第二章、その2

 日曜日の朝、夏帆は白いワンピースに着替えて水色の上着を羽織り、帽子であるキャプリーヌを被り、私物が入ったショルダーバッグを肩にかけると部屋を出る、今日は敷島ウォーターフロントでみんなと遊ぶ予定だ。

 休日にみんなと出掛けるなんて前世では体験できなかったものだ。

 なんか青春アニメみたい! 夏帆はルンルン気分で階段を駆け降りる。

「あら、お出掛け? 遊びに行くの?」

 玄関に行くと母親と鉢合わせして夏帆は思わずギョッ、と身構えるのは前世の記憶からだろう、休日は「不要不急の外出しないで!」「自粛しなさい!」「感染したらどうするの!?」と看護師の母親からヒステリックに言われていたからだ。

「うん……友達と街に遊びに行こうって」

 夏帆は前世の記憶のせいで思わず目を逸らして後ろめたい口調になると、母親は微笑む。

「なに気まずそうに言ってるの? 楽しんできなさい」

「うん、ありがとう。行ってきます!」

 そうだ、この世界はそんなこと気にしなくていいんだと夏帆は改めて実感してミュールを履いて引戸を開けて外に出る。

「おはようございます」

「おはよう夏帆ちゃん、行ってらっしゃい」

 近所のお婆さんとすれ違って挨拶を交わしながら山海駅に到着すると、壁には軌道エレベーターアマテラスオープンフェスティバルの告知ポスターが張られていた。

 山海駅のホームで凪沙やミミナと合流する。

「おはよう凪沙ちゃん、ミミナちゃん!」

「おはよう夏帆!」

 凪沙はキャップを被り、ピンクのシャツを着て青いホットパンツやスポーツサンダルを履いていて、活発でボーイッシュな感じだった。

「夏帆ちゃんおはよう」

 ミミナの方は可愛らしいカンカン帽を被り、水色のノースリーブのトップスに白いロングスカートを履いており、まさにいい所のお嬢様と言っていいものだった。

 すぐに電車が来ると中でお喋りしながら終点の南敷島中央駅で降りると、優、喜代彦、香奈枝の三人と合流した。

「おっはよう! みんな!」

 香奈枝はサンバイザーを被り、両腕にブレスレットを着け、水色のチューブトップに青いデニムのトップスを着て白のハーフパンツにスニーカーを履いていた。

「みんな揃ったね、行こうか」

 喜代彦の方は灰色のハーフパンツにサンダルを履き、オレンジのTシャツとシンプルだが長身のイケメン故に、それだけでも映える。

「うん、早速電車に乗ろうか」

 優の方は戦闘機のシルエットが描かれたのキャップを被り、空色の前開きのシャツを着て水色のジーンズに黒いハイカットのシューズを履いていた。

 改札を通って電車に乗ると敷島駅まで行く間、夏帆は優の隣に座って反対側には凪沙が座ると屈託のない笑みで訊いてくる。

「水無月君の帽子なんかいいね、どこで買ったの?」

「中学の頃、海軍基地の航空祭で父さんが買ってくれたんだ」

 優が当たり障りのない感じで答えると、凪沙は夏帆にアイコンタクトすると夏帆はあらかじめ頭の中で纏めていた質問の一つを口にする。

「水無月君のお父さんってどんな人?」

「……海軍大佐だよ、若い頃は艦戦――艦上戦闘機っていう空母に載せる戦闘機の搭乗員アビエイターで今はどこかの艦隊で空母航空団司令の仕事してるらしいけど……詳しくは知らない」

 優の口調が微かに曇ったように感じて、訊いちゃいけなかったかも? と夏帆は目で問うと凪沙も「ああ……」と気まずい表情を見せるとミミナが質問する。

「えっと、水無月君って休みの日はこうやって友達と遊んだりしてる?」

「ううん、実はこうやって遊びに行くの、初めてなんだ」

 優が首を横に振ると、喜代彦が補足する。

「優は一人で過ごすのが好きみたいなんだ」

 すると凪沙が目を光らせ、チャンスと言わんばかりに顔を近づけて言い寄る。

「ほほう水無月君! 一人で過ごしてばかりじゃ駄目だよ! こうしてみんなで遊んだりしないと後悔するわよ!」

「そうそう! 凪沙の言う通りよ! 優は喜代彦だけじゃなく、いろんな人との付き合いを覚えなきゃ!」

 香奈枝も同調すると喜代彦は微笑みながら優を見つめてる。

「……磯貝さんお節介焼きって言われたことない?」

 凪沙に顔を近付けられた優はジト目で視線を逸らしながら訊くと、凪沙はニッコリ笑顔になる。

「ある! むしろ名誉だと思ってるわ! 人との人との繋がりを持って、深めて、強くしないと!」

「繋がり……か」

 夏帆は思わず胸に刺さる言葉だった、内地にいた頃に美由や妙子と繋がりは持っていても深めるようなことは決してしなかった。もし、深めていたら別れが辛いものになっていたのは明白だったからだ。

 夏帆はスマホを取り出し、アルバムを開く。帝都の水族館で遊びに行った時、シロワニが泳ぐ大水槽を背景に三人で撮った集合写真を見つめるとミミナが興味の眼差しで訊いてきた。

「前の学校のお友達?」

「うん、帝都にいた頃のね……入学式の日にね、私……自己紹介で一年生の終わりに転校するって言ったの……だけど、美由ちゃんと妙子ちゃんが――」

 夏帆はそっと細い人差し指でミミナに教える。

「――声をかけてくれて一緒に街でお昼食べて遊ぼうって誘ってくれて……別れの日には空港まで見送りに来てくれたの」

 夏帆は二人の顔を思い出すたびに罪悪感と後悔に苛まれる、健気に自分を見送ってくれたのにどうして気持ちを伝えなかったんだろう? そう考えるたびに胸が締め付けられる気持ちになって唇を噛みそうになってると、ミミナが提案する。

「二人とも優しそうだね……ねぇ夏帆ちゃん、あとで写真送ってみたら?」

「えっ?」

「その美由ちゃんと妙子ちゃん、敷島で元気に過ごしてるかな? ってきっと心配してるわ……だから、ね?」

「……うん」

 ミミナに諭されて夏帆はゆっくりと頷く、前世の記憶を思い出した今、振り返ってみるとあの内地で過ごした一年間は本当にかけ替えのないものだったと今更ながら実感してしまった。

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