第54話 聖夜祭 ……先生だけの……思い出、大切な人生としての思い出をね!


「くふっ!」


「くふって……。先生」

 新子友花の隣に着席していた大美和さくら先生が……失笑しながら、

「まあまあ、確かに『こ』は余計でしたね。先生もあの解答にはびっくりくりくりでしたね。くふっ!」

 というなり、口元を手で押さえ顔を背けた大美和さくら先生である。


「んもー!! って先生! 笑わないでくださいよ。だって先生、聞いてください! 桜桃の読みが『さくらもも』っておかしいじゃないですか? 何かの引っ掛け問題かなって、あたし思って」

「だからさ、『おうとう』って読むんだ」

 と忍海勇太がしたり顔を……なんで見せる。


 とまあ……、西瓜でスイカとか、橙って……なんて読むんだって話が、まだ続いているのでした。


「んもーん!! はいはい。分かりましたよ、新子友花さん」

 先生は左手を招き猫のようにゆっくりと振りながら、彼女を諭した。

 ところで、ひさびさの大美和さくら先生の、んもーん!! である。

 ちなみに意味とかは新子友花の『んもー!!』と同じである。

 少し上品ですよ。先生の方がね――


 とまあ……こんな具合にラノベ部の盛り上がり? は、いつも良好だ……。

 これで天気も日和めいてくれたら、これ幸いなのだけれど……。

 窓の外では、しんしんと牡丹雪が降っているのでした。



「……先生。それにしても、どうしてクリスマスに聖歌を歌うのですか? この学園の教会でさ」

 唐突に、東雲夕美が大美和さくら先生に尋ねてきた。

 ちなみに彼女の席は新子友花の左側に90度机をくっつけている。給食の時のグループの5人掛けのような凸な形の突起部分である。

「……なんていうか、聖夜だから歌うんじゃないでしょうか? 日本に生まれたら自然と日本語を身につけていくような感覚かなって……」

 先生は招き猫の手を下ろしてから、マグカップを手に持って――

「……ふふっ。先生もこの学園の生徒の時にも歌いましたね。聖歌をね」

 くふっから、普段のふふっに戻った先生。そしてニッコリと微笑んだ。


「先生も歌ったのですか、クリスマスに?」

 新子友花がたたみ込んで尋ねた。


「はい。そうですよ……。……まあ、どうして歌うのかって話を先生なりにもう少しだけ深掘りしてみましょうか?」

 両膝に掛けていたブランケットを後ろの机に置くと、先生は席を立って教壇へとゆっくりと歩きながら、

「勿論、イエス様の生誕をお祝いするために、カトリック教徒が献げるのですけれど、この学園もカトリック系ですが……。それは、ぶっちゃけ形式的なものですけれど、先生だって、元旦には初詣にお参りしますしね」

「えっ、そうなんですか? 大美和さくら先生!!」

 新子友花は、なんだか新鮮な表情で驚いた。

 聖ジャンヌ・ブレアル学園の教師たるもの、何がなんでもカトリックの教師として日々を生きているのだと、……そう思っていたのだけれど。


 まあ、勝手に想像してみて……。


 そしたら、大美和さくら先生も、なっなんと……初詣に行くって仰るじゃあ~りませんか!

 これは驚きだ。とくに学園で毎朝、聖ジャンヌ・ブレアル教会で祈りを捧げている新子友花にとって――


 あり得ない。


 ……と、それは、もしかしたら言い過ぎなのかもしれないのだけれど。

 兎も角は、新子友花の脳内でびっくり仰天な、大美和さくら先生の発言だったのだ……って。


「お前が驚いてどうする。“あたらしい文芸”のメインに、お前しっかり神社のことかいていたじゃないか」

 忍海勇太が呆れて新子友花にツッコんだ……。

 ついていた肘を戻して、彼もPCの画面へ向いた。

「……あっ。そうだっけ」

 我に戻った新子友花――


 そうでしたね……。“あたらしい文芸”にしっかりと書いていましたよ。


 その返事を聞くなり、向けていた自分の顔をそのままに横目でチラッと、

「……でもさ、今更ながら。お前メインでさ……、よくあんなの書けるよな。結構クラスでも話題になってたぞ」

「んにゃ? ほ……ほんとに、それ勇太……ありがとう♡」


 赤面する新子友花。まるで桜桃のように……と書いておきますね。


「俺はな、褒めていないぞ……」

 視線を横目のままに、瞼を少し落としてから……別に軽蔑じゃないけれど、これまた呆気だろう。

「あ、あたしがクラスに入っても誰も、そんなこと言ってなかったけど……」

 首を傾げて文化祭からの、教室内でのクラスメイトの一部始終を走馬灯のように……思い出してみて。

「バカかって! お前!! 本人に面等向かって、そんなこと言う奴いないってば。何処にも」

 やっぱし……、呆れて新子友花を見てそう言った。

 いやいや忍海勇太よ。同じクラスじゃん? そこは黙っておこうよ。


「……そっか」

 傾げていた首を元に戻して、

「そんなもんかな? みんな……、あたしに気を使ってくれたんだ。あと、お前って言うな!!」

 ――バカかって言われるのはいいんだね。




 新子友花よ――


 それはな、気を使ってくれてくれているんじゃなくてな、


 クラスメイトはな、皆、引いているんじゃぞな。


 ドン引きだぞ……。はあ……


 聖人ジャンヌ・ダルクさまのお言葉――が、どこからともなくと。

(しかも、神様にまで溜息をつかれちゃう始末で……)



「あははっ! 新子も、ほんまな大胆なガールですね」

 腹を抱えて、隣で大きくはしゃいでいる……、

「新庄……さんって」

 ……のは、新城・ジャンヌ・ダルクである。

「あははっ! グッジョブ新子~ですね!」


「……………」

 当然のこと、新子友花はいい気がしない。

 でも、文芸誌で書き残したのは事実だから……ねぇ。


「あれってさ、公開告白ですよ。ああ~」

 告白だなんて……まあ、そう読めるかな。

「折角だから、そっちの方向性で書いてみたら、読者受けするかもって――」

 新子友花、負けん気な言い訳?


 ――本当は、勇太への憂さ晴らしであることは口が裂けても言えない。

 とくに大美和さくら先生の御前では、尚更である。


「……友花ちゃん あのメインは私もびっくりしたよ。あんれってさ、気になってたんだけど、あれ忍海勇太君へのラブレターなんじゃ」

 と東雲夕美が聞くなり、



「にゃ! んにゃい!! やい!!」



 本日は……、よく猫言葉になる新子友花。

 新子友花は、両手をぶんぶんと左右上下に振り回して大否定した。

 しかーし!


「うっそだ~」


 東雲夕美が勢いよく机に両手をバチンとつくなり、立ち上がってから斜めに座る新子友花に身体を、……すりすりと寄せる。


「ウソ、じゃないって……」


 それを新子友花は視線を天井に向けて、彼女を見ようとせずに、

「あはは、新子―― あなたはウソがさ、バレバレじゃないですか?」

 弱り目に祟り目――

 同じく反対側から身体を寄せてくるのは、すぐ隣に立っている新城・ジャンヌ・ダルクだった。


「勇太よ……」

 両脇から積極系の女子二人に責められてきて、たまらず新子友花が忍海勇太に目配せして、

「俺、関係ないから」

「……」

 援軍を期待していたけれど、肝心の部長さんはそっぽをむいて――



「んもー!!」



 恥ずかしさの沸点を越えて、新子友花がムクッと勢いよく立ち上がるなり、

 それにしても、よく出てくる。

 本日は、新子友花の口癖のオンパレードである。


「……ねえ、みんなってば! いつまでも文化祭のあたしのネタで盛り上げるのは……さ」

 自分で自分の小説のこと“ネタ”と称するのは、止めようね?


「いいじゃん! 新子――」

「そうだよ。友花ちゃん」


 コイバナなんて言えば、聞こえはいいのかもしれない女子会気取りのこの会話。

 でも、はたから見つめれば……これ言葉責めによる拷問プレイじゃね??



「んもー!!」



 新子友花――そろそろ限界である。沸点を越えると何があるのか?

 もしかしたらビックバンか……ってね。


「まあまあ……。新子友花さん。みんなも……」


 そこへ、すかさずフォローを入れてくれて、諫めてくれる大美和さくら先生だ。

「新子友花……さん。今日は、本当によく冷えますね……」

 先生が彼女を思い、話題を天候へと当たり障りなく変えて――

「はい先生……、随分と雪が……ですね」

 先生ナイスフォローですよ。

 新子友花――グッと親指を立てる。


「みなさん……。もういいじゃありませんか。新子友花さんの文芸誌での赤裸々の文面――」

 赤裸々って――

「新子友花さんも、分け合って、故あっての文章を綴った気持からの告白だったのでしょうからね」

 と、マグカップを手に取るなり、それを一口添えて。

「せ……先生ってば! 告白だにゃんて……」

「新子友花さん。本日は……語尾間違えまくりのすけ……ですね」


 意味がちょっと理解できません。


「――珍しですね? ここ京都で積雪なんて……、合宿地の飛騨高山は毎日のようにる積もるというじゃありませんか」

「そうなんですか? 先生」

 忍海勇太が話題に乗っかてくる。

「ええ……。小京都と呼ばれているにもかかわらず、こちらとは大分環境が違います……という話です」

「……そんなにあの合宿地って豪雪なんですか?」

 姿勢を(何故か)正して、先生に尋ねて、

「先生はね……、ずっとお前に真冬の飛騨へ旅行に行きました。けれど、あの時山中で道に迷ってねえ大雪の日でしたよ」

 先生は思い出話を始める。



「先生は、数年前ですけれど、写真に凝っていた時期がありまして、」

「写真ですか?」

 新子友花が、落ち着いたか自分の席へと腰掛けた。

「へぇ~。先生にも趣味が当然のことあったんですね」

 それは失礼でしょ?

 誰にでも趣味くらい……

 続いて、東雲夕美も自席へと着席する。


「ミスさくら先生……。その写真のお話、もっと聞きたいで~す」

 最後に新城・ジャンヌ・ダルクはというと、いつの間にか、先生と新子友花の間に椅子を持ってきていて、その椅子腰掛けていた。


「……そうですか。じゃあ」

 大美和さくら先生、マグカップでもう一口付けてから、それをゆっくりと机に置いて、


「……そんなに、綺麗な思い出じゃないのですけれどね」

 ふふっ……。

 頬を固くだけれど、少し苦笑いな様子で先生が――

「……先生はね。どうしても、積雪の写真がほしくなって……ネットでいろいろ調べていて……。そしたら飛騨高山の周辺は豪雪地帯だというじゃありませんか。先生、思い立ったら吉日な性格でして、さっそく電話でホテルを予約してから、JRに飛び乗りました」

 先生はマグカップ……を三度みたび

 こんなに口を付けるということは、なんだか本当に恥ずかしい気持ちからなのだろう。


「その日は、運よくね。……めっちゃ! 雪が降り積もっていまして――」

 ブランケットを、後ろの机からゆっくりと腕に巻きあげて……。

 足元からくる寒さを、先生はブランケットでスサっと手で膝へと戻す。


 部室の窓の外――

 しんしんと降り積もっている牡丹雪が落ちていくのを、懐かしく思い出してか……。

 しばらく見詰めてから、

「……自分の足跡だけが後についてきていて、自分以外の足跡が誰も見当たらなくて寂しい思いをしました」

「先生、遭難したんですか?」

 すかさず、忍海勇太が、すると。

「アホか勇太! 遭難してたら今ここにいないだろっ」

 新子――珍しくツッコむ。


「あははっ! そうですよ……忍海君」

「ああ……そうですって。ダーリン勇太」

 忍海絶句で、続いて東雲夕美と新城・ジャンヌ・ダルクが……くくっと失笑して。


「俺、何か変なこと言ったか?」

 頭を触って、自分の発言の是非を――


 部員達の陽気な姿に目を見流して、大美和さくら先生が少しニコリとほほ笑んでから――


「……でもね、先生は嬉しかったんですよ」

「嬉しかった……どうしてですか?」

 新子友花が尋ねる。

「……ねえ」

 大美和さくら先生は、またニコリとしてから


「……だって、積雪の飛騨高山が好きになったからですよ」

「好きに……ですか? どうしてですか先生?」

 忍海勇太も同じく尋ねる。


「さあ……、どうしてでしょうね」

 ブランケットの膝に両手をもじもじとしてから、先生は一瞬机の上にあるマグカップを手に持とうとしたのだけれど……、それを止めて。

「……ねえ。どうしてでしょうね」

 再び両手を膝の、ブランケットの上へと戻したのだった。


「……大美和さくら先生」

 新子友花は、

「……てへ。……てね」

 大美和さくら先生は、彼女の疑問する表情を察してか、

「……先生」

「新子友花さん……ご心配なくですよ」

 隣に座る彼女の肩にそっと手を添えてから――


「……先生」

 それでも、新子友花は、

「だから大丈夫ですって」

「何が……」


 大美和さくら先生は、クスッっと手を口に添えて笑った。


「……大美和さくら先生」

「……先生?」


 新子友花と忍海勇太、同時に――すると、



「……先生だけの……思い出、大切な人生としての思い出を。誰にも……、誰にも奪われたくないっていう気持ちが、確実に飛騨高山で芽生えたからです……て。そんな話です」



 大美和さくら先生は、そう仰ってから。やっぱし――


 またまた、マグカップを手に持ったのである。





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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