところ、この男が何を語るのか、既に興味を掻き立てられているのは事実だった。

 この男の口からならどんな下世話な話が出てきても驚きはしないのは、醜い風采がかえって好都合になるレアなケースだろう。


「なあアンタ……最初に俺の顔と身体を見た時どう思った?」

 柳沢の問いかけに俺は流石にドキリとした。

「いや、別に何も……」

「いや、良いんだ……この場は正直に言ってくれ」

 柳沢の言葉があまりに率直なものだったので、俺は爺さんの方をチラッと見て確認した。

 爺さんはいつもの微笑みを浮かべ、俺に向かって軽くうなずいた。正直に答えてやることがこの場では正しい、ということなのだろう。

 仕方なく俺はその空気に従う。

「……そうだな、いかにもうだつの上がらない風貌。粘着質で陰険な性格がそのまま顔に出ているよな。細い手足と醜く出た腹は、身体を鍛えるなど考えたこともない自分に甘いことの証拠……いやこれだけムショ暮らしが長くなってもその体型をしているってことは体質的なもの、つまり遺伝子的に女にモテない生まれつきの負け組……ってとこかな」

「テメェ!いい加減にしろや!」

 さらっと答えた俺にドスの利いた声で脅してきたのは、例の筋肉ダルマみたいな男だった。

 ……いや、そういう空気だったから俺もそう言っただけで、何も彼を不当に傷付けようと思った訳ではないんだが……。

「……良いんですよ、長田さん」

 柳沢が筋肉ダルマ男に向かって務めて明るく言った。そうか、この筋肉ダルマは長田というのか。

「……新入りさん、なかなか痛烈に言ってくれたが大丈夫だ。今日は特別な日だしな。それに……ほぼあんたの言う通りの男だよ、俺は」

 柳沢は少しばかり表情を歪めていたが、平静を装って俺に笑いかけた。

「……あんたの言う通り、俺は子供の頃からこんな見た目でな、女だけでなく男からも嫌われる人間だった。誰からも避けられていることが染みついてしまい、たまに純粋に俺に興味を持って接してきてくれた人間とも打ち解けられないという悪循環だった」

「ああ、まあそんな感じだな」

 俺の相槌はまたしても隣にいた筋肉ダルマ長田を苛立たせたようだが、当の柳沢本人がさしてそれに腹を立ててはいない様子なので、話を遮るわけにはいかないようだった。


「だけど、幸か不幸か……まあ不幸なんだろうが性欲は人一倍強かったんだ。だけど俺は実際の女には縁のない人間だってことを早々に悟った。高校生の頃にはもう女と付き合うことを諦めていたさ」

「ずいぶん早いな!何もそこまで悲観的にならなくても……」

 高校生の頃に自分の人生を達観して女と付き合うことを諦めるなんて、普通に考えればお笑い草も良いとこだが、目の前の柳沢の表情にはそれだけの説得力があった。

 フォローするような俺の一言が本人にどう映ったのか分からないが、再び醜い口元を歪め自嘲気味に彼は笑った。

「これで勉強が出来るなり、仕事が出来るなりすればまだ見込みはあったんだが……残念ながら俺は見た目通りの男でどっちもからっきしだった。……だから俺は早々に自分を諦めたのさ」

 柳沢の表情は汚いニヤケ顔のままだった。

 言葉通りの自嘲の気持ちは当然含まれているだろうが、俺には色んな感情の混じった複雑な表情に見えた。その境地に至るまでに彼は一体どれだけの絶望を経てきたのだろうか?



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