第66話 それって、どうやったら『ラブコメ』にできるんだ?

「……ああ、もうそういう時期か来たんだな」

 忍海勇太がしみじみと呟く。


 一方、


「……勇太。まさか、あんたって」


 新子友花、何かを察した様子だ――

 その彼女の表情はというと、




       *




『あ、あたしさ……今の今まであんたのお前って言い方も、すべて許容して許してあげてきたんだけどさ、まあさ……流石にあんたもいい加減にしてくれるって、実は思っていたんだけどさ』

 新子友花の脳裏に、瞬間的に悲劇が幕を開ける。

 この恋愛慕情――、ツンデレラブコメのあるある感丸出しなベタベタなセリフなのだけど、


 それが、結果的に言い過ぎたのだった。


『んじゃ……。今まで許してくれてもらっていたけれど、これからはもういいっていうことだよな。俺はさ、それでいいと思っている。別に無理強むりじいしてまでさ、俺と付き合ってもらおうなんて思わないし。そんなの……それこそお前が辛くなるだけだと思うから、んじゃ……


 さようなら。


 もう、俺とお前なんて今後一切に会うこともないだろうから……それでいいのだと思う。んじゃ!』


 と、どうしてヒロイン主体のラブコメに登場する男の子というのは、こうも逆ツンデレを見せつけてくるのか?

 これも、あるあるな内容とセリフで――


『あ……ああ、そうなんだ。あんたって、そんなふうにあたしのことを思っていたんだ』

 言わなきゃいいのに、言ってしまうは青春まっしぐらのさがなのだろうか……?



 ここで、ちょっと休息して――

 あの、うんじゅっさいを生きていた作者からのアドバイスとしては、言わなくて済むことは言わないほうがいいと思う――である。


 思わず言ってしまった、無意識からくる攻撃性――

 哀しきかな、無意識なのだから自分自身には気が付いていない相手への本心を、思わず口に出してしまった後の泥沼何曜日サスペンス劇場――はたまた、恨みつらみの果てに起きてしまった凶悪大火災のように――



 聖人ジャンヌ・ダルクさまの火刑の無念を、ジャンヌ・ダルク自身が神となり聖ジャンヌ・ブレアル学園で生徒達の祈りを救いに思い、それを晴らすかの執念と言えば分かり易いか?



 祖国フランスを救うために、戦争に勝利するために戦ったジャンヌ・ダルク――

 最後には、無念の汚名を着せられた彼女が辿った火刑という殉教の道を、そのような『立場を思い上がる勇者の成り上がり小童こわっぱ』と、同一視なんか絶対に許されない。


 ジャンヌ・ダルクは神に選ばれたのだから、一緒にするな!

 という、天から『改心せよ……』というありがたや~な声が聞こえてくるようだぞ。




 要するに、付き合う相手は数多くいるけれど、

 聖人ジャンヌ・ダルクさまの代わりは、事実として誰もいない――


 本当に誰も、代わりになんてなれないのだから、

 優先されるべきは『救国の聖女』の意志なのであって、それ以外の、

 聖人ジャンヌ・ダルクさまに十字を切って祈り続ける……私達じゃないのだ!!


 祖国に裏切られても、それでも殉教という道を選び、自らの死によって平和をもたらそうと願った聖人ジャンヌ・ダルク――

 列聖された『救国の聖女』に、誰もが祈りを捧げ……作者も同じく――

 聖人ジャンヌ・ダルクに憧れてきて、だから自分も殉教する道を……、この物語を書き続けてきた気持ちに込めて――


『ハッピーエンドのエンディング』を、しっかりと書き終えました。




 休息を終えて――


 悲劇の最中にメソメソとエキストラが見せるような涙なんて、当事者の一方の男の子からすれば『だって、俺のこと嫌いになったんだから、しょうがないから、俺は新しい女の子と一緒に付き合っていくしか道がないじゃん』

 と、至極正解な正論を淡々と言い放たれるだけのヒロインが『あんたって男は、ほんと最低ね……』と、エキストラに交じりながら多数派を形成するかの如くに、その男の子に責任を押し付けて――


 でも、

『ただの恋愛のもつれじゃん? それだけの関係だったんだから、もういいじゃん?』

 まるで肩に掛かった枯葉をササっと払う程度にしか、自分のことを思ってはくれていなかったんだと気が付いて。

『あ……ああ、そうでしょうね。そうでしょうね。あ~よかった。あんたと縁が切れてさ! あんたと付き合っていこうなんて、少しでも思っていた自分がアホだったんだね』

 肩をすくめ、自分自身が少しでも思い描いた大恋愛を、ヒロイン自らが大否定――



 これで清々したのだろう――。と思っていたら、ちょい違ったみたいで。



 んで、その時に――ここからはRPGモードに入ります。


『んもー!! お前って男は、もう許さんぞ! あたしの自己犠牲呪文であんたを!』

 大? 恋愛の縺れの果ては末恐ろしい――

 これもまた、無意識の中にあるプライドが傷付いた結果からくる悲劇の大団円?

 涙の数々に、観客は拍手喝采か?


 否々いないな。いやいや悲劇の結末ですよ――


『あたしの自己犠牲呪文で、あんたって男を――(ピー)してやる!』

 まるで、昔のネコ型アニメの主人公のセリフ『あいつを(ピー)して、僕も死ぬ』だ。

『俺をさ、こんなくっだらない悲劇の中で(ピー)してもさ、いいことないぞ』

 火に油をのもう一方の当事者――

『うるさい! この……言いたい放題にあたしに言いやがって』

 もう一方の当事者――ヒロイン。


『いやいや、言いたいことを言ったのはお前だろ?』

『んもー!! だから、あたしのことをお前っていうなって、勇太ってば!』


 なんなんだ、この結末……。

 悲劇の結末から、無念な気持ちから生まれてくる“歓喜に至れ!”が、全く見当たらない。



 ここでも、作者からのアドバイスを書いておこうかと……。

 自己犠牲呪文を使いたいのであるならば、どうぞご自由に使っていいと思う。

 でも、それって自分の人生のオチとして如何なものか?




       *




 書き過ぎか?

 自己犠牲呪文は横に置いて、顔面蒼白にボス戦で掛かった魔法で石化状態になっているのは新子友花で――


「あらら……、新子友花さん。落ち着きましょうね」

 おもわず、大美和さくら先生が両手を自分の頬に当てて心配する。

「でも、あなた達って、青春ですね……」

 いや、心配はほんの少しだった。

 先生は、頬に手をあてながらも、一人、両目をキラキラさせて教え子達が見せてくれる青春劇を間近に見ていることに、激しく『ずっきゅん! どっきゅん!』な感動を覚えていたのだった。


「い……言っておきますけれど。勇太様っ!!」


 ツンデレの表情を作るのは、青春劇に登場している恋敵の神殿愛――

「言っておきますけれど! これってギリだからね……。その、勘違いしないでくださいな」

 いつもは勇太様って自分から慕ってくるのに、いざこういうプレゼントなんかを渡す状況になると。なぜか恥じらうのは女心となんとやらか?

 神殿愛はツンデレに頬を赤らめ、視線も右往左往させて、両手に持つギリのそれをググっと忍海勇太に差し出す。


「そうか、そうだよな……」

 忍海勇太も視線を明後日、明々後日に――


「って、こんなにハートマックがクッキリで、本当にこれギリって??」

 黙っとこうと思う気持ちも、無理だった。

 恥じらいも、閑古鳥が持ち逃げしていくような感じで、彼は思わず言い放ってしまう。


 典型的な『♡型』のチョコにリボンでトッピング――

 つまり、これ本命に上げるチョコだよね??


「やん! 勇太様……どこ見てるの?」

 チョコレートですよ……。

「チョコレートですけれど……これ、もう一度お尋ねしまうけれどさ、……ギリ、ですよね?」


「はい……」


 頬をポッとさせて、それを両手でサッと隠そうとする神殿愛――

 その姿――どう考えても本命じゃね?

 

「ノンノン…… 神殿! まだまだで~す。あんたの押しは、押し相撲になってませ~ん。指相撲レベルじゃね?」

 人差し指を……こう言う時は、推しがゴリ押しに変わる。

 ノンノンと指を左右に振ってから、神殿愛のその躊躇ちゅうちょしたやるせない姿に愛想を尽かしたのは、新城・ジャンヌ・ダルクだ――

 相変わらず変な日本語だけれどね……。


 その新城・ジャンヌ・ダルクは、神殿愛の前に我に任せよと言わんばかりの様子で、一歩迫り出してから、

「まあ、見ていてください! ジャパニーズ・ヴァレンタインデーを征服した、フランス仕込みのヴァレンタインデーをで~す。まったく……日本のガールのジュテームは、本当にナンセンスで南京玉簾ですからしゃ~ないか……」

 ヴァレンタインデーよりも、日本語を本格的に習得した方がいいかとお勧めするぞ……。



「じゃ、きー取り直して。はいで~す! マイダーリンへ♡」



「あ……あんがとう」

 忍海勇太の目の前に差し出されたチョコレート。

 彼は強引な感で差し出された、それ……たぶん『ギリだよね?』のチョコレートを、ギリの方が気持ちが休まるからその方がありがたい。

 彼はギリに義理感をもって、……たじろきながら慌てて両手で受け取ったのだった。


 その……チョコレートも。

 ほんまに、おもいっきり“♡”マーク。んでもって、大きいリボン付きの……やっぱこれ本命だよね?


「ダーリン勇太! これは本命で~すよ」

 自分からばくっちゃったんだから……。


「だから、本命ってやめんか。あとダーリンもな、やめい……」

 とかなんとか言いながらも、忍海勇太の心の内はというと。

 お察しできる人は分かると思う。


 なんだか、てれてれな……。という具合に、想像通りであろうから。




       *




「……」

 無言で、


「……」

 無言で鼻を鳴らしながら、


「……」


「……」


 無言で、でもその心の中には『あ~あ、あんたが男子じゃなかったら良かったんじゃね?』と、夫婦別姓という民法上なんかの法的解釈を超えて、超越的に――

 このラノベ物語には、男子なんか一切いらね~。いるのはあたし達カヨワイ女子軍団だけの物語なんじゃね?


 そう思って本当は書いているんだろ……そうだろう? ねえ、作者よ?


 新子友花よ……。

 もしも、君の御判断の通りに物語の登場人物をすべて女性にしてしまったら?




 それって、どうやったら『ラブコメ』にできるんだ?




 BL小説とか、レズな小説は作者には書けないぞ。

 そこんところは君も作者の実力を十二分に承知の助であることを、作者は切に希求する。




 時を戻そう――


「……あ、あは。あ……ありが……あは、あ……あはは……ってね」


 なんや、これ?

 なんや……こいつ??


 忍海勇太の、あからさまに鼻の下伸ばした陽気な姿が気に入らない――


「あ、ああ~。勇太ってさ、おモテに、なられますどえ~」

 わざと新子友花よ。そう言うか?


 これぞ女子の嫌味節――

 新子友花が忍海勇太を、お前浮気してたよな? っていう冷たい視線を猛烈に睨みつけ浴びせ、

(浮気じゃなくて、単にモテてるだけだろ? 彼が―― ギリとか本命は別にして……)


 そこへ、

 言わなくてもいい一言を発したのは、

「ノンですから、新子? 何を勘違いしてはるんどすえ~」

 その視線を日本語不備乱用の乱反射で、跳ね除けるのは新城・ジャンヌ・ダルクだった。

「か……勘違いにゃって……」

 不意打ち一発をつかれてしまった。そう思った新子友花が、彼女が驚きあたふたする時に、思わず喋ってしまう猫声を出してしまう。

「あ……あたしって、勘違いなのか。勘違いしていたんだな。勘違いってどういう意味だ」

 バーサク状態に敵も味方も分からなくなるくらいに、新子友花は自分の気持ちが、忍海勇太への気持ちが勘違いってバッサリと大否定されたものだから。

 つまりは、オモテになられるんどす~が正しいと――気が付いてしまったのだ。


「ねえ~ マイダーリン?」

 そんな新子友花の混乱ぶりに流し目を瞬間向けた新城・ジャンヌ・ダルクが、すぐに忍海勇太の顔を見るなり、

 でも、何度もそれ言うのね……。

「これ! ジャンヌ・ダルクの自家製チョコレートじゃんですから。だから、ターンと召し上がりなさいな!!」

「……ターンと召し上がるものじゃないだろ。チョコレートって」

 忍海勇太、渾身のツッコミだった。

 重いよね? こういうのって……

「いえいえ! ダーリン! ジャンヌのはターンとね」

 こりずに新城・ジャンヌ・ダルクは猛アタックしてくる。

「……無理」

「無理じゃないで~す」

 西洋の魔女の猛烈なラブラブだぞ。


「無理だ」

「じゃ……ないで~すって」


「それも無理」

「もう! ですよ。ダーリン」


「もうでも……無理って」

「そこを、なんとか~」

 必死に耐える、忍海勇太――



「まあ! 忍海勇太君ってモテモテですね……。しかも、愛するジャンヌ様に告白されてね~」


 ふふっ


 ニヤニヤと彼を見つめて大美和さくら先生が、いつものように……。

 ここではいつものように……、が逆に悪戯感に思えるんだけれど、それでも先生はいつものように微笑んでくれた……?

 微笑んだ? ちょいと意地悪な気持ちがあった?


「いや! 先生って、ジャンヌ・ダルクって、ただの同姓同名なだけだから! それに告白もされていないし……」

「ふふっ、何をお照れ照れにされてていますの~ねぇ」

 やっぱし、ちょいと意地悪感があるみたいですね……。


「いなーいって! 先生、俺はただ当たり前の事実を」


「もう、新城さん大胆すぎだって……」

 後ろから彼女に手を添えて神殿愛が、

「勇太様が、困ってるじゃないの?」

 と率直に言う。


「え~? 困ってないですって、神殿!」

 振り返る新城・ジャンヌ・ダルク、全く部室内の空気をよんではいない。

「だって、私とダーリンの仲ですし!」

「し……、新庄さん。それを言うなら私と勇太様でしょ?」


「ねえ~? マイダーリンは神殿とジャンヌとどちらが好きなの??」


 でたでた。男にとって一番聞かれたくない質問だ。

 マイダーリンと問い掛けている時点で、その質問の内容は効力を無効化されているのだと思うのだけれど。



「な……何を突然?」

 当然の気持ち、忍海勇太が慌てる。

「……まあ、忍海勇太君って、いいですね。モテモテで……」

 大美和さくら先生が、青春まっしぐらの光景を喜劇に……悲劇に……否だ!!



 青春劇の観客としてだ!!



 青春劇をまっしぐらに、先生に見せつけてくれているラノベ部員に感謝――

「そのモテモテにを……、なんて言うか。先生もどうか加えて欲しいなって……てへっ♡」

 大美和さくら先生の欲求なのだろうね?


 なんていうか、凄まじい欲求なのだと思う――


「よ……、よくないですって! 先生、助けてくださいよ……ってば」

 青春まっしぐらの忍海勇太は、ただいまも青春を生きているのであり、

「どうかね……先生もそのモテモテに加えてってね。てへへっ」



 ある意味、


 大美和さくら先生って、自分の気持ちを晴らすためにだろうラノベ部を新設したり、殿方争奪バトルもしかり、聖夜祭もしかり……。

 つまり、自分の目的のためならば手段は何でもいいという、推定年俸27歳の野望に――



 驚愕を恐怖を、少し感じて見てしまった……んだね。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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