あたしは、星々の従者……。

 会議当日。

 あたしたちはマウカ城隣接のエステラ国立大会議所に来た。久しぶりのマウカは懐かしくて、温かかった。

 でものんびりしてはいられない。

 あたしはマウカの礼服である軍服を着て、建物の前で待機。ソフィアはあたしと同じデザインで、黒の色違いの軍服。雷姫はいつもより生地が良さそうな漢服。アネラに関しては城で着ていた水色のワンピースだが、顔は布で覆われていた。そうかこの人、一応顔は隠しているのか。

 大会議所に入り、所定の場所に着席する。

 アネラは王宮にあるカーテンに覆われた椅子に座り、あたしたち三人は名前が書いてあるところに座った。

 しばらくすると、数人のお偉いさんっぽい人々が入室。どうやらエヴァの人のようだ。次はヂャンジェゾンブー、その次はラニ。いろいろな人が入る。皆顔立ちも服装も様々だ。

「えー、では、エステラ大会議を行います!」

 雷姫は円形にぐるりと並んでいる席の中心に立ち、呼び掛けた。

「では、どこの地方か、名前、近況報告をマウカからお願いいたします」

 するとアネラがカーテンの隙間から手を出し、あたしに書類を渡してきた。

「マウカの都です。アネラ・アンナ・フェルナンデスと申します。その書類の通り、民たちの幸福度は上がっております。東洋より米などの食料、そして『桜宮教』『月宮教』などの新しい宗教が入ってきたことが効果的であったと思われます」

 アネラは魔法で中心に書類を映し出した。何やら難しそうなことがいっぱい書かれている。

 どんどん近況報告は進んでいき、最後の二地域になった。 

 その二地域の代表者は見たことない、不思議な服を着ていた。雷姫の服に少しだけ似ている。

「桜宮の都から参りました。桜小路桜華でございます。近況は、一般庶民も歌を窘めるようになったためか、都の活気が増しました。庶民の趣味の幅を広げられるよう、精進して参ります」

 サクラコウジ……オウカ?

 なんと珍しい名前だろう。どう綴るのだろうか。

「月宮の都から参りました。月小路月華でございます。近況は、桜宮の都との交流が盛んになり、双方の誇る名物、桜と月の伝説を読み解いて、桜と月の関係性を調査しているところでございます」

 よく似た顔立ち。ピンクとホワイトに輝く不思議な洋服。とにかく謎めいていた。

「皆さま、ありがとうございました。ではいよいよ、本題に入らせていただきます。いよいよムルシエラゴからの侵略が激しくなってきておりますが、被害の方は如何でしょうか?」

 雷姫が尋ねると、ヂャンジェゾンブーの隣の町、シーワンの役人代表、沈(シン)氏だった。彼は「希望」をテーマにした街を造っていて、その住みやすさ、地域の温かさから定評がある。

「シーワンでは、漢服、雷(レイ)公(ゴン)教、伝統の髪型が禁止されました」

 沈氏の口からは思いもよらぬ言葉が出てきた。

 雷姫は口をぽかん、と開け、そのまま固まってしまった。

 漢服は、東洋の誰もが着る民族衣装。それが剥奪されてしますなんて。

 雷公教というのは、雷姫の家系、雷(レイ)家の祖先である雷神を信じる宗教で、こちらもヂャンジェゾンブー付近ではメジャーな宗教だ。 

 伝統の髪型は、雷姫がしているような緩く大きめに作った二つの三つ編みや、後頭部を残して剃髪し、残った後頭部の髪を後ろで三つ編みするというもの。

 東洋地方は地味に見えて、こういった素敵な文化もあるのに、それを滅されてしまうなんて。ムルシエラゴは最低だ。

「そしてムルシエラゴによる殺戮もあって、シーワンは灰と煤にまみれた、残虐の街と化してしまいました……」

 あきらめたようにため息をつく沈氏と、言葉も出ずにいる雷姫。周りの代表者もざわつき始めた。

「シーワンがこんなになっていたなんて」

「これは北の方の農村も危ないだろう」

「いずれこちらにも攻めてくるのでは?」

 様々な憶測や噂話が飛び交う大会議所。張り詰めた空気の中には、少しの恐怖、ほんの少しの狂気があった。

「そういえば、『デスグラシア・ムルシエラゴ・エリオット』とかいう人が言葉を残していったような……」

「それ、あたしの父親です!!!」

 話している途中に、ソフィアはさっと立ち上がった。周りの注目が一気にソフィアに注がれる。皆、ソフィアがムルシエラゴであることに気が付いたのか、甚振るような視線を向けた。一瞬怖気づいたソフィアだが、自分が一番憎んだであろうその桔梗色の瞳に、甚振るような視線を向ける代表者を映した。

「父親……」

 沈氏もきっとソフィアを睨む。

 すると、遠く離れた港町、ファザーンの代表者、マドロスがベルを鳴らした。

「そ、それは……!!」

 ソフィアが血相を変えてその場に崩れ落ちた。と、同時に兵士がソフィアを取り押さえてどこかへ行った。

「ムルシエラゴを討伐する会議だというのにムルシエラゴの輩など不要なのだ。ムルシエラゴの脅威から逃れるには、エステラにいるムルシエラゴを根絶させるしかないのだ。火刑にして、その醜き黒い翼を焔の中に沈めるのだ」

 その発言で静まり返る大会議所。

 あれ? よく見たらマドロスも……?

 分厚い眼鏡の奥に見えるその桔梗色の瞳。帽子は明らかに不自然に被られ、すっぽり覆われた髪。

「雷姫」

 あたしは雷姫にそっと耳打ちした。

「何?」

「マドロス、なんかおかしいと思うのよ」

 あたしがそういうと、雷姫はじっとマドロスのことを見つめる。すると、信じられないような顔をして再びあたしの方に向き直った。

「彼奴、ムルシエラゴの手下だね。確実に。ってちょっと?!」

 急に雷姫が大声を出したので、代表者の視線は一気に雷姫に注がれた。

「誰か! マドロス取り押さえて! お願い!!」

 悲鳴ともとれる必死の懇願。いつもは低い雷姫の声も、この時ばかりはかん高く響いていた。

「きゃあああああ!! 誰か魔術式使って!!」

「おいおい!! これどうすれば!!」

 会場は大混乱。

 マドロスの悪魔の様な手に握られていたのは……火炎瓶。火炎瓶といってもただの火炎瓶ではなく、ムルシエラゴの魔法によってできる黒い炎。燃えるだけではなく、何もかも溶かしてしまう。

「ねえ雷姫。これってアネラの魔術じゃ消せないやつ……?」

「恐らく」

 放たれた黒い炎は瞬く間に広がり、会場を埋め尽くしていく。

 助けを求める声。炎に飲まれる苦しみに叫ぶ声。出口が何故か開かないことに苛立つ声。

「あ、アネラは!?」

 そうか、アネラのことを忘れていた!!

「多分ここにいるはず!!」

 切羽詰まっている。あたしたちはカーテンをしゃっと開けた。

「嘘?!」

 そこにあったのは燃え盛る黒い炎。——と、一本の白い腕。

 白い腕もどんどん炎に吸い込まれていき、完全に消えてしまった。

「あたしがもっと早く気が付いていれば……アネラ……」

 誰もいなくなった大会議所で二人。

 流した涙でさえ蒸発してしまいそうだ。

 この黒い炎の中には何人の命が燃えているのだろう。何人の悲鳴が轟いているのだろう。

 

 黒さの中の赫灼。それが犠牲になった人々の鮮血だと思うと痛々しい。

「雷姫、あたしさ……死ぬの?」

 年下に縋るなんて情けないな、なんて考えられない。

 雷姫はなんで、あたしなんかを庇ってくれるのだろう。

「死なないよ、レウェリエは。だって、『神の子』だもん」

 神の子。ああ、また誰のものか判らない記憶が浮かんでくる……


『お姉様となら地獄の先までも』


 純粋な少女の声。あなたは誰なの?

「黒い炎に世界中が包まれれば、この世界は二人だけになるだろうね」

 その言葉の意味を訊こうとしたが、雷姫は眠るようにして黒い炎の犠牲者となってしまった。

「い、いやあ……」

 燃え盛る炎の中、必死に立ち上がる。

「嫌だよ……なんで……」

 乾いていく涙。一粒一粒、黒い炎の中に溶けていく。

 大会議場の外。マウカの街が、燃えていた。あの市場までもが、そしてマウカの大通りまでもが。

 全てが、崩落していく。無慈悲に、壊れていく。

 あたしは死に物狂いで走って、デニーロの親が運営している医院へ向かう。そこにデニーロの自宅もあるはずだから。

 あたしの故郷がこんなになるなんて、思いもしなかった。

 川の対岸にあるあたしの実家があったところはもう更地になっていた。対岸も火事だし、こちらも火事。どこに逃げればいいのやら。

 デニーロの家も原型などとどめていらず、醜い黒い炭のようなものだけがあった。

 いや! まだあきらめない! 

 あたしはデニーロの叫んだあの丘へと再び走った。花が咲くあの丘ならきっとめぐり逢えるはず!!

 花咲く丘。黒い炎の向こうにある人影。揺れる白い髪。

「ま、マリアちゃん!?」

 そこにいたのはアネラの娘であり王女でもある、マリアだった。

 七百歳とは思えないほどの大人びた表情を浮かべて、あたしに近づいてきたマリア。

「お母さまはこの黒い炎の中でじっと眠っているの。お母さま、そして奪われた我がエステラを呼び戻せるのは、あなただけ」

 エステラを……呼び戻せるのは……あたしだけ?

「迷ったときには、手を握り合わせ、リーナ様、レーナ様のことを想ってごらんなさい」

 そう言い残して森の向こうに消えて行ったマリアは、何千歳も年上に見えたのだった。

 握り合わせた温かい手。ああ神よ。我に希望を……


『我が妹よ』


 優しく語りかけてくる美しい人は、魅惑的で慈愛に溢れた、言わずと知れたエステラの神であり初代王、リーナ様であった。

『レーナ、久しぶりね』

「レーナ? あ、あたしが、レーナ様?!」

 驚きを隠せずにいると、リーナ様は頬を緩め、目を細めた。

『ええ、そうよ。今、エステラは燃えている。全域に広がった黒い炎は今も人々の悲鳴を貪っているわ』

 目にもがき苦しむ人の様子が見えた。心がぎゅっと蝕まれる。

『あなたの大事な仲間……一人、“海のペガサス”は今、黒い炎の中で今も悪魔と闘っている。“雷神の子”もそうね。その鋭い稲妻で闘い続けているわ。“悪魔の狼娘”は今、裁判にかけられた後で、磔にされている。神話では、雷神の子だけは不死身だから、“星々の従者”とこの世界に二人だけってなるのだけれど、いずれ雷神の子も封印され、孤独な日々を星々の従者は送ることになるわ。今は封印されていない三つのこころ。お行きなさい。エステラを救えるのは、あなただけ』

 誰が誰を指しているのか直ぐに判った。

 まだ完全な「死」は免れている三人。今のうちに助けなきゃ!

『そしてあなた、あなた自身の肉体はあの三人から授かったのよ』

 え……! あたしの肉体は……あの、三人から……!?

『よく見てごらんなさい。あなたのそのダークイエローの髪の毛は雷神の子と悪魔の狼娘から。瞳の黄色がかった茶色は海のペガサス、そして二人からも少しづつ取っているわ。あなたはあの三人のいわば分身』

 確かにそうだ。黄色と黒を混ぜればダークイエローに、赤色、黄色、青紫が入れば黄色がかった茶色になる。

『エステラ大神起実行委員に、新たな仲間が加わるけど、それは自分の目で見つけてごらんなさい。……さあ。私はもう消えます。幾千の時をエステラで過ごせて、幸せでした。ありがとう。わが妹、がん、ばっ……て』

 薄い靄の中に消えて行く人影。

 一瞬の幻。幻想の中には現実と理想が存在し、中和しあっている。結果、幻想が生み出されるのだ。その幻想は人々の安らぎや活力になることもあれば、悲しみになることもある。

 あたしはこの幻想を忘れはしない。絶対に、いつかあたしの心安らがせるものになる。そう確信した。

「お姉様!」

 無意識にそう叫んでいた。

 あの人こそが、あたしの姉。やっと会えた。

 黒く染まった空。これじゃあ星は輝かない。エステラは星とともにあるようなものなのに!

 あたしは走った。

 成すすべがないなら、探せばいいんだ! 自分から探しにいけないと人生は切り開けない! 自分こそが今後の自分を握っているんだ! 

 真っ暗な森をただひたすらに駆け抜ける。この先に、何かがあるような気がして。

 目の前にそびえ立つ神殿。盲目に、闇雲に走り続けた末に辿り着いたここ。悲しき孤独に覆われたこの世界を救い出せるのは、あたし、ただ一人! 

 手をぎゅっと握る。こうすれば呪文が頭の中に浮かんでくるはずだ。

 奪われた星々。その蒼く煌めく姿に吸い込まれそうになって、瞳に夜空を作ってときめいた夜。

 もう一度、味わいたい——

「アスール・センテリオ・エステラ!! 蒼く煌めく星々よ! その神秘の生命の力を我に授けよ!」

 目の前が真っ青な光に包まれる。指先には星屑の様な蒼い粉が纏って、あたしは飛んだ。燃えるエステラを眼下に、星たちの気持ちを味わう。煙で見えなくなった愛しき世界。

 星の力で手に持ったシャルセーナのスコープで愛しき世界をじっと見つめた。そして、シャルセーナを天に掲げる。

 見ていて。お姉様。そして、愛しき友よ。

「エステラ・ディオース!」

 真っ青な光とともに放たれる彗星。彗星は空中で散り散りになり、どこか遠くへ飛んで行った。

 冷やすように、爽やかに。落ちていく粉は黒い炎と絡み合って消えて行った。黒い炎は消えて行き、街並みは復元されていった。

 地上に降りて、神殿の中に入る。

 祭壇にはそれぞれ瑠璃色、蜂蜜色、桔梗色の宝石が置いてあった。

「海のペガサス、雷神の子、悪魔の狼娘、輝くこの愛おしい世界に降臨せよ……」

 祈りの声。絞り出したように小さな声だったが、閑静な神殿にはよく響き渡った。

 温かな光を放った三つの宝石。それはきらきらと上空へ舞い上がる。パリンと軽い音を立てて割れる宝石。破片は人影をつくる。

「み、みんな!」

「あー、やっと復活できた。全く、あの炎の中死ぬほど暑かった……」

 いや、あなた燃えてましたよ?! と突っ込みたくなるような余裕ぶりでため息をつくアネラ。

「やっと解放されたー!」

「裁判マジだるかったなー。なんか冤罪かけられたし。それより、また雷姫に会えて、嬉しいわ」

『嬉しいわ』の後にハートが付きそうな言い方。あたしたち非リアの前でべたべたするんじゃない。そもそも関係が謎だけど。

「レウェリエ」

「何?」

 あたしがアネラの方に振り替えると、少し目を伏せた笑みを浮かべながら、アネラは言った。

「ありがとう。あたしたちの愛おしい『娘』であり、エステラの『聖母』よ」

 まさか自分が神話に出てくるような人だなんて思ってもみなかった。自分はただのダメ従者だと思ってたのに。だからこそ、与えられた宿命を果たさなくてはならないのだ。

 尊く愛しく美しいこの世界を、守り抜くために……。




 

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