第73話 まずは、国語に慣れるところから始めてみませんか……


「狐井磨白さんは、新1年生ですね」


「はい!」


 大美和さくら先生からの率直な問いに対して、ラノベ部に入部を決断した狐井磨白きついましろは、威勢よく声も大きく返事した。

「新1年生から、まるで新卒採用の如きに、先生が新設したラノベ部に入部届をだしてくれたなんて、本当に嬉しいですね」

 大美和さくら先生は、肩に乗せていた手を、そっと……、その手を彼女の頭に乗せてから、

「なんだか、自分の娘が入部してくれたみたいですね」

 と、大胆な婚活発言をぶっちゃけた。

「娘……ですか? 先生って、それはちょいと……行き過ぎてます。私には家にちゃんと母親がいるもんですから」

「ふふっ……冗談ですよ」

「そ……そうですか。冗談で本気によかったです」

 あはは……と、狐井磨白が自分の頬を人差し指で触る。

 一方の大美和さくら先生はというと、そんな新1年生のたじろいでしまった姿になんか、気にも掛けていない。

 いつものように、微笑みを作ってその表情を、彼女の顔を覗き込みながら見せる。

 流石に、自分の娘――と言われたもんだから、そこはしっかりとツッコみを入れた狐井磨白。


 意外とね、自分の本当の両親以外から自分は両親みたいなものです……とか言われたら、いい気はしないものなのですよ。


「まあ……、ですね」

 大美和さくら先生が微笑んでいた自分の顔を、素に戻してから――

「さすがに、先生の立場から生徒を……しかも新1年生の女子に対して”娘”とかなんとか言ってしまったのは失言でしたと思いました。先生はこう見えて独身ですからね」

 自分から発した軽い冗談……だったのだけれど、これは冗談でも言ってはいけない内容だった、……と先生は思い直す。

「それくらいに……嬉しい入部なのだということを、先生は言いたかっただけですから。だから、どうか狐井磨白さんは深くは思わないでくださいね。先生の勝手な思い込みだったということにしてください」

「は……、はい。わかりました。先生……。はい」

 なんとなくではあったけれど、否……ラノベ部というだけはあるからして文学部や新聞部や古典部なんかとは違い、かなりファジーな部活動なんだろう……なと、それを大美和さくら先生という顧問の自分への対応を接して確認した狐井磨白だった。


「そんなことよりも……」


「そんな……ことだったのですか?」


 今までの自分へのやりとりは、先生にとってはその程度だったんだと……ここで改めてファジーな部活動なんだと思ったのである。

「狐井磨白さんは、ツインテールなのですね」

 大美和さくら先生が、摩っていた手を彼女の頭から両耳から垂れるツインテールに触れる。

「今時、ツインテールなんて珍しいですね……でも、とてもお似合いだと思いますよ」


「えへへ……そ、そうですか? でも、そんなことは」


 ツインテールを褒められたもんだから、狐井磨白が頬を赤らめて自分なりに謙遜した態度を作った。

「いいですね~。ツインテールが似合う年頃って……」

「……と、年頃ですか?」


「はいな。新1年生くらいの年頃でしたら、ツインテールを両耳から垂らしても、誰もがが『若いから、いいわね~』って褒めてもらえるんですから」


 うんうんと……、自分でそう言っておいて、そこにさり気なく若さというキーワードをぶっこんでいる。

「褒めてもらえるって……、あの……先生? 私は別に他人から褒めてもらうことを目的になんか……」

 なんか、話が自分のツインテールを褒めてもらっていると思っていたのだけれど、どうも様子がおかしい……?

 なんていうか、巧妙に偽装されている大美和さくら先生自身のやっかみのような……

 狐井磨白は眉をピクッと引きつらせながら、直感的に思ったのだった。


 でも……である。


「そうですか……狐井磨白さんは殿方に見惚れさせたいがため……ではなくて、そう思ってツインテールを」

「そう思って……とか、そうですか……とか。あの先生?」

「はい?」

 自分が吐いている言葉の数々の中に、さりげなく自分の劣等感? だと思うが要するに『うんじゅっさい……』という推定年齢27歳の自分が、今目の前にいる新1年生の女子生徒を見ていて、

 自分勝手にではあるけれど……と作者は前置きしておく。



 傷ついたんだね……大美和さくら先生。



 推定年齢27歳であるからして、この歳でツインテールをすることはみっともないと自覚しているのだろう……大美和さくら先生は。

 だから、先生は今目の前にいる新1年生の狐井磨白のツインテールを間近に見てから、こう思ったんだろう。


 いいですね~。

 ツインテールなんかを気軽に結える年齢なんですからね……。

 先生が聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒の時には、ずっとイジメられて先生は図書館で暇を潰すしかなかったんですから、男子に対して異性をアピールする時間さえもイジメで奪われてしまってね。

 とかなんとか……


 こんな潜在意識に記憶されている過去の悲痛な体験が、狐井磨白の軽快な性格と容姿から……ツインテールのことだけれど。

 刺激されてしまったんだね。



「あ……のう? 先生? ちょいと気持ちを抑えてください……」

 なんかラノベ部の記念すべき入部の自己紹介の場面で、なぜか顧問からやっかみをもらい受けてしまっている自分。この場面をなんとかするのも新入部員の気概なのか?

 たぶん違うのだとは思うけれど……それでも新人としての腕の見せどころ……、先生から信頼されることは何より大事だと思うし、先生から大切に思われないと、これから部活動ではやっていけない。

 いや、大切に思われないと……というのは、先生が思う自分の髪の毛――ツインテールへの執着心なんかじゃなくて、そう意味じゃなくて、つまりは……自分は新入部員ですという意気込みをこの自己紹介という場面でちゃんとアピールしなければいけないと思うから。


 とかなんとか、狐井磨白は見た目はツインテールなのだけれど、内心は真剣に部活動のこれからのこと。部活動の中においての自分の立ち位置とかを瞬時に想像してから、

「と……というわけで、私の自己紹介はこんな感じです。終わります……」

 早々と、ここはおとなしくして終えようと彼女は判断したのであった。




       *




「だから、俺は言っただろ。お前に……新高校生になってツインテールはヤバイってさ」

 隣に立つ兄――狐井剣磨きついけんまがボソッとぼやく。

「お兄! その言い方って何なのって……、 んもー!! 」



「あ……」



 この時、この小説でとても大切な……というよりタイトルにも書かれている『んもー!!』が出た。

 そして、先の『あ……』というセリフは、当然に新子友花が自席から思わず条件反射的に呟いた言葉だ――

 どうしてか?


 あたしと同じリアクションをする女子が入部してきた……と思ったからである。

 別にうれしいとかなんとか……という気持ちはなかった。


 純粋に、あたしと同じだ。


 という親近感を思っただけだから(今のところは……)。



「何なのって?」

 妹――狐井磨白が兄に上見してから、両手を腰に当てて突っかかる。

「いいか……よく考えてみろ」

 そんな妹の悪態……ではないけれど、はしたない態度なんてものは自宅で日常的に恒久的に見てきているものだから、兄である狐井剣磨は妹を袖にした。

「例えばだ……」

 腕を組む彼が――


「例えば、うんじゅっさいの[本田翼]がツインテールしました……って[ツイッター]で報告したら、誰だって引くだろ?」


 ここで、兄の狐井剣磨は分かりやすい例え話を創作する。

「本田翼って……だれ?」

 それもミスったか?

 妹の狐井磨白には本田翼が誰なのか……それ自体が分からなかった。

「誰って……。本田翼だぞ!! 知らないのか?」

「知らないって……お兄? その女の人って……だれ??」

 再び『だれ』を繰り返した妹――

「本田翼だぞ、CMクイーンの本田翼で……、可愛くて……」

 彼、思わず主観を込める……。学園ずっきゅんどっきゅん男子――


「だから、知らないってば~」


 狐井磨白の脳内には本田翼の思い出も記憶も、なんにも無かった。

 それは、[ドラクエ]が35周年を迎えました! と言っても、今の若者達にとっては『ああ……! [ビアンカ]とか[バーバラ]がヒロインの、あの定番RPGだよね』というくらいの思いしかないように……。


 ちゃう!


 定番ちゃう! 名作RPGと言いなさい!!

 それに、ドラクエの本当のヒロインは、夜の界隈に現れる『ぱふぱふ・お姉さん』だから!!

 ……と、作者が言っても相手にもされない……。時代の流れを大美和さくら先生と同様に感じてきた――うんじゅっさいである。

 話は、本田翼がツインテールを……


「だから、うんじゅさいのCMクイーンがツインテールしていたら誰だって引くだろ?」

「お兄って、じゃあ私のこのツインテールはもう高校生になったんだから、もうやめてさ……おろし髪にしろって言いたいんだ」

 狐井磨白は両手でツインテールの先を持ち上げて言い放った。

「俺が言いたいのは、高校生でツインテールやってるってのは、かなり勇気あるなってことをだ」

「勇気って、いいじゃない? こんな私のヘアースタイルだって好んでくれる男子がいるって! 必ずね~♡」


「必ず……と、言い切るのか。お前は」


「妹は言い切ります! キッパリとだ――」

 エッヘン! という気持ちを腰に両手を当てている仕草からして、あからさまに兄に対する攻撃姿勢を見せている狐井磨白だ。

「お前は、兄に対して――」

「そうそう……、いつもさ、お兄はそうやって兄っぽいつらを出して、自分がピンチの時にさ、出してきてから……だから弱いっつ~の」

「よ……弱い」

 男子プライドが傷付いたのか……だろう。

 どうして妹風情に弱い扱いされなければいけないんだ。と、狐井剣磨は、

「俺のどこがだ?」

「ま~だ、わからないの……。そういう勇気とかいう単語をこういうあんたの劣勢場面で出すことそれ事態が、弱さの裏返しだってことよ」

 腰に当てていた一方の左手を離してから、ぐっと兄の顔の真ん前に……ついでに人差し指を向けて、

「お前ってさ、いい加減にそういう威勢というか……つっぱった態度を兄に」

「まただ! 兄だ。兄だからって何なのさ? たった数年先に生まれただけでさ、何さ、いい気になってんの? それこそ思い上がりだよね?」

 正確には、狐井剣磨は妹よりも一歳年上なだけの兄でしかない。

 人差し指を兄の顔に向けたままの狐井磨白は、


「だから、あんたみたいな兄をさ、私がこうしてラノベ部に誘ったんじゃん? ありがたく頂戴しなさいな。あんた2年生になったんだから、少しは先輩らしくしてほしいよ……てのが妹からのお願いで~すからさ!」


 肩をすくめる狐井磨白は、ついでに顔もダメだね……という具合に左右にフリフリして心底呆れましたという気持ちを目一杯にジェスチャーしたのだった。

 でも、それって……やりすぎなんじゃね? 積もり積もった怒りを今この時に……入部の時に?




       *




「……あのう」


 部室の前で兄妹喧嘩を始めた兄妹の2人に、

「はい! 忍海勇太君? 何でしょう」

 いつの間にか自席に座っていた大美和さくら先生が(……たぶん、辟易したからでしょうね)、向かいに座る彼を見る。

「先生? 俺……、部長として言いたいことがあります」

「そうですか? ……では、お構いなくどうぞです」



「……って、お兄は……。ぶちょう?」


「お前……も……さ。ぶちょう??」



 狐井磨白と狐井剣磨の兄妹が、キーワード『部長』という言葉に引っ掛かるなり、それぞれ言葉のトーンを落としていく。

「……あのう、あのさ。新入部員の狐井さん2人に言いたいことが、部長としてあるんだけれど……」

 忍海勇太の表情は珍しく真顔だ――

 授業中に、勉学を怠けている不愛想なそれでもなく、前席に座っている金髪山嵐こと新子友花の腰まで伸びている髪の毛をいじくる時の暇つぶし的なそれでもなくて、彼の表情は真顔だ――

 部室に入ってくるなり、自己紹介もまともにできない2人に対する苛立いらだちなのか?


 少し違う――


「あのさ……。新入部員の狐井磨白さん」

「は……はい、部長さん」

 彼女は差していた指を静かにおろした。

「その……、お兄さんがさ」

「はい」

ツインテールは、女子高生としてキツイとかなんとか言っているけれどさ、俺はツインテールはとても似合っていると思うから、いいじゃん」


「……部長……先輩……。さ……ま……」


 後輩から、部長に先輩と、おまけに様まで3つの敬称をつけてくれたぞ……。

「いや……俺のことは忍海先輩とか部長と呼んでくれていいからさ」

 ってラノベ部の部長――忍海勇太であるからして、そうなのであるからここは黙認ぞ。

「は……はいな~! 忍海部長さま♡」

 両手を胸の前でがっつりと握りながら、狐井磨白がクネクネと腰を振って怪しいダンスを始める……。

「いや……さまは取っていいから」



(……なに、こいつ部長ぶってんだか?)



 ちらりと……そう瞬殺的に殺意を――否、嫌悪な気持ちを心に抱く新子友花だった。

 それに付けて加えると、


って、なに自分好みの後輩が入部してくれたからって、……ああってさ、何自分をさりげなく『俺は、いい先輩です~』ってアピールしてんだか?」

 頬杖を突きながらの新子友花は、いつも……日常的に恒久的に自分のことを『お前』って呼ばれてる蔑称に対して、後輩にはって言いやがる忍海勇太に……、

「まあ……、あたしも女子高生がツインテールするのは問題無いと思うけれどさ。……ああ、あたしは2年生からラノベ部に入部した新子友花だぞ」

 対抗する追随する……? いや、巧妙なる嫌気だな。


「……新子先輩? ああ…… ああ…… って、んもうー!! ありがとうござんす」


 女子として、先輩女子に認められた感を感じ取った狐井磨白が、頬杖を突いたまま……窓の向こうを見つめている新子友花に、

「……あ、先輩。先輩も私の味方なんですね。先輩って綺麗で美しくて可愛くて、可愛いですから」

 これでもかという様に、新子友花先輩をべた褒めしたのだった。

「……あ、ありがと。あ……あたしのことは新子先輩でいいからね」

 窓の向こうを見ながら、自分はあんたのことなんかさ……まだラノベ部の部員としては認めてなんかいないぞ。

 という空気感を思いっきり見せつけて、しかし、心の中では、


 あ……新子先輩。先輩なんだ……あたしって


 あたしって


 先輩になっちゃったんだ。



 うほほ~い♡



 こんな具合に、実は……めちゃんこうれしかったのである。それに付け加えて、『んもー!!』信徒がいることにも快感を覚えたのである。

 じぶんだけが『んもー!!』を言うのかと思いきや、他にも言う人がいることを真ん前に目撃して発見して、気分はうほほ~いなのだ。




  落ち着け……、


  新子友花……先輩よ。




 どこからともなく、聖人ジャンヌ・ダルクさまからの……ありがたい助言が聞こえてきた。




「でさあ……、兄の狐井剣磨よ」

 そこは君もさんもつけない忍海勇太だった。

「はい……。忍海先輩。なんでしょうか」

 狐井剣磨が……いや始めからおとなしく両手をさげている。

「君もさ……」



(そこは『お前』にしろよ……勇太ってば)



 どこからともなく……、いやいや斜め向かいの席に座っている新子友花が思う忍海勇太への憎しみ。

 どうして、あたしだけが、あんたに『お前』なんだ?

 という苛立ちの気持ちを、彼女は頬杖のままに冷めた冷麺の如き視線を……それって旨くね?




  だから、落ち着こうぞ――  新子友花よ




「君も入部するんだけれど……、2年生からさ」

「はい……。入部することになりました。……先輩、あの中途の入部に問題が」


「いやない。……ないない。全くない」


 そう言うと、何故か忍海勇太は斜め向かいの新子友花を睨み付け……た?

「ちょいな! 勇太。どうしてあたしを見る?」

「お前も2年生からの中途入部だったろが。ついでに言っておくけどさ、格好付けて先輩気取るの可愛くないからな」

「……そ、だけどさ。って事実先輩だわいな! ほんとあったまにくる勇太って」

 あたしには『お前』ってさ、でも後輩君には『君』って、なにこれ? この不条理で理不尽なラノベ部の部長って、新子友花は狐井兄妹の先輩として、はっきりと忍海勇太ラノベ部の部長に抗った。

 んで、だから――


「ねえ? 狐井剣磨さん?」

「はい……。先輩?」

 名指しされた彼が新子友花に対面を向ける。

「あの……さ、部長から君って言われてさ、その部長があたしには『お前』って言うの、どう思う」

 ここで難解な問いを後輩にぶつけていく新子友花。

「……どういう質問なのか? よくはわかりませんけれど」

「つまりさ……。相手に対して『お前』ってのは日本語をたしなむラノベ部の部長としていかがでしょう……ということよ」

 さりげなく日本語を嗜む……とかなんとか、実際は「嗜む」の意味すらよく分からないくせにの主人公よ――

「……はい、それはその。相手に対してたとえ親近感があったとしても……、日本人として相手を『お前』と呼ぶのは問題があると思います」

 狐井剣磨は、新子友花先輩に小さく一礼する。


「思います――だわさ! それ、その言葉がモンキーゲッチュだわい!!」


 テンション高ぶった新子友花が言う時には、必ず語尾がおかしくなる。それはラノベ部の先輩としては問題があるぞ。

「あ……のう。先輩?」

 新子友花のこのテンションぶりな……性癖を初対面である狐井剣磨が理解できることはなかった。当たり前である。

「ほら! 勇太って今あんたも聞いたよね? 後輩君が『お前』は間違っていると?」


「別にさ……このラノベ部は中途入部しても問題無く活動できる部活動だから……それはいいのだけれど」

 ラノベ部の部長、新子友花を袖にした――

「はい……部長」

「できれば……その中途に入部する理由を知りたいなって部長は」

「……ですよね」

 狐井剣磨は、今度は自分の体面を新子友花から部長の忍海勇太に向けた。

「……そのですね」


 ――と、


「忍海勇太君、それは先生から教えますよ」

 突然、大美和さくら先生が席から立ち上がって、向かいに座る彼に言い放った。

「先生?」

 勿論、いきなりの展開で驚きを隠せない忍海勇太である。


「はい……」

 大美和さくら先生は、スタスタと部室前に立っている狐井磨白と狐井剣磨の間へと歩みを寄せてから、

「先生は狐井剣磨君のクラスで現代文を教えていましてね……。彼は……その現代文の成績がよろしくなかったのですよ」

「だから……なんですか? 無理矢理に部員にしようって根端で先生――」

「こら勇太、先生にその言い方はNGだから」

「そうか? でも、顧問だし」

「顧問だからこそだぞ……。んも」

 斜め向かいに座る部長に顧問の先生に失礼のないようにと、新子友花は彼の言葉使いを指摘した。


「ふふっ。だからですね……」

 先生はそれぞれの2人の肩にもう一度手を乗せる。


「先生は狐井剣磨君にこう言ったんですね。自分の国語の成績が思うように伸びていないと思っているのであれば、どうですか? まずは、国語に慣れるところから始めてみませんか……ってね」



 まずは、国語に慣れるところから始めてみませんか……



「あたしと同じ理由だ……。大美和さくら先生――」

 新子友花、あたしが先生に言われたことと同じだと気が付いた。


「だから、新年度から新しく先生が顧問をしているラノベ部に入部しませんかって……ね」

「先生が、誘ったんですか。彼を!」

「はいな!」

 忍海勇太のちょっとした疑問、2年生からラノベ部に入る理由を……まさか先生から教えてもらえることになるとは。

 聖ジャンヌ・ブレアル学園とは分からないもんだ……。


 そんな大げさな――




       *




 そこへ――、


「3年生になっても、ラノベ部員で~す。神殿愛が生徒会室から凱旋して来ましたよ」


 この部室の空気を無下にして、生徒会長の神殿愛が部室に入ってきた。

「いや~、遅れてしまいましたね。でもね……。私は生徒会が忙しいからラノベ部をおろそかにしているなんて思っていませんから……って断言しますから」

 独り言を言いながら、彼女は自分の席へと歩きて行く。

「私は二足の草鞋を履く女子だと……そう罵るやからもいるのかもしれません。けれどね」

 着座――

「けれどさ……。二足を履いているからこそ、生徒会長として見えてくるものがあるのも事実でして、具体的には――」

 いつものようにだ……よく喋る生徒会長だ。

「ラノベ部ってさ、こんなに和気藹々わきあいあいとさ、ほがらかに活動できる部活動てのにさ、私が入っているから、なんていうかさ……」

 着座してから、カバンを足元に置いた。

「なんていうか……、そう! 聖ジャンヌ・ブレアル学園の本当の生徒達の声っていうか、そういう気持ちっていうか……が、よくわかるんだよね」

 置いてから、カバンの中から自分のPCを取り出しては、それを机の上に置いた。

「そのさ……わかるっていうことが、生徒会長としてのエネルギーにもなってさ、いろいろと新しい学園運営のためのアイデアが浮かんでくるわくるわってね。だから、ラノベ部には感謝しているんですって、生徒会長としても――そうそう」


 神殿愛は一人上手なままに、両手をパチンと合わる――


「私の公約のバリアフリーですけど。これって、ビックニュース!! 予算はすでに貰っているんですけれどね……その予算を使って、ようやく学園全体のバリアフリー完備のための修繕を行える手配てはずが、スケジュールが決まりましたよ~♡」



「そうですか……。それは素晴らしいですね」

 顧問の大美和さくら先生は、自席に座っている神殿愛に祝福の言葉を掛ける。



「はい! 先生――本当に私は嬉しいですよ。だって、バリアフリーを完備することが、私が生徒会長としてたった1年の任期中にやり遂げたい、目的のひとつなんですから。それが、ようやく―― これでさ、猪狩先輩も喜んでもらえたらね」

 合わせていた両手を今度は、聖人ジャンヌ・ダルクに祈るように強く握りしめてから、

「ようやく……ね♡ バリアフリーを充実させて聖ジャンヌ・ブレアル学園の、これから入ってくると思う身体の不自由な後輩にも、私は生徒会長として責任をしっかりと……」




「バリアフリーのことはね、先生も素晴らしいと思うんだけれど。あのね……、ちょっと口を閉じてくれませんか?」




「大美和さくら先生……」

 新子友花が、今まで見たことのない先生の姿と発言に驚いた。

「先生……」

 忍海勇太はというと……、1年生の時から知っている顧問の先生であるから、おおよその気持ちは理解できていた。


「……せんせい?」

「せ……ん……」


 新入部員の狐井磨白と狐井剣磨は……、絶句寸前で。



「先生……? あの……私って、何か先生の気にさわることを……その、言いましたのでしょうか」

 神殿愛は、よくわからなかった。

「ええ……。今言ったじゃないですか」

 それでも、顧問の大美和さくら先生ははっきりとそう言ってから、



「ここは生徒会じゃなくてね……。ラノベ部なんですよ。ラノベ部員のみんなに、私は感謝の気持ちを持って接しているからね……。ラノベ部はね、生徒会の運営のための捨て石なんかじゃないって……それはあなたも、そう自覚していることでしょうけれどね。でもね……、今はちょっと黙っててもらえますか? 大事な……とっても大事な新入部員の歓迎式典の最中さなかなのですからね」



 私、大美和さくらにとって、ラノベ部というのは自分が新設した自分が生んだのような部活動なのですから――





  ほら、大美和さくら――よ。


  お前も落ち着こうぞな。 お前にも、我のことを教えただろう。


  あの日、我が見つめた丘の上の草原を、彼を……、我は今も思い出すんだ――と。


  誰もが通る道というのを、通ってきた大美和さくら……、そして、我ジャンヌ・ダルクなのだから。


  この子供達の青春を大切に守っていける、うんじゅさいの先生になろうぞ!





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

 また、[ ]の内容は引用です。

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