第56話 聖夜祭 ……新子友花さん。そうやって、大人になっていきましょうね。

「……あの、大美和さくら先生?」

 新子友花、先生の表情が気になって尋ねてみる。


「……ん。なんですか? 新子友花さん」

「あの、なんか表情がすぐれない……、みたいだったから」


 隣に着席している新子友花は、先生と同じく両手を膝の上で重ねて……から、もじもじとしていた。


 その仕草に気が付いた先生、チラッと彼女の両手を目で流してから、

「……ふふっ。そう見えましたか?」

 ニッコリと……、いつものように口角を上げて、これが本来の優しい国語教師――大美和さくら先生である。


「あの……」

「はい。新子友花さん? 先生に何か聞きたいことでも」

 大美和さくら先生は、両膝に掛けていたブランケットを腰へと手繰り寄せていた手を、止めて。

「……あ、はい」

 新子友花は、素直にそう返事をした。

「ふふっ……そうですか? では、なんなりと質問してくださいね♡」

 ブランケットを持っていたもう一方の手でマグカップを机に置いてから、先生は隣に座っている新子友花へ身体を向けて。

 ……ところで、そのマグカップの中身はなんなのでしょう?

 外が積雪であるからして、ホット類の飲み物であることは推測できますけれど。


「あの……」

「はい?」


 新子友花は、もじもじしている――

「……お前、はっきりと先生には言えってば」

 その煮え切らない態度に、たまらずラノベ部部長の忍海勇太が自分のPCから顔を上げて、彼女に野次を飛ばす。


「わわっ! 分かってるって。だまってて、勇太ってば。バーカ!」


「……そうか。でもさ、なんで俺を揶揄する?」

「いい……いいから! 黙ってろ!」


「はい。はいって……」

 彼女の言葉に反応して忍海勇太が別に不貞腐れる感じもなく、自分のPCへ顔を向ける。


「……」

 その素っ気ない態度に新子友花は、少し寂しくも……感じて、


「ゆ……勇太の、清水の舞台意気地なし」

 と言いました。

 恐らくは、“清水の舞台から飛び降りる“という格言をもじっての、『あんたって男は、清水の舞台から飛び降りる勇気もないんかい!』という叱咤激励――


 ……飛び降りたら一貫の終わりだから、やめましょう。


「この……八つ橋、キンツバ、バッキャロウ……」

 意味不明な八つ当たり発言を小声で言い放つや、

「新子友花さん……何か言いましたか?」

 大美和さくら先生がしっかりと、隣にすわっているものだから聞こえてしまったのだ。

「その……すいま」

 自分の不適切発言に我に帰るなり、新子友花は先生に頭を下げる。

「はい? まあ……こう寒いと甘い物が食べたくなりますね。このマグカップの梅昆布茶にも合うんじゃってね」



 そのマグカップの中身は……、梅昆布茶だったんですね。

 なんて地味で古風な、どうして緑茶じゃない?


 ああ……推定年齢27歳には、それ相応のですか。



(……何か、文句ありますか 作者様 (―_―)!! )


(いえ、ご馳走様ですね……)



「その……文化祭で、あたしに仰って。青春を……とかいう話ですけれど……」

「とかいう……。ああ……! 職員室でしたかね。言いましたね」

 先生はスッと立ち上がって、後ろの机の上に乗せてあるポットにマグカップを添え、梅昆布茶のパックを入れてから、お湯を注ぐ――

 その先生の姿をしばらく、目で追っている新子友花が、

「あの先生は……その」

「はい。何ですか?」

「……その」

「……新子友花さん?」

 注ぎ終わると、自分の席へと着席して。

 すかさず、マグカップに一口付けてから……ブランケットを両膝に掛け直して、


「……先生? あなたに何か気に障ることでも……、あの時に何か言いましたっけ?」

 顎に人差し指を付けて、大美和さくら先生が回想をしてみる。

 この指は先生の癖である――


「いいえ……。そ……じゃなく」

「そ、じゃなく?」

「……はい。その……、若かりし頃の青春時代というものに憧れて」

 両膝に乗せている手をもじもじと……再び指と指を当てながら。

「憧れて……ですか。先生が……」


「……その、先生は羨ましいと。あたし達のことを」


「羨ましい? 何がでしょう?」

「…………」

 新子友花は、どうしてか下を向いてしまった。


 大美和さくら先生のその『羨ましい』という言葉に、新子友花も忍海勇太も、神殿愛も東雲夕美も新城・ジャンヌ・ダルクも驚いた。

「先生……、どうしたのですか? 職員室で友花ちゃんと」

「……新子。どうしたの?」

 真っ先に口を開いたのは東雲夕美と新城・ジャンヌ・ダルクである。


「……いえ」

 先生は、ふと視線をみんな一人ずつに向けながら、そして神殿愛に視線を止める。


「……先生は、新子友花さんが文芸誌で努力している姿勢を見つめて―― 神殿愛さんが生徒会長として、学園のために……、ためになることをしっかりと残そうとしている姿勢を思い出して―― そうしたら先生、自分がこの学園の生徒だった時のことを思い出しちゃってね」

「先生……。謙遜させてください! 私は生徒会長として努力しているだけですから」

 一瞬、席から身を上げようとした神殿愛――だった。

「ええ。それは、よ~く理解していますよ」

 まあ、着席して落ち着いてください……という仕草を彼女に向けてから、


「……みんな。手探りで頑張っているなって。嫉妬しちゃったんです。そういうお話ですよ」

 再びマグカップを手に持って一口、その梅昆布茶を――



 続いて新城・ジャンヌ・ダルクが、

「ノンノン! ミスさくら先生って若いで~す。……って、それに! この学園の生徒だったんですか?」

 と、

「はい! そうで~す♡」

 と、言い切ってから、すかさず! 後ろへ身を向けて。



『はい来たね! お約束のこのリアクション!!』



 両手をグーにして、何かに勝ちを感じ得た大美和さくら先生だ。


「先生すごいで~す」

 何が凄いのか?

「なんだか、人生のすべてを聖ジャンヌ・ブレアル学園に捧げているって感じで、まるで聖人ジャンヌ・ダルクさまと同じじゃないですか」

 新城・ジャンヌ・ダルクは新鮮な驚きを、先生に対して見せる。

 まるで、天使に初めて出会った時のトキメキ感……?


 ……のような、

 こんな純粋な、それでいて熱心な女教師という人物が、自分の目の前にいる……って。


 なんだか……最高!!


「いえいえ……。先生は聖人さまとは……違いますよ。ただの成り行きで国語教師を目指してから、上手くいっただけですし」

 生徒の謙遜、続いて先生も謙遜を見せる――

「それに私は……、もう若くないですよ」


 いやいや、推定27歳で若くないって、そしたら作者はどうこれから生きればいいのやら――



(だまらっしゃいな 作者様 (― ―〆) )



「まあ、新子友花さんの若かりし頃の青春時代……は余計だったでしょうね」

 あははって、先生は彼女に視線を向けると、それでもニコリと微笑んでくれた。

(……ある意味、ちょいと怖いけれどね)

「あわわっ! 先生ごめんなさい」

 慌てて大美和さくら先生のご機嫌を直すために立ち上がって、今度こそ深々く頭を下げる。


 その彼女の姿をしばらく――、

「いえいえ……。まあ、先生も実際うんじゅっさいですしね……。それは事実ですから」

 大美和さくら先生は。机の上に置いてあるマグカップの淵を指でなぞりながら、

「……でもね。私も、若い頃があったんですよ」

 と、当然の事柄を新子友花に喋ってから、

「……あったんですから」

 語尾を“から”に言い直した大美和さくら先生――



 大美和さくらよ 新子友花にも言ったけれど、


 今を生きようぞ。


 聖人ジャンヌ・ダルクさまの声が――


 例え、うんじゅっさいでも……生きることは素晴らしい。


 我なんて、19歳で――



「――先生って、学園ではどんな生徒だったんですか? 私、生徒会長として参考にさせて……」

 生徒会長の神殿愛からの質問だ。

「いえいえ……参考だなんて。そんな、たいそうな生徒じゃなかったです」

 手を左右に振りながら、大美和さくら先生は自分の生徒時代をそう言い放つ。

「……ウソだ! 先生って学園行事に積極的だったって……マリー・クレメンス理事長から伺ってます」


「う、……伺っているのですか?」

 額に一滴、汗が見えた。

「はい! 先生って生徒時代ってとてもアクティブでしたって……理事長が」


「あ、はは……理事長」


 文化祭のメインイベントを企画して、理事長からドン引きされたなんて……生徒達の前では言えない……よね。



「今日は、よ……よく冷えますね……」

 理事長室――ガーデンを見渡している一人の女性。

 肩に掛けているブランケットの裾を締めなおして、

「珍しいですね。学園が雪化粧するなんて――」

 当然、マリー・クレメンス理事長その人である。

 その理事長は、窓の外に広がる学園のガーデンを、雪化粧して真っ白の姿を一人で見渡していた。


「……聖夜祭も近いですし。また、先生の悪夢が具現化して……大雪に」

 理事長は頭を抱える……。


「大美和さくらさん……。あなたの聖夜が、もうすぐ来ますね――」


 すると――


「は~」


 マリー・クレメンス理事長、雪化粧した学園のガーデンを見つめながら、溜息を……、ついちゃった。


 でも、どうして??




「大美和さくらはいじめられっ子で、ずっと図書室で本を読んでいて、この学園のためになんて何にも考えてこなかったな? そう気が付いてしまって」

 大美和さくら先生は、一口添えたマグカップから口を離して、

「大美和さくらはね、自分を守ることに必死だったんです。毎日いじめられて……、それでもなんとか我慢して学園に通い……、卒業できて」

 静かにそれを置くと、

「それでも、先生になることができて……」

 大美和さくら先生は、一つまぶたをゆっくりと閉じてから、フッと視線を水平へ……持ち直し。

 先生は、みんなに目を合わせて問題ないです……と見せたかった。

 ……のだけれど、それもできずに、すぐに視線を下げてしまう。


「……大美和さくら先生」

 たまらず、新子友花が隣に座る先生に声を掛けた――


「…………」

 先生の視線は……そのままである。


 しばらく――

 そのまま、無言状態が続いて、


「ミスさくら先生にも……。そんな辛い時代があったんですね」

 新城・ジャンヌ・ダルクが、思い切って口を開いてみた。

「ええ、そうでしょうね。誰にだって……ね。あなた達にも訪れていることだと、先生は思っていますから……」


 こんな私の学園生活と、

 この生徒会長の学園を、より良くしようという姿勢を、


 私欲でもなんでもない献身という姿勢を見せられて――


 あの時、


 聖人ジャンヌ・ダルクさまに祈り、すがり……、続けていた大美和さくらがいて。

 でも、この生徒会長は決して聖人ジャンヌ・ダルクさまにすがろうとはせずに、むしろ……積極的に率先して学園をより良くしようとしている。


「大美和さくらの羨望ですよ……。皆さんはしっかりと目的をもって、目標を描いて……文芸誌をしっかりと書いて、生徒会長をしっかりとこなして……。そういう……ねえ」

 ニコッと先生が微笑んだ……。


「……そういうことが、先生は羨ましくなったんでしょうね」


 自分もしっかりと、あの時に学園を生きてきたんだけどな――

 でも、それは、自分を守るためでの言い訳だったっけ?


 新子友花が、急にあたふたとして――、

「先生、もしかしたら、あたし聞いちゃいけないことを……」

「そんなことありませんよ……」

 新子友花が起立したままに、

「でもね。新子友花さん――」

「はい……」


「悪気が無い質問というのはね……。時として、とても残酷に聞こえるものですよ」

 ああ、先生……やっぱり嫌な質問だったんですね。

「でもね、責めていませんから……新子友花さんを」

「せ……先生。その……」

 新子友花はこの時に――、


 ――安易に先生のことを『羨ましい』なんて聞いてしまったことを、本当に申し訳ないと思った。

 それは、何故か……

 先生……大美和さくら先生には、……にも、学園の生徒としての自分なりの思い考えがあった。

 あたしが今、こうして学園の生徒として、色々と勉強のこととか聖夜祭のこととかで、あ~だこ~だと悩んでいるように、それは先生にも当てはまって。


 あたしは、自分勝手な質問を――してしまった。


「……新子友花さん。そうやって、大人になっていきましょうね」

 彼女の言動を察してか? 推察してか?

 大美和さくら先生は的を得た回答を言う。


「……はい。大美和さくら先生」

 新子友花は、素直に頭を下げることしか、それが一番の方法なんだと直感して――



 ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま――


 私は間違って、ここまで来てしまったのでしょうか?


 こんな私が、この子達の先生で――


 ……そう心の中で、彼女は自問していた。




       *




「……と、ところでみんな、なんの話をしてたんですか?」

 話題を変えようと考えたのが、神殿愛だ。

 横目でチラッと、俯いたままの大美和さくら先生を気遣ってである。


「……ん。あ! はいはいってね」

 すると、先生が我に戻り顔を上げてそしてニッコリと微笑んでくれた。

 それから、パチン! と両手を合わせて、



「聖夜祭の話をね、していましたのよ。神殿愛さん!!」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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