第69話 ほ……ほんと♡ 勇太って!!


 ……ありがとう。あたしのことを探してくれて。



 勇太――




       *



 聖ジャンヌ・ブレアル教会の大扉を背にして、忍海勇太が仁王立ち。

 さながら、チャペルで愛しい相手が他の男と結婚するなんて……、こいつよりも自分をどうして選ばない?

 ああ、俺の勇気が足りなかったんだな。


 だから、もう無茶しよう。

 これが最後のチャンスなのかもしれないと気が付いたから。


 その相手、

 長椅子の最前列に立つ新子友花――


 ジャンヌ・ダルクはもういなくて――


 忍海勇太と新子友花の、どこかの映画にでもありそうなクライマックスが始まった。




「勇太……、どうした?」

「どうしたじゃないだろう……お前って」


 お前って……いつも忍海勇太が自分に対して揶揄ってくる時の、お約束のセリフを聞いた新子友花。

 だったのだけれど、でも……そのお前という時の表情が、いつものへいへい……そ~ですか。

 という感じの忍海勇太のそれではなかったことに、彼女は気が付いた。

「お前はさ、いつも突発的に事を起こすな……覚えているか? お前が取材旅行と言って瀬戸内海の――」

 怒っている表情とは違って、ムッとしている……でもない。

 なんて表現すればいいか……?


 呆れている?


 眉間に少ししわを作って、ジャンヌ・ダルクの最初の時と同じ様に視線を自分に合わせようともせず。

 そんな感じの、なんていうか……どこか剣呑けんのんで、でも居ても立っても居られない飼い猫が急に家を飛び出してしまい、それを主人が心配するかのような姿をしていた。


「ああ……覚えてるよ。サクランボ園に……。あの時はごめん」

 なにをごめんか……。

 あれは、自分が独断に決断した取材旅行だった。

 別に謝ることなんかないし、大美和さくら先生も自分の取材旅行について一定の評価をくれた。


 新子友花のペコリする姿を見てから、忍海勇太は――


「べつに……」

 ふ~っと息を数回吐いてから、髪の毛を触る。

「……俺はただ、お前はなんのためにラノベ部に入部したのかって事を、もう一回くらいは再考してほしいと……部長として思っているだけだ」

 キッパリと言い放つ。

 ラノベ部の部長としての責任感……。

 忍海勇太は自分の頬を指で触った。少し言い切ったその発言に、「俺って……そんなに熱心に部活動をやっているわけじゃないしさ……」という後ろめたさがちょいと見え隠れするかのような恥じらいだ。

「……どう言うこと、勇太?」

 長椅子から離れて、ゆっくりと教会の中央へと歩いてきている忍海勇太と、同じくゆっくりと無意識に彼のもとへと歩んでいた新子友花。

 2人は数十センチの間を挟んで立ち止まる。

「ねえ? どゆこと……」

 新子友花が、彼の顔を見上げる。


「まあ、その……だ」

 そう呟いてから、

「いいから……座ろう」

 先に歩き出したのは忍海勇太だった。少し急ぎ足にそそくさと歩く先には長椅子――新子友花が座っている最前列の長椅子だ。

「……へんなの。勇太って」

 折角、中央まで歩いてきたのに……、

 同じく新子友花も、向きを再び聖人ジャンヌ・ダルクさまの像へと変えて、彼の後を急ぎ足に追った。


 先に座ったのは忍海勇太で、

 新子友花も、いつもの自分が座っているその席に腰をつける。

 ――座ってから、

 2人が見上げるのは聖人ジャンヌ・ダルクさまの像。


 さっきまで本物のジャンヌ・ダルクと会話していたけれど、それは忍海勇太には内緒にしておこう。

 どーせ、教えても信じることもないだろう。

 新子友花はずっと前に、大美和さくら先生とこの教会で交わした会話、本物のジャンヌ・ダルクと出逢ったことを誰にも言ってはいけません――

 という、言い付けを新子友花は心にもう一度抱いたのだった。



「お前が入部する前に、俺が言ったっけ?」

「何を……」

「お前は頑張りすぎだって……ことだ」


「あっ……。ああ、そだっけ? あったっけ?? そういう話だったね」


 ――ガーデンの噴水近くのベンチで、2人がランチを食べていた時の会話だ。

 自分がよく分からない国語の問題を、大美和さくら先生から、はははっ……と失笑されてしまい。

 そのまま直立して休み時間を過ごして、


『寿退学』って、あたしは本気で学園を辞めることを考えたっけ――


 そしたら、後ろから忍海勇太が髪の毛を引っ張って、

 あれ痛かったぞ……。


 その後の選択国語の授業でも、大美和さくら先生からの問題をあたしが答えて、

 また、失笑されてしまって……


 その後の昼休みのベンチに――


 勇太と一緒にランチを食べたっけ?

 聖人ジャンヌ・ダルクさまの噴水のベンチでね。



「……うん言ったっけ。でも、なんとなく覚えてる」

 少し恥ずかしくなってしまう新子友花は、さりげなくその羞恥を隠すように顔を俯かせる。

 両手を膝の上で合わせて、それを夜なべをする針仕事の指先のように突いている。

「……」

 そんな彼女の指先を、忍海勇太は横目に下げながら少しチラ見。

「……でもさ、それがお前のいいところなのかもな」

 チラ見してから――、彼は視線を聖人ジャンヌ・ダルクさまの像へと向けた。

「い……、いいところ、あたしの?」

「ああ……」

 忍海勇太が視線を像へ向けたまま、あっさりと返答したものだから、

「あ……ありがと。勇太」

 こんな素直な彼と出逢ったのは今日が、もしかしたらはじめてだ。



 いや、はじめてだ――



「……」

 新子友花からのその感謝の言葉を、忍海勇太は右から左に受け流した。

 でも、なんだか新鮮な気持ちに思ったのだろう。彼は、ちょいと頬を指で触ってから、

「……なあ、俺からのアドバイスをするならばな、新城を見習えって――」

「新城を? 新城・ジャンヌ・ダルクさん?? って、どうして……って、新城の方が魅力に感じるから……だよね」

 ああ……生粋の日本人よりもあんたは……まあ、私も地毛の金髪なんだけれど、それでも本場西欧の地毛金髪をチョイスするんだ。


 男って――


「アホかお前……、何思い違いしているんだ」

 どーせ、そう思うだろうと、

 心の中では先手を読んでいた忍海勇太は、



 ポンッ!



 と、長椅子に座る新子友花に身を向けて、軽く頭を触ったのだった。

「にゃ……。な……にする勇太」

 その触られた地毛の金髪の頭を両手で、すかさず覆う。

 これってセクハラ一歩、十歩手前なんじゃね?


 なんかよく分からないけれど、まあ……あたしの言ったことも逆セクだったのかも?


 新子友花の自問自答の最中、忍海勇太はというと。

「あのフランス流の大胆さをさ……。ヴァレンタインデーのチョコレートを渡す時にも、恥じることも見せずに俺に渡してきて……」


「ゆ……勇太はさ! 愛と新城さんとどっちを……選ぶの?」

 ラノベ部の部室の話、神殿愛と新城・ジャンヌ・ダルクからヴァレンタインデーのチョコレートを手渡された時の、新子友花が見た記憶が脳裏にぶり返した。


「……あきれた。お前もそれ言うか?」


「だから、あたしのことをお前って言わないでってば!」

「お前、お前って言われていることを―― 気にしているのか?」

 畳みかけるように忍海勇太が、話の核心を新子友花に尋ねた。


「う……うん。そだよ。勇太ってほんと……鈍感なんだね」


「そっか……気にしていたのか」

「うん……」

 うんうん……と、新子友花は首を何度も上下に動かした。

「あ……言っとくけれどさ! あ……あたしはさ、ただ質問しているだけだからね」

「意味が分からんぞ」


「……」

 無言になる新子友花

「……」

 忍海勇太も……と、


「まあ……、お前が自分のことをお前って言われたくないんだとしたら。俺はもう言わないって」

「ほ……ほんと♡ 勇太って!!」


 それは、一筋の光明――


 ああ、これで忍海勇太からの屈辱の別称――『お前!』

 もう言われずに済むのであれば、ああ……嬉しい限りだ。


「じゃ……じゃあ……もう言わないでくれるか……な」

 恐る恐る新子友花はリクエスト――


「分かった……でもな、お前――」



「んもー!! 言ってるじゃんか!!」

 なんなんだ……この男は?

 新子友花は条件反射に長椅子から立ち上がるなり、地団駄を踏み続ける。


 教会内では静粛に……ね。


「お前、アホか……。神殿も新城も、あれは単にギリチョコだろ? 何さ、ムキに気にしているんだ?」

「べつに……あたしは気にしてなんか」

「いんや! ウソだ。お前は気にしている」


「にゃいってば!」


 全否定する新子友花――

 感情的な時の口癖――猫声が思わず出たから、

「ほーら! そのセリフが思わず出てくるってことは、やっぱし気にしているんだって」

 忍海勇太がツッコんだ。


「そんなこと……」

「そんなことあるってさ……」


「あたし……、だからチョコレートにギリとか本命とか、そんな気持ち考えて」

「ウソだって言えよ!」

 頭を抱える忍海勇太が、

「ヴァレンタインデーなんて、単に年に一度のカーニバルじゃね。そんなものだって」

「そ……そんなものなんだね。……男子って」


 ――作者は思うのだ。

 聖人ヴァレンタインさまにとっての殉教日を女子が男子にチョコレートをあげて自分の恋心を吐露しちゃおう! というハレンチ極まりない日本の風習に、カトリックのバチカン市国全員が本心では嫌気がさしているのだと思う。


 殉教日をカーニバルにされる神に仕えるローマ教皇も辟易だ。


 ジャンヌ・ダルクも同じ思いを、自らの火刑という悲運から察したのだろう。

 だから、作者は思うのだよ……。



 チョコレートをください……



 でもな、忍海勇太よ――

 ヴァレンタインデーに自らの生き血を与えて魔女のグツグツと煮えたぐった得体の知れない鍋焼きなんちゃらに対して、『そんなものだって……』と言い放ってしまったお前の呪文はヤバくね??

 まあ、この後の新子友花の展開を理解しなさい。


 乙女って(新子友花も……)、そういう素っ気ない返答にね……。



(……勇太って、やっぱ! ドバカ! ドアホ! そんでもってエロエロだけの男子だぞ)



 新子友花がブツブツと……忍海勇太に聞こえないように謎の呪文を呟いた。

 んでもってから……、

「男子って、本当に鈍いんだからさ……」

 こう思うものだぞ――、新子友花だって。




       *




「ちょい押さないでって……」

「推してないでーす」


 この声?


「あららー。2人とも青春してますね♡」


 この声も、




(あの~、作者さん? 今回の話ですけれど『♡』の大感謝セールですね…… ← 担当編集です……)


(あの……、担当編集からもヴァレンタインデーにチョコレートを ← 作者)


(ほお~? まったく閲覧回数が芳しくないあんたにねぇ……。 私が、あんたに閲覧回数が少なすぎるあんたに……私がチョコレートをあげるって、お前、何思いあがってんのかな?? ← 担当編集)


(あ……あなたまで、お前って……。 ← 作者)


(……でも、欲しいですか? ← 担当編集)


(え、あの……ちょっと作者は意味分かんないです。 って、でも! あなた様がお配りになりましたヴァレンタインデーのチョコレートの一つでも、この三流ラノベ作家にご配給してくれましたならば。それは……それは、作者の心に『ずっきゅんどっきゅん!!』渚に立つハイカラな担当編集に本当に首ったけ。後ろ指にさされ組なラノベ部を書き書き続けてきたけれど、そんなもん奇面組に夢オチに……。ああ何を書いているんだか。 ← 作者)


(ああ何を書いているんだかって、今思い知ったか……。おい、こら……『ずっきゅんどっきゅん!!』って。そういう言い回しを好んで使うあんたは、やっぱし三流ラノベ作家だと言いたいんだ……けど。まあいいか……ほら! ご褒美を作者に……これを……あ・げ・ちゃう♡ ← 担当編集!!)




「友花ちゃん! ラブラブモード全開で~す」


 ラブラブって――


「だからさ、押したらダメだって、新城さん!」

「神殿! 押していいでーす」

「よくないって! 新城さん」

「そだよ。新城さんって押したらね~。バレちゃうから」


「皆さん! 今は教会で新子友花さんと忍海勇太君がラブラブ~なのですから、大人しくして見守りましょうね」

 見守ってたら……、大人しくって言わないよね。

 大体、大美和さくら先生以外は、みんな聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒ですから。



 そしたら、案の定――



 うわっ!!!



 半開きの扉が、みんなの推す押さないの弾みで、勢いよく思いっきり、開いちゃいました。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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