第39話 その後/尼園

「先輩! 大変なことに気付いちゃいました! 常識がひっくり返りましたよっ!」


 昼休み。

 食堂で運んでいた定食をひっくり返しそうになっていた尼園が、

 嬉々としてそんなことを言ってきた。


 定食は僅かにこぼれたものの、転んで料理を頭から被ったわけではない。

 いつもの尼園からしたら大躍進だ。

 うしろではタオルを持っていた食堂のおばちゃんが寂しそうに引っ込んだのが見えた。


「で、なにに気付いたって? 今のお前の状況か?」

「はいっ! 意外とあたしって、みんなが周りにいると不幸な目に遭わないんです!」


 定食をひっくり返しそうになった瞬間、

 尼園が持つおぼん、転びそうになる尼園を支えた女子生徒が三人いた。


 尼園に比べたら華が少ない三人になってしまうが、

 それでも美少女の部類に入る女子生徒だ。クラスメイトだろうか。


 良かったな、友達ができたのか。


「みんなの幸運とあたしの不幸が上手いこと混ざって、ちょっとの不幸に減ったんですかね?

 みんなのおかげで、あたしは今日、一度も転んでないんですよっ!?」


 それでも相殺はされずにお前の不幸が残るわけか。

 あの量の不幸は、相殺させるにしても三人じゃ足らない……か。


 一クラスで足りるのか怪しいものだがな。


「それは凄いな。で。転んでないけど、転びそうになった回数は?」


 取り巻きの三人に聞くと、


『五十回以上はあって、私たちが支えてました……』


「だってさ。お前、助けられてるだけじゃん」

「え、嘘!? じゃあ不幸であることに変わりはない……!?」


 いや、少なからずは減っているんだとは思う。

 近くに誰かいるかいないかで変わるのだとしたら、盲点だった。


 不幸が尼園だけを狙うものであれば、

 確かに別の誰かがいた場合、不幸が他人を巻き込んでしまう。

 仮にそれでも発動するのであれば、不幸は分割になるし、

 そうでなければ尼園を襲う不幸は自然と減る。

 結果、不幸の度合いが減ったと言える。


 避けられていたことで不幸の度合いが増していたのだとしたら、尼園にとっては悪循環になってしまっていたわけだ。

 巻き込まれたくないからクラスメイトが尼園を避け、それによって尼園一人を狙った不幸が猛威を振るっていたとしたならの話。


「それにしても、三人はよく尼園と友達になろうと思ったな」

「先輩、それどういう意味ですかね……?」


「だって今まで避けてたんだろ? 

 不幸に巻き込まれたくないのか、アイドルだから取っつきづらいのかは知らないが、それが今になって急に手の平を返して近寄ってくる? 裏があるとしか思えないんだ。

 三人には悪いがな。俺はこいつが不幸な目に遭っていても気にせず付き合ってきたんだ。

 先輩から言わせてもらうとな、心配なんだよ、こいつのことが。

 罰ゲームでやらされていたり、なにか企んでいるなら、近づかないでほしい」


 三人が顔を俯かせた。それは後ろめたいことがあるのではなく、


「……勇気が出なかったんです」


 尼園に対して、負い目があったからだ。


「先輩の言う通り、

 不幸に巻き込まれるのが恐くて、仲間はずれのようにしてしまいました――、

 アイドルってことも、話しかけづらくて……でも! 

 この前の生中継を見て、

 尼園ちゃんは私たちとなにも変わらない女子高生なんだなって、思って!」


「うん! だから不幸でも関係ない! 

 巻き込まれてもいいから、クラスメイトと仲良くしたいと思ったんです! 

 だから罰ゲームじゃありませんっ、企んでいることもありませんっ! 

 尼園ちゃんとお喋りしたいし、一緒に帰ったり遊んだりしたいんです!!」


「みんな……」


 尼園はゲーム終了後、

「全然アピールできなかった……」と不満ばかり呟いていたが、なんだ、できてるじゃん。


 できていなかったとしても、こうして効果が出ている以上は、成功だった。

 四人が互いに抱きしめ合う。

 強い繋がりを感じさせる輪だった。


「そうか……良かったな、尼園」

「はいっ」

「じゃあそろそろ座れ。ここ食堂だからな、目立ってるぞ」


 尼園だから、というのもあるかもしれないが、

 人が行き交う食堂で四人が抱きしめ合っていれば自然と注目が集まるというものだった。


 尼園は職業柄のおかげで慣れているが、

 他の三人は見られていることに赤面し、尼園の後ろに隠れている。


「どうどう、みんな大丈夫、こわくないよ。注目浴びてるだけだよ」


 そんな風に三人をなだめる尼園が「あっ」と思い出したように俺を見た。


「そう言えば、先輩のアドバイス、効果ありましたよ。

 アイドルってことをアピールしなくなったら、意外とみんな声をかけてきてくれて。

『アイドルやめるつもりなの……?』って言われましたよ」


「それは心配されてるだけじゃねえか」


 でも、そう聞かれるってことは、アイドル自体は認められていたのか。

 尼園はクラスメイトにとっては一つ上の存在だったわけだ。


 それがゲーム中のモニターを通して、

 自分たちとなにも変わらない身近な一人の女子高生だと知った。


 アイドルだとアピールしなくなったことで尼園が落ち込んでいると勘違いした目の前の三人が、声をかけてくれて、そのまま友達になった――そう考えるのが自然だろうか。


 なんにせよ、確かにアドバイスをしたのは俺だが、実行したのは尼園だし、

 それを見て声をかけてみようと勇気を振り絞ったのは三人だ。俺の手柄じゃない。


「誰も先輩の手柄だとは言ってないですよーだっ」

「そうか。じゃあ俺の勘違いだ」


「……張り合いないですね、先輩は。

 ……感謝してますよ、ありがとうございますっ」


 言って、定食のカツを一切れ自分の皿から俺の皿の上に移動させた。


「お礼の品ですよ」

「やっす」


「不満ならあげませんよ。それとも頬にキスでもしてほしいですか?」

「いらねえよ」

「いらないとはなんだっ、現役アイドルのキスなのに!!」


 久しぶりに感じるやり取りに、尼園がくすっと笑った。


「先輩の前でしかアイドルアピールはしませんよ。

 だって先輩ならあたしがアイドルでもそうでなくとも関係なく、先輩らしくいてくれますし」


「誰か、で態度は変えないからな」

「だから先輩のことは好きですっ」


 じゃそういうことで! と早口でまくしたてた尼園が、

 空いている近くの席には座らずに、なぜか遠くの席へ一目散に逃げていくように移動した。


 彼女が置いていった報酬を箸でつまんで口に放り込む。


「……やっぱり美味いな、カツ」


 一口を食べ終えたと同時に、


 がっしゃーんっ! 


 と食器が割れる甲高い音と共に、嬉しそうな顔を浮かべながら待ってましたと言わんばかりに、食堂のおばちゃんが俺の横を走って通り過ぎていった。

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