第37話 最後の関門へ

 そう、制限時間があるゲームなら必ずと言っていいほどあるだろう。

 事実、三十分前には放送が入っていた。

 それが十分前、五分前、一分前……、

 十秒前まですら放送がなかったのは、鳴滝先輩が頑張ってくれていたからだ。


 なにをどうしていたのは、俺も分からないが……。

 機会があれば聞いてみることにしよう。


「犯人が俺だとばれていても、時間切れなら分かっていても意味ないですからね。

 口を塞いだわけでもないですし、これで無効試合にはならないでしょう」


「鳴滝くんの裏工作は怪しいものだけど……」

「鳴滝先輩がやったことですからね、責められるのはあの人です」


「……意外と冷たいのね」

「冗談ですよ」


 見離されるようなことを言った自覚はあったが、先輩の目は優しかった。


 ……俺は二人の先輩を利用したんだけどな……あっさり見逃されて調子が狂う。


 さて、明かすべき隠していることは全て話し終えた。

 起き上がろうと力を入れたが、小中先輩はまだ俺の腕を離してくれなかった。


「……もうなにも出ませんよ?」

「最後に一つ、聞いてもいい?」

「答えられることならなんでも」


 じゃあ、と小中先輩が、妖艶なその唇を開いた。


「陽葵ちゃんを助けようとして、というのは――嘘でしょ?」

「…………」


「まったくないってわけではないと思うけど、それが一番の理由じゃない、わよね?」

「……どこまで掌握してるんすか、先輩は」


「旅鷹くんのことならなんでも。

 さすがに冗談だけど、でもね、旅鷹くんの目は陽葵ちゃんを見ているようで、見ていなかったことはなんとなく分かったの」


「否定しても信じないんでしょうね」

「そうね」


 ……本当に、この人には敵わないな。


「……茜川を助けようとしたわけでは、ないですね。茜川を助けることでその先にいる別の誰かを助けたってことになるんでしょうけど……助けたことになるかも微妙ですよ」


 いらない心配だったかもしれないのだ。

 俺の勝手な一人相撲だったかもしれない。


 でも、止めなければ、あいつは同じことを繰り返すんじゃないかと思ったのだ。


「旅鷹くんが前に教えてくれた昔の友達?」

「ですね」


「破壊衝動の?」


「理性はあると思いますけどね。でもなにがきっかけで手を出すか分かりません。

 茜川をあいつの前に放り込んだら、茜川はきっと壊されます。

 俺が心配しているのは壊される茜川ではなく、壊したあいつの後悔の方なんですよ。

 あれであいつは破壊衝動を嫌っていますからね、

 できるだけ壊れやすいものをあいつの前に置いておきたくない」


 あいつから逃げた俺が言うのも今更な話だが。

 誤解されたくないが、あいつの暴力を受けることに嫌気が差したわけじゃない。


 それには慣れている。

 そういう中学だったし。


 俺が嫌だったのは、俺が動いたことで事態が悪化することなんだ。


 だから今回だって俺は、自分から結果を変えたくはなかった。

 なにが起こるか分からなかったからな。


 幸いにもなにも起きなかったが、半分の確率でなにかがあったかもしれなかった……、

 そんな二分の一を毎回引き続けるのなら、俺は流されるだけでいい。


 あいつが絡まなければ、俺は今回も流される気でいたのだから。


「………木下にばれた以上は、このままではいられないか……」


 林田旅鷹の力を示してしまった以上、伝わることは必至。

 だからなんだという話だし、あいつが俺を連れ戻そうとしてくるはずもない。


 戻ってきてくれという誘いを何度も蹴ったのは俺なのだ。

 俺が今からやり直そうと言っても相手にされないだろう。

 どんな顔をして会えばいいかなんて分からない。


 それでも、会わないといけない。


 普通のスクールライフを送りたい?

 じゃああいつとの日々は普通じゃなかったとでも?


 変わらねえよ。


 今も昔も、普通のスクールライフだった。

 あの日々を否定するわけじゃない。

 取り戻すつもりもない。


 あいつへの裏切りを許してほしいわけじゃない。


 ただ、

 俺の心からいつまで経っても消えないあいつは、どうしたって親友なんだ。


「久しぶりに、会いたくなった」


 だから会いにいく――これは、おかしいことか?


「小中先輩、俺……進みます」


 俺に覆い被さっていた先輩ごと、体を起き上がらせる。


「ちょ、あっ」

 とうしろに倒れそうになる先輩の背中を手の平で支え、


 鼻先が触れ合うような至近距離で、退路を断つように俺は宣言する。



「ちょっくら捨てちまったもんを、取り戻しにいってきますよ」

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