終章 林田旅鷹と縄張賢聖

第38話 その後/茜川

 ゲーム当日から翌々日の月曜日。

 既に次のゲームの準備期間に入っており、メンバーも選出されている。

 珍しく二連続で参加者に選ばれた人物がおり、尼園だった。


 こんなところで運を使っているからいつも不幸なのでは? と思わなくもない。

 ここで運を使ってしまうことこそが不運とも言えるか? 時系列がごちゃごちゃだ。


 ともあれ、

 準備期間中は参加者に注目が集まるため、終わったゲームの参加者は自然と忘れられていく。

 尼園は仕方ないにしても、未だに前回のゲームの注目を引きずっているのは茜川だった。


 以前と変わらないと言うかもしれない。

 思い返せばゲーム参加者に選ばれる前と大して声をかけられている回数は変わっていない。

 彼女を囲む生徒の数も同じくらいだ。


 違いがあるとすれば、

 理事長による茜川への友達宣言が解かれたことで、無理をして茜川に近づく者がいなくなったことだろうか。


 それでも媚びを売る生徒はいるにはいるだろうが、それは二の次って感じがする。

 理事長の命令がなくとも、茜川に近づく生徒は決して少なくはなかった。

 ちゃんと数えたら変化はしてるだろうが、今の人気は茜川が自分で掴み取ったものだろう。


 彼女が見せた笑顔をカメラがきちんと捉えていた。

 それを見ていた生徒は、一気に彼女のファンになったわけだ。

 ファンだから、友達とはまた違うのかもしれないが、

 茜川からすれば父親の息がかかっていない友達なのだから、気にしないのかもしれない。


 それを遠巻きに見ながら横を抜けようとすると、

「みんなちょっと待ってて!」と茜川が言うと、人の集団が息が合ったように散開した。


 ……軍隊か、こいつら。

 中学時代を思い出しちまう。


「おはよっ、はやしだっ」


 俺を見上げ、なにかを期待するようなキラキラとした目を向けてくる。

 なんだか、尻尾を振る犬に見えてきた。


 ついこの前までは初めて親を見た雛鳥みたいだと思っていたから、一応は進歩か?


「おはよう、茜川」

「…………違うでしょ」


 不満を訴えるように、ぷくー、と頬を膨らませる。

 やめろ、そういう反応でお前のファンから俺への殺意が段々痛くなってきているんだから。


「あれはあの時だけじゃなくてか?」

「ずっとだよ! わたしとはやしだは、だって友達でしょ!」


「友達なら全員そうってわけじゃ……、

 まあ、お前が呼んでいいって言うなら、呼ぶけどさ……陽葵」


「うんっ」

「元気そうだな。それに、良かったな、友達が離れていかなくて」


「パパが水面下でまだ動いてるんじゃないかって、ちょっとは疑ってるけどねー。

 でも、媚びを売ってるだけならわたしも分かるようになってきたから、

 そういう人は自然とわたしの方から離れるようにしてるよ」


 へえ。そういう目利きができるようになったのか。


「すごいでしょ」

「凄いよ。少し前のお前からしたら考えられないな」

「でしょー、えへへっ」


 ……幼児退行しているような気がするのは気のせいか?


 元々、茜川はこんなもんだったのかもしれない。

 人を疑うようになったゲーム中がおかしかっただけで、

 それ以前はこんな感じでふわふわしていたのだろう。


 良くも悪くも浮き足立っていた。

 じゃあ今も? ……落ち着かなくなるくらい楽しみにしていることでもあるのかもな。


「……じゃあ、先に教室にいってるよ。またな、陽葵」

「はやしだっ、あのね、わたしね――はやしだのこと、好きだよっ」


「おう、俺も好きだぞ。妹みたいな感じでな」

「ほんと!? じゃあさ、付き合ってよっ、はやしだ」

「…………」


 さすがにそれには答えられなかった。

 小さい子供の本気に大人が冗談で答えるのとはわけが違う。


 普通の学園ならこの場で一旦頷き、軽く流して、

 あとで「あれはそういう意味だったのか。悪いけどその気はないよ」

 と言って断ることもできたが、この学園では通用しない。


 俺がここで答えたら、感情を無視した契約の強制力が働いてしまう。

 いくら反射的になんでも答えてしまう俺でも、例外はある。


 さすがにこれには俺の理性もきちんと機能した。


「どこかへ……だろ?」

「ううん。彼女にしてって意味」


「お前……友達の次はすぐに恋人が欲しいのかよ。欲張りすぎだ」

「だって好きになっちゃったものは仕方ないでしょ?」


 理屈なんてない。

 衝動的にそう思ってしまったら行動しないわけにはいかない。

 なるほど茜川らしい。


 そして彼女に対して俺は、そう思うに値する行動をしてきた。

 彼女の結婚を阻止した、まるで花嫁を攫う主人公のように……。

 俺にそのつもりがなくとも攫われた方の花嫁がそう勘違いしてもおかしくはない。


 それ以前に、

 自覚がなくとも茜川の好感度をコツコツと上げてしまっていたのは、他ならぬ俺だった。


 茜川の突飛な発想にも思えたが、なんてことない、原因は俺だ。


 ……こんなことになるとは思わなかった。


「ダメなの? だってはやしだもわたしのこと好きって言ったじゃん」

「そうだけどな……それとこれとは話が別だろうよ……」


「小中先輩? 尼園ちゃん? 高科ちゃん? 誰かと付き合ってたりするの?

(……だったらパパに言って圧力でもかけてもらおうかな――)」


 小声なのに丸聞こえだ。


「おい。お前が嫌がってた権力を早速振り回してんじゃねえ」

「なんのことー?」


 こいつ……っ、一度叩きのめされて、思った以上に強かになってやがる。


 天使のような笑顔を見せる茜川の腹が、段々と黒くなっていくのが見えてしまう。


 人としては成長しているんだろうけど……方向が間違ってないか?


「……全校生徒と友達になったら、考えてやってもいい」

「ほんと!? 約束だからね!? 言質取ったからね!!」


「考えるってだけだ。実際に付き合うとは一言も――」


 すぐに聞こえてきた足音と共に、

 茜川は既に俺の目の前にはおらず、散開した生徒を集め直して解散を指示していた。


 列を作った生徒を見ていると、その関係性が怪しく思える。

 ……友達?


 茜川をリーダーとした勢力にしか思えないんだが……。


「すぐに友達作って、はやしだを迎えにくるからね!」


 言っていることは王子様みたいだ。

 しかし気付いているか、茜川。

 お前は目先の利益のために友達を作ろうとしている……、

 それって理事長に気に入られようとお前に近づいてきていた生徒となにが違うんだ?


 まあ、いずれ気付くだろうし、気付いた時に悩めばいい。

 お前なら無理に友達を作らないだろうって、俺は信じてるからよ。

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