第58話 聖夜祭 聖人ジャンヌ・ダルクさまがイエスさまに祈って、どうして私達が祈らないのですか?

「……そうそう! 言いそびれていましたね」

 大美和さくら先生、自分で自分の頭をコツン……と軽く当てると、ててへっ? ……と恥ずかしさを隠す。

「え~? 何なに?? 先生――」

 神殿愛も着席してから、ラノベ部の話題に参加。

「どうして聖夜祭が学園行事としてあるのか……? を、先生から話そうとしていたところで、話が飛んでしまってね……」

 外に牡丹雪が降り積もろうとも、今日もラノベ部の“活動”は活発で、その光景はまるで陰陽が織りなす――カオスか。

 忍海勇太が“ボケ”て……、新子友花が“ツッコんで”、

 更には、東雲夕美が馴れ馴れしく“芸能ニュース”の担当者のように、さも分かったかの勢いで事情を披露して、

 更に更には、帰国子女――じゃなくてフランスからの転校生である新城・ジャンヌ・ダルクが“綺麗な言葉”を多用しながら新子友花を揶揄からかう。

 神殿愛とは“犬猿の仲”――否か? 恋のライバルと、ここでは書き直そう。


 ラノベ部の話題は、永遠に不滅だぞ――


「……実はね。聖ジャンヌ・ブレアル学園には、元々は聖夜祭は無かったのですよ」

 大美和さくら先生は、両膝に掛けてあるブランケットの上にそっと両手を合わせる。

「ええ? 無かったんですか……それはビックリです」

 ……と言うなり、両手を狐にして水を掛けられたら女の子になるキャラのように、少し大げさに驚いた。

「はい……。びっくりくりくり……ですね」

「ビックリ……です」

 そのキャラのポーズは継続したままで――


「ちょっと、愛さん? そんなに足上げたらさ、……隣で前屈みになって肘ついている勇太に見えるから」

 たまらず、羞恥な顔で赤くなっている新子友花、向かいの席の神殿愛に、

「……見えるって?」

「だから、スカートの中のパンツじゃい。言わせるなって!」

 おもむろに人差し指を向けているそれは、神殿愛の……、

「ああ、パントゥ~ですか」

 これを御嬢様言葉とでも言うのか?


 聞きました……? パントゥ~


「……見えてるから、だから……早く足下ろせって」

 赤くなっていた頬を更に、見ている同性の方が恥ずかしいとは。


「勇太様に……パントゥ~を見られることが? どうして、何か?」

 まったくもって、恥じらう様相を見せない御嬢様育ちの神殿愛だった。

 金持ち喧嘩せず――なのか?

 それとも、ただの世間知らずか?


 ちなみに、成績は常に上位者の生徒会長だぞ。


「……アホ! だからさ、早く足を下ろせ!!」

 たまらず、席から立ち上がる新子友花――

「……こらこら、生徒会長の神殿愛さん。足を下ろして殿方にパントゥ~を見せないようにしましょうね」

 わざと生徒会長の神殿愛と称して、彼女を窘めた大美和さくら先生からの教育的指導――

「……わ、分かりました」


 先生からの指摘には、素直過ぎるくらい従うんだね……。


「先生……、俺は別に構いませんから」

 忍海勇太は神殿愛のパントゥ~を、十分過ぎるくらい横目で凝視していたから、もう満足とな?

「……いいえ。構いますね。聖ジャンヌ・ブレアル学園の生徒なのだから、ハレンチな行為は慎まなければ聖人ジャンヌ・ダルクさまに申し訳がつきません」

 向かいに座る大美和さくら先生――そう言いながら彼の『横目』をしっかりとチェックしていた。

「アホ! バカ! 大バカ野郎の勇太。……あんた何さ、愛のパンツをしっかりと見てさ」

「じゃあ……お前も見せてくれ」

「……あんた、頭おかしい? 誰が見せるか! あんたにさ!! セクハラ大魔王ものだぞ」

 開いた口を半開きのままにして、底無し沼のように居直る忍海勇太に……新子友花は心底ドン引きしてしまい。

 彼女の心は、底無し沼に足を取られてしまった冒険者――


 その大魔王をRPGで例えるならば、風使い……?

 風を吹かせて、スカートの……って、これ以上書いてしまうと女性読者からドン引きされてしまいますから、止めておきます。



「まあ……。みなさん!」

 話を戻したのは、大美和さくら先生だった。

「……カトリックばりばりのこの学園で、イエスさまメインのお祭りがなかったんです。……まあ聖ジャンヌ・ブレアル学園には、洗礼式もありませんけれどね」

 そう仰るなり、先生は膝に掛けていたブランケットを後ろの机に、そっと置いてから立ち上がり、教壇へと歩いて行く。

「皆さんもそうでしょうけれど……、この学園の生徒のほとんど『カトリック教徒』ではありませんね。ごく普通の日本人です。……新城・ジャンヌ・ダルクさんは」

 先生は椅子に腰掛けている彼女に顔を向けてから、

「は~い! 私はカトリック教徒で~す」

 新城・ジャンヌ・ダルクは堂々と、自分がカトリック教徒であることを告白した

「ですね……」

 うん……、と先生が頷いた。


 先生、顔を正面に向け直してから、

「皆さんも、お会いになったでしょう。教会で……理事長に」

「……あ、はい!」

 神殿愛、綺麗な声で大きく返事を返す。

「――理事長は、私が学生の時からこの学園の理事長をしていました。学園の創設者ですしね。なんとかカトリックを子供達に教えたいという熱意で、この学園は誕生しました。そう……当時の私は理事長から教えられました」

「……そうなんですか?」

 神殿愛が、

「それって、その話は生徒会長として……とても興味ありです」


「ええ、そうですか?」

 大美和さくら先生が両手を教卓に乗せる。

「でもね……、日本でカトリックを熱心に信仰する人というには、多分……東京か長崎の人達くらいでしょう。もちろん教会はどの都市にもありますけれど、その信者は少ないのが一般的ですから」

 すると先生は……、新子友花が先生を見つめた。

 新子友花の表情は、ちょっとだけ……どんよりである。

 無理もないだろう……。

 毎朝、聖ジャンヌ・ブレアル教会で祈りを捧げている新子友花にとって、先生から聞かされたカトリックの信仰の限界――という現実は、彼女の耳にはよくは聞こえてこなかった。


 大美和さくら先生は、表情一つ変わらない――

「そういうものですね……。現実は」

 そんな新子友花の気負いを察して、先生はみんなを見渡す。

 一呼吸してから、



「だから、先生が理事長に直訴しちゃったんだな」



「じきそ?? ……ですか」

 忍海勇太も、どんより〜というよりも暗雲めいた表情だった。

 でも、なんだか先生の気持ちとは真逆な展開になってきたんじゃと……思ってきた。

「……先生? あの……、何を直訴したのですか??」

 彼は率直に質問した。


 大美和さくら先生は、ここでも表情を変えることはなくて、

「……聖人ジャンヌ・ダルクさまは、火刑に処される前に仰いました。どうか私に、十字架を与えてください。どうか……どうか十字架を」

 両手を教卓から上げて、先生は両手を胸前でギュッと握った。

「……そうすれば、私は主の御前へと行くことができる。私は主の前でこう言います。……誰も悪くない。誰も、私が処されることで、皆が、平穏を取り戻すことができるのであれば――」


「……あれは? あのミスさくら先生?」

 なんとか日本語とその意味は聞き取れている新城・ジャンヌ・ダルクだったけれど、

 いまいち……、先生の言いたい事柄が見つけられなかった。


「はい?」

 それでも、大美和さくら先生は表情を変えず――

 それから、静かに……両目を閉じる。

「……だから、イエスさまあっての聖人ジャンヌ・ダルクさまです――よね?? ……って理事長に直訴しちゃったら、そしたら理事長も確かにそうですねと――理解をしてくれました」



「聖人ジャンヌ・ダルクさまがイエスさまに祈って、どうして私達が祈らないのですか?」



「ってね? そう直訴した結果……。んで! 清き聖夜祭が始まったのですよ。ふふっ♡」

 そして伝説がはじまった!

 みたいな大美和さくら先生からのセンシティブな告白だ。

 でもね……、


 この時、流石にみんな絶句したのである。

 それは、どうしてかって?



『ああ……、清き聖夜祭って……ラノベ部顧問の大美和さくら先生から始まったんだ』



 うわー! すごーい!

 めでたーい!!


 ん、じゃなくてね。

 新子友花、忍海勇太、神殿愛、東雲夕美、ついでに新城・ジャンヌ・ダルクも……、

 彼、彼女等は、内心こんなことを感じていたのである。



『うわ……。この先生に“聖歌”を歌わされてるんだ……。聖夜祭をさせられているんだ……』




       *




 いぬは よろこび にわ かけまくり

 ねーこは こたつで まるくなる



「ふふふっ! ははっ!!」

 相も変わらず、降り積もる牡丹雪の中を楽しくはしゃいでいるのは子供ヴァージョン。

「ジャンヌさまって! その雪玉を早く持ってきて!!」

 大きく手を振った先には、

「……ああ、分かってる。そう急かすでない」

 19歳の乙女――ジャンヌ・ダルクである。


「よっこいせ……と」

 思わず……ジャンヌ・ダルク、いつもの口癖が吐露――


「……ジャンヌさまって。早く! 早くってば!!」

 兎のようにピョンピョンと飛び跳ねながら、ジャンヌ・ダルクを急かしている子供ヴァージョン。

 見た目容姿からも……それに頭に積もった雪も合わせると、大きな兎になっている。


「……ジャンヌさまってば!」


「……そう急かさんでも、雪だるまは逃げはせんから」

 子供ヴァージョンのがジャンヌをはやし立ててくるのを、ジャンヌは一人そう呟きながら聞き流して、


「ジャンヌさま! 早く!!」


「だから、そう言うな……。急かすな……。結構、重いんだから……この雪の玉」

 両腕で抱えながら、ゆっくりと一歩前へと歩いてくる。


「よっこいせっと……」


 ジャンヌ・ダルクは、抱えていた雪の玉を、重いものを持ち上げる時のように、腰に力を溜めてから勢い付けて一気に、子供ヴァージョンが作った雪の玉の上に乗せた。


「うわ~! 完成だね。雪だるま!!」

 子供ヴァージョンが、またも兎のように飛び跳ねる。

「よく頑張ったな……、子供ヴァージョンよ」


 聖ジャンヌ・ブレアル学園のガーデンに、ひと際目立つジャンヌ・ダルクの背丈くらいの大きな雪だるまが登場した――


「……でも、ジャンヌさま」

「なんだ……」

「どうして……、雪だるまを作るのかな?」

 自分から雪だるまを作ろうと言い出しっぺなんだけれど、そこは幼い子供の素朴な疑問である。

「というと……?」

 子供ヴァージョンはジャンヌの足元にしがみついて……

「だってさ、雪だるまじゃなくって、雪の塔でもいいじゃありませんか……」

「……まあ、雪玉を転がした方が、雪の氷柱を作るより簡単だからな」

「簡単……どうして」

「どうして……って、」


 ここで物理の話を子供ヴァージョンにしても……、と思うなり――


「とにかく! よく完成したな。頑張ったぞ……。子供ヴァージョンよ!」

 ジャンヌ・ダルクは優しく子供ヴァージョンの頭を撫でる。

「えへへっ!」

 頬を赤らめながら照れるのは、勿論のこと子供ヴァージョンだ。



 グラッ……



 ――と思ったら


 ぐらっと……

 上の……、丸い雪玉がぐらついて――



 グララッ……



「ジャンヌさま……。なんか様子がおかしいです」



 グラグラッ……



「……ああ」

 頭に添えている手を離しながら、ジャンヌ・ダルクも雪だるまのそれに気が付く――



 ズドン



 下の丸い雪玉の横に、真下の落っこちて……から、



 コロコロ


 コロコロ……



 雪の大玉は、雪跡を残し残して……コミック? ……コミカルに転がって行く。

 そして、桜の大樹の幹へとズンッと当たってから……止まった。


「……ジャンヌさま。雪だるまが……逃げて行っちゃ……て」

「まあ……何か。何か気に入らなかったのかな?」

「……何をですか?」


「たぶん……、下の玉が気に入らなかったのだろう」

 腕を組みながら、ジャンヌ・ダルクはしたり顔を見せて、


「……ジャンヌさま! ひど~い!!」

 またまた、子供ヴァージョンは頬をふくらました。


「まあ……『ボノム・ドゥ・ネージュ』も、こんな下の玉じゃって」

「だから! ひど~い!! ジャンヌさまってば」

「……また、作り直せばいいだけだぞ」


「は~い」


 2人は声を揃えて大笑いした――

 牡丹雪は、以前とシンシンに振り続けている。




       *




「ちょい、真面目に演じてよ……」

「ちゃんとやってるぞ……お前」


「あー! 今さ、わざとお前って――」

「あ~言った」


 とうとう開き直ったのか、忍海勇太――


「んもー!!」


 新子友花が頬を膨らます。

「そう言うなって、ちゃんとこの台本通りにやるだけじゃんか?」

 その頬を、指で突きながら……、

「そ、そだけど……」

 少し……ちょっとだけドキドキ?


 稽古は続いていて――


「なあ……」

「何よ……?」


「俺達って、どうして……こんな練習してるんだ」

「だから……、言うなって。勇太」


「これ……さぁ。言わずにいられるか?」

 忍海勇太が慳貪けんどんな表情と態度を、あからさまに見せた。


「しょ……しょうがないよ。勇太って」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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