第65話 ……ああ、もうそういう時期が来たんだな。

「げげっ!! 勇太にもさ、誕生日があったんだ……」

 思わず仰け反る新子友花――

 ついでに、とんちんかんなポーズでオーバーリアクション、彼女のお約束のポーズの『んもー!!』もそれと同じ仲間なのだろうけれど、金髪の地毛を両手で掻き毟るそのリアクションは……、


『ごめん……ス〇ル。ちょっと意味わかんない……』


 累計うんびゃく万部らしい……人気ラノベのヒロインがお約束に返すセリフの、掛けるマイナス1。

 つまり、ヒロインと当ラノベのヒロインは月となんちゃら……という、要するにハイカラにも程遠い、おてんばな女子高生が見せる……。

 まあ、17歳の青春まっしぐらだからいいか。


「お前って、アホか……。誰にでもあるだろ? 普通は」

 普通じゃなくても、生を受けたもの必ずあると書いておく――

 新子友花の大げさな驚き様に、忍海勇太は肩肘を机に付いて呆れた。


「……ま、まあ。そりゃ~、人だったら誰にでもあるか」

 言っておこう!

 ホモサピエンス霊長類人化でなくても、猫にも狐にも何にでもあるのだから。

 でも、忍海勇太を人と認識しているようでよかった……。


 という冗談は置いて。


 ちなみにではあるが、聖人ジャンヌ・ダルクさまにも勿論あるぞ!!


「勇太にも、あるわな……」

 天井を仰ぎ見て……しみじみ呟くは、どうやら? わざとじゃない様子だった新子友花の口から出た新鮮な驚きだったみたいだ。

「動物にでも、あるわけだし……」

 ああ、気が付いてくれて本当に良かった――

「おい? 動物ってさ」

 忍海勇太も哺乳類であることは正しい。……のだけれど、あまりにもその言い様に彼は問題感を示さずにはいられなかった。


 はあ……


 考え続ける新子友花に、たまらず忍海勇太……大げさに溜息をつく。

「だとしたら、お前にもあるだろ? 誕生日くらい……いや無いか?」

 返す刀……。

 しら~っと視線をPCに向けながら、暗闘なるつば迫り合いをする忍海勇太は、


「んもー!! あ……あたしにも誕生日くらいあるわさっ」


 と、感情的になると日本語の語尾が変になってしまうラノベ部員の新子友花、彼女をガン無視しながらさり気なく揶揄したのだった。

 ちなみに『んもー!!』は、彼女のスーパーハイテンションの時に出る、お約束のツッコミである。


 更に、7月17日が新子友花の誕生日だ――



「――まあまあ、2人とも部室でケンカしないでください」

 隣で感極まった新子友花をなだめようと、大美和さくら先生が2人の話に割って入ってくる。

「は……はい。先生……すみません」

 両手に力が入っているグーを解して、新子友花が直立。

 そのまま、隣に座る大美和さくら先生に深く頭を下げる。

「俺は、自分は誕生日くらいあると当然の返事をしてから、お前にも当然誕生日くらいはあるだとって、当然のことを言っただけですから」

 至極な返答、PCに視線を向けたまま口を尖らせる忍海勇太は、男性としてのプライドか――素直には謝ろうとしない。

「こらっ! 勇太……、顧問の先生にそんな態度するんじゃないわい」

 気に入らね……、いつもいつもそうだ。

 新子友花は、当然に大美和さくら先生の側につく。

「それにさ、あたしのことをさ……」


「はいはい……。お前って言うな~だろ? お前さま」


「お前……さま? はあ? あんたお前にさまをつけても、それ余計にあたしのことをバカにしてるじゃんってば!」

 この男は何なのだ……。

 いつもいつも、部長ずらしてあたしのことを見下げてきやがって――と、新子友花は内心フツフツと怒りを煮えたぎらせた。


 でもね……部長ずらってのは彼はラノベ部の部長なのだし、見下げてってのもあんた2年生の夏休み前に入部したんだから。

 彼にも一理はあると思うのだけど。



「そうだよ~。 友花ちゃん!」

 そこへ幼馴染の東雲夕美が、

「最近、この頃って、友花ちゃんって怒りっぽくなっているって私思うから。もう少しは自重しましょうね」


「う……うるせー! 夕美のバーカ!!」


「もう……って。友花ちゃん。ねえ? 忍海君? どう思う??」

「どう思うって……。君等って幼馴染なんだから……もっと仲良くさ」

「もう! 忍海勇太君。私が、友花ちゃんより先にあんたをスナッチしてもいいの??」


「これ……、意味が分からん……」


 巻き込まれたくねぇ……。

 新子友花といい、東雲夕美といい……、こんな幼馴染関係の恋の争いに、真正直に忍海勇太は拒否して、そのまま身体をのけ反らせて、ついでに数歩後ろに下がってから、つまり拒否った。


 

 ……。

 可愛さ余って憎さ百倍――幼馴染感を丸出しで、あんたは勇太側につくのか東雲夕美よ。

 条件反射に、幼馴染に自分の堪忍袋に針を刺されたものだから、思わず暴言、罵倒を彼女に浴びせるは金髪山嵐の新子友花だ。

 でも『んもー!!』は自重、ただジト目を(少し長めに)彼女に向けるくらいで許してやろう。

 冷気の如く視線をあんたに。




       *




 そこへ、タイミングよく――


「遅くなりました。先生――」

 神殿愛の登場である。

「ミスさくら先生! ボンジュールです! 遅くなりましたっ……てね」

 そして、新城・ジャンヌ・ダルクも隣に立っている。


「あらら? 今日は新城さんもラノベ部に参加ですか?」

 大美和さくら先生は、部室に入ってきた2人に話を掛けた。

「先生……? ラ……ノベ部内で、何か揉め事でも起きたので……す……か?」

 いつものラノベ部に雰囲気とはなんか違う。

 女の子の感というものか。

 神殿愛は刹那にそう感じてから、新子友花 vs 忍海勇太 vs 東雲夕美の構図に、ヘビ・カエル・ナメクジの三竦さんすくみに近い空気を感じたのだ。

「……」

 これ、まずい時に部室に来ちゃったのかな? ……と、神殿愛。

「い、いいえ~。そんなことは……ありませんよ。ラノベのテーマ論争をしてまして……放課後まで生討論の最中でしただけですからね」

 ふふっと、微笑みを作る大美和さくら先生が彼女の疑問を払拭させる。

「……そうで……すか」

 よくは分からないけれど、顧問の先生がそう仰るんだから、そういうことで……。

(これ以上追及したら……ヤバくね?)

 生徒会長の立場も考えて、神殿愛はこれ以上この微妙な空気に触れないようにと考えたのだった。



「新城さんも……どうですか? 日本の学園には馴染めてきましたか?」

 フランスから転校してきた生粋フランス人、新城・ジャンヌ・ダルク――

 いつもとなんだか違うピリピリ感のラノベ部の部室に、彼女は頬に一筋の冷や汗を垂らしていて、そんな彼女にも気遣う大美和さくら先生は、大人の社交を子供達に見せる。


「……あ、あっはは! それは~まあ、だいじょうぶで~す」


 両手でグッドと親指を立ててから、それを先生に見せるその姿……。大丈夫そうだった。

「……そうですか。いいんですよ」

 すかさず先生が、

「学園で困ったことがあったら、いつでも先生に相談してくださいね。これでも先生は……、フランス語はなんとか一通りできますからね」

 なんとか部室の一触即発な空気を入れ替えようと思い、なんとか話題をチェンジしようとする。

「なんだか……先生が新城さんからフランス語を教えてもらいたいくらいです~」

 ニコッと微笑む大美和さくら先生――

 フランス語が一通りできるなんて、初耳ですよ。作者は……。


「はい! わかりました。ミスさくら先生。今度に存分に、お邪魔にさせてもらいます~のだ」

 やはりだ……。

 変な日本語を使っていることは、まだまだ慣れていないのだろう……。

「ええ! 喜んで……。出来れば入部届も一緒に持ってきてくださいね」

 大人の応対を子供達に見せつけた大美和さくら先生は、大人げなくも……さりげなく部員を募集する。


「ミスさくら先生! ……それは、私、まだ考え中でーす」

 片手で肩に掛かるか掛からないかの、新子友花同様の金髪の地毛をパサッと払いながら、新城・ジャンヌ・ダルクは軽快な口調で喋ってくる。

「……大美和さくら先生! その……、新城・ジャンヌ・ダルクのことですけれど」

「どうしましたか? 神殿愛さん?」

 その会話に神殿愛が間に入って、

 大美和さくら先生は、視線を新城から神殿愛へ向け直して。

「新城さんも、その……、」

「その……?」

「その……、3学年から入部を検討中だって、私に相談してくれていますから」

 姿勢よく礼儀正しく――大美和さくら先生に一礼を見せてから、

「新庄さんもね。もっと……日本語が上手になれたらな~って思っているみたいで」

「そうですか……。うん♡ それは、先生は国語教師として嬉しいですね~!」

 視線を神殿愛の隣に立つ新城・ジャンヌ・ダルクに再び向けて、大美和さくら先生が飛び切りな笑顔を見せてくれた。


「……まだ、古典のような難しい日本語は無理みたいで」

「ええ……、そうでしょうね。日本語は奥が深い言語ですから……慣れるのに時間が掛かるものですからね」

「……だから、」

 神殿愛は新城・ジャンヌ・ダルクの顔を見つめ、

「私は、ラノベ部から日本語に慣れて行こうって、そう誘っている最中なんです」

 口元を緩めて、彼女も笑顔を作った。


「……はい! 神殿に誘われていて……前進にホフクをしている最中モサクなんで~す」


 ……たぶんこうだろう。

 前向きに考え中なんです……。と言いたかったのだろう。


 たぶんではある。


「まあ神殿愛さん。嬉しいですね。生徒会長としての職責もこなしながらのラノベ部活動――、何だか、急に部員が増えつつあって、先生も忙しくなっちゃいました」

 頬に手を当ててから、大美和さくら先生は更に大きな笑顔を部員達の前で見せてくれたのだった。


 先生は、正真正銘に生徒の鑑だと思う。

 こんな個性派ぞろいの部員達に対して、世話がやけますと……たまに思っていながらもだ。




       *




 しかし、先生とは対照的に、

「げげっ! 新城も入部するのか?」

 肩肘ついていた姿勢から、身を後ろに反らして驚いたのは忍海勇太だった。


「ああ……ウイです! マイダーリン」

 ピョンっとウサギのように大きく飛び跳ねてから、彼の席まで来ると、

「新城・ジャンヌ・ダルクも、もうすぐラノベ部員ですかね~。こう……ご期待ですじゃん!」

 そう言い放つや、身体を、具体的には自分の豊満なバストを彼の顔に近付けてから、

「その時は、よろしくで~す。日本語教えてくれたティーチャーとしても、同じくで~す」


「……そ、そうか。まあ、って! 胸が近いから!! 顔にさ……」

 眼前そびえる……見えている2体の傾斜角度ご立派な山々に、忍海勇太は頬をポッと赤らめてしまう。

 そんでもって、ちょうとチラ見して、してを何度も繰り返して、なんだか、まんざらでもないか……と。



「誰が、マイダーリンだって?」


 東雲夕美に向けていたジト目を(今までずっとか?)

 今度は、真逆の忍海勇太の隣に立つ新城・ジャンヌ・ダルクへと向けているのは、書くまでもないか……。

「おい! 新庄よ……。兎に角、勇太に胸を近付けるな! 離れろっ」

 その……その飽満な胸を、なんとかしろしろって……と指で示しながら、なぜか新子友花も頬を赤面させていた。


「ああ、新子? どうしました。今日は機嫌が悪いですか? 斜めですか?」

「……に、にゃんでそう思う。新城よ?」

 図星に自分の内面を見抜かれたと思った分かり易い新子友花は、煮干しをおあずけされた飼い猫のビックリ顔のような「なんで……そうなる」な焦る表情を作ってしまう。

「だって……、新子がそんな具合にハチャメチャに慌てる時は、恋人を他の女に取られたの如くですから」

「意味が分からんぞ! 新城よ」


「は~い。 私もわかりませ~ん」

 肩をすくめてから、新城・ジャンヌ・ダルクは視線を新子友花にパチパチと火花をあびせる。

「……し、新城……よ。あんたも勇太側につく……んだな」

 う、受けて立つ。と思ったのか新子友花。

 四面楚歌で八方塞がりのラノベ部の空気が、再び暗雲に包まれる……と、


「……おい、新城?」


 思ったら。しばし無言の後に――

「ところで新城よ。何しに来たの?」

「はにゃ? ダーリン勇太?」

 パチパチしていた視線をやめてから、忍海勇太へと身体をまた向け直した。

「もしかして、また部活の見学か何かで?」

 やっぱし近いぞ……、お前の胸……とは声を出さなかったけれど、それでも、やっぱし近い気になってしまう豊満な山々。


「ノンノン! 違うでーす。今日はこれを――」

 と言い放つなり、ゴソゴソと何やら自分のカバンのチャックを緩めると。

 中から――

「……ああ! 私もですよ。勇太様」

 同じく神殿も自分のカバンから――



「はい! マイダーリンへ♡」

「これを、愛しの勇太様へ♡」



 両手で大切そうに持ち、忍海勇太に見せた、それは――



 ヴァレンタインデーのチョコレート



「……ああ、もうそういう時期が来たんだな」

 忍海勇太は、別に恥ずかしがる様子も見せずに、淡々とそう呟いたのだった。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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