第二章、その1

 第二章、親睦会


 水無月優と草薙夏帆が公園で三人組の不良グループに絡まれてる丁度その頃、数十メートルの物陰から潮海美海は観察していた。制服を着崩してるが間違いない、彼らだと確信しながらみんなに伝える。

「あの人たち……水産高校の制服よ!」

「よりにもよってあいつらか! 航海実習前にナンパして遊ぶならまだわかるけど、デートの邪魔するなんてそんなに共学が憎いのか!?」

 凪沙は憎たらしそうに嘆く、三人組の正体は近くにある蒲池水産高校の生徒だ。

 一応共学だが男女比率が九・五対〇・五の実質男子校状態だから、噂では周辺の共学校の生徒を目の敵にしているという話しを聞いたがどうやら本当らしい。

「二人が危ないわ喜代彦! 加勢するわよ!」

 肝の据わった香奈枝が飛び出そうとした瞬間、喜代彦が「待て」と手をかざして制止すると美海は凪沙と一緒に思わず喜代彦に視線を向け、香奈枝は困惑する。

「喜代彦何のつもり!? 黙って見ているの!?」

「ああ、あいつなら大丈夫だ」

 喜代彦は精悍な笑みすら浮かべ、優を信頼してるような眼差しだ。どういうこと?

 美海はオロオロしていると凪沙も動揺する。

「何言ってるの山森君! いくら夏帆を助けたとはいえ、あのガタイ良くて柄の悪い――見るからに喧嘩慣れしてる奴ら三人、相手にもならないわよ!」

「あいつは只の陰キャじゃない、軟弱な俺と違ってな」

 喜代彦が断言する口調と眼差し、そして不敵な笑みで「まあ見てみろ」と言ってるような気がして、視線を夏帆と優に向けると美海は思わず目を見開き、そして凪沙は言葉を失った。



 夏帆は優が毅然とした態度で、絶対に君を守るという強い意思を背中で語ってるのを感じた。それが気にくわないのか、金髪のチャラ男がヘラヘラ笑いながら言い寄ってくる。

「おいおい彼女の前でカッコつけたい気持ちはわからないけどよ、相手を見て選びなよぉっ! このイキり陰キャが!」

 チャラ男が怒鳴りながら優の胸ぐら掴みかかった次の瞬間、彼は何をされたのか一回転して背中から硬い地面に叩きつけられた。

「ぐぼあっ!」

「なぁっ! ふざけやがってこの野郎!」

 殴りかかってきた坊主頭に無精髭の拳を紙一重でかわすと、優は目にも止まらぬ速さで拘束したかと思えば一瞬で背中から地面に叩きつけた。

「うぼあっ!」

 短い悲鳴を上げる坊主頭の無精髭。

「な、なんなんだよお前!?」

 狼狽えるリーダー格の丸太男、優はそれを見逃さず体重差一・五倍以上はある丸太男に一瞬で詰め寄って投げ技を決めた。

「があっ!」

 硬い地面に背中を叩きつけられた丸太男、金髪チャラ男の胸ぐらを掴んで五秒かそれよりも短い時間だった。

 夏帆は思わず目を見開いてしまうと、優に細い手首を掴まれて引っ張られる。

「ええっ!? ちょっと水無月君!?」

「走れ! のびてる今のうちに逃げるぞ!」

 優は凛とした声を響かせ、躊躇う様子もなく夏帆の手を引っ張って走る。

 ちょっ――結構速い! 公園を出る前に肺、心臓を中心に全身が悲鳴を上げてこんなことならもっと運動しておけばよかったと後悔した。

 公園を出て蒲池駅前に戻り、夏帆は息切れして全身が汗だくになってベンチに座ると優は気を利かせて自販機からスポーツドリンクを買ってきてくれた。

「はい草薙さん、もう大丈夫だよ」

「はぁ……はぁ……ありがとう」

 夏帆はお礼を言ってペットボトルの蓋を開けると一気に半分を飲み干す、生き返るとはこういうことだと感じてると優は隣に座る。

「気を付けてね草薙さん、あいつら水産高校の奴らだ」

「だから制服を着てたんだね」

「小耳に挟んだ話しだけど実質男子校状態になってるから、デート中のカップルばかり狙って彼氏が醜態晒して破局するように仕向けてるって――」

「ええ……」

 あの体格の割には器は小さいとアニメの雑魚キャラみたいで思わず失笑してしまいそうだった、だけど優は油断してはいけないと鋭い眼差しにある。

「――だけどあいつらはまだ可愛い方だ、敷島は内地に比べて治安があまり良くない。俺たちぐらいの歳で組織犯罪や強盗殺人に手を染めたり、警官隊と銃撃戦を繰り広げたり、テロ事件を起こす奴らもいる」

 夏帆は思わず背筋が凍りそうになって改めてここは内地とは違い、そして前世とは違う異世界であることを実感する。それにしても水無月君のあの無駄のない動きとあの鋭い眼差し、まるで武道の達人そのものに見えて夏帆は試しに訊いてみた。

「水無月君って……部活とか入ってるの?」

「ううん、放課後は叔父さんの銃砲店でアルバイトしたり近くの道場で色々習ってる。そろそろ帰って三時からアルバイトや道場にも行かないといけないから、僕はこれで……帰りも気を付けてね」

 優はベンチから立ち上がる、時計を見ると二時半近くだった。

「うん、今日はありがとう。気を付けてね」

 夏帆は優の背中を見送ると、タイミングを見計らったように凪沙を先頭に四人がベンチの後ろ気配を感じさせることなく現れた。

「凄かったね水無月君! あんなガタイのいいヤンキー三人を一瞬で倒すなんて!」

「ええっ? 凪沙ちゃんたちどうして?」

 タイミングよく現れた四人に夏帆は思わず怪訝な表情を見せる、もしかしてずっと見ていた? 香奈枝の方は驚きの表情を見せて称賛する。

「凄かったわ! 優のこと見直したわ! ただの地味で大人しいオタクっぽい奴かと思ったけど! あんなに逞しいなんて!」

「ねぇ山森君、水無月君って何か習い事とかしてる? あれどう見ても古流柔術の動きよ」

 ミミナは喜代彦に訊くと彼は思い出すように答える。

「うん……優は幼稚園の頃から柔術、剣術、居合術等の古武道を習って最近はタクティカルトレーニングも受けてるんだ」

「へぇ水無月君ってもしかして軍人や武士の家系?」

 凪沙は何気に訊くが喜代彦は気まずそうに答える。

「さぁ……これ以上は……」

「何か隠してない?」

 凪沙はジト目で見つめると、喜代彦は知ってるのか必死な様子で首を横に振って簡単には口にしない。

「守秘義務が課せられてるから優本人に訊いて!」

「まぁそれが一番よね」

 香奈枝の言う通りで、凪沙は何かを考えてる様子だった。

「それなら……誘ってみるか」

 夏帆は何を考えてるんだろう? と首を傾げた。



 翌日、優はいつものように学校に来ると周囲から妙な視線を感じながら校門を通って昇降口で上履きに履き替え、そして教室に入るとクラスメイトたちからの視線を一身に受ける。

 みんな好奇の眼差しで自分を見ている。優は思わず表情を険しくしようとした瞬間、水島が見直したような眼差しで歩み寄って来ると興奮しながら訊く。

「おはよう水無月! 聞いたぜ! 昨日水産高校の奴ら三人をぶちのめしたんだって!?」

 ああ、昨日僕と草薙さんに言い寄ってきたあの三人を返り討ちにしたこと、誰かに見られてたのかもしれない。

 優は気まずいと思いながら正直に頷く。

「ああ、うん……返り討ちにした隙に逃げたんだけどね」

「それでもすげぇよ水無月! あいつらには日頃からデカイ面されてムカついてたから聞いた時はスカッとしたし、水無月がやったって聞いた時は嘘だろって驚いたよ!」

 瞳を輝かせ、いつもよりテンション高めの水島に三上も称賛する眼差しで頷く。

「水無月、俺お前のこと大人しくて暗い奴かなと思ってたけど、見直したよ」

「そう……なんだ」

 優はなんて言えばいいかわからないと困惑してると、本田が問い詰めるような眼差しで訊いてきた。

「水産高校の奴らに絡まれた時にさ、昨日転校してきた草薙夏帆と一緒だったみたいだけどいつの間に口説いたんだ?」

「えっと……口説いたわけじゃないんだ……そのなんて言ったらいいかな?」

 優は全身から冷や汗を噴き出す。言えない、春休みに交通事故に巻き込まれそうになったところを助けたなんてとても言えないと思ってると、担任の先生が入ってきた。

「皆さん、ホームルーム始めますので席に着いて下さい」

 エリート官僚みたいな担任の先生が教室を見渡しながら言うとみんなそそくさと席に着き、優は安堵したがまだ安心できない状況だった。

 休み時間になるとクラスメイトたちに囲まれ、喜代彦が間に入ってくれたが昼休みになると他の学年やクラスの生徒も押し掛けてきた。


「話しは聞かせてもらった! 是非、柔道部に来てくれ!」「水産高校の奴らを懲らしめた時に武道の達人みたいな動きをしてるって聞いたぞ! 剣道部に入って一緒に切磋琢磨しようじゃないか!」「空手部はどうだ!? 君がいれば全国大会出場も夢じゃないぞ!」


 弁当と水筒を持ってどこか人目につかない場所で食べようと教室を出た瞬間、部長を名乗る三年生の先輩たちに囲まれて優は困惑する。どうしよう放課後、柔術や剣術、抜刀術等の古武道を習ってるって口にしたら却って火に油を注ぎそうだった。

「やめてください!」

 間に割って入ってきたのは同じクラスの潮海美海で、体格のいい三人の先輩を前にしても毅然とした表情と眼差しで言い放つ。

「水無月君困ってます! しつこい勧誘はやめてください! 昼休みと放課後、私たちと一緒に過ごす約束をしてますので! 行きましょう水無月君!」

 三人の先輩が困惑した隙を見逃さずミミナは優の手を取って足早に歩き去り、優も困惑しながら引っ張られる。

「あ……ありがとう潮海さん」

「お、お礼を言うのは私の方です、昨日は夏帆ちゃんを守ってくれてありがとう」

 ミミナは仄かに頬を赤くしながら微笑んでいる、きっと自分でも驚くような大胆な行動をしてるのかと自覚してるのかもしれない。連れて行かれた先は屋上で、そこは園芸部と緑化委員会が共同で維持管理をしてる屋上庭園となっていて、昼休みは憩いの場となっている。

「みんな、水無月君連れてきたよ」

 屋上庭園の一角、日陰になってる所で夏帆と凪沙がレジャーシートを敷いて待っていて、凪沙が讃えるような笑みで快く出迎えてくれた。

「やぁ水無月君、昨日の活躍見させてもらったよ!」

「ああ……あれはその……僕が……草薙さんを守らないといけないと思ったから」

 優は頬を赤らめながら言うと、夏帆は手招きする。

「水無月君、一緒に食べよう」

「う、うん……」

 女の子たちとこんな風に食べるなんて初めてだと思いながら、上履きを脱いで座ると弁当を開け、女の子たちの話しに耳を傾けながら食べてると凪沙が訊いてきた。

「それで山森君が教えてくれたけどさぁ、水無月君って小さい頃から古武道を習ってるって聞いたけど本当?」

 いきなり踏み入ったことを訊く。優は水筒のウーロン茶を飲みながら、喜代彦の奴、余計なことを言いやがってとぼやきたいところだがきっと問い詰められたんだろうと、内心同情しながら頷く。

「うん……僕の家は武家だから毎日アルバイトしながら道場で鍛えてる」

「ええ……それならいつ遊んでるの? 夜?」

 凪沙はたまらなさそうに水筒のお茶を口にして訊くと、優は頷く。

「寝る前の二時間と土曜の午後と日曜かな? 物心ついた頃には稽古に通っていたから」

「うぇぇぇ……ってことはユーチューブとかツィッターあんまり見る暇なさそう、何か大会とか目指してるの?」

 凪沙は更に苦い顔をして訊くと、優は横に振る。

「ううん、たまに演武大会とかに出るけどね……休みの日は一人で過ごしてる」

「よし! 一人ならさぁ今度の日曜日一緒に遊びに行こう」

 凪沙からの誘いに優は思わず「えっ?」と困惑して箸を止めると、ミミナも同調する。

「もちろん香奈枝ちゃんや山森君も誘って! 夏帆ちゃんも行きましょう!」 

「うん……ところで今度の日曜日、どこに遊びに行くの?」

 夏帆は頷いて訊く、優もどこへ遊びに行くんだ? もし喜代彦が一緒じゃなかったらどうしようという安堵と、服何を着ていこうという不安が混じった思いで止めていた箸を動かした。

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