第72話 兄妹そろってラノベ部に、ようこそ♡


「失礼しまーす!」


 ラノベ部の部室の扉の向こうから、大きな声で女子が聞こえてきた。

 とても軽快で明るい声だ。


「はい、どーぞ」

 大美和さくら先生は、自分の席から後ろを振り返りながら、こちらも大きな声を出して入室を促す。


 ガラガラっと、勢いよく扉が開いていく……と思ったら。

 扉を半分くらい開けたところで、

「……。……って、ほら!」

 女子の声が、また聞こえてきた。

「……だから、いいって。俺は」

「よくないってば、おにい――」

 隣に立っているだろうその人物が『俺は』と自分のことをそう言っている。だから男子であろう。

 それに『お兄――』と、女子が男子のことを読んでいるところからして、

「もうって、お兄! ラノベ部の顧問の先生に入部届を出したんだから」

「出したんだからって、お前が勝手に俺の分まで提出したくせにだろ?」

「そうだけど……。だって、この前リビングで私と話し合ったじゃん」

「話し合ってなんかいないぞ」

「したってば」

「……してないぞ」


 兄妹の関係であることは、聞こえてくる会話の中身から判断できた。

 その兄妹の2人が、部室前の廊下でなにやら……もめている様子。


「なかなか……入ってきませんね」

 少し首を傾けて、半開きになっている扉を覗こうとする大美和さくら先生――

「何か、あったのですかね……」

「あ……、あのう、大美和さくら先生?」

 隣に座る新子友花が、先生の肩を人差し指でツンツンと触る。

 先生、すぐに振り返ってから、

「はい? 何か――」

「あの……、新入部員って確か2人でしたよね。もうすぐ部室に来るっていう」

「そうですよ。2人来るんです」

 大美和さくら先生は新子友花の顔を見て微笑み、

「女子生徒1年と、男子生徒2年の2人ですけれど……。何か問題でも?」

 顎に人差し指を当てて両目を数回パチパチと瞬きをする。ちなみに、顎に人差し指を当てるのは先生のクセです。

「その2人って、もしかして――」

「俺も、それを聞こうと思っていたんだ」

 忍海勇太が新子友花の言葉にかぶせてくる。

「勇太? もしかして……あたしと同じことを聞こうと」

「たぶん……お前と同じことだと思ってる」

 そう自信ありげに言いながら腕を組んだ忍海勇太、半開きになっている扉を見つめた。

 その視線、なんていうか……。白々しさたっぷりで無表情を通り越した冷めた目をしている。


「お兄って! 往生際がわるすぎだかんね。もう部室に入りまーすって言ったんだから」

「言ったんだからって、俺は言ってないぞ」

「言ってなくても入るしかないんだから、ほらって」

「そう腕をキツくもつなって……。前から思っていたけどさ、おまえ妹のくせに握力ありすぎだろ……」


 半開きになっている扉の向こうでまだもめている。

 その会話? を聞いていた……聞きたくなくても聞こえてくるのだけれど、新子友花が、

「勇太……、聞いたよね?」

 扉を見つめたまま忍海勇太に話し掛ける。

「ああ……、俺も聞いた」

 お互い視線を合わせることもせず、冷めた視線を扉に向け続けている。新子友花の視線も、彼と同じように両目に力が入っていない。

「今、はっきりと『妹のくせに』って」

「そうだな。そう言った『妹のくせに』って言った」

「ちゃんと聞こえたね」

「俺も、ちゃんと聞こえた」


 新子友花と忍海勇太――同じタイミングでお互いを見る。


「……だよね? 勇太」

「だろうな……」


 そして、これも同じタイミングで大きく頷く2人なのだった。

「だよね? 新入部員に何か思うところがありますか?」

 それぞれの無表情一歩手前の顔を交互に見てから、大美和さくら先生が聞いた。

「先生……。新入部員って」

「忍海勇太君? 何でしょうか」

「大美和さくら先生……、あたしの質問も勇太と同じです」

「新子友花さん? そうですか……2人とも息が合いますね」

「じゃあ、俺言うからね」

「うん、勇太」

 ラノベ部の部長である忍海勇太が代表して、顧問の大美和さくら先生に質問をする。



「今日来る新入部員ってのは、兄妹きょうだいなんじゃないですか?」



「ナイスだぞ! 勇太、お手柄」

 自分が疑問に思っていたことを、しっかりと顧問に尋ねることができた忍海勇太に、新子友花が親指を立ててグッジョブを見せた。

「何がお手柄だ……。扉の向こうで言ってたじゃないか。『妹のくせに』とか『お兄――』とか」

「ま、どう聞こえても兄と妹の会話だよね……」

 グッジョブの親指を、今度は真下に向ける新子友花。

 これくらいのこと、あたしにでも気が付いたんだからね。と、素直に彼を褒めようとはしない。

「お前さ……。勇気を出して先生に質問したこの俺を、部長の俺を少しは敬えって」

「なんで勇太を敬わないといけないわけ? 勇太は部長として当然の質問をしただけなんだから。別に褒めなくてもいいはずでしょ? あと、あたしのことをお前っていうな!」

 忍海勇太からの『お前』発言から、いつもの返しでツッコミを入れる新子友花だった。

 すると――、


「ええ! その通りですよ。御名答ですよ」


 そんな、2人のやりとりがなんだか可笑おかしかったのか、大美和さくら先生がクスクスと口元を隠しながら微笑んで。

「……ええ、あの扉の向こうにいる新入部員の女子と男子生徒は兄妹ですよ。1年生の女子と2年生の男子です」

「大美和さくら先生、兄妹そろってラノベ部に入部してくるんですか?」

「はい! そう聞いていますよ」

「兄妹そろって、ラノベ部に入るか? 普通……」


「別にね、兄妹で同じ部活に入部してはいけないなんて校則はありませんから……かまいません。先生はそう思いますけれど?」

 口元を隠しながら、クスクスと少し半笑いの表情を見せている大美和さくら先生だった。

 よっぽど新入部員が来ることがうれしいのだろう。

 自分が学生時代に創設したラノベ部――昨年までは忍海勇太と神殿愛の2人しか部員がいなくて廃部寸前だったけれど、新子友花が入部してくれて……それから東雲夕美と、今年から入部することになった新城・ジャンヌ・ダルク。

 気が付いたら、けっこう多くの部員に恵まれていた……笑いが止まらないとは言い過ぎなのだろうが、それでも部員が多くなってくれることは素直に嬉しいのだ。


「いや……先生って。そういう話じゃなくて。俺が思うことは……俺は男だからそう思うのかもしれないのですけれど」

 組んでいた両腕を膝に卸す忍海勇太に、

「はい? どう思いますか」

 優しい眼差しを向ける大美和さくら先生が、素朴に疑問に思いながら彼に尋ねる。

「兄と妹……ですよね? 兄としては、妹と同じ部活に入るなんて嫌じゃないですか」

「……う~ん」

 忍海勇太が男性視線で兄の気持ちを想像して、そうしたら先生は顎に人差し指を当てて少し考え始める。


「……そのようなものですかね。男子の気持ちって? 先生は一人っ子なので、兄妹の気持ちのやりとりについては正直言ってよくわかりません……けれど。ねえ、新子友花さん?」


 まさかの、大美和さくら先生からの無茶振り――

「せ、先生!? なにか……御用で」

 真下に向けていたグッジョブの親指を、先生の手前慌てて膝に隠す新子友花だ。

「いえ、新子友花さんは確か……お兄さんがいましたよね?」

「は、はい……。入院している兄がいます」

 新子友花には兄がいる。

 いるのだけれど……そのお兄さんは若くして脳梗塞になってしまい現在入院している。このことは、この小説の最初の章に詳しく書いた。その内容はかなりシビアであるから、恋愛編という新章にもなったことだから、もうここで書こうとは思わない。

 その方が、これからのこの小説を読者に楽しんでほしいという作者からの気持ちでもあり、願いでもあるからだ。

 


 学園ラブコメというものを初めて書いてみようと本気で思ってから、もう3年ですか……

 正直に言うと自分のために、ライティングキュアという自分の気持ちを整理するために、この新子友花の小説を書いてきて、だいぶ改善された自分の気持ちが恋愛編という新章になって新生できたと自分で思っている。

 いろんなことがあったけれど……作者は元気です。

 書いてきてよかった。


 ひとこと、書いておくとすれば、新子友花が早朝に聖ジャンヌ・ブレアル教会に祀られている聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈りを捧げている本当の理由というのが、彼女の兄の病気が回復しますように――という純粋な祈りなのである。



 話を小説に戻します――



「新子友花さんだったら、お兄さんと一緒にラノベ部に入部してくれますよね……」

 大美和さくら先生は、いつも見せてくれるようにニコリと微笑んでから彼女を見つめた。目をキラキラとさせながら……。

「大美和さくら先生、それってどういう……」

「いえ、別に新子友花さんのお兄さんをラノベ部に誘っているわけではありません。それに、もうとっくに高校生という年齢じゃないでしょうから」

「はい……」

「その。あなただったら、どう思いますかって……。お兄さんを誘って、同じ部活に入る気持ちはありますか?」


「兄を誘って……そうですね」

 しばし天井を見上げている新子友花が、自分と兄が同じ部活で席を共にしている場面をそうぞう……


「ないな……これ」


 大きく首を左右に振って、独り言をボヤいて否定した。

「そうですか……。新子友花さん、それはどうしてでしょうか」

「だって、先生! 家でも一緒にいる兄と、学校の部活でも同じく一緒に活動するなんてキツイですって……」

 自分が想像した兄と同じ部室の場面に。腰まで伸びている金髪の地毛を逆撫でる新子友花。

「キツイですか……。そういうものですか」

「キツイですって! そりゃ」

「そうですか……」

 大美和さくら先生が、顎に当てていた人差し指を膝へと下ろす……。

 先生は別に落胆しているわけではなかった。ただ純粋に兄妹という関係というものに興味があっただけである……。ずっと寂しかったという気持ちと、学校でずっとイジメられたという哀しさからの羨望からくる興味だっただけである。




       *




「ほらって! お兄――」

「嫌だって」


 まだ、もめている――兄妹だった。


「そんなこといわないでって……。もう扉開けちゃうからね」

「開けるなって」

「失礼しまーすって言ったんだから、入らないと」

「入らなくていいって」

「そんなことないから……、いいね。開けるよ」

「開けるな」

「開けるって」

「だから……俺はいいって」


 半開きになっている扉だから、部室の中にまで兄妹ゲンカ? のような言い争いがよく聞こえてくる。


「……まだ、入って来ませんね」

 大美和さくら先生が、なんだか心配に思ってきた。

 部室に入ってくるなんて、なんてことないはずなのだけれど、何故だか扉の向こうにいる兄妹は……そうできないみたいで。

 もしかして顧問の自分に落ち度があったから入ることを拒んでいる……?


 そやないで――


 妹が無理矢理に兄を入部させたから……兄が拒んでいるだけだから。

「……なにを、もめてんだろね? 勇太」

「……さあ、知るか」

 新子友花と忍海勇太は、再びお互いの顔を見合った。


「んじゃさ! 覚悟を決めて入ろうね♡」


 半開き状態の扉に女子の手が見える。その手は勢いよく部室の扉をガラガラと開けていく――いこうとしていたら、

「なにが、入ろうね……だ」

 兄であろう男子の手が、その女子の手首を掴んで扉を開けることをはばもうと。

「お兄らしくないって……」

「らしくなくていいから」


「そんなこと……。だから、諦めってば、ほら……もう開けるからね!」


 ……そんでもって、ラノベ部の部室の扉はようやく全開したのであった。



「あ……開いた」

 新子友花が全開した扉の向こうから輝く放課後の光に反応して、忍海勇太に向けていた顔を思わず扉に向ける。

 そして、


「失礼しまーす!」

「し……失礼します」


 最初の軽快な女子の声と共に、ラノベ部に入ってくる妹と――

 後からしぶしぶとそう言い放ってから、これも渋々な感じで部室に入ってくる兄――。

「はい! 新入部員の方々ですね~」

 大美和さくら先生は満面の笑みを作ってから、胸前で両手をパチンと合わせて兄妹を歓迎した。

「あ……はい、先生。先日、入部届を提出しました……」

「はい、しっかりと覚えていますよ」

 うんうんと、嬉しそうにその新入部員を見つめる先生が、

「どうぞ、部室の前に立ってください。それから自己紹介を早速ね~」

 手の平を部室前に向けて、そこに立つように促したのだった。


「は……はい。先生」

「……はい」

 妹と兄と、その態度は真逆である。妹は急々いそいそと早歩きに、一方の兄はというと……少したどたどしく、渋々感を出しながら歩いていく。

「あ……! オレンジ色と青だ」

 兄妹の胸元につけているリボンとネクタイの色に、新子友花が注目する。

 新子友花が着けているリボンの色は赤紫色――これは聖ジャンヌ・ブレアル学園の3年生であることを表している。

 一方の兄妹、妹のリボンはオレンジ色で、これは新1年生のカラーだ。そして、青色のネクタイを着けている兄はというと、先の1年生のカラーであり、現在の新2年生のそれである。


「それでは、早速ね。自己紹介をいっちゃいましょう!」

 テンションが……チョイ高めになっている大美和さくら先生が兄妹に振る。

「は……はい、先生」

 最初に自己紹介をするのは……軽快な女子、



「私の名前は狐井磨白きついましろです。新1年生です」



 足早に自分の名前を言ってから、彼女は深くお辞儀した。

 その時にツインテールが揺れること、揺れること……。

「んでさ、こっちが……ほら! お兄も」

 肘でグイグイと兄の腰を着く狐井磨白――

「わかってるから、つつくなって」

 明らかに妹を嫌悪な視線で流し見る兄だった。

「俺は……」


「はい……そこは僕、あるいは私と言い換えましょうね」

 国語教師である顧問の大美和さくら先生が、自己紹介の時のマナーを彼に素早く諭す。

「……はい、先生」

 彼は頬を指で触って、少し照れてしまう。

「うん……そうですね」

 そんな彼を先生は、微笑みながら見つめている。



「ボク……。私の名前は狐井剣磨きついけんま……です。2年です」



 兄妹だからか……、ツヤが綺麗に光る銀髪。妹の銀髪のツインテールの色と兄の短髪の色とが同じだ。

 狐井剣磨は自分の名前を言ってから、頭を触って照れてしまう。それから、すぐに妹と同じように深く頭を下げたのだった。


「はい! まずは名前を頂戴しましたね」

 大美和さくら先生は自分の席から立ち上がると、スタスタと部室の前に歩いて、

「狐井磨白さんと、狐井剣磨さん! ふふふっ」

 2人の間に入ってから、それぞれの肩に手をのせる。



「兄妹そろってラノベ部に、ようこそ♡」





 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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