朝焼けの海に。

 朝焼けの海は、美しく輝いていた。

「もう来てたの?」

 あたしは、つい最近再開を果たした前世の片思い人……。ホク・ロマン。彼は地球のヨーロッパでの死後エステラに転生したが、ムルシエラゴに捕らえられてしまった。

 そこからずっと逢っていなかった。だけども、巡り逢えたのだ。つい昨日に。

 犠牲になった仲間、ずっと友達でいてくれたレウェリエのおかげ。本当に感謝してもしきれない。

 前世は、二人で夜中の海に飛び込んで死んだなあ……。今世は夜中には死なない。だって、夜中に死ぬと来世、めっちゃ暗い人生を送るハメになりそう。だから来世、明るい人生を送れるように……。

「なんか、眠れなくてさ」

 初夏のエステラは少し蒸し暑かった。でも、彼が眠れなかったのはそんな理由じゃないだろう。今日、エステラに別れを告げるのだ。

 この世界でホクと暮らすのは、難しいと思う。ホクは長い間ムルシエラゴに捕らえられていた。だから偏見の目は、王であるあたしにも向けられるだろう。

 そんなの乗り越えればいい、とでも思うだろうか。でも現実はそう甘くない。転生後の幸せを賭けるしかないのだ。

「懐かしいよね……」

 ただひたすらに煙草を売っていたあたし。赤いバンダナにおさげ髪、ツギハギのサロペット。焼け跡の商店街で、外国の裕福層を待つ日々だった。

 今世はひたすらに孤独な王宮での生活。外に出ることさえ王宮の許可が必要だった。

「でも!」

 あたしは大声を出して、大きく伸びをした。体が窮屈に縮こまってしまったから、しっかりとほぐす。

「心の何処かにホクがいたから、乗り切れたんだと思う!!」

 あたしは飛び跳ねて、ホクに顔をグッと近づけた。

 日差しがあたしの髪に当たり、綺麗に反射した。

 朝の儚さは、本当に美しいと改めて思う。朝の柔らかな日差しは、全てを包み込んでくれそうで、思わずボーっと太陽と、日差しを反射する海を眺めてしまっていた。

 ホクはフッと笑う。

「それは良かった。しかし、辛かったなあ。デスグラシアのもとで暮らすのは」

 何事もないかのように笑うホクだが、デスグラシアのもとで生活するだなんて、辛かったに違いない。あたしはホクの手を取り、そっと包み込んだ。夜の冷たさに冷えたその手も、じんわりと温まっていく。

「それにしても、未だにホクに逢えたという現実が信じられないわ! 夢みたい!」

「そうだね。僕も信じられないよ。ところでさ、アネラ。君に新しい名前を考えたんだけど、聞きたい?」 

 新しい名前。あたしがもうすぐ改名する予定だというのを知っていてくれたのだろうか。

「聞きたい!!」

「アネラってさ、素敵な名前だと思う。だからさ、進化させなきゃならないじゃん? だから……『アクア』とかどう?」

 アクア。上品の中の可憐さがとても心地よい。大切な人から貰った名前。愛おしく、美しかった。

「いい!! すごくいい!! でも、もう使わないかな」

 もうあたしはエステラからいなくなるのだから。

 こんな幸せな時間、来世では味わえないだろうなあ。だから、しっかり嚙み締めて大事にしなくては。

「おはよう! 果物屋さん行ってくる! 店長さん帰って来たかなあ!」

「今日の朝市は何が安いかねえ。おっとその前に、教会のお手伝いの子に会いに行こう……」

 民たちの声が聞こえてきた。気づけば、朝焼けはだんだん薄れてきている。

 もう、時が来たのだ。

「ホク……」

「アクア……」

 永遠の幸せを祈って。来世でも結ばれることを祈って。エステラが、平和であることを祈って。

 あたしたちは、ずっと一緒だから。この世界に別れを告げよう。


 あたしたちは、海へ飛び込んだ————。

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