第53話 聖夜祭 たまには別の神様を拝みたいよね?


 ゆーきや こんこん

 あられや こんこん


 子供ヴァージョンのジャンヌ……が、遊んでいる――


 あははっ


 ふっても ふっても……


 と、歌いながら、ぎゅぎゅっと雪を踏みしめていて……

 それが、それだけが楽しいのだろう。


 ぎゅぎゅっと……踏み進めた後に足跡が残る。

 しばらく歩いては、それを後ろへと振り返り見る……見つめて、


 クスッと……微笑んだ。


 しんしんと……、雪が降っている――

「これ! 子供ヴァージョンよ」

 ジャンヌが話し掛ける。


「! ああっ! ジャンヌさま! ジャンヌさま!!」


 ジャンヌの姿を見つけるなり、子供ヴァージョンのジャンヌ・ダルクが、一目散に駆け寄っていった。

 そして、ぎゅっとジャンヌの両膝へと、しがみついて――

 ギュッと……、嬉しい様子……。ジャンヌ・ダルクの羽織るコートの裾を、ギュッと……しがみついてる。

「ジャンヌさま! 雪ですよ! 雪ですって」

 空を指さしている子供ヴァージョン。

 何がそんなに嬉しいのか……降ってくる牡丹雪を、一つ一つ指で数えながらジャンヌにそれを見せている。

「分かったから……。お前は少しはしゃぎすぎだぞ」

「そんなことないです! ジャンヌさま」

「それに……」

 頭に積もる雪の笠を手で払いながら、ジャンヌは子供ヴァージョンを見つめて、

 自分の幼き分身である子供ヴァージョンを、優しい目で見つめて……、

 もしかしたら、自分自身の幼い頃の、ドンレミ時代のことを懐かしく思い出したのだろう――

「雪やこんこ 霰やこんこが正解だぞ」

 違ったみたいである。

 ジャンヌは、冷淡? にも、子供ヴァージョンに対して歌詞が違うとしつけた。


「え~! こんこんだって」

「こんこだ」


「……ぶ」


 しょうがないなあ……と、頬を緩ませながら、まあまだ幼いのだから、

「……だって、ジャンヌさま」

「ふくれても、こんこだぞ」


 頭を撫でてから、子供ヴァージョンを諭してみた。

 そうしたら、


「はーい。ジャンヌさま」


 意外や聞き分けの良かった子供ヴァージョンだった。

 本来のジャンヌダルクの性格は、こんな具合に穏やかで田舎育ちであるからして、放漫な? そういう性格なのかもしれない。

「ところで、お前は寒くないのか?」

「うん! へっちゃらだよ。だって嬉しいんだもん。雪が……ね。てへっ!」


「そうか――」


 そう呟くと、ふと見上げるジャンヌ・ダルクだった。

 天から舞い降りてくる天使のように……、雪がしんしんと地上へと降ってきて、それが地面にしんしんと積もっていく。

 音もなく……ただしんしんとである。

 ジャンヌ・ダルクは見上げていた視点を、雪の一粒がゆらゆらと降ってくるのを目に追っていく。


 雪の一粒は……、しんしんとゆらゆらと降ってから、地面へと到着して、

 ジャンヌ・ダルクはそれを、しばらく見てから――


「珍しいな……。この学園に雪が積もるなんて……」


 ドンレミの雪は……どんなだったっけ?

 ジャンヌ・ダルクは、しばらく考えていた――




       *




 ――文化祭も無事だいだいえん? に過ぎて、聖ジャンヌ・ブレアル学園には、実はこの文化祭を越える一大イベントが年末に控えていた。

 それが聖夜祭である。端的に説明すると……要するに『クリスマス・イブ』のことである。


 うーん?


 ジャンヌ・ダルクを祀っているのにイエスさまをお祝いするのって、なんかよく分からないけれど、多分、こういうことなんじゃないかと。

 地元の神社の総本宮が伊勢神宮だからとか、急行は停車するけれどあっちの駅は特急が停車するから、あるいはおにぎりに梅干しが入っていないなんてナンセンス……。


 なんの話になってきたのか?


 つまりね……。

 普段から聖人ジャンヌ・ダルクさまは祀られていることだし、たまには別の神様を拝みたいよね……? という浮気心なのかもしれない。


 違うって――

 イエス様いての、聖人ジャンヌ・ダルクだって。本末転倒だって。



「……」

 はあっと。

 ……溜息を一つ吐いたのは、新子友花であった。

「去年の1年の時もそうだったけど、2学期って文化祭があり~の、中間テストがあり~の、運動会に校外学習に、そんでもって最後の最後には聖夜祭か……、しかも期末テストと見事に重なっちゃうしさ」


 ――ラノベ部の部室である。

 新子友花、自席で天井を仰ぎ見てそう言っている。なんだか新子友花、お疲れモードの様子だ。


「この時期、音楽の授業で聖夜祭で合唱する聖歌を何度も歌わされてさ……。あたしテスト勉強したいって~の。歌を歌うために学園に来たんじゃ……」

 と、こんな風に、ぶつくさと愚痴っていた。


「お前……、いつもは聖人ジャンヌ・ダルクさま~って言って熱心に信仰しているじゃんか? それがイエス様になると、あからさまにテンション下がるってのは……、どういう風の吹き回しなんだか? それと語尾を“~”ってのばすのはラノベ部員としても、いかがなものかな?」

 右斜め向かいの席にいる忍海勇太が、呆れてそう言葉を返す。

「だって、イエスさまってほんと雲の上のお方だし。高嶺の花だし~。な~んかいまいちさ、実感もてないし……。あと、あたしのことお前言うな!! それに語尾もツッコむなって」

 見ていた天井の視線を忍海勇太へ向けて、お約束のツッコミ……プラス語尾もツッコんで。


「ジャンヌ・ダルクも、高嶺の花だろが!」

 呆れに呆れる忍海勇太の流し目プラス……ジト目。

 本当に……、心底失望した感が、その表情から読み取れた。


「んもー!! 聖人ジャンヌ・ダルクさまと言いなさい。勇太のバカ!!」

「バカって言うか? お前が……」

「ああ、言うわさ!」

 一瞬二人が目と目を見つめ合い……。いやいや、睨み合ってからのつばぜり合いを。

 ケンカするほど仲が良いとは、よく言ったものだけれど……。

「そうか……、だったら言わせてもらおうか」

 口火を切ったのは忍海勇太だった。

「あ……ああ、わさ。受けて立つわさ」

 なんだか……、日本語のゴビというか全体的におかしいよね?


 珍しく忍海勇太が自席で姿勢を正してから――

「おい! お前……、現代文の漢字の書き取り小テストで、太宰治の桜桃を“さくらももこ”と書いて、大美和さくら先生に『くふっ』て失笑された新子友花よ……。よく考えろ『こ』は余計だろが!」

「んもー!! 勇太の分際で、今ここで言うそれを言うなーー!!」

 腰まで伸びているロング過ぎるヘアー。

 ちなみに金髪ヘアーを逆撫でるなり、新子友花が分かり易く……あたふたと……動揺を見せた。

「お前、分かり易過ぎだろ……」

 その姿に動揺することない忍海勇太は、いつものように肩肘を机についた。



 桜桃は、おうとうと読みます。

 意味は、さくらんぼです。



「お前、期末テスト大丈夫なのか?」

「なにわさ?」

 肩肘をついたままの忍海勇太が、ボソッと新子友花に訪ねて、

「俺……、今までずっと教えてやったけれど。正直、俺の方がお前のことを心配しているから」

「だだ……大丈夫だって、そのためにラノベ部に入ったんだし、先生もさ、『まあ……この度は新子友花さんよく頑張りました……方ですよ』って笑ってたから」

「だから、それって失笑じゃね? 先生の語尾も自信なさげだったんじゃね~か」

「……違うって、多分だけど」

 指でクルリと金髪ヘアーを回しながら、本当は大美和さくら先生の自分に対する悲痛な……これは言い過ぎか?

 悩みの種であることは、それなりに気が付いていて。

 だからこそ、ラノベ部に入って日々の先生からのお題をもらって書き綴る。こんな部活動を精進してきたのだから。

「いやいや、否って、失笑だろうが?」

 部長の忍海勇太が斜め向かいの席で、もどもどして、はっきりしない新子友花をせかした。


 すると……


「あわわ……、今日はよく降るねぇ~」

「また、語尾を伸ばすのか……」

 忍海勇太が呆れ顔プラス、ジト目の目を更に細めて、いつものように頬杖をついて視線を硬直化――させた。

「まあ、京都に雪が積もるのも珍しい……ねえ、勇太!」

 あからさまに話題を変えてきた新子友花だ。

「数日くらい振り続けるってさ……。ふーん。どおりで寒いでおすなぁ~」

 それどこの言葉だ、方言だ?

 多分、京都だと思うけれど……

 京都に住んで通学して、生活している新子友花よ。

 京都の言葉と思うのであれば、あんたは何処の生まれぞ――


 ……と、聖人ジャンヌ・ダルクさまからの、ツッコミが聞こえてきそう……で。


「友花ちゃんって、高校にもなって桜桃が読めなかったんだ。こりゃダメダメ女子高生決定だよ」

 聖人さまからの言葉ではなくて、……東雲夕美が自席から右斜めに座っている新子友花に。

「ちょいな! 夕美さん?」

 赤面する新子友花――彼女から飛んできた聞きたくもないその声の塊を、平手で払いのけるジェスチャーを見せた。

「だってさ……」

 そんな彼女を冷静な視線を見せつけながらも、東雲夕美は、

「桜桃くらいさ、ラノベ部の部員たるもの読めて当然じゃん?」

 腕を抱えながら……うんうん。

 ……自分の発した指摘に、自分自身で納得する。

「あ、あんた新入部員のくせにさ」

 思わず立った新子友花、すかさず指を向ける――

「あ~! 私はどうせ新入部員で~す」

「その……さ、その太々しい態度が新入部員らしくないってーの」

「いくら友花ちゃんが私と近所付き合い多めの幼馴染だからと言って、私が正しいことを正しく指摘して、な~にが問題かな?」

 ちょい厭味ったらしく……。

 そういう姿を、彼女はいいように思っていないのだと思うけれど……


「まあ……そうケンカするなって」

 珍しく……、忍海勇太がまあまあ……という具合に、2人をそれぞれ見てから落ち着かせようと……。


「ちょい勇太――あたしと夕美のどちらを選ぶ気?」

「――バカか? まったく意味不明なことを、ぬけぬけと」

 両肩から力を落として、勢い余った新子友花の一方通行な、行き当たりばったりな感情癖に辟易してしまう。


「もう友花ちゃん……たら、そうカッカしなさんなくてよ。はは! 持つべき者は幼馴染の好ってことでさ、ご愛敬に!」

 こちらも日本語の語尾が不自然な、東雲夕美だけれど――

「わ! 笑いながらあたしを……あんた……夕美ってば」

 グイッと彼女へと視線を見せつける新子友花――

 なんだか、幼馴染についでに近所に住んでいる同性の彼女に、こんなことを言われたら……

 恥ずかしいこともあるのだけれど、なんだか無性に悔しくて……。



 と、そこへ――



「新子! ボンジュールです~」

「げげ……。新城・ジャンヌ・ダルク……さん。あんた来てたんだ」

 いきなり?

 横から自分に顔を寄せてきたのは、新城・ジャンヌ・ダルク――

 これをフランス流と言うのかは分からないのだけれど、

「そうでーす。気付きませんでしたか……新子!」

 新子友花の頬へ新城・ジャンヌ・ダルクも自分の頬をすりすりして……


「に! にゃにするんじゃなにゃ――!!」


 これも、ほとんど日本語としてのていをなしていない。

 わわわ……という感じで、新城・ジャンヌ・ダルクから慌てて身体を反らすなり、

「どーかしましたか……、新子?」

 まったく自分の行いに、不信感も違和感も微塵も思っていない新城・ジャンヌ・ダルク――

「あ、あたしって……女じゃな?」

 自分で自分の性別を理解できないくらいに……新子友花はあたふたと。

「何をその、そんなに驚いているんですか?」


「たぶん、こうじゃね?」

 一部始終を見せつけられていた忍海勇太が、付いていた肘を反対の腕へと変えながら、

「あ……あたしのことを、女って思え! んもー!! ……じゃね??」

 口癖『んもー!!』をマネしながら、忍海勇太が新子友花の心情を……新城・ジャンヌ・ダルクに吐露すると、

「んもー!! 勇太って! あたしのマネをするなー」

 本家本元の『んもー!!』が出たのでした……。


「もう……。友花ちゃんって、やっぱり忍海勇太君のことを勇太って、そう呼んでいるんだ。そういう仲なんだ~」

 口元に手を当てて、ぷぷぷっと東雲夕美がコソコソと笑うと。

「俺は、こいつのことをお前って呼んでいるけれどな……いつものように」

 ボソリと……悪びれもなく忍海勇太が返す。


「ちょい! 勇太って あたしのことをこいつとか、いつものように……お前って、いい加減に」

 止めてくれって、一旦は逆撫でていたロング金髪ヘアーを下したのだけれど、再び山嵐が威嚇するかのように逆撫でて、恥ずかしかったという思いもあるけれど……。

「ほんと、いやになっちゃうんだから……」

 はあ……。

 ……と大きく嘆息をつくと、新子友花は自席の机に置いている自分のPCに顔を向けて、現実の逃避行モードに入った……。


「……新子? 何がそんなに嬉しいのですか?」

 PCに顔を向けている新子友花のその間に、顔を出して新城・ジャンヌ・ダルクが、

「……あの、画面見えないからさ、ちょっと下がってくれない?」

 恥ずかしさが一気にどこかへと行なり、この強引な行動力を恥ずかしがることなく見せつけてくる新城・ジャンヌ・ダルクに、

「……嬉しくないって……ね。ちょっと、イラついただけですよ」

 ジャパニーズ新子友花――必死になって自分の気持ちを吐露する。

「ふ~ん。もっと新子もアクティブにダーリン勇太にアタックすれば、いいんじゃない?」

「あ……あたしは、新城のような国際的なんかじゃ……ないし」


 もじもじと……、画面から視線を落として自分の膝を見つめて。

 その膝の上では、両手の指をさわっていて――



「本当は……好きなくせにね? 新子」



「ふんにゃん!?」





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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