第57話 聖夜祭 ジャンヌさまと雪だるま!!

「聖夜祭の……何の話をですか??」

 神殿愛がキョトンとする。


「いやな……。こいつが聖夜祭のサンビカの練習よりも、学業をこの学園は優先しろっていう……苦情を俺達にさ……」

 頬杖をついてから、斜め向かいに座る新子友花を目で流して――


「ちょいな! あたし、してないって。んもー!! あと、“こいつも”ってのも失礼だかんね勇太!」

 自席で慌てて、椅子から半立ちしながら、書き上げているPCのラノベを中断して……、その内容を気にしながら、やっぱし勇太め!

 という……感傷的な気持ちを、すぐに斜め向かいの席――

 忍海勇太へと向けてから、新子友花は猛然とツッコミを返す。


「こいつって言ったか、お前?」


「勇太って、アホか! だから、あたしのことをお前って言うな!!」

 新子友花――お約束のツッコミが出ました。

「はい、はいって……」

 見つめていた視線をPCに向ける忍海勇太……。


「もう、友花ちゃんって落ち着きなって。聖夜祭の聖歌、去年も歌ったじゃない」

 東雲夕美がそそっとすり寄って、新子友花を諫めようと肩に両手を掛ける。

「みなさん? 去年のみんなの聖夜祭はどんなのだったの」

 今年の二学期から転校してきた新城・ジャンヌ・ダルク――

 部室内……の、みんなを一通り見渡した。

 ちょっと興味深い様子。


「――」

 忍海勇太が無言で俯いた。


「――あれ。悪夢だよね」

 新子友花……。


「……ま、まあ。会場の皆は楽しんでくれていたけどね」

 神殿愛も同じく俯いて呟く。


「私達って、後ろのコーラスをしてたから。影薄くてよかったけどね」

 東雲夕美も――


「……ほら! みんな落ち着きましょうね」

 大美和さくら先生である。

 でも何故か、額に汗がにじみ出ている。

 別にマグカップの梅昆布茶のお湯が熱すぎた訳じゃ~ない。

「みんな楽しい聖夜祭―― 微笑ましい青春をそんな暗い顔で迎えたら……ダメですよ」

 何故か、先生は一人でフォロー。

 と言って、



 はあ~


 一同、自席で一呼吸しちゃった……。



「そうそう! 先生、さっきのあたしの質問!」

「東雲さん。質問って?」

 と言ったのは神殿愛である。

「そうそう。どうして、この学園で聖夜祭で聖歌歌うのかって話だよ。だって聖人ジャンヌ・ダルクさまとそんなに関係無い日だよね」


 ――いつの間にか、話が最初へと戻っていた。

 否……これは、暗黙なる暗雲の呼吸、阿吽の呼吸――


 去年の聖夜祭の一部始終を目撃している者達による、

 無言の抵抗?



「……聖夜祭の、これのことですか?」

 と、カバンからゴソゴソと何やら一枚の紙を取り出して机に置いた神殿愛だ。

「この聖夜祭の何が?」

「もう、そんなチラシで来ていたのか……」

 忍海勇太がPCから顔を上げて、

「はい……勇太様。ついさっき、生徒会へイラスト部から見本が届いてきましたよ」

「……そうか」

「はい。仕事が早いですね……。勇太様」


「こ、こんなの作るんだ……」

 新子が机に数枚広げているチラシを覗いて、その一枚を手に取りゲゲッと驚いた。

「この聖夜祭の……って後の」

「あ……ああ、友花。それねぇ~」


「にゃ……にゃに?」

 驚いた時の癖――猫声? で新子友花は神殿愛をギギッと睨み付ける。

「もう……友花って。そんなに怒らない」

 ハンカチを一枚、スカートのポケットから取り出すなり、慌てて頬に流れる一筋の汗を触った。


「どうかしましたか?」

 大美和さくら先生――そんな2人の様相に疑問符を浮かべる。


「い、いえ。この文面が……先生」

「文面……ですか?」

 大美和さくら先生は、机に数枚広がっているチラシを一枚手に取った。

「……もしかして、これのことを?」


「……はい」

 ペコリと頷く新子友花である。


 そこに書かれていた衝撃的な事実――



“今年は付属幼稚園と保育園の子供達もご招待! さあ、みんな!”


“張り切って、子供達の前で聖歌エンジョイしちゃいましょうね”


“生徒会長 神殿愛”



「ちょい。ちょいな!!」

 新子友花、生徒会長の神殿愛に向かって当然なツッコミを入れた。

「……な、何か? ……友花」

 明後日の方向を見つめて、視線を合わせようとしない白々しさ――

「あのさ……、子供達もご招待ってのはなんでしょうか? 生徒会長の愛さん?」

「……ん。ああ。そうそう、ついさっき生徒会の議決で決定したんです。これ聖夜祭のメイン――そのチラシの見本をみんなに早速見せたかった。……どうでしょう?」



「今年のクリスマス聖夜祭には、ななんと! 付属幼稚園と保育園の子供達招待しちゃうんだな」

 神殿愛――生徒会長としての責務を今尽くしている。

 まあ、はっきり言って有難迷惑なのだけれども。



「まあ、素晴らしいですね。神殿愛さん」

 大美和さくら先生はパチパチと両手を鳴らして拍手する。

「ちなみにさ……愛さん。これは本当に決定事項なの?」

 恐る恐る尋ねる、新子友花だった。

「はいな!! 何を隠そう! この私生徒会長の神殿愛のアイデアですよ」

 えっへんと! 胸前に手をかざして誇らしげである。


 ……こ、この洋風座敷童子が、余計なアイデアを独断で。

 と、小声で恨みったらしげに、言った金髪山嵐こと新子友花である。

「愛ってば……このバッキャロウ」

 机の下で拳を握って、新子友花は羨む思いを作る。


 新城・ジャンヌ・ダルクは嬉しくて――

「私は、歌うことは好きだから嬉しいで~す。だから、みんなに本場仕込みのフランス流聖歌を聞かせてあげま~す」

「おい! 新城って……言っとくけれどな、日本語で歌うんだからな。フランス流の流儀は披露できん」

 忍海勇太が新城・ジャンヌ・ダルクに至極当然に指摘を、

「ダーリン勇太さま――ああ! それは残念で~す」

 ギュッと両手で彼の腕にしがみ付いてくる。どして?

「折角に、イエス様の前で、愛の誓いを歌いたかったんだけれど残念で~す」


「おい! って、新城さん。いいから勇太から離れろ。兎に角7メートル下がれって」

 新子友花が机向こうでイチャつこうとしている2人を、ギュッと眉間にしわを寄せて凝視していた。

「新子! そんなに下がったら廊下まで行っちゃいま~す」

「それでいいから、すぐに離れろ」

「いやで~す」



「んもー!!」



 新子友花の頭から噴気を出して、怒ったぞ。



 それにしても、なんか忘れてない?

 聖夜祭に聖歌を歌う理由――




       *




 ふっても ふっても

 いーぬは喜び 庭駆け回り


 駆け回っているのは、子供ヴァージョンのジャンヌである。


 きつねはストーブで あたたする……


「こらって!」

 それをジャンヌが優しく手を腕に伸ばしてから、

「歌詞を変えるな! それにあんまり走り回ると、滑って転ぶぞ」

 はしゃいでいた子供ヴァージョンをつかまえるなり、胸元へとたくし寄せて。

「やっぱり、お前ははしゃぎすぎだってな」

 しんしんと降っている雪の中、頭に積もっている牡丹雪を手で払ってくれたジャンヌ・ダルク。


「だから、転ばないよ! ジャンヌさまって」

「だめだって、転ぶから」

 子供ヴァージョンのジャンヌは強気だった。

 だからこそ、『救国の聖女』として戦うことができたのだろう……。


 だけれど――


「そんなの、へっちゃらだ……。うわっ」

 子供ヴァージョンがジャンヌ・ダルクの腕を振り払って、わーいわーいとはしゃごうとした……途端に、


「ほら……な。いわんこっちゃない……」

 ジャンヌ・ダルクが頭を抱える。


 その理由は当然のこと、

 子供ヴァージョンが、すてーん! と尻餅をついた。

「ほら、言った先から……」

 ジャンヌは歩み寄ると、両手で彼女を脇を抱えて、埋もれて雪まみれ子供ヴァージョンを抱き抱えた。

 ゆっくりと降ろして、コートに着いた雪をパンパンと払ってから――

「……だから、はしゃぎすぎだぞ……って。子供ヴァージョン」

 ジャンヌ・ダルクが少し目を……ジト目にした。


 その目をじ~と見つめる子供ヴァージョンはというと、


「……てへっ」


 頭を掻いて……。

 いつもは、1日のノルマ4本の蜜柑を売りさばくのにストレスを感じているから。

 今日くらい、積雪の学園ではしゃぎたい気持ちも理解できる。

 ところで、その売り上げはどこに消えているのか?


 まったくもって、謎である。



 ――自分でコートに付いた牡丹雪をササっと払いながら。

 気を取り直して……たのか?


「ねぇ! ジャンヌさま! 雪だるま作ろうよ」


 無垢な子供……だ。


「雪だるま……。『ボノム・ドゥ・ネージュ』だったけ?」

「うん……。そうだよ。とびっきりの大きいの作ろうよ」

 ジャンヌのコートの裾を、ぐいぐいと引っ張りながらおねだりしている。


「ボノム・ドゥ・ネージュ……か」


 そう言うと、ジャンヌ・ダルクは空を見上げる――

 しんしんと降ってくる雪……雪……、雪を迎え上げ見ている。


「……………」

 ジャンヌ・ダルクの口角が少しだけ上がった。




『……ねぇ、おじいじゃん! おばあちゃんって! ボノム・ドゥ・ネージュを作ろうよ』


 懐かしいな――


『ジャンヌ……よ。この粉雪じゃ、作れないからね』

 そう叔母は言ったっけ?

『……そうなの?』

『ああ、その代わりにな』

 そうして、

 叔父がそそくさと納屋から持ってきたのが――


『このソリで丘を下りなさい』


 それは、端材で繕えたボロッちいソリ……のような木の枠だった。


『……うん』

 でも、それでも――。

 私は嬉しかった。



 その、ソリに乗って……私はドンレミの羊が暮らす草原の丘を滑った。

 何度も何度も、滑っていた。


 何度も何度も、


 全然に飽きることはなかったっけ?




 その叔父も叔母も、もう他界してしまった――


 してしまったから……




「……分かったから。そう引っ張るな」

 ジャンヌが子供ヴァージョンが引っ張ってくるコートの裾から手を離す。

「わーい! わーい」

「じゃあ……。ボノム・ドゥ・ネージュを作ろうぞ」

 ジャンヌ・ダルクは子供ヴァージョンに、優しい口調でそう言った。


「うん!」

 そしたら、子供ヴァージョン……飛び切りに喜んだ。


「こらって! だから、雪の中でそんなにはしゃぐと……滑るから」

 思わず、両手を子供ヴァージョンに添えて転ばないようにと――


「ジャンヌさまと雪だるまー」


「ジャンヌさまと雪だるま!!」



 でも、大丈夫な様子だ。

 子供ヴァージョンは聞いていない。

 ジャンヌ・ダルクは一安心して――


 何がそんなに楽しいのか?

 子供は風の子だと……いうけれど。



 そんな、子供ヴァージョンを見つめて、


「さようなら……。私の思い出。おじいさんとおばあさん」


 しんしんと、雪は降っている。

 ジャンヌ・ダルクは――小さくそう呟いて。




「今を生きようぞ――」


 そう、新子友花、大美和さくら先生に言った言葉を、自分の心に言ったのである。


 言いたかったんだ……



 ジャンヌ・ダルクは自ら背負ってきた思い出が、とてつもなく重かったのだということを、静かに思い出してしまった。

 この、しんしんと降り積もる学園の雪化粧を、ゆっくりと見渡しながら――


 戻っても逢えないのだから――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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