第二章、その4

 ロープウェイを降りると敷島湾の潮風が優しく吹き付け、夏帆の長い黒髪が軽やかにフワリと靡く。

 しばらく歩いて海に面した公園に入ると、敷島湾の真ん中には軌道エレベーターアマテラスが聳え立っていて、その周りには貨物船や客船が行き交い、時折沿岸警備隊の巡視船や海軍の哨戒艇が目を光らせている。

 公園には観光客や家族連れ等様々な人々に混じって白く、眩しい海軍の白い制服を身に纏ってる人もいる。

 夏帆はふと優の横顔を覗くと羨望と憂いの表情と眼差しを向けている。

 その視線を辿ると、公園で妻と無邪気に甘える幼い子供二人と遊ぶ若い海軍士官に向けられていた。

「……水無月君? どうしたの?」

「えっ? ううん大丈夫」

 優のその微笑みがどこか悲しげで寂しげでそして羨ましそうだった、夏帆は優の父が海軍士官だからかな? と思いながら訊いた。

「海軍の制服を着た人、結構いるね」

「うん、すぐ近くに大きな軍港や、軌道エレベーター建設開始時に閉鎖になって今は海軍航空隊の基地になった旧敷島国際空港があるんだ」

 優は空を見上げる、その先には爆音を響かせて編隊飛行する戦闘機が空を駆け抜ける。すると喜代彦が諭すように行き先を示す。

「優、せっかくみんなと来たんだからさ……あそこに行こうよ」

 喜代彦の視線の先には蒲鉾かまぼこ状の白い建物――海軍広報資料館だった。


 中に入ると体育館のように高い天井で入場ゲート通ると最初に海軍の歴史が展示され、格納庫を模した建物にはいくつもの飛行機が展示されていた。特に目を引いたのは先の大戦末期に活躍した海軍の局地戦闘機――紫電改しでんかいが展示されていて、香奈枝が指差しながら訊く。

「優、あんたこれに詳しいんでしょ?」

「うん、この紫電改は本物で動態保存されてる奴で実際に――」

 優は淡々とガイドのように話す。

 この紫電改は先の大戦で活躍した皇国海軍のエースパイロット朝霧光雄あさぎりみつお中尉の搭乗機だ。

 実際に彼が着ていた飛行服や飛行眼鏡――そして敵国ララパチア合衆国陸軍航空隊の戦闘機搭乗員と、友情の証で交換した四五口径自動拳銃――M1911A1が展示されていた。

 展示コースを辿っていくと現代の海軍が展示されてるコーナーに入る。

 ここでは軌道エレベーターアマテラスを守る皇国海軍第八艦隊――通称:敷島艦隊が展示されていた、軌道エレベーターを作れる時点で気付いてたけどこの世界……前世より技術力凄くない!?

 軌道エレベーターや菊水島のマスドライバーは勿論だけど、敷島艦隊の旗艦である出雲いずも型空母「信濃しなの」の動力は常温核融合炉(※これでも旧式)で電磁リニアカタパルトにレーザー砲の近接防御火器システムCIWSを何食わぬ顔で搭載してるし! イージス艦にはしれっと大口径レールガンを搭載してる!

 極めつけはセミダイブ型のVRが当たり前のように体験コーナーが設置されていて、凪沙が皇国海軍のF/A18F戦闘機体験コーナーのVRシートに座り、小さな子供のようにはしゃいでる。

「うわはははっ! Gが凄いヤバい! うわぁあ世界がひっくり返ってる! ねぇねぇこれどうやってミサイル発射するの?」

「いやいやミサイル搭載してないし、仮に何に当てるの?」

 喜代彦が苦笑すると、凪沙は迷わず親指を立てる。

「嫌いなあいつらがいる水産高校!」

「いいねそれ! デカイ爆弾落として港ごと吹き飛ばしてやろう! ついでにこの……えっと? ねぇ優、船沈めるのってどれがいいの?」

 香奈枝はタブレットで装備を検索してると、優がタブレットを覗いて操作して教える。

「船だったら……このAGM84ハープーン――84式対艦誘導弾だね、これでどうするの?」

「あいつらの実習船を沈めてやろう!」

 香奈枝はノリノリで言うと、ミミナはドン引きして青褪めた表情になる。

「学校に爆弾落とすとか実習船をミサイルで沈めるとかなんて恐ろしいことを言うのよ」

 夏帆はモニターを見る、画面には仮想空間のカメラが凪沙の頭に付けられてるようで頻繁に頭を上下左右に動かし、戦闘機の後部座席に座って遊覧飛行を楽しんでるのが伺える。

 ふと優の方を見ると彼はみんなから離れ、ブースを出て思い詰めた表情でガラスケースに展示されてる戦闘機の模型を見つめてる。

 どうしたんだろう? 夏帆は歩み寄って声をかける。

「水無月君、何見てるの?」

「えっ? うん、この戦闘機……もうすぐ退役するんだ」

 優の視線をトレースすると戦闘機の模型で札にはF/A18Cホーネットと書かれていた。

 夏帆はふと疑問に思う、あれ? この戦闘機確かついこの間、配備されたんだよね? もう引退? でも今凪沙ちゃんが体験搭乗してるのもF/A18だよね? C型とF型? 違いが全っ然わからない! 夏帆は全身から汗が噴き出す。

「ねぇ水無月君……このF/A18ってC型とF型ってどう違うの?」

「F型は現行型の二人乗りでC型は旧型の一人乗りなんだ――」

 優は饒舌に話す、中身はマニアックだが凄くわかりやすく解説してくれてる。

 夏帆は耳を傾けて話を聞いてると、年配の広報館職員――白髪のオールバックに黒縁眼鏡のおじさんが歩み寄って来て親しげに声をかけてきた。

「優君? もしかして水無月優君かい?」

「えっ? はい……もしかして川西さんでしょうか?」

 優は戸惑いながら思い出すように言うと、川西というおじさんは嬉しそうに声を上げる。

「おおっ! 覚えていてくれたんだな……お父さんから聞いてるよ。今は敷島に暮らしてるって、また大きくなったな……あれからどうしてる? 高校生活を楽しんでるかい?」

「……はい」

 川西さんの眼差しは年配の軍人特有の鋭くも穏やかで慈しむような眼差しだが、優の表情はどこか後ろめたさを感じてるように見える。

「まぁ……海軍兵予へいよ学校が駄目だったなら海軍へい学校を受験すればいいし、大学に行きたいなら予備役将校訓練過程ROTCを受ければいい」

「そうですね……」

 優は浮かない顔をしている。兵予学校? 夏帆は歩み寄って一礼して自己紹介する。

「こんにちわ、水無月君の友達の草薙夏帆です」

「はいこんにちわ、海軍広報資料館へようこそ」

「あの……水無月君とは……」

「優君は幼い頃から知ってるよ。優君が生まれた日、彼のお父さんが真っ先に、嬉しそうに敬礼しながら男の子が生まれたって報告してくれた……まるで昨日のことのようだよ」

 川西は目を細めて優を見つめると、彼は愛らしい仕草で笑う。

「それ、何回も聞きましたよ……家では水無月家の長男が誕生したとか、未来の海軍士官が生まれたって、祝賀ムードだったって」

「海……軍……士官?」

 夏帆は呟きながら優を見つめると、何かを押し隠したような笑みを見せる。

「僕の家――水無月家は東城とうじょう平四郎へいしろうの時代から水無月家の長男は物心付いた頃から海軍兵学校を目指し、海軍士官になるのが習わしなんだ」

 東城平四郎は前世で言えば東郷平八郎とうごうへいはちろうに当たる人だ。この世界の日本――扶桑皇国は終戦時、無条件降伏ではく全面講和を結んだのだから、微妙に異なる歴史を歩んでいることを夏帆は改めて思い知らされる。

「へぇ……海軍兵……海軍兵学校!?」

 夏帆が驚くのは現世の記憶と知識からだ、何しろ扶桑皇国の海軍兵学校は前世で言うなら文字通り戦前の海軍兵学校! もっとわかりやすく言うなら難関校の中の難関校として知られている。

「うん……その前の海軍兵予科学校受けたんだけど、落ちちゃってね」

 優は何かを押し隠してるかのように、恥ずかしそうな笑みで誤魔化す。

 幼い頃から目指すなんてそれこそ英才教育を受けたに違いない。だけどそれを目指すなら海軍兵予科学校――略称:兵予学校か有名進学校に行くはず、どうして偏差値も普通で何の変哲もない汐ノ坂高校に来たんだろう?

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