第70話 恋愛編まっしぐらです――(2年生編・最終話)

「んも……。まったく、あいつら覗いてたんじゃんか……」

 新子友花が呆れ果てた視線をそいつらに向けている。

 地毛の金髪を触りながら、イライラ……イライラと、何をコソコソしやがってんだか?

 それに、何を期待しているのやら……。

「あいつら……、ラノベ部員としてここ聖ジャンヌ・ブレアル教会の中で、あたしと勇太がラブコメ小説みたいに盛り上がると思ってたんだろうけど……」


 神殿愛よ――

 東雲夕美よ――

 新城・ジャンヌ・ダルクよ――


「あんた達のほうが、よっぽどこいつと……(忍海勇太のこと)、こいつとベタベタでデレデレと、おまけにヴァレンタインデーのチョコレートまであげているじゃんかい!」

 もう一方の手をグッと握り、こぶしを作る新子友花はこの不条理で理不尽なこの関係を――、あんたらはこいつと(忍海勇太のこと……)をどう思って接しているのか?

 こいつのことが(忍海勇太のことですから……)、こいつのことを好きなのかそうでないのか、告りたいのか遊びたいのか……、オモチャに、手玉に、玉の輿に……。

 正直、付き合いたいのかラブコメモード前回に大恋愛をしたいのか?

 チョコレートをあげた義理に、本命でもなんでもかんでも……、なんでもかんでもいいからさ、


 はっきりしなさいよ!


 ……イライラとイラつきながら、あいつら……扉にいそいそと隠れようと慌てている3人の顔が教会の長椅子最前列からもよく見える。

 見えているから余計に腹が――


「もうそう怒るなって。お前よ――」

 背中の腰まで伸びている金髪の地毛が逆撫でている新子友花の姿に、良い子良い子……とサービス精神少し多めに、彼女をなだめる忍海勇太であった。

「だから! あたしのことを……」

 怒りの矛先が隣に立っている彼へと向いてしまった。

 兎に角、この自分の心に表れた「……あたしは桜の下に咲いている春の野花、爽やかな春風になびきながら命を全うしていくだけの春の野花。それを食い荒らそうと野獣達よ……いい加減に……せーよ!」という自分だけは綺麗事にして鬱憤うっぷんを向けた相手はというと。

 いつもいつも……、自分のことを『お前』と言い続けてくる分からず屋なラノベ部の部長で、授業中は自分の後ろの席に座っている忌々しい男子の――


「お前って、言っていいかな?」



 は……、はあ?



 ……なあんだ、この展開?

 意味が分からんぞ。

「お前って、言っていいのかな?」

 どうして2回言う……

「い……言い訳ないじゃんじゃん」

 語尾がおかしくなってしまう新子友花。当然のこと、心の中で動揺しまくっていることを意味している。

「じゃんさ……。俺はいつになったらお前に『お前』と言ってもいい仲になれるのかな?」


(おい……勇太よ。今……いま……、今まさに言ってるということに、心底から気が付けよ!!)


 何なんだ?

 この男子の思考回路というやつは……、聖ジャンヌ・ブレアル学園の成績上位者なんだろ?

 よく分からないぞ……。

 いや?


 あたしを落ち着かせようとして、あたしをワザと怒らせて気を紛らわせようと……いやいや……それこそ逆効果じゃね?

 実際、あたしあんたから『お前』って言われて――


 新子友花の思考回路は瞬間的に人工知能AIの如くにPCのCPUをフル回転させたのだった。

 そして、その解はというと、


「ゆ……勇太さあ? あたしってさ……その、チンプンカンプンだって」

 これ以上考えたくない……であった。


 だから、新子友花は話を本筋へと戻そうと努力を始めた。

「……愛や、夕美人や、新城がさ。……その、あたし達のチョメチョメを……その見ておいてからね。って、勇太も思いなさいって。いや……思え!!」

 今度は何が言いたい? の順番は新子友花にバトンタッチされた。

 でも、どうして最後は命令口調になった。

 そんでもって、自分でチョメチョメと言ってしまった女子である新子友花よ。そのフレーズ、チョイ恥ずかしいことだぞと教えたい。

「分かってるって……」

 いまだ怒っている姿に、忍海勇太は身体を半歩後ろに反らして引いてしまう。

「……まあさ。神殿も東雲も、それに新城も、ラノベ部の部員仲間を思っての……あの行為だろうから。たぶんだけれど……。ま、ま……まあ……、ここは穏便に治めような……」

「おさめようなって? 勇太?」

「あ……ああ。これは部長としての判断だぞ……。なっ……?」

 額に冷や汗を垂らしながら、なんとか分かってくれないか……俺さっきわざと「お前って、言っていいのかな?」って言って(心の中で3回目――)、お前の気を逸らしてみようと試みたんだけど、失敗だったみたいで。

 でも、ラノベ部の部員で顧問の大美和さくら先生も含めると、男子は俺一人なんだ。

 だから……肩身が狭いというのが正直な俺の気持ちで。


 ――神殿はこの前、部室で自分のパンツを俺に見せてくるし、新城は隣に住んでいる間柄で、かなりの回数で家に来ては『ダーリン勇太! 今日も日本語教えてくださーい』て……。東雲は部室でお前が居ない時に、お前との関係を頻繁に訪ねてくるしで……。


 俺は肩身が狭い部長なんだ――だからせめて同じクラスの席も近い間柄の新子――お前に俺は「お前って、言っていいのかな?」と気軽に……そう気軽に喋りたい。

 喋ることで俺は癒されるんだ――


 忍海勇太――

 新子友花からすれば、その言い訳は傍迷惑な言い分だと思う。

 それに、本当は『お前』と言いたいんじゃないのか? どういう意味かは言わずもがなだろう……けれど。


 あと、4回目だから。




 女子部員達と入部予定の新城・ジャンヌ・ダルク、……なんていうか白々しい表情を見せながら聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の前に立つ2人――新子友花と忍海勇太と再開した。


「……あ、あは、あはは。友花! ここにいるんだろうな~って、そう思ってたわよ」

 両手の人差し指をツンツンと突き、でも視線は斜め47度のステンドグラスの方を見つめながら、神殿愛がボソリと呟いた。

「……おい、愛? それ、何の説明にも、言い訳にもなってないよね?」

 腕を組んで問い詰める新子友花だ。

 その眼光の鋭いビームを、生徒会長として学園のバリアフリーの充実のために夢を実現させようとしてる御嬢様でしかも成績優秀の神殿愛――化けの皮を剥がせば、忍海勇太に恥じることもなく自分のパンツを見せる自分の欲求の解消のためだったら無礼講なメス……ラノベ部員の神殿愛。

 両方を同時に、今懲らしめるチャンス――

 新子友花は、ここ聖ジャンヌ・ブレアル教会の中では、今はヒーローである。


「まあ……そんなに角を生やさないでね。友花ちゃん。あはは……あは……」

「おい……夕美? あはは……で笑って誤魔化せるとでもお思いか?」

 白々しい幼馴染の東雲夕美の言い訳に、新子友花は続けてビームを攻撃。

 いつもは通学バスの中で自分に恋仲なのでしょ? と、しつこく聞きまくってくるくせに、こういう劣勢の状況では……新子友花は心底愛想をつかして、

「それにさ、あんた……何さ。ニヤニヤと今でも……」

 東雲夕美の本心が幼馴染の新子友花には、よ~く理解できてしまう。それが、更にむしょうにイライラ感を膨らませるのだから困ったちゃんだと思っていた。


「と……友花ちゃん! まあ、秘事はね……もっとプライベートな場所でやらないとね~」

「アホでバカか! 夕美よ!! あたしってぜんっぜんに……秘めてないぞ」

 あんたらが、御勝手な想像を膨らましているだけだから……。

「うん……。秘めてなんかいないんだぞって」

 ここぞとばかり、その幼馴染から言われた気に入らないアドバイスに、新子友花がムキになってしまう。


「もう、それ以上は言うなって……」

 みっともない場面だ……。と、忍海勇太は思ってか?

 プンスカと頭から角を……もとい湯気を上らせている反撃モードの彼女を宥めさせようと、新子友花の肩に手を添える。


「勇太……。あんたラノベ部の部長でしょうが! ここは部長らしくビシッとお説教してよね」

「もう、いいじゃないか? 大体さ、お前が部室を飛び出して行ったから、こうしてみんな……俺も心配してこの教会まで探しに来たんじゃないか」


「そ……それは……、ありがとうって……思うけど」

 うん……。

 元はといえば自分が飛び出したことから始まって、でも……だったら素直に教会の中に入ってくりゃいいじゃない。勇太のように……

 自分の突発な性格から問題が大きくなってしまい、同時に自分の無垢な気持ちというか純粋というか、それを部員に揶揄われてしまっている先の出来事の両方を考えて、新子友花の脳内は……どうしていいのやら。

 複雑な気持ちだったけれど。でも、部長の勇太がそう言うんだったら、


 ということで、頭をゆっくりと下げてお礼の気持ちを見せたのだった――



「は~いな!」

 新城・ジャンヌ・ダルクが物凄きな、いやなんにも考えていない様子のニヤニヤな表情を見せながら、

「新子! 自分からムードを演出するなんて! グッジョブ!!」

 親指をビシンと立てて右目をつむる……。

「しかもで~す! 教会で! なかなかジャパニーズガールとして、私は一目置きましたよ~」

 励ましてくれたのか?

「な……なんのことかな」

 新子友花は困惑している。これバカにされては……いないよね? でも褒められたと思うかと聞かれれば、そうでもないし。

 何だろう?


「またまた……。新子ってチョ~初心うぶで~すね!」

 フランス人から見れば、見直したってことかな?

「あはは……そんなこと……ないからね。新城さん」

 ここはジャパニーズガール女子高生として、謙遜しなきゃ……。

 口を半開きにしてからヘラヘラと作り笑いになる新子友花、一転してついさっきまでの何笑ってんのよ! を自分から否定してしまう。

 それに、おいおい……という手招きしている仕草が、ジャパニーズガールっぽさを一段と格上げしていた。


「凄いで~す、新子! 悲劇の乙女を演じて教会まで来て、そこに彼氏を誘いこんでからの――」

「からの――?」


 何を仰るフランスガール様?



「はいな! ヴァレンタインデーのチョコレートをプレゼントで~すね♡」



「……はにゃ? い……いや、ないない……。それはないって、新城っ!」

 事実なかった――

 両手を左右にフリフリさせ全否定する新子友花、表情をお説教モードのしたり顔から一変、あわわ……と頭の中を真っ白しろすけになり、しどろもどろな状態になってしまった。

「……あ、あたしさ。勇太って、なんとも……ただの部長だって、思っていて」

「お前……。そこまでして、俺を否定したいのか?」

 あわわ……なあ状態の隣でボソッと嘆息交じりに呟く忍海勇太が、頭を抱えてツッコんだ。


「したいってば……なんでさ……。あたしが……勇太に……そのヴァレンタインデーのチョコレートをあげなきゃって」

「誰も、欲しいとは懇願してねーぞ!」


「あーそうですか! って!!」

「……あーそうだから」

「……あ、ああ~そうでしょうね。あたしからのヴァレンタインデーのチョコレートなんてね」

「ああ……。べつに欲しいとは思ってもいないしさ。俺は……」


「え? あ……ああ……、そうで……しょうね。勇太……あたしからのさ……」

 あわわ……状態の新子友花は、ラノベ部の部長――忍海勇太からのヴァレンタインデーのチョコレートなんてくれなくていいよ……の、ぶっちゃけ発言に表情を更に狂わされ、


 あわわ……から、わなわな……と口をガクガク、両目をパチパチと動かし、その表情は誰がどう見ても尋常ではない様子で――


 あわわ……

「あ……ああ。そうでしょうね。勇太の気持ちってさ!」



 新子友花よ――


 まあ、落ち着こうぞ。


 お互いツンデレなラブコメの仲なのだから……




       *




 ラノベ部の部室に戻ってきた……のは、新子友花と忍海勇太の2人で――


 神殿愛は、生徒会の会議で先に退席している。

 新城・ジャンヌ・ダルクは、神殿愛と一緒に今度は生徒会の見学だろう。

 東雲夕美は、たぶんいつもの……駅前のスーパーで大安売りですね。


 大美和さくら先生はというと――


「先生もね。今宵ヴァレンタインデーは先生同士のパーティーがありますので……。まあ、部長さん! 後をよろしく~ってね♡」

 って……大美和さくら先生は扉の向こうで手を振りながら行ってしまったのだった。

「でも……なんで、大美和さくら先生って、あんなにニヤけてたのかな?」

 カバンに自分のPCを納めながら、新子友花が忍海勇太に尋ねる。

「……知らねって」

 彼、あっさりとそう返事したてから、

「さてと! 俺達も帰ろうか……。部活日誌もつけたことだしな」

 バタンと書き終えた日誌を閉じると、戸棚へと置く。

「うん……」

 あたし……何か勇太に聞いちゃマズいことでも聞いたのかな?

 戸棚に向いている彼――忍海勇太の背中をチラ見しながら、新子友花はそんなことを思っていた。



『青春時代まっしぐらですね』



「……大美和さくら先生。いつも、あたしに青春って――」

 新子友花の頭の中に、先生の言葉が聞こえてくる。

「先生って……もしかして、その……懐かしいっていうか。自分の青春時代――聖ジャンヌ・ブレアル学園での……、その……未消化な気持ちをさ……。そういう未練なのかな? そんな思いを、あたし達に重ねていたんじゃないかな……って」

 独り言を……一人じゃないラノベ部の部室で呟いてしまう。



 そういえば、先生は学生時代にイジメられていたんだっけ?


 もしかして……


 羨ましかった? あたし……達を羨ましいと思って??



「どうした? 聞こえているぞ……」

 忍海勇太が振り向いた――

 その表情は……とくにこれといって、聞こえたぞ~というようなしたり顔も見せていない。

「べ、べつに……あたしの独り言だから」

「……そうか。じゃ……帰るとするか」


「…………うん」


「……」



 ――



 ―




       *




 カバンを肩に掛ける忍海勇太――


 下駄箱で靴を履き替え、先に校庭へと歩いて行く。

「ほら! 終バスが近いぞ……」

「う……うん。わかってるってば……」

 新子友花が慌てて靴を履き替える。

「ちょいって、待ってよ……勇太……ってば! あんた本当に冷たいんだから――」

 せっせと、彼の後を着いて行こうと早足になる。




 新子友花――


 今宵は、ヴァレンタインデーなんだろ?




「ねえ? ジャンヌさま!!」


「ん? なんだ、子供ヴァージョンよ」


「ほら! 雪だよ。雪が降ってきたね!!」

 両手を天に差し出す、ジャンヌ・ダルクの子供ヴァージョンである――

「そうだな……。スノーヴァレンタインデーだな」

 ジャンヌ・ダルクも同じく天を見上げる――

 きゃはきゃはと、隣で飛び跳ねて何故だか大喜びしている子供ヴァージョンの隣に立ち、ああ……我が神もお望みで……という気持ちになると、口角をくッと上げるジャンヌ・ダルク。


「つべたい……」

 子供ヴァージョンが手袋に染み込む雪を頬に充てると、思わず声を出してしまう。

「つべたいだろう……。ははっ!」

 ジャンヌ・ダルクは、隣で雪の冷たさを頬にしみ込ませて苦い表情を作っている子供ヴァージョンを見ると、唇を少し開いて笑った。

 そして、すぐにまた天から降り続いてくる雪を見上げると――


 また、口角をグッと上げる。




 絶好のヴァレンタインデーだとは思わんか?


 新子友花よ――


 今を生きようぞ。




「お前さ……。俺の何が冷たいんだ?」

 忍海勇太が新子友花のその言葉を聞くなり、急に立ち止まる。

「……ああ、そうか! んも……って、あたしのことをお前って言うなってのが冷たいのか?」

「だから、あたしのことをどさくさに紛れ込ませてから、お約束に……お前っていうな!! でも、んも……じゃなくてさ……、 んもー!! だからな!」

「そこ……決まり文句みたいなものか? なんだそれって……新しい発見だぞ」


 はははっ……


 忍海勇太は笑った。

 あたし……、なんか変なことを言っちゃたのかな?

「んもう。笑うなよ、勇太ってば……」


 雪は降り続いて――また積もるのか?

 一晩中降り続いたら、そしたら明け方には誰が作ったのか? 巨大な雪だるまが学園のガーデンに出現するのだろう……。

 ジャンヌ・ダルクと子供ヴァージョンが作った雪だるまが……。


「まあ……。お前のいつもの熱心さだったら、こんな雪ん子の1つくらいは問題ないかな? 明日もここ京都の気候は安泰だなあ……」

 忍海勇太は天から降り続く雪の粒を両手で受けながら呟いた。

「……あるってよ。問題なんていっぱい。あたしにもさ。……それと、あたしのことをいい加減にさ」

 両手をグーにしてから、肩幅に下げる新子友花が、


「あたしの……」


「……ことを、お前って言うな。だろ……お前?」

 忍海勇太が先手必勝に――

「んもー!! もう、すでに言ってるしさ!!」


「そうだな。あははっ……」

 忍海勇太が、また笑った。

「そうだ……ぞ」



 んもう、笑うな…… 勇太って――



「おかしくな……いってば……さ」

 変な日本語……。

 ラノベ部員の新子友花は、まだまだ国語に不得手で……?

「お前の国語ってさ、まだまだだな……部長としても」

 部長として、そこはキッパリとツッコミを入れてくる。

「おい! ……そのってどういう意味だ?」

「なんでもない……。聞き流していい」


「いんや! 聞き流さない!」

「じゃあ……お前に言ってやる。ラノベ部員たるものは、ちゃんとした日本語を勉強しなさい……これでいいか」


「……」

 言われた、勇太に――

「そ……それは、それはさ。分かってるって。あたしもっと勉強しないといけないってことくらい……は」

「……そうか。よろしい」


 ……にゃ?


 新子友花が猫声になりちょっとビックリくりくりと……どうしてか?

 それは、忍海勇太が「よろしい」と言った後に自分の金髪の頭の上に手を乗せて、良い子良い子と……撫でてくれたからだった。



 あわあわと、どうしたらいいのか混乱気味になりつつあった新子友花――その丁度良いタイミングで?


 彼女の頬には、天から降ってくる雪の一粒――

 その雪の粒がすぐに、自分の体熱で溶けて蒸発していく。

 その後のその頬の場所を、思わず手でなぞってしまう。


「……冬まっしぐらなんだね。勇太?」

 新子友花も天から降ってくる雪の粒を見上げた。

「……聖夜祭から、京都は雪国だな」

「勇太……京都はね。夏は炎天下の土地だし、雪国じゃないと……思うけれど。でも、舞鶴とかは……けっこうな雪国って感じだけれどね……」

「アホか……それくらい知っている。俺も京都に住んでいるんだから」

「そっか……そだよね……」


「……」

 会話を弾ませようと思った新子友花だった。

 でも、思った程に忍海勇太が真面目に返してきたものだから、すんなりと口を閉じてしまう。

 そこへ――、

「ほらっ! 冷えるだろう」

 忍海勇太が、自分のマフラーを新子友花の首に巻いた。


「ひゃっ……!」


「おい、お前ってさ。俺のマフラーでそんな声出すなんて失敬ものだからな……」


 コツン……


 忍海勇太が良い子……と撫でていたその手をグーにしてから、軽く彼女の頭に拳を当てる。

「ひ……ひえてないけどっね」

 忍海勇太のマフラーを、自分でササッと首に掛け直す新子友花――、


「ありがとう……。勇太……」

「なにがだ?」


「……あったかい。からだぞ」

「……そうか。そりゃ~よかったぞ」

 横目で確認した忍海勇太は、新子友花を見つめているその視線を、すぐに真っすぐ聖ジャンヌ・ブレアル学園の正門前のバス停へと向ける。

「あ……、ああ……。どういたしまして~だぞな」

「……そうか。ぞなだぞな」

 ラノベ部部長も冷えてきたこともあってか、日本語の語尾が変になってきている。




       *




「あのさ……、勇太ちょい待って」

「なんだ? 冷えるから、さっさと終バスに乗ろうぜ」

 立ち止まる忍海勇太――

「……うん。」

 チラッとそれを上目に、

「それは、分かってるよ……」

 新子友花が自分のカバンのチャックを開けて、中に手を入れてからゴソゴソと……。


「なんだ……? もう、これ本降りになるかもしれないから、早くしろよ……」

「わ……わ……わかってるってば。ちょい少し待ってくれる……かな」


 ゴソゴソ……とカバンの中を、


 そんな彼女の姿を見つめながら、忍海勇太がふう~っと大きく深呼吸した。


「もうちょい……ちょい。だからね……」

「わかったから……」



 ここ聖ジャンヌ・ブレアル学園がある京都に、雪が降り続く――



「あ……った。こ……ちょ! こ、これ……を勇太にさ!!」


 新子友花が、急々いそいそカバンから取り出した……それを。

「……ああ、そういうことか」

「うん……」

「我――忍海勇太にそれをプレゼントなんだな」

 彼は気が付いた。

 新子友花が何をしたいのかをだ――

「うん……そ……だぞ。わ……我からだ――」

 何度も何度も頷く――

 恥ずかしい気持ちを

 彼――


 忍海勇太に見られたくない気持ちからだった。

 

「ヴァレンタインデーのチョコレート? なんだな??」

 プレゼントの内容物は当然のことそれだろう。誰でもこの場面では思いつく。



 新子友花が両手で持っているのは、綺麗な桔梗色の包装紙に包まれているハート型のチョコレートだ――



 しかし――

「ち……ちょいって! 違うって、勇太!!」

「違うっ……て?」


 違う、違う……。

 両手を交差させながら大否定――

「違うって、そんなに否定しなくても……いいと思うけど。俺は……だってヴァレンタインデーなんだから」

「……そ、そ……じゃなくして」

「そうじゃなくて……だろ?」

 相変わらず、慌てると日本語がおかしくなる……。

「そじゃ……」


 はあ~


 地毛の金髪を触りながら、新子友花は大きく息を吸い込んで……そして言い放つ。

「……そうじゃなくてっさ! 2月14日って勇太の誕生日でしょ! だから、ヴァレンタインデーじゃなくって、このチョコレートはね……。そ……その、バースデープレゼント……なんだな♡」



 バースデープレゼント……



「お前、知ってたのか? 俺の誕生日を――」

「うん……。あ……あったりまえだからさ」

「どこ……で知ったんだ? 俺の誕生日の日付――」


「……えへへ。それはね、乙女の秘密だかんね♡ 乙女のフラグだから、あんたには転生しても、絶対に教えないもん!!」

 えっへん!

 ――と、新子友花が唇に人差し指を当ててから、や~い勇太! してやったりだ……と優越した……のだった。

 なんなの……この暗闘??




 みんなが邪魔をして―― いいや、邪魔なんか。

 あたしが渡しそびれちゃったんだけだ…… 部室でね。

 愛も新城も、あたしよりも先に渡して……

 あたしは、何弱気になってんだろ?


 こんなの、こんなチョコ義理じゃん! それなのに――

 あたしは、あたしは……ね。あたしの、


 この“本命”のチョコレートはんだからね♡




「……なあ? 俺のバースデーがさ。ヴァレンタインデーと同じってさ……どう思う」

 受け取ったヴァレンタインデーの……もといハッピーバースデーのプレゼントであるチョコレート。

 両手に持つ忍海勇太が、ボソリと新子友花に質問してきた。

「……どう思うって?」

「お前は知っていたんだろ。俺の誕生日とこの日が同じって。……まあ、誰から聞いたのかは、俺は聞かないけれど。でも……そこんところを女子に聞きたかったんだ」


「……べつに、いいんじゃ」

「そっかな……」


「……あのさ、それって勇太、もしかして自分はモテているからチョコレートを貰っているとか……そういう確認がしたい訳なの?」

「……い、……いや」

「ああっ! 珍しく勇太が照れたぞ」

「……照れてなんか。ってか、俺に指さして言いうことか?」

「照れてーのだ!!」


 男子として、義理でも貰うヴァレンタインデーのチョコレートは正直嬉しい。

 だけれど、同じ日が自分の誕生日で義理で貰うチョコレートを自分は目の前にすると、どうしても、誰も自分の誕生日――ハッピーバースデーを祝ってくれないんじゃないのか?

 そういう気持ちになってしまう。


 嬉しいけれど……なんだか寂しい気持ちになってしまう。

 その中で、新子友花だけがバースデープレゼントを自分にくれたことが……


「まあ、サンキュー! お前からのバースデープレゼントありがたくな!」

 忍海勇太がそっけなくカバンの中に入れた。

「お、おめでとう。勇太……ハッピーバースデーだね」

「ああ……お前だけだな。バースデープレゼントとしてチョコレートをくれたのは」


「んにゃーん!! べべ……別にそういう意味で」

「そういう意味?」

「ど、どういう意味かな」

 慌てて返す、新子友花――なんだか急に恥ずかしくなる。

 なんとか渡すことができたバースデープレゼントだった。

 その結果に見た勇太の……素直な“ありがとう”にちょっとガッカリ……。というかビックリくりくりだった。

「それ、なんだ。意味わからんぞ」

「……わからんぞ。……でいいぞ、勇太って」

「そっか……。んじゃ、さっさと終バスに乗ろうか」

 チョコレートを入れたカバンを肩に掛けなおす忍海勇太が、そのまま正門へと歩いて行こうと――


 それが、ちょいと――


「あ……あたしはさ……。バースデープレゼントとして、同級生でラノベ部の部長として……、日頃の感謝の気持ちから……あげようと思っただけだからんね……」

 そう言い放つ新子友花、言ったはいいけれど、要するに本心ではなくて。

 ああ、ここでちゃんと言わなきゃってちゃんと……

「……」

 唇を閉じて俯いてしまう。


「あのさ……、お前、顔を上げろってさ!」

 後ろを振り返ると案の定の“お前”の姿――

 呆れた忍海勇太が歩み戻ってくるなり、新子友花の頬をさわっと静かに触った。

「あ……? あによ? 勇太ってばセクハラ!」

 見つめ上げる新子友花は、


「……セクハラ言うな。ありがとうな! 新子友花よ――」

「あ……新子友花? それ誰のこと??」


 忍海勇太からの素朴な感謝の言葉に驚いた。自分の名前も忘れてしまうくらいだった。

「あ、あんた普通? もしかして……ま、まあ! さ! どうも、どういたしましてってことです」

「ああ、ありがとうと、そう正直本当に本気に思っているから――」


 忍海勇太―― じっと見つめる相手は、


「から……」

「……から?」


 新子友花―― そして、見つめ返す相手も同じだ。


「だから。お前さ……俺と付き合えって」

「……んもー!! また、このお約束を勇太に言わせる勇太って!! 何度言ったら、あたしの気持ちを分かってくれるのか――」



 んもっ?



 忍海勇太が新子友花の唇に――


「キャ! 恥ずかしいです。ジャンヌさま!!」

 とは子供ヴァージョンです。

「こらって。落ち着きなさい……」

 子供ヴァージョンの目を覆いながら――ジャンヌ・ダルクはガン見だぞ……。

 これ神様の特権か??




 新子友花、青春まっしぐらだぞ――




 自分の唇から離れた、忍海の唇――

 しばらく新子友花は、

「……」

 ぼーぜんと放心状態になっていて、何も思い浮かばず。何も言えなかった。

「……お前さ」

 そんな彼女の姿を見るなり優しく――――



 なんてことは、この作者のメイン小説『新子友花』には存在しない!!

 そう! 存在しないのだよ!

 この『新子友花』はラブコメなのだから、こんな純恋で愛小説な展開を作者自身が認めない!!

 ああ……ラブコメよ。どうして、お前はそんなにもいじわる~な存在なんだ??



「だから、俺と付き合え――」

 真剣な目を向ける忍海勇太だった。

「……勇太よ。出直してこいって」

 そしたら、案の定――?




「んもー!!」




「勇太のバーカ、バーカ!!」

 袖で唇を拭き拭きして、しまくり。

「よくもやってくれたな。この我に――」

「我にって――」

 聖人ジャンヌ・ダルクさまが刹那に乗り移った?

「忍海勇太よ―― 覚悟しろ。お前を火刑に処す!!」

「お前って。お……お前って、そんなに嫌わなくても?」

「いーや、嫌うぞな!! 我――新子友花の名の下に忍海勇太を火刑に処すんだわさ!!」

 やっぱし、日本語の語尾がおかしくなった新子友花――

 どうしてかと聞かれれば、それはいつものことだから書きません。



 三流ラノベ作家には書けませんと、書いておこうかな……




 新子友花よ! 乙女心とヴァレンタインデーぞな……




 聖人ジャンヌ・ダルクさまからのありがたい、お言葉をもらって――

 ありがたいの……これ??




「んもー!! 勇太、火刑ぞ!!」

「それって、お前の口癖だな」

「ああ、口癖じゃ! だから何度でも言ってやるわさ」

「じゃあ……、聞いてやる」





「ああ!! 何度でも言ってやるわさ!!! んもー!!」





 ですって。読者様!!

 新子友花と忍海勇太、見せつけてくれちゃいますよね?

 羨ましいですね……。


 本当に、恋愛編まっしぐらなのですよ……♡





 第七章 終わり


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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