第二章、その3

 敷島最大の駅である敷島電鉄敷島駅に到着して電車を降りると、市営地下鉄に乗り換えてウォーターフロントに到着する。

 夏帆が前世の記憶を思い出した港湾エリアもここに含まれており、あちこちの柱や壁にはアマテラスオープンフェスティバルの告知ポスターが目立つ。

 改札を抜けると吹き抜けにある長いエスカレーターに乗って地上に上がる、そこは日曜日を楽しむ大勢の人々で賑わう複合商業施設だった。

 夏帆は前世の記憶からみて横浜みなとみらいの東急スクエアみたいな所だと思いながら見回す、ここを運営してるのは敷島電鉄グループの傘下企業だという。

 蒸し暑い外に出るとビルの隙間から宇宙に向かって伸びる軌道エレベーターアマテラスがぼんやりと見える。

 向かう先は高さ三四三メートルの敷島で一番高いワールドトレードセンタービルの根本にある五層吹き抜けの複合商業施設で、その中にあるリーズナブルなファミリーレストランに入る。

 夏帆は凪沙、ミミナと四人席に座って注文。

 夏帆は豚の生姜焼き定食を注文してやがて料理が来ると、隣の四人席でランチのペペロンチーノを食べてる香奈枝が提案する。

「ねぇねぇ食べ終わったらさ、ここの展望台に行こうよ!」

 チキングリルを食べてる喜代彦がビクッと青褪めながら笑顔で誤魔化す。

「展望台って……ワールドトレードセンタービルに?」

「あれれ~もしかして山森君高い所怖いの~?」

 隣の席で鯖の塩焼き定食を食べてる凪沙はニヤけながら聞くと、唐揚げ定食(ご飯大盛に唐揚げ増し)を食べてる優が愛らしく微笑んで頷いて暴露する。

「うん、喜代彦君って実は弱点だらけなんだ。この前のように魚嫌いだし、高所恐怖症だし、嫌いな野菜も多いんだ。あとそれから――」

「優! それ以上言わなくていいから!」

 喜代彦は泣きそうな声で慌てふためきながら優の口を塞ぐ、確かに喜代彦だけチキングリルのメニューの一部であるブロッコリーと人参に手をつけた痕跡もない、香奈枝が黒い微笑みでウィンクして暴露する。

「そうそう、喜代彦ったら成績優秀でスポーツ万能、おまけに文句無しのイケメンなのに弱点だらけなのよ。嫌いな食べ物だけでも人参、ピーマン、ブロッコリー、玉葱……数えたらキリがないわよ!」

 残念なイケメンってのは彼のことね、夏帆はそう思いながら味噌汁を啜ると向かいで雑炊を食べていたミミナがキッとした眼差しで睨み、凛とした声になる。

「山森君、食べ残しや好き嫌いはいけません! お祖父様話してたわ、曾お祖父様や曾お祖母様は先の戦争で多くの人々が飢えに苦しめられたって! だから……人参とブロッコリー、ちゃんと食べなさい!」

 先の戦争とは東亜大戦のことだろう凛々しくもドスの利いたミミナの声、夏帆は思わずお母さんみたいでかっこいいと思ってると、凪沙はニヤけながら耳打ちする。

「ミミナは大人しいけど芯は強いし、結構厳しいからね」

「う……うん、気を付けるわ」

 夏帆は頷く、睨まれた喜代彦は「ひぃっ!」と怯えて背筋をピンと真っ直ぐにした。

 結局喜代彦はブロッコリーと人参を鼻を摘まんで涙目になって食べた。


 ランチを食べ終えるとワールドトレードセンタービル展望台のチケットを買い、エレベーターに乗って展望台に上がる。

 凪沙と香奈枝は足早にエレベーターを降りてガラス張りの窓に張り付き、夏帆はミミナと一緒に後に続いてその後ろに喜代彦を気遣いながら優がついてくる。

 向かう先は軌道エレベーターアマテラスが見える方向だ。

「来るの久し振りだね、今日は天気いいからアマテラスもよく見える!」

 凪沙は早速設置されてる双眼鏡にコインを入れ、覗きながらアマテラスの方向に向けて上に向けると「おおっ!」と短い歓声を上げ、香奈枝が興味津々で訊く。

「何か見えたの?」

「うん! 一瞬だけど運搬機リニアクライマーが降りて入ってくのが見えたわ!」

 凪沙は香奈枝の方を向いて瞳を輝かせる、夏帆はここにもアマテラスオープンフェスティバルの告知ポスターあるんだと思いながら疑問を口にする。

「あれ? オープンはまだなのにもう動いてるの?」

「うん、今は運用試験の真っ最中で実際に宇宙飛行士を乗せたり、一般向けの開業はまだなの。根本のアースポートシティにあるホテルや水族館、ショッピングモールの方はオープンしてるけどね……開業式典にはお祖父様もテープカットしてスピーチもするの」

 ミミナは敬愛の眼差しで話す。


 お祖父様も、最初は軌道エレベーターを作るなんて……不可能だと思ってたの。

 だけど軌道エレベーターに全てをかけ、人類の未来を切り開こうとする人たちの夢や、情熱に感動してお祖父様もその一員に加わって、いつも言ってたわ。

宇宙ソラと海を繋ぐもの……それは、人と人との繋がりだって。

 お祖父様は建設資金の出資は勿論、人脈を駆使して世界中の企業や研究機関、グループ企業、ホテルやマンション、デパートを建てた建設会社にも声をかけて宇宙への足掛かりとして菊水島きくすいじまのマスドライバーや敷島湾のアースポートシティ、それを繋ぐ海底トンネルや吊り橋の建設にも貢献したの。

 でもお祖父様は決して驕ることなく自分の力ではなく、一人一人の小さな力と繋がりだって話してたの。


 ミミナの話す言葉一語一句に込められた思い、彼女の表情は祖父への敬愛に満ちていた。

 すると後ろで聞いていた優が温かい笑みを見せる。

「潮海さん、お祖父さんのこと凄く尊敬してるんだね」

 そう言われてミミナは誇らしげに胸を張る。

「勿論! 私の大好きなお祖父様だから! 水無月君もそういう人いるの?」

「……うん、父さん……凄く厳しいけどそれ以上に優しいんだ、滅多に帰ってこないけどね」

 優の言葉と眼差しはどこか寂しさを秘めていて、お父さんと上手く行ってないのかな?

 そう思ってると同じように敏感に察して、複雑な表情を見せた香奈枝が朗らかに微笑んで優に頼む。

「優、写真撮ってくれない? 喜代彦がビビってあの通りだからお願いしていい?」

 香奈枝の指す視線の先には、喜代彦が展望台の出口付近で立ったまま震えながら「早く戻ってきて」と涙目で訴えて待っている。

 そんなに高い所怖いんだと夏帆は同情すると、優は寂しさを押し殺したような笑みになる。

「うん、いいよ」

「サンキュー悪いね」

 香奈枝はスマホを取り出してカメラモードを起動して優に渡すと、凪沙が日焼けした左腕を夏帆の背中に回して右隣に立つ。

「ほらほら夏帆は真ん中!」

「えっ?」

 夏帆が戸惑うと左隣のミミナが優しく背中を押すような口調になる。

「内地の友達……美由ちゃんと妙子ちゃんに『私は元気だよ』って伝えよう」

「う、うん……後で送ってみる」

 夏帆は頷くとカメラ目線になって安心させるように温かく微笑み、シャッターが押されると香奈枝が確認する。

「うん、OKよ。それじゃあ送るね」

 香奈枝が送ってきた写真を受け取ると、夏帆はドキドキさせながらスマホのLINEでメッセージや顔文字に絵文字、スタンプを添えて送った。

『美由ちゃん、妙ちゃん、元気にしてる? 私は元気だよ、新しい友達ができたわ』

 敷島ワールドトレードセンターの展望台を楽しんだ後、エレベーターに乗って地上に降りて出ると喜代彦はようやく安堵して外に出ると暫く歩く、左手には大観覧車があってやっぱり前世の横浜みなとみらいに似ていた。


 途中で喜代彦と夏帆たち女子メンバーは動く歩道を利用したが優だけは利用せずに歩き、ロープウェイ乗り場がある駅前に着くと喜代彦が恐る恐る訊いた。

「ねぇ……まさかロープウェイには乗らないよね?」

「ええ乗るに決まってるじゃん! いっぱい写真撮ってSNSにアップしたいし!」

 香奈枝は喜代彦の高所恐怖症なんざどこ吹く風と言わんばかりにスマホを取り出して見せつけると、喜代彦は立ったまま力が抜けて口から魂が漏れ出てきそうだった。

 ロープウェイの定員は八人乗りで全員一緒に乗ると、ひんやりとエアコンが利いてて涼しく、みんな楽しそうに大声でお喋りしたり密着して自撮りしたりしていた。

 三密でマスクせずに大声で喋る。こんなの前世でSNSに上げてたら大問題ね、そう考えてると凪沙がみんなに訊いた。

「ところでさ、臨海学校の選択授業何にする? あたしはダイビングにするわ!」

「俺は……船釣りかな?」

 喜代彦が言うと香奈枝がニヤリと嫌な笑みを見せる。

「そうだよね喜代彦って――」

「言うな香奈枝! 絶っ対に言うなよ!」

 喜代彦は慌てふためいて必死に止めると、優は無邪気な笑みで然り気無く訊いた。

「喜代彦君、何を言うなって?」

「俺がカナヅチ! つまり泳げないってことだよ!! ――あっ……」

 喜代彦は青褪めた表情になって空気と一緒に固まり、夏帆は思わず愉快だとクスクスと笑う。

「山森君自分で言っちゃったよ……臨海学校の選択授業って何があるのかな?」

「色々あるわ、船釣りに乗馬にダイビング、シュノーケリング、カヤックにサーフィン、パラーセリングもあるからどれにしようか迷うくらいよ」

 ミミナの言う通りどれにしようか迷う、もはや授業という名のアクティビティねと思うと前世ではこんなことなかったことをふと思い出す。

 修学旅行や文化祭、体育祭等の学校行事も軒並み中止あるいは縮小、夏休みはリモート夏期講習で任意という名の強制参加で楽しいことなんて一つもなかった。

 すると表情に出てしまったのか、凪沙が覗き込んで訊いた。

「夏帆、どうしたの? 何か辛いことでも思い出したの?」

「えっ? うん……そうかもしれないね」

 夏帆は頷いて後悔し始める。もしもっと早く前世のことを思い出していたら、美由ちゃんや妙ちゃんとの繋がりを深めていたのかもしれない――いいえ、思い出さなくても深めるべきだった。

 すると凪沙が元気付けるように夏帆の背中をポンポンと叩く。

「それならさ、これからは楽しい思い出で上書きしちゃおう!」

「……うん!」

 夏帆は満面の笑みで頷く、そうだ。大切なのはこれからだ、そう思ってると凪沙はニッコリ笑顔で勧誘してきた。

「というわけで臨海学校の選択授業はダイビングね!」

「ええっ!? で、でも怖くない? サメとかいない?」

 夏帆は困惑してると凪沙がサラリと無邪気な笑みで言う。

「いっぱいいるよ! ツマグロとかの小さなサメもいるし比較的大人しいシロワニに、時々オオメジロザメやイタチザメは勿論、極稀にホホジロザメだって現れるんだ」

 夏帆は思わず鳥肌が立つ、その「極稀」に出くわしたらと思うと背筋が凍りそうにしてると優が安心させようとフォローする。

「大丈夫だよ草薙さん。大抵のサメはこっちからちょっかい出さない限り襲って来ないし、それに万が一ダイビング中にサメと会っても向こうから離れていくから」 

「そうそう、それにサメに出くわしても慌てずに刺激しないことよ! だからさ、臨海学校では一緒に潜ろう!」

 凪沙も瞳を輝かせて誘ってくる、その表情と輝きが妙ちゃんと重なって見えた。

「うん……じゃあダイビングにするわ」

 夏帆は流される形になってしまったけど、やってみる価値はあると頷く。

「決まりだねミミナ!」

「うん、臨海学校楽しみだね……あっ、でも私はもう乗馬に決めちゃったから」

 ミミナはちょっと申し訳なさそうに言うと、凪沙は「ええーっ!?」と嘆く。

 ああ美由ちゃんと妙ちゃんもこんな表情を見せていたなと内地と繋がってる南国の空を見上げた。

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