第七章 新入部員??

第63話 小説好きを活かして『ラノベ部』に入部しま~す!♡


 ――これは、もう一つの新子友花が過ごす『聖ジャンヌ・ブレアル学園』のサイドストーリーである。




「ねえ? お兄って」


「なんだ……」


 リビングのソファーの上にねっころがりながら、漫画雑誌を読んでいる彼がそう言った。

「ねえ? お兄ってば。見てよ……」

 その女性、お兄と言っているところから察するに妹なのだろう。

 妹は――自分を見ようとしてくれない兄に向って、

「ねえ? ってば! ちょいと見てよ」

 と、少し声を大きくして地団駄をリビングで踏み続ける。


「おいって! 床が傷むだろが……」

「傷んでもいいからって」

「よくない! ……って、だから、なんだって」

「ほらって」

「ああ……ウザいぞ、妹よ。なんだって……」

 ようやく……、兄は読みかけの漫画雑誌をテーブルに置くと、

「なんか、変な物でも食ってお腹こわしたのか……。胃薬なら、ほらっ! そこの戸棚の上の救急箱にあるから」

 ほらっ……、と、つまんなさそうに妹に接する兄。

 人差し指であそこの上の……という具合に指摘する。


「じゃ……ないってば! もう、お兄って!!」


「じゃあ……なんなんだって」

 よっこいせっとソファーから半身を起こして、プンスカとなんだか怒っている妹を横目で流し見る。

「ふふふ……、よ~うやく見てくれたね。お兄よ」

「見たくなかったけれどな……。妹のお前がぶーぶーとうるさいから、まあ……しゃあ~なくって感じか?」

「ちょいな……。ぶーぶーって何よ!」

「だから、そういうところがぶーぶーだろが!」

 寝そべっていたから兄は銀髪の毛が乱れているのを、ささっと手で整えながら、つっけんどんな口調で言う。

 んで、一方の妹はというと、

「あ……そ~うですか? ど~せ、私はぶーぶーですねぇ」

 ……と、自分がぶーぶーと言っていることには変わりはないのであるが、当の本人にその自覚は無い。

 無意識下に抑圧された自分への負の感情というのは、ものの見事に妹には気付かない。


「……まあ、それはいいとして、どう――


 じゃじゃーん!!


 どう? 似合う?? この制服さっ♡」


 びっくり箱から突如、姿を現した小悪魔が旅人を驚かそうと大声で登場する――シーンのように、

 妹は両手を腰に当てて、右足をさらりと前に一歩出してから、……多分、自分流のモデル立ちなのだろう。

 兄にファッションショーのど真ん中で見せるドヤ顔を、自ら遺伝子を分けた兄に向ける。


「……」

 しかし、兄は無言である。


「……おい。お兄、なんとか言いなさいって!」

 たまらず、妹がツッコんだ。

「言いなさいってって……。妹よ……その制服はどこの制服なんだ?」

 紺色のブレザーに、白のストライプを襟やポケットにワンポイントで魅せる。

 スカートも当然のこと紺色だ――

 胸元を飾るリボンは赤橙あかだいだい色――これは、

「そういえば、妹よ――春から新1年生だったっけな?」


「うん♡ そだよ」


 つまり、1年生カラーである。

(ちなみに、新3年生……進級出来たら? 新子友花の胸元のリボンカラーは真紅しんく色である)


「えへへ……似合ってる? どう? 特にこの胸元のリボンなんか私のヘアーと良い相性になってない?」

「……なってる……のか? 色なんて良し悪しだろ? 誰も気にしないって」

「お兄は紫紺しこん色だったじゃない? あれ、お兄に似合ってたよ」

「そうか?」

「お兄の制服姿も似合ってるしさ……」


 お兄の制服姿も……って。もしかして。

 


 上機嫌な妹――くるりとリビング中央で一回転して、制服姿の自分に、なんだか“コスプレ”した時の成りきった感を味わっている。

「お前、見えるぞ……パンツ」

 そんなフュージョン妹の気持ちに釘を刺す兄――

「って、どこ見てんのよ、お兄!」

 両手で慌ててひらめいたスカートの裾を抑えると、

「……でもさ、このスカートって……どうしてこうも短めなんだろね」

 制服のプリーツスカートを指で摘みながら……

「だからさ……、そういうことするとパンツ見えますから、やめい!」

「まあねぇ……。校則で膝上7㎝って書かれているからしゃーないけどさ。……だから見ないでって、お兄!」

「見たくないわい!」


 だからといって、別に両目を隠す素振りもせずに、目の前に見えるは妹のパンツ――

 まったく、ご馳走様……という気にもなれず。

 逆に、見たくないという兄の言葉は本気に聞こえる。いや、本気だ。


「でもさ……、その制服はどこの制服なんだ?」

「……おい、お兄。あんた正気か?」

 パラっとスカートから指を放すなり、ジト目に兄を睨み付ける妹――

「俺は、いつも至って正気だぞ」

 その妹の目を、無表情で見返す兄――


「あー、はいはい」

 腕をすくみながら……妹は呆れた。

「これだから、お兄は成績がいまいちなんだね……」

「……おいって、俺の成績がなんで話題に出てくる?」

「……ま、成績優秀だからこそ入学できたんだから……お兄も、聖ジャンヌ・ブレアル学園にねぇ」


 聖ジャンヌ・ブレアル学園――


 そうである。

 妹が今着ている制服は、聖ジャンヌ・ブレアル学園のそれだ。

 ということは、妹よ……

 君は、春から聖ジャンヌ・ブレアル学園の新1年生なんだな。


「……って、おいおい」

 再び突っ込むのは兄――

「その成績優秀な妹が合格した聖ジャンヌ・ブレアル学園の新2年生は……この俺、お前の兄だからな。だから、お前の言っていることは矛盾があることを、思い知ろう」

「……あー、はいはい。いつもの自慢話を、どーもありがとうござんす」 <(_ _)>

 妹は、嫌々な表情でペコリと頭を下げた。


「いやさ……、お前に感謝は求めていないから」

「ああ……、そうでごんすねぇ」


「――んでね。この前ね、学園に行って制服の寸法を測ったんだ。それから、数日後に自宅に制服がとうちゃーくってさ」

 気持ちを一気に晴らして、その心を快晴に持ってくる妹が、テンションちょい高めに事実経過を話し出す。

「それくらい、知っている。俺も経験したからな……」

 ボソッと呟いて、兄はテーブルの上に置いてあった漫画雑誌を手に取った。

 まったく、どうでもいい話――制服なんてたかが制服じゃんか。


 それを……、でもそれは、男子の気持ちだぞ。

 女子ってのは、いつも見られる(られる)ことを意識しているものだ。


「でもさ……」

「なによ、お兄?」

「でもさ、お前高校になっても……そのツインテールで行く気か?」

「な……なによ~」

 妹はそういうと、手の甲でさらっと銀髪の髪の毛を流してから、

「このツインテールはね……、お兄が生まれる前から決まっている私のチャームポイントなんだからね。ケチつけないでよ!」

 ふんっ! と、少しムッとする妹がそっぽを向いた。

「俺が生まれる前からって、お前虚勢を張るのもいい加減に……まあ、好きにしろ」

 ……兄、再び漫画雑誌の続きを読み始めて、妹とは喧嘩せずの方向性である。

「……ちょっと、お兄って」


「……」


「……今度は無視かい」

 ジト目の瞼が一層落ちてくる。

「お兄……って、……ってさ、何を読んでるの?」

「……は?」

 チラリと視線を漫画雑誌から外して妹を見ると、

「なんでもない……。“Dr.ストップ よもぎちゃん”だぞ……」

「それ面白いの?」

 妹、兄の傍まで早足で掛けてくると、その漫画雑誌を覗き込もうとする。

「……ああ、主人公の眼鏡っ子の蓬ちゃんと、お坊ちゃま育ちのかしわ君と、その同級生の女の子の餡子あんこちゃんが巻き起こす、逆三角関係のストーリーだ。原作は“烏川くらね”だぞ。知らないのか? 人気あるけどさ」

 と、ページをひらりとめくる。

「……お兄ってさ、ほんと漫画好きだよね」

「好きで悪いか?」

「べっつに~」

 読ませようとしない兄に愛想をつかす妹が、ひと息ついてから立ち上がってから、


「まあ……。私は小説の方が面白いし」

「小説って……、読むの時間が掛かるだろう」

「それがいいのよ。いい時間潰しになるからね~」

「……そういうものか?」

 ちらっと漫画雑誌から視線を妹に、

「そういうもんだよ~。お兄――」

 妹は、両手を腰に当てたまま、何故だかしたり顔で兄の顔を見つめる。

 その兄――


「……」

 またも、無言で漫画雑誌の続きを読むのだった。




 しばらくして――

「お兄ってさ」

「なんだ」

「お兄って帰宅部なんでしょ? 今は」

「そうだけれど……」

 兄、読みながらボソッと呟く。


「じゃあ! じゃあ!! じゃあさ♡」


 妹――自分の両手をギュッと握りしめながら、

「お兄も、春から部活に入ろうよ。私さ、入学したしょっぱなから部活に入るつもりだから……。だから、一緒にさ♡」

「一緒に……って?」

 漫画雑誌を膝に置く兄――

「一緒にって、なんだ?」


「へへーん!」


 妹――大きく深呼吸をして、


「私、狐井磨白きついましろは新1年生になったら、小説好きを活かして『ラノベ部』に入部しま~す!♡」


「ラノベ部……。そんな部あったっけ?」

 天井に視線を向ける兄が、学園内の部活のレパートリーを検索する。

 そんでもって、首を右に左に振り肘を抱くように組んでのシンキング……でも思い出せん。

 そんな兄の姿を、ああ……当然そういう感をだすよね~と、妹が兄を無視して、

「そんでもって……、兄の狐井剣磨きついけんまも同じくラノベ部に入部させまーす」

 と……言いました。


「……おい。させますって。なんだ?」

 流石の兄……、ちょいと。

「だってさ……お兄って帰宅部なんでしょ? いいじゃん。せっかく同じ聖ジャンヌ・ブレアル学園の先輩後輩の関係なんだから……ここは後輩の顔を立てる気持ちでさ」

 一方の妹……、こちらもまた……なんていうか度し難いよ。


「意味が分からん……。俺は入らんぞ。その……ラノベ部とかなんとか」

「いいや! 入る」


「入らんって」

「入る」


「嫌だ」

「入りなさい」


「入らない」

「んもう……お兄ってさ、いいじゃん」


「嫌やって」

「お兄! 私はね、聖ジャンヌ・ブレアル学園の新1年生として、新しい出会いと学びのために、ラノベ部に入部するって決めたんだから」

「ラノベ部で学びって、ラノベって娯楽小説だろ? なんで文芸部や古典部や新聞部じゃないんだ?」

「ラノベ部だからです」


「だから?」


「だから、ラノベ部ですって♡」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る