第16話 進展あり

 じゃあなんでいちいち割り込んだんだ。


「思い込みで推理するのは危ないっスよ。

 誰がどう誘導しているか分からないっスから。

 いま出てる情報の全てが本当とも限らないっスからね」


 その可能性もあるが……、統合性は取れている気がする。

 それは当然か。

 統合性の中に紛れ込まさなければ、嘘を混ぜてもすぐにばれてしまうだろう。


 嘘だとしたらどれが嘘? 

 父親と母親は当然の対応だと思う。

 じゃあ、妹か? 

 思えばアイドルになる前と後で、そうも突然、姉妹仲が悪くなるか? 


『アイドルになった姉と比べられる』

『仲介役としか見られなくなる』――よりは、


 自分を置いて遠い世界へいってしまったことに対する、

 相談してくれなかった怒りの方が強い気がする。


「それはあんたの実体験からでしょ」


 そう、高科の言う通り、これは俺のケース。

 俺にも妹がいるが、中学の時に離れ離れになって、号泣されたのだ。


 長期間、会えなくなり、仲直りをするのも一苦労だったことを思い出す。

 かなり長く根に持たれていたのだ。


 だが前提として、俺と少女Aは違う。

 妹がいる高科と少女Aも違う環境だ。


 妹は姉を必ず慕うもの、というのは、兄や姉から見た幻想だろう。

 最初から毛嫌いしている妹がいないとも限らないわけだ。


 でも、俺と違って、

 少女Aの方はアイドルになったからって時間が合わないわけではないし、

 何ヶ月も会えないわけじゃない。


 毎日、顔を合わせていれば仲直りの機会にも恵まれるはずだ。

 元々の姉妹仲が良いなら、難しいことでもないように思えるが……。


 あ……、元々の姉妹仲が良いのが嘘……? いや、嘘を吐いてどうなるんだ……?


 少女Aの妹役である木下に視線を向ける。


「嘘は吐いていませんよ。仮に嘘だとしたらここで言うはずもありませんけど……、

 林田先輩に嘘は吐きません。ただ、じゃあ補足します。

 姉妹仲が良いとは言いましたけど、べたべたくっつくような姉妹仲ではなかったです。

 先輩の妹さんのような、

 朝から晩までずっと一緒に引っ付いているような妹ではなかったですよ」


「そうか……、ん? お前、なんで俺の妹のことを知って――」


「言ったはずですよ、僕は先輩のファンです、って」


 だからってなんで俺の妹のことまで……恐ぇよ。


 ファン、ねえ。たぶん、中学時代に俺がつるんでいた連中と一緒に、

 偶然のタイミングで助けた中に、木下がいたのだろう。

 学校を抜け出しては他の地区で色々としていた時期があった。

 その時に見られていたのだとしたら……、でもなんで俺なんだ……?


 憧れやすいのは、俺の隣にいた奴だろうに。


「妹からすれば裏切られた気分ですからね」

「まあ、なんにも言わずに出ていっちまったからな……」


 勝手に決めて、手続きをして――妹には嘘を吐いて。

 あの時の俺は、とにかく逃げたくて仕方なかったんだよな……。


「いや、先輩の家庭事情ではなく、少女Aの話ですが……」


「…………ややこしいな」


 木下が苦笑する。でも、裏切られたってのはどういうことだ? 

 少女Aがアイドルになることは、妹を裏切ることには繋がらない気がするが。


「裏切り行為だ、と妹は思ったみたいですよ。

 それは親友の女子生徒も同じじゃないですかね――」


 木下がちらりと茜川を見た。


 視線に気付いた茜川が、


「うんっ。うん? 裏切られた? どーだろ。

 でも、そうだね、少女Aちゃんは地味な見た目だったみたい。

 親友の子は少女Aちゃんよりも自分の方が可愛いって思ってたんだけど、

 それが急に、少女Aちゃんがアイドルになってがらりと見た目が変わるわけだから、

 うそつかれてたって思うのも普通なんじゃないかなー」


 アイドルにスカウトされるのだから素材は良いのだ。

 それを地味な見た目にすることで隠していたが、急にそれをやめたものだから、

 隣にいて引き立っていた親友の女子生徒が、

 逆に少女Aを引き立てる役回りになってしまったと。


 だから裏切り行為――それは妹も同じ。


 少女Aの妹なら、彼女だって素材は良い。

 でも姉が急に変わったことで、周りの妹を見る目が、

 姉への橋渡しをしてくれる人に変わった。

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ――みたいなものか。


 妹や親友の女子の隣にいた、引き立て役の地味な女の子が、

 実は美少女で、アイドルになった――それが少女Aというわけだ。


 嫉妬で、退学に追い込む……、質問するまでもないことだが、

 たとえば親友の女子が発想し、退学に追い込んだ実行犯がいたとして、

 誰が犯人なのかと言えば、発想した女子になるのだろう……意図的であればもちろん。


 では意図的でなかったら? 

 ぼそっと呟いた一言を誰かが聞き、

 彼女を神格化している誰かが実行した場合は、呟いた女子が犯人になるのだろうか。


 ま、こんな曖昧な謎解きの問題を出す運営ではないか。

 有志の女子生徒から作り方を聞いた時に、シンプルで分かりやすい道筋だと言っていた。

 こういう不安を抱えているということは、考え過ぎなのだろう。


 思考をもっとクリアにしよう。


「あれ? そう言えば教師の情報が出てないっスね」


 と、聞きづらかったことを聞いてくれたのは、さすが立花だった。


「退学へ追い込むことは教師でもできるんじゃないスか。

 教師である鳴滝先輩は少女Aがアイドルになることに賛成だったんスか?」


 退学へ追い込むというのが、教師がする退学の手続きのことではないだろう。

 そこは私情を挟まない仕事だ。

 だから仮に教師が犯人だとすれば、脅迫をした接触があるはずだ。


 少女Aにとって、教師は敵なのか、味方なのか。


「……賛成じゃねえよ。

 オレとしては生徒がどんな道に進もうが応援してやるべきだと思うがな……。

 親が反対している以上、その意は汲むしかねえ。教師としてはな」


 まるで少女Aの本当の教師のように言う。


 教師の矜持と、『学校』『生徒の親』との板挟み。


 ……少女Aを嫌っているわけではないというのが、言葉から分かる。


 気になったのは先輩の情報の出し方だ。


 独特なやり方だが、ゲームとしては、こっちの方がオーソドックスなのだろう。

 今は誰もが役に乗ることをしておらず、

 与えられた設定を人づてのように発表し合う中で、

 先輩だけがその役になり切って話していた。


 つまり役への没入。


 だから、設定から逸脱した行為の禁止は、

 こういったロールプレイングを前提として作られたルールだったようだ。


 三年生の先輩は、やはり場数が違う。


 それに素直に従っているのが意外だったが……性格なのかもしれないな。


 しかも、上手い。


「親を敵に回すと学校側が困るんだ。

 だから組織において部下であるオレたちにはどうしようもできねえ。

 それを抜きにしても、このままこの学校に居続けて、

 あいつがアイドルとして成功するとは思えねえな。

 だから『お前には才能がない』と言ってやめさせようとしているところだ」


 少女Aが抱える問題として、成績不振もあるが、

 なによりも出席日数が足らなくなっていることだ。


 アイドルの仕事を優先した結果、仕方のないことだが、

 このままだと進級ができなくなることを不安に思った親が、

 教師にどうにかアイドルをやめさせてほしいと相談に何度もきているらしい。


 それでも少女Aはアイドル活動を続けている……、その原動力は、なんなんだ?


 親の言うことも教師のアドバイスも聞かずに、アイドルをやめない理由とは。


「先輩はどうなんスか」


 立花が俺を見た。


「先輩がまだ明かしてない情報があるはずじゃないっスかね。

 好意でも嫌悪でも、なにかしら強い繋がりがないと役なんて設定されないっスよ」


 人が作った設定ということを逆手に取り、無関係な役はいないと推理する。


 少女Aより少し距離がある俺の役にも、

 少ないながらも強い結びつきがあるはずだ、と立花は言いたいわけだ。


 そしてそれはその通りであり、

 俺が持つこの情報の出し方をさっきから模索していたのだが、

 一年に無理やり吐き出されてしまった。


 自分から言わずに人に言わされるというのは、

 隠しているみたいで印象はよくないが……仕方ない。


 言わないわけにもいかないか。


「妹の友達である少女Aに向けた感情は、最初に言った通りだ。

 ただ、少女Aから、たぶんだけどな……好意を持たれてる」


 恋愛的な意味で、だ。


「少女Aがアイドルになった理由に、俺が関係しているってのは、

 まったく無関係ではなさそうなんだが、どうだろうな……?」


 持つ情報はあくまでもその役柄が知っていることだ。


 たとえば、告白されたわけでもない親友の兄が、

 妹の友達の少女Aが自分に恋愛的な好意を抱いてくれていると言っても、

 それは推測でしかない。


 仮にそうだとしたら、どうしてアイドルに? 

 その辺りのことは、俺の役柄でははっきりと分かってはいない。


 だから、少女Aのプライベートな情報を握っているとしたら、親友である――、

 いいや、言い方を正しくしよう……幼馴染みである、俺の役から見た、妹だろう。


 そうなると俺の役も幼馴染みということになるが、

 異性となれば知れる情報も少なくなってしまう。

 だから探るとしたら親友の女子――つまり、茜川だ。


 恐らく、全員がそれに気付いている。

 いや、当の本人だけは、注目されていることに気付いてはいなかったが。


 彼女は伸ばした手でテーブルの上にあるお菓子を取り、封を開けていた。




 ゲーム開始から一時間が経過し、ちょうど折り返し地点。


 十分間の休憩があった。


 最初に部屋から出たのは、鳴滝先輩だ。


「どこいくんスか、先輩」

「どこでもいいだろ。なんでてめェにいちいち言わなくちゃならねえ」


 無愛想な鳴滝先輩のあとについていき、立花が言う。


「トイレならおれもいくっス」


 勝手にしろ、とは言わないものの、


 断らなかったということは、そういうことだろう。

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