第七章 ヴァレンタインデー♡

第64話 いやいや、俺の誕生日だぞ! 俺にも! あるってだろ??

 ここはラノベ部の部室である――

 いつものように、いつものようにラノベ部員が自席に座っている。


 座っていて、各自がノートPCを開けて、誰も読まない……。それは言い過ぎだった。

 これでも文化祭の文芸誌では半分くらいは……確か売れたはず。

 それはそれで、自信をもっていいのだと思う。


 ――部員同士でも滅多に読み合わせしない自分の、自分流のライトノベルを、今日も今日とて、せっせとキーボードを打ってワードに書き込んでいる……ラノベ部員だ。



「……」

 勿論、書き書きしているのが部員であることは当たり前で――

「……まだまだ、」

 それを監督――しているのは国語教師の顧問大美和さくら先生である。


「……まだまだ、……寒い日が続いていますね」


 先生が窓の外を眺めて、小声で皆の集中を閉ざさないように小声で呟いた。

 別に邪魔する気は毛頭もなく……。当たり前だ。何故なら顧問なのだから。

 でも、そんなに緊張して書かなくてもいいのですよ~。……という、さり気無いメッセージを部員達にアドバイスしたかったのだ。



 だって、ラノベって娯楽小説ですから――



 ラノベなんて、絶対に教科書になんか掲載されないし……。

 国語のテスト問題にも採用されることもない。

 まるで、使い捨ての文字の羅列というぞんざいな扱いしか……されてこなかった歴史のない。


 否か、それを言っては作者の20年はなんだったんだと、自分で自分を責めてしまうから、これはよそう。


「でもね……」

 両手をパチンと合わせる大美和さくら先生――

 さっきから独り言状態である。


「……知っていましたか、皆さん? ガーデンの桜の大樹のことを」


「……桜ですか?」

 耳では聞いていたんだけれど、それよりも自分の書き込むラノベに集中して……。

 ……し過ぎていて、その“桜”というキーワードに、新子友花がキーボードの手を止めた。

「この学園の庭……ガーデンの桜って? あの噴水がある場所の……」

 顔を隣に座っている先生の方へと向ける。


「ええ、そうですよ!」

 大美和さくら先生が、ニッコリといつも新子友花に見せてくれている笑顔を、今日も作ってくれる。

「――噴水の桜の大樹だけじゃなくって、ここ聖ジャンヌ・ブレアル学園のガーデンは広大ですからね。春夏秋冬……津々浦々の植物が年がら年中楽しめることも、学園のウリなんですよ~」

 その学園のウリ……。

 これは、勿論のこと理事長の意向なのである。

 聖人ジャンヌ・ダルクさまが旅立たれた天国を再現しようと、学園のガーデンを花々で彩りたかった……という気持ちからだ。

 理事長の聖人ジャンヌ・ダルクさまに向ける気持ち、無念の思いを何としてでも晴らしてあげたい。

 その願いをユーラシア大陸を遥かに越えた場所にあるジパング――黄金の国へも、かつての宣教師の如くに、聖人ジャンヌ・ダルクさまの凄さを“布教”したいのだと、理事長は願い、思ってこの学園を創設した。


「まあ、桜は学園内の何処にでもありますけれど……って。まあ、一番大きな桜の大樹といえば……、」

 大美和さくら先生が、顎に人差し指を当てて目を閉じる。

 これ、先生の癖です。

「……やっぱし、あの噴水近くの、聖人ジャンヌ・ダルクさまのところでしょうかね?」


 すると――、

「……あの噴水ですよね? 聖人ジャンヌ・ダルクさまが頭の上から水を浴びている」

 新子友花がすぐに思い出したのは自分が(勇太と)一緒にランチタイムを過ごしているベンチ近くの噴水だ。

 水を浴びているのは、火刑に処された聖人ジャンヌ・ダルクの苦しみを癒そうと、大天使たちが寄り添いジャンヌ・ダルクに水を(噴水の水を)与えている光景だ。

「あたしが、いつもあの噴水近くのベンチでランチしているあの噴水のベンチの隣のだったっけ??」

「ええ! そうでしょうね」

 目を開けて、大美和さくら先生が疑問符が浮かんだ表情の新子友花の顔を覗く。


「その桜がですね……、早くも一輪咲いていました」


 ニコッと、いつもの先生の微笑みがここで早くも見せてくれました――


「……そ? そうなんですか? 先生」

 すると、東雲夕美もキーボードを打つ指を止めてPCから顔を上げる。

「て……大美和さくら先生ってさ、この学園の卒業生でしょ?」

「ええ、そうですよ~」

 なんだか、少し自慢げに返事を返した先生。

 これ、生徒からびっくりくりくりに聞かれることを、実は先生は人知れず楽しんでいたり?


「……ええ。この前、先生がその噴水の前を通ってふと見つめたら……ささやかに小さな紅色の花が咲いていました」

 ラノベ部の部室の後ろ側、先生の席の左斜めの席に着席している東雲夕美と顔を向けて、やはり、ここでも彼女に微笑みを見せる先生だ。



「……夕美って、あんたさ、花とか興味あるんだ?」

 新子友花が、先生の背後から身を乗り出してジト目に尋ねてきた。

「な……何でさ。そゆことを言うかな~。友花ちゃん?」

 スタッと立ち上がった東雲夕美、

 ササッ……っとカニ歩きのように? 新子友花の席まで近付いてきた。


 そんでもって、新子友花の肩に両手を乗せると――、

「友花ちゃんってさ、いつも思うけれど、私に対して冷たく接してない?」

 いまだジト目――軽蔑の横目をしている新子友花に、東雲夕美もジト目で対抗する。

 そんな彼女に対して新子友花はというと、

「夕美さ……、お言葉を返すようだけれど。……あんたって、いつもだけれどあたしに馴れ馴れしいよね?」

 本音を吐露したに新子友花……。


「そ……」

 少しタジタジに、不意打ち攻撃を喰らった感じの東雲夕美が、

「そりゃ~。……私達ってさ、近所の幼馴染の中じゃん! ……てね?」

 てね?

 というなり、東雲夕美は首を少し傾けて茶目っ気に――誤魔化した。


 それから、指で軽蔑の表情を変えようとしない頑な新子友花の頬を指で突いて。



 ――その数秒間、

 突く東雲夕美を凝視……蔑視……、ガン見で――



 そんな幼馴染が絶対に負けたくない様子な彼女に対して、

「あんた、あたしにそうやって幼馴染って連呼してくるけれど、あたしはあんたのことを腐れ縁としか認識していないから……あしからずだぞ」


 キッパリだ――


 本音では嫌い? 嫌いなのに幼馴染って。

 まるで……、素うどんは好きなんだけれど、そんな素うどんにどうしてネギの微塵切りが入っているのかな?

 これじゃ~、素うどんの素の部分が台無しじゃん!


 というような……、食わず嫌いの自信過剰な言い訳……要するにネギが食いたくないだけじゃなえ?


 そんな、


「……」

 そう言い捨てると、ぷいっとそっぽを向けてから自分のPCに向かい、自分のラノベの続きを書きこんしまう新子友花。


「……」

 すかさず、幼馴染も負けじと、

「そんな! 友花ちゃんて……。なんでそうやって、私には冷たくあしら……で、何の話でしたっけ、先生?」

 否な感じ、不戦敗というか敵前逃亡を選択して、急に我に戻った東雲夕美が、新子友花の頬から指を放して真顔に戻る。



「あはは……。東雲さん。いつも陽気ですね…、なによりの限りですよ」

 別に嫌味でも何でもない大美和さくら先生の言葉は、傍から聞けばそう聞こえるのだけれど。

 先生のニコリとした微笑みとカップリングして、よくよく思慮して聞いてみれば、

 その心中は……、性格温厚な国語教師の心の中に見えたのは――



 東雲夕美さん?


 いいですか……


 先生、大美和さくら先生はね。

 まあ、文化祭前の新子友花さんには職員室で教えましたのですけれど、

 先生は元は聖ジャンヌ・ブレアル学園の新聞部で、そこで自分が取材した結果その取材対象者が転校……してしまったのでしょう。先生はそう思っていて。

 それを悔いて、先生は新聞部を辞めて、『ラノベ部』を新設して。


 自分が書く文章で生徒達を楽しませたい、娯楽を提供したいという本気の気持ちから、先生は今もこうして顧問としてこのラノベ部にいるのですよ。



「ラノベ部はね……、あなたの暇つぶしの帰宅部の成れの果てでもなんでもないのですから。あなたにも、しっかりと、私は国語教師として日本語をもっともっと身近に感じる機会を与えることができたのならば……。国語教師として先生は――大美和さくらは本望本懐感謝感激雨霰と……思って……真剣にそう」


 小声に大美和さくら先生が早口に、自分が握っているマグカップを見つめながらブツブツと言う。


「少しばかり言葉を弾ませて言いたいことを言っているなんて、考えに苦慮して言葉を発して……ラノベを書き書きしている作者に失礼でしょ?」


 辞めたきゃ……もういいのだから。

 大美和さくら先生――推定27歳の大人の女性がおもわず本音を思う。



 ――すると、

「せ、……先生?」

 東雲夕美と、

「大美和さくら先生……」

 幼馴染仲間の新子友花が、そろって先生の顔色を気にしてあんじた。



 まあ、表情に見えたわな……。先生も大人げないか?



 ――大美和さくら先生、マグカップを置いて、

「ガーデンの桜の話でしたね……。ついさっきの話題ですよ?」

「そうそう! そーでした。あはは……」

 対して東雲夕美のあはは……は、単にあっけらな愛想笑いにしか見えなかった。


 そうしてから、先生は一つ小さく嘆息を吐いてから、

「学園のガーデンにはね、四季折々の花が咲いていますけれど……。まあ、そのほとんどが温室栽培ですけれど。それでも、この時期になると梅・桃・桜と言われるように、順々とガーデンに咲いてくれますから。気持ち良い聖ジャンヌ・ブレアル学園の春の風景ですね」

 紛らわすかの如くに、大美和さくら先生は早口に言葉を呟いたのだった。

 続いて――、

「……あ、あの桜の大樹はね“河津桜”といって、早咲きの桜の品種なんです。どこでどう……勘違いしたのか? まあ、2月上旬は温暖な日もありましたから、それで一輪花を咲かせてしまったのでしょう。だから、満開まではまだまだ先になりますかね?」


「今日という日――2月14日の聖ヴァレンタインデーには、七分咲きになってくれていたから……。先生は、う、嬉しいですね♡」



 この第七章は、聖ヴァレンタインデーの日の純恋愛……

 ラブコメ物語である――



「う、嬉しい……ですか?」

 新子友花が首を少し傾けて疑問に思った。

「……え、ええ。そうですね」

 大美和さくら先生――苦し紛れの誤魔化しで先生らしくない……ぞ。

 ここは、教師として――


「……そういうものですか、先生? 四季折々の花々を楽しめることって、嬉しいものなのですか?」

 忍海勇太もキーボードの手を止めてから、PCから顔を上げて先生に向けた。

「……はい。それはそれは、そういうものですよ」

 忘れていた……ラノベ部部長の忍海勇太君。そこに居たんだったことを。

 大美和さくら先生――教師として椅子にもう一度畏まるなり、

「……はい」

 と、ちょいと額に汗を滲ませる。

「――桜ひとつとっても、寒桜から河津桜にソメイヨシノ――大島桜に枝垂桜、最後が八重桜といった具合に、日を追うごとに次から次へと開花させるのです」

 ラノベ部の教室の前方左、窓側の席に座っている部長の忍海勇太、その彼に先生は、

「忍海勇太君は……勉強がよくできますから、たまには、学園のガーデンの風景でも見つめて息抜きしてみてはどうでしょうか?」

「息抜きですか……? 別に俺は――」

 頭を掻いて忍海勇太は、「そんなの、どうでもいいと……気にしていないから」という感じで視線を窓の外に向けた。


「……ま、まあ、そう言わずに……確かにここ聖ジャンヌ・ブレアル学園は府内有数の進学校なのでしょうけれど、勉強することだけが学園生活ではないのですから……。これ前に言いましたっけ?」

 大美和さくら先生、再び顎に指をあててシンキング。


「それは……、なんとなく理解しています。俺だってラノベ部で放課後こうしてラノベを書いているし……。文化祭で文芸誌を売ったりしてきましたから……」

「そうですね……。そういうことです。ラノベ部の合宿で飛騨高山にみんなで行ったように、様々なイベントを楽しむことも勉強の内だと先生は思いますから」


 ふふっ……


 と、いつものように口角を上げて、微笑んでくれる大美和さくら先生だ。

「年末にはイエス様の誕生祭も行いました。……そして、学生は冬休みでしたから出席はしていませんでしたけれど、1月6日の聖人ジャンヌ・ダルクさまの誕生祭には、先生達も神父もシスター全員が教会で賛美歌を歌いましたよ」


「にゃ! ……えっ!! 聖人ジャンヌ・ダルクさまの誕生祭もこの学園にあったんですか?」


 猫声をあげて喰いつくのは新子友花――

 聖人ジャンヌ・ダルクさまへ学園に来る度に教会で祈りを捧げてきているのだから、喰いついてこないわけはないわけで……。

 そんな猫娘? いやいや……金髪山嵐と称されている? 新子友花に大美和さくら先生――

「はい! 新子友花さんは知りませんでしたか? 聖人ジャンヌ・ダルクさまの誕生祭は、この学園では年始の恒例行事でして……新子友花さんにも見せたかったですね……。壮大な賛美歌とステンドグラスに照らされる教会内の厳かで神秘的な儀式を……」

「はい、あたしも……参加したかったです」

 うんうんと……まるで虎の置物のように首を上下にフリフリする新子友花だ。


「……そうですか、」

 うんうんと、今度は大美和さくら先生が彼女に貌を向け大きく、何度も相槌あいづいたのだった。



 そして、

「どうですか? 新子友花さんも将来この学園の先生になってみては?」

「……せ、んにゃん? 先生ですか? あたしが??」

 再び、猫声の新子友花がびっくりくりくりにゃんと驚いた。

「はいな! そうすれば聖人ジャンヌ・ダルクさまの誕生祭に参加できますよ~。でもその前に、ちゃんとお勉強できるようになりましょうね~」

 なんだか、遠回りに新子友花にもっと勉強を頑張りましょう。

 と、釘を刺した感が否めない先生のその言い回し。


 大美和さくら――国語教師の渾身からくる励ましのお言葉……と言えばいいか?


「……は、はい大美和さくら先生」

 そんな先生からの気持ちを、学園成績下位の新子友花が。

「……が、頑張ってみます」

 気が付くこともなくて。

 しょぼんと、自分の成績じゃ先生なんか到底無理か……、でも誕生祭に参加してみたいな……。

 という、二律背反の気持ちを心の中に持った新子友花だった――




「……あ、あのさ。さっきからさ、」


「で、なに? 勇太ってそんなに顔をしかめてさ……」

 気が付いていた新子友花――白々しい視線を彼に流し向けている。

「いや……誕生祭って話だから」

「だから?」

 忍海勇太、腕を組みながら何やら考え事をしている……

「いや、誕生日ってさ……」

「誕生日……? 誰の?」



「いやいや、俺の誕生日だぞ! 俺にも! あるってだろ??」



 忍海勇太が、そりゃ誰にでも誕生日はあるだろ。

 覚えているいないは別にして……俺だってあるぞ。誕生日くらいは(当たり前である)。

 いや、くらいって言い方もあれだけれど……


 兎に角、俺にもちゃんと誕生日くらいある。

 と、何故か焦り焦りに、忍海勇太が新子友花にツッコんでしまったのだった。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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