星。そして脅威。

 ペンションに戻ると、一階の円い机にあたしとアネラ以外のザルバドル……雷姫とソフィアが座っていた。二人は何故か顔を赤らめ、あたしたちに「出ていけ」とでも言いたそうに視線を送っている。それがとても怖かったので、颯爽と二階に上がることにした。

 そういえばなぜか二人は左耳だけにピアス開けてるんだよな……なんでだろう? 初めて開けてみたけど怖すぎて片方だけにしたとか? まあいいや。

 三階まで続く螺旋階段を駆け上がった。二階へあるあたしの部屋に行く。因みにこのペンションにはムルシエラゴ戦闘の主要人物しか宿泊していない。ほかの戦士は近隣の団体用ペンションに宿泊している。

 だとしたらあたしは主要なのか? という感じになってしまうが、アネラが「ザルバドルだとあの鬼娘と悪魔娘がとにかく一緒に居たがるからあたし独りぼっちで悲しいの! だからレウェリエ来て!」と言って懇願してきたのでここにいる。

 部屋に入って、机に謎の少年、ウィリアムからもらったスコープ付きの杖を立てかけた。そして本棚から武器事典を取り出した。

 当然、こんな難しい文章は読めないから、写真を頼りにこの杖を探す。数千もの杖の中から探すのは難しい。あたしはひたすらにページをめくった。

「ん?」

 目を引く写真があった。

 ウィリアムに貰った杖と瓜二つ。スコープ付きの杖だ。

 あたしは文字練習用の帳面を取り出して、アネラが書いてくれたメモ書きを取り出す。一文字一文字発音してみることにした。

「……し、ゃ、る、せ、ー、な……」

 なるほど。これはシャルセーナという杖なのか。

 絵を頼りに書いてあることを何となく考察すると、これは数千年前、三日月の精霊、シャルセアが星を見るために開発したもので、星種族の魔法が使える……

 エステラで一番使える魔術師が少ないと言われている星の魔術。理由は、単純すぎて深めるのが難しいというもの。

 あたしはシャルセーナをじっと見つめる。

 遠い宇宙の星の煌めき。生死を繰り返す星。暗闇の中の光。

 見たこともない宇宙への希望を、シャルセーナを抱きしめて想像した。

 ふと我に返り、壁にかけてある姿見にいるあたしをじっと見つめた。

 なぜだろう。あたしがさっきよりもずっと、輝いているような気がしたのだ。物理的にではなく、内からでる輝きというか……。とにかく不思議でたまらない。

 でも本当に、瞳のきらきら感が増しているようにも見えた。

「自分よりずっと広大なものを想像すると魅力が増すっていうよね」

 背後から聞こえてくるハスキーなとともに掴まれるあたしの肩。

 振り向くと雷姫がその切れ長で冷たい瞳をこちらに向けた。

「び、びっくりした……」

 そう言って胸を撫でおろすと、雷姫がヤレヤレとでも言うように首を横に振った。

「大げさなんだよ、レウェリエは。それ、シャルセーナでしょ?」

 あたしに抱きしめられたシャルセーナを長い長い指で差す雷姫。蜂蜜色に塗られた爪がなんとも美しい。

「シャルセーナは星。星は宇宙。というように頭が連想ゲームを始める。結果、自分よりずっと広大な宇宙を想像するってわけ。広大なものを想像すると、自分は守られている、という安心感に包まれてストレスが軽減し、最終的には内面からでる魅力が増す。まあレウェリエはもとから可愛いけどさ」

 いたずらにあたしの頭を撫でる雷姫。

「なっ……!」

 あたしは手で雷姫から遠ざかる。雷姫、口説き上手だ……!!!

 愛おしそうに目を細めた雷姫の頬に、黒いヒールが食い込んだ。立て続けにバットが頭部を叩く。その場に倒れる雷姫と、過呼吸になっているソフィア。

「雷姫? これはどういうこと? あたしが本を開いた隙にどっかいって、レウェリエに接触するなんて。ん? どゆこと?」

 狂気に満ち溢れた笑顔を浮かべ、雷姫に迫るソフィア。

「も、もう浮気なんて金輪際しないから! ずっとソフィアだけを見ているから! ごめんって!」

 手を合わせる雷姫の手をひっぱって退室するソフィア。

 浮気……? 

 こういうことはアネラに訊くのが一番いい。そう思ってあたしは廊下に出て隣のアネラの部屋に行った。

 帳面に向かって羽ペンを動かすアネラに話しかける。その文字は理解不能だったけれど、不思議で、何かあたしの知らない何かを綴っているようだった。

「ねえ、アネラ」

 と、言っ同時にガタン、と音を立てて真っ黒なインク瓶が倒れた。木製の床がたちまち黒く染まる。

「「あー!!!」」

 二人で叫び、部屋の隅に放置されていたぼろ布を取り出し、インクを吸い取る。

 あたしはインク瓶を無意識に倒してしまっていた。

 アネラはあたしを見て、深くため息をついた。あわあわ、この様子リーダーに見られたら即クビだろうなあ……

「どっこか抜けてるんだよなあ、レウェリエは」

 呆れ気味にまた一つため息をつかれた。

 どこか抜けてる。その通りでございます。アネラ王。そのお言葉、敬愛なる王家さまにお仕えさせていただいている身として、深く心に刻ませていただきます。はい。

「で、何の用?」

 明らかに「さっさと帰れ」と思ってそうだ。この自称絶世の美女。

 前アネラは自分のことを「絶世の美女」と名乗っていたことがある。確かにその通りだけれども、どっちかというとアネラよりソフィアの方が……ゲフンゲフン。

 だってアネラは清楚系な顔でちょい薄めだけどソフィアはムルシエラゴなだけあってぱっちり大きな瞳が特徴。黒髪に桔梗色をした瞳もまた美しさを増長させている。なんていうんだろう。ソフィアはこの現代エステラの美人って感じだけど、アネラは古代というか、古臭いというか……

 まあこんなこと言ったら抹殺されるから心の中にしまっておこう。

 それにしてもムルシエラゴは極悪非道な輩ばかりなのになぜか顔だけはいいんだよな。ムルシエラゴの性格は入っていない混血のエステラ人は縁談が殺到するようだ。

 ソフィアに関しては父も母もムルシエラゴで、しかも皇帝と皇妃の子、つまり皇女という物凄い血筋なのに性格はというとムルシエラゴ特有の残忍で狂暴な性格要素は一ミリもなく、むしろ慈悲深くなんなら臆病者だ。

 ああ、これ以上考えるとわけわかんなくなりそうだからここまでにして、そろそろ話を切り出そう。

「え、ああ。ソフィアと雷姫、最近なんか変じゃない?」

 そう言った途端、何かを綴っていた手をピタッと止めて、こちらを向いた。そして傍らに置いていたティーセットを手に取って、カップにローズティを淹れてあたしに手渡してくれた。きっと話が長くなると察したのだろう。

「ええ、そうなのよ。雷姫に話しかけただけなのにソフィアから妬みの視線を感じたりするし……」

 ローズティを飲んで窓の外を見つめるアネラ。ダイアモンドのように輝く星々。確か神話に書いてあったなあ……レーナさまが処刑されるときに流したダイアモンドの涙。

『私は何もやってない! 誰も殺してなんかいない! 逆に私の姉をあなたたちは暗殺したじゃない! なんで……なんで本来裁かれるべき立場にあるあなたたちが私を裁くの!? ねえ!?』

 普通で幸せな日常が壊れる音。悲痛な叫び。脳内に響く不協和音のようなそれはあたしの思考を蝕むようだった。

『エステラ人は本来全員裁かれ、処刑される立場にある。……が、君主であるお前さえ殺すことができれば我らの神ムルシエラゴさまもご満足いただけるだろう。さあ二代目エステラ王、……。黒い炎で丸焼きにされ、最期にはムルシエラゴさまの黒魔術で永遠に散るが良い……。これでお前と……の双子の終焉に立ち会えた。エステラは崩れ落ち、お前らは屍として永遠にエステラで暮らせるぞ……』

『私はこの人々の願いが絶えず、星たちがそれを見守るこの世界で永遠の天使として……』

 そこまで言った途端に火にかけられる水晶玉。悲鳴をあげる隙も無く黒魔術にかけられ、跡形もなく消え去った人影。そこにあるのはきらきら光るダイアモンドのような雫。それは炎と黒魔術に消えて行った神の子の最期の抵抗でもあり、愛しい神の民に遺した世界の輝きを灯す星屑でもあった……

 誰のものか、判らない。

 この記憶は、この思考は、この想いは、誰のもの? 

「……まあ、雷姫に関しては昔っから一風変わった子だったなあ……」

 我に返り、アネラの話に耳を傾けた。

「どんな風に?」

 あたしが訊くと、アネラは鞄から一冊の分厚い本を取り出して開いた。それはアルバムだった。

 そして写真を抜いてあたしに見せてきたアネラ。そこにはアカデミックドレスを着たアネラと雷姫がいた。

「まあ知ってるとは思うけど、あたしと雷姫って二千歳年が離れてるの。あたしが留年したのもあると思うけど、雷姫は飛び級しまくってあたしより後に入ったのに先に卒業しちゃった。彼女……いや、『彼女』と言っていいのか?」

 急に悩み始めたアネラ。

「どうして?」

「いやあのさ、雷姫って性別行方不明なんだよね」

 性別行方不明……? 確かにそれらしいことは匂わせていたけど、初耳だ。

「雷姫、今でこそ一人称『あたし』だけど学生時代は『僕』だった。なんか親戚のおばちゃんに矯正させられて今の一人称になったらしいけど。別に一人称誰がどれを使ってもいいと思うんだけど、前『あたしっていうの嫌だなー、前みたいに僕って言いたい』ってさ。そういえば学校の休み時間もぼーっとしてたし。ソフィアはムルシエラゴらしくない性格してるし、変り者同士仲良いんじゃない? 詳細は判んないけど」

 半目になって「知らん」的な表情をするアネラ。

 変り者同士……か。いや、王な上に巷で我儘王ってあだ名付けられるくらいのあなたも充分変り者だとは思うけど……

 結局結論は判らなかった。

 それにしてもアネラはさっきから何を綴っているのだろうか。

「ねえアネラ、今何綴ってるの?」

 あたしが訊くと、アネラは羽ペンを置いてあたしに帳面を見せてきた。読めないけど。

「二千歳になったら改名するから。もうすぐだけど。候補を考えていてさ」

 帳面には綺麗な筆記体が綴られている。あたしはポケットからアネラが書いてくれたメモを取り出す。よほど難しい文章でなければ、これさえあれば読める。

「カノア、ケイ、ケコア、ナル、ノア……」

 なんだろう。何かが足りない。

 確かにどれも上品な名前だけれど、何かが足りない。本当に何かが足りない。

 アネラという名前は響きがとてもいい。なんか無邪気さが強い可愛らしさというか、でも時に見せる優しい微笑みというか。そんなイメージがある。この幼名を改名してしまうのはとてももったいない。だからこそ、進化させなくてはならないのだ。 

 アネラとは打って変わって、優美さ、美しさ、女神の様な包容力とか……んー、難しい。

「進化させるといいと思うよ」

 あたしはそうぼそっと呟いて、部屋を出た。

 翌日。あたしたちはペンションを出、また歩き出すことにした。

「本当に行っちゃうのかい?」

 ペンションのオーナーである老夫婦が名残惜しそうに、エントランス先まで来てくれた。

「勝てたら、また泊まりに来ます」

 あたしは老夫婦ににっこりと微笑んだ。老夫婦も微笑み、あたしに一つの小包を渡してくれた。ずっしりと重い。

「ここらに伝わる魔導書さ。魔法だけではなく、生き方も教えてくれるから行き詰った時は読むといいよ」 

 老紳士は帳面も添えて渡してくれた。もうここら辺はムルシエラゴの略奪も起きていて、紙は貴重品だというのに。

 さらりとした紙面。そこには愛情がこもっている。

「ああ、あとお前さん」

 老婦人はアネラを呼び止め、一枚の手紙を渡した。

「はい」

「お前さん宛てに手紙が届いていたよ。差出人は『エステラ国立大会議所』だってさ。何かあったのかねえ」

 手紙を受け取り、封を切ったアネラは手を震わせる。小刻みに、プルプルと。

「ど、どうしたの……?」

 あたしが訊くと、アネラは真っ青な顔をこちらに向けてゆっくりと口を開いた。

「内戦が起こって、エステラがバラバラになるかもしれない……」

 内戦。平和なエステラが崩壊する。あってはならないこと。恐怖。消えて行く命。

 様々な単語があたしの頭の中を駆け巡る。

「ムルシエラゴによる略奪や武力侵攻が激しくなってきて、エステラの農村部、地方都市は水、食料、その他生活必需品は不足し、市街地が焼き尽くされてきている。地域と地域がぶつかって内戦が起き、分裂。こうなることが予想されてるの。だからどうするかってのを会議するってわけ」

 手紙にペンで署名するアネラ。するとアネラはあたしと雷姫、ソフィアに手紙とペンを渡してきた。

「え?」

「証言して。あたしの発言を」

「は、はあ……」

 あたしたちは署名した。

 しかしこんな、この先のエステラ史に刻まれるような大会議にあたしなんぞが出席するなんて……死刑になりそう……

「会議は明後日。言語が違うところがいくつかあるから、ソフィア、翻訳よろしく!」

「了解!」

 ソフィアは語学能力が高いらしい。まあ、ムルシエラゴの世界から逃げ出してすぐにエステラの公用語を覚えたのだから、当然っちゃ当然だけどね。

「あと雷姫! あたしが書く提案書の発表と、司会頼むよ! 話すの上手だし! レウェリエは……」

 さあ! どんな重大な役目が来るのか!? かかってこい!!

「あたし姿隠すから、カーテンの隙間から書類の出し入れするのやって!」

 書類の……出し入れ。まあ重大っちゃ重大なのか? ん?

 まあ、正装も用意しなくてはならないし、やることいっぱいだ。エステラ史が動く代わり目に立ち会う。その責任を全うしなくては。



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