第一章、その5

 終点である蒲池駅に到着すると合流場所は駅前の時計台で、そこには汐ノ坂高校の制服を着た二人の男子生徒がスマホを弄りながら待っていて、香奈枝は見つけるなり大きく手を振る。

「いたいた! お~い喜代彦! 優!」

 声に気付いた二人の男子生徒は駆け寄ってくるなり、香奈枝は紹介する。

「紹介するわ、幼馴染みの山森喜代彦よ」

「初めまして香奈枝の幼馴染みの山森です、よろしくお願いします」

 山森喜代彦はにこやかに挨拶する。身長一八〇センチ後半なうえに肩幅が広く、爽やかなイケメンと言っていいほどで、夏帆も思わず緊張気味に「よろしくお願いします」と一礼すると、水無月優と目が合う。

「え、えっと……」

 思わず言葉が途切れる。夏帆はこの前助けてくれた彼になんて声をかけたらいいかと迷っていた時、凪沙が小声で耳打ちする。

「ほら、行ってちゃんと自分の言葉で伝えなよ夏帆」

「う……うん」

 夏帆は勇気を振り絞って歩き出す。こんなに勇気を出すシチュエーション、前世にはなかったわ……ひたすら息苦しくて、暗い高校生活だった気がする。

「あ、あの……水無月君だよね?」

「うん、草薙さん怪我の方はもう大丈夫?」

 優は男の子にしては柔らかく、心を包み込むような優しい笑顔と声だった。

「こ、この前は……危ないところを助けてくれて……あ、ありがとう……ございました」

 夏帆は思わず頬を赤くする、見た目は大人しくて地味な見た目だけど伸びた黒髪から覗く凛々しくも鋭い眼差し、もし髪型を整えたりしたら美形なのは間違いない。

 山森君がイケメンなら水無月君は美少年だ。

「どういたしまして草薙さん、実は僕も一年前に内地から来たんだ……と言っても南九地方の田舎からなんだけどね」

「そうなんだ……あたしは帝都の方に住んでたから」

 優は内地の南にある南九地方から来たという、前世で言うなら丁度九州に当たる所だ。

 そこで言葉が途切れ、優は仄かに頬を赤くしながら目を逸らすと凪沙が声を上げる。

「さぁてみんな! お腹空いたから何か食べよう!」

「うん、そこにあるマクミランで何か食べよう!」

 香奈枝もそれに乗ると、一行は駅の近くにあるファーストフード店のマクミランバーガーに向かうことになり、夏帆はそっと優の横顔を覗くと喜代彦に安堵したような笑みを見せて訊いた。

「喜代彦君は何食べるの? 僕はフィッシュバーガーかな?」

「うぇぇよく魚食べられるね、俺ダブルチーズバーガーにするよ」

 喜代彦はたまらないという表情を見せると、凪沙がジト目になって問い詰める。

「山森君、もしかして魚嫌いなの?」

「うん、そうだよ。喜代彦ったら骨を取って調理した魚すら食べられないのよ」

 香奈枝がニッコリ笑顔で暴露すると、ミミナは何かを察したかのように表情が固まって喜代彦は狼狽する。

「香奈枝! 余計なこと言うなよ!」

「ほほう……それは聞き捨てなりませんな、それでよく今日まで敷島に暮らしていけたわね」

 小柄な凪沙は威圧感満載の満面の笑みで喜代彦に詰め寄る。

「な、な、な、磯貝さんがなんで?」

「家が漁師さんで凪沙ちゃんも時々潜り漁をやっているの」

 ミミナの言う通り凪沙の家は漁師だ、魚嫌いは放っておけないだろう。すると凪沙はみんなに目で合図すると、香奈枝は微笑んで気心の知れたミミナはわかってると苦笑して頷いた。

 なんのことだろう? と首を傾げながらマクミランバーガーで申し合わせたかのように同じものを注文する。

「あたしフィッシュバーガー!」

 凪沙が注文すると香奈枝もそれに乗る。

「そんじゃあたしもフィッシュバーガー!」

「私もフィッシュバーガーにするわ、夏帆ちゃんもそれにする?」

 ミミナも同じものだ、夏帆も面白そうだからと頷く。

「それじゃあ、あたしもフィッシュバーガーにするわ!」

「ええ……」

 喜代彦は青褪めた表情になると、優も悪い意味で空気を読む様子もなく。

「僕もフィッシュバーガーで喜代彦君もそれにする?」

「す・る・よ・ね?」

 凪沙は威圧的な笑みを見せると、香奈枝もジーッと見つめて喜代彦は涙目になる。

「ええ……」

 同調圧力ダメ絶対! 夏帆は内心ツッコミを入れながら喜代彦に同情しながら、トレイを持って混み合った店内を見て、夏帆は思わず苦笑しそうになる。マスクもせずにアクリルボードもなくて飛沫感染なんか気にする様子もない人々。

 そして前世で友達と一緒にこうしてランチを食べてなかったことに気付く、それどころか放課後友達と街に寄り道してタピオカを飲みながら遊ぶことも叶わなかった。

 両親ともに医療従事者だったから「草薙さんの両親は凄い」と持て囃されていたけど同時に周りからよそよそしく避けられていたし、自分が感染して両親に移すわけにはいかなかったから、高校生活は独りぼっちではなかったけど寂しく過ごしたんだっけ?

 現世――皇京にいた頃、高校入学と同時に敷島に引っ越すことが決まっていずれ別れが来るとわかってしまったから、自らクラスメイトたち距離を取って壁を作ってしまったという後悔の念が沸いてくる。

 それでも美由と妙子はほどよい距離で優しく接してくれて、一緒に遊びに行った。

「草薙さん、どうしたの?」

 優が覗き込むと夏帆は食べかけのフィッシュバーガーに視線を落としたままボーッとしていたことに気付いた。

「あっ、ううん……またこんな風に友達と食べることができるなんて……思わなかったの」

「そうか」

 優はそう言って詮索する様子もなくウーロン茶を啜るが、凪沙と香奈枝は聞き逃さなかった。しかも凪沙は何かを思い付いたらしく、悪戯を思い付いた小さい男の子のようにニヤニヤする。

「へへぇ……それじゃあ男の子とのデートとかは?」

「えっ? う、うん……なかったわ」

 皇京にいた時もそうだったし前世もそんな甘酸っぱいことは欠片もなかった。

 そう考えてると凪沙は香奈枝に耳打ちする。

「香奈枝! ちょっと耳貸して!」

「うん、なになに? ……んふふ~ん、わかったわ」

 香奈枝も意図を理解したのかにやけると、ミミナは首を傾げて喜代彦も何かよからぬことを思いついたのを察したのか、怪訝な目で見つめた。 


 マクミランバーガーを出ると、凪沙は露骨に用事を思い出したような演技をする。

「ああ~大変! 急用を思い出したからミミナ! 一緒に来てくれる?」

「う、うん……いいわ」

 ミミナはぎこちない笑みで頷くと、香奈枝もそれに続く。

「あっそうそう! あたしも! 喜代彦、ちょっと買いたいものがあるから付き合って!」

「ああ、わかってるよ」

 喜代彦も頷いて香奈枝の傍に歩み寄ると、凪沙は明らかな棒読み口調で二人に言う。

「ごめん夏帆、水無月君、あとは二人で楽しんできて!」

「ああわかった、気を付けてね」

 優はあっさりと受け入れて四人を送り出す。

 ええええーっ!? 水無月君、明らかに演技なの気付いてない!? それとも気付いてない振りしてるの!? 夏帆は内心困惑するが、去り際に凪沙は健闘を祈ると言わんばかりに笑顔でウィンクする。

 ど、どうしよう男の子と二人だけになるなんて……前世は勿論だけど、現世でもそんな経験ないし、どうしよう……夏帆は顔を赤くして頭から水蒸気し、今にも爆発しそうな火山みたいな気分になった時、優は何食わぬ顔で訊いた。

「草薙さん、どこか行きたい所とかある? タピオカ屋さんとか」

「う、うん……この辺にあるかなぁ?」

 夏帆はぎこちない口調になりながら言うと、蒲池駅前通りを歩くことになる。

 すれ違う人たちは扶桑皇国の人々は勿論、敷島の原住民族やそのハーフに外国人観光客と人種や言語、民族もバラエティに富んでいて明らかに英語ではない言葉を話す人も多くいた。

 やっぱりここは異世界なんだと夏帆は実感しながら歩くと、タピオカ屋さんを見つけてタピオカミルクティーを注文、優の方はどれにすればいいか迷ってるようだ。

「えっ……えっと……僕は……」

「まずはタピオカミルクティーから飲んでみるといいわ」

「じゃあ僕もそれで」

 夏帆は思わずアシストすると優も同じものを注文して、近くにあるのどかな公園のベンチに座って一緒に飲む。うん、ひんやりと冷たくてモチモチしてて美味しいと夏帆は表情を綻ばせるが、優は物珍しそうに中身を見つめている。

「そんなに珍しいの?」

 夏帆はそう言ってストローで啜ると、優は真剣な眼差しで中身を見つめながら頷く。 

「うん、美味しいけどなんか……カエルの卵みたい」

「ぶぅぅうううううううーっ!!」

 夏帆は思い切り噴き出した、ちょっと水無月君! それだけは言っちゃ駄目だよ!

「ああっ! 大丈夫!? 草薙さん!」

「水無月君……タピオカはキャッサバっていう芋の一種から作られるんだよ」

 夏帆はハンカチで口元を拭きながら言うと、優は爽やかな微笑みで頷く。

「うん、知ってる。それに飲み込むんじゃなくて食べないとね、タピオカは消化しにくいから飲み過ぎて胃腸に無数のタピオカがぎっしり詰まって病院送りってなったっていう事例もあるから」

「そ、そうなんだ……たまに飲むくらいがいいかも?」

 夏帆は思わず青褪めて吸い込んだタピオカを噛むことを意識する。

 ひぃぃぃぃいいいいいいっ!! なにそれ!? 下手なホラーより怖い! 噛んでおいてよかった! そういえばそんな話し前世でも聞いたことがあるような気がする。

「草薙さんの場合は大丈夫だよ、見たところちゃんと噛んでるみたいだから」

 優の微笑みは涼やかで愛らしくて、男の子にしてはお世辞抜きで可愛いと感じる。イメチェン――いや少し整えたら間違いなく爽やか系の美少年だろう、夏帆は思わず目を逸らして仄かに頬を赤くしながら艶やかに微笑んだ時だった。

 南国の光が射すベンチに突然影が覆いつくし、思わず見上げると夏帆は神経を尖らせた。

「ねぇねぇ彼女、もしかしてこの地味な陰キャと付き合ってるの?」

 視線の先には他の学校の制服を着崩して浅黒い肌に体格のいい男子生徒で、他に髪を金髪に染めたチャラい奴と、丸刈りに無精髭を生やした奴の二人を連れていた。

「そんな奴放っといて、俺たちと一緒に遊ぼうぜ」

 金髪のチャラ男がニヤニヤしながら近づくと、危険を感じた夏帆は鞄に付けてる防犯ブザーに手を伸ばし、睨みながら冷たい眼差しと声で制止する。

「近づかないで、鳴らすわよ……行こう水無月君」

「うん」

 夏帆は優の手を取って睨みながらその場を後にしようとする。帝都で繁華街に遊びに行った頃、何度か与太者にナンパされたことがあったが相手にしないのが一番だ。だが夏帆は優の手を取って引こうとした瞬間、一瞬だけ隙を見せてしまった。

「その防犯ブザー貰った!」

 丸刈りの無精髭の奴が長い腕を伸ばし、夏帆の鞄に付けてる防犯ブザーを乱暴にちぎり取ってしまった。

「ああっ!」

 ちぎり取られた防犯ブザーに気を取られた夏帆に、浅黒い肌の男子生徒の丸太のように太い腕が伸びて夏帆の左手首を掴もうとする。

「ついでに彼女も!」

 掴まれる! 逃げられない! 背筋が凍り付いてしまいそうになった瞬間、優が鮮やかに素早く、前に出て右腕で鞭のように男子生徒の太い腕を弾くと彼は威圧するような声。

「!? なんだお前? ……いい根性してるな」

「触らないでくれないか、ナンパなら他を当たってくれ」 

 夏帆から優の表情は見えないが、声色が柔和のものから毅然としたものに変わった。

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