第17話 休憩時間

「せーんーぱーいー」


 と、俺の隣に椅子を寄せて、肩にもたれかかってきたのは尼園だ。


 休憩時間中の配信は止められており、この部屋の様子が流されることはない。

 別の映像が流れているはずだ。

 今頃、運営委員による情報整理がおこなわれていることだろう。


 運営はもちろん、犯人を知っているし、

 それぞれがどんな情報を持っているのかも把握している。


 その上で、視聴者が理解しやすいように、

 俺たちがそれぞれ出した情報を分かりやすく図にしてくれているのだろう。


 俺たちの顔写真に漫画のような吹き出しをつけてだ。

 できれば俺もそれを見て把握したかったが、メモを取るのは禁止されている。

 だから部屋にはホワイトボードも、ペンもない。

 全てを記憶しておかなければならないわけだ。


「あたし、ぜんぜん喋れなかったです……」

「ハプニングの起こりようがないからな」


「まるであたしの存在価値がハプニングしかないみたいじゃないですか!」

「テレビの仕事でよく呼ばれてるのも、それが求められてるからじゃないのか?」


 尼園をよくテレビで見るが、半分がドッキリにかけられている姿だ。

 トーク番組に出ていることもあるが、大体が不幸体質と極貧生活のエピソード。


 尼園のなにが凄いのかと言えば、エピソードを使い回さないことにある。

 つつけばいくらでも出てくるエピソードの数々。当然、使えないものも多い。


 借金取りに追いかけ回されたとか、

 中学生時代にヤクザから仕事を貰っていただとか。


 テレビでは言えないようなエピソードも多い。

 それを俺にしてくるのだから、何度どん引きしたことか分からない。


 それを明るく話すものだから、感想に困る。


 当人からすれば苦労話を笑い話にしているつもりだろうが、残念ながら笑えない。

 心配になる。

 お前の不幸体質はそういう域にいるのかと。

 交通事故に遭っていないのが奇跡じゃないか。


「……ちなみにこれはただの雑談なんだが、同じアイドルとして、

 少女Aについてどう思ったんだ? 

 ストーキングとか、粘着質なファンにされた経験はあるだろ?」


 不幸体質なら尚更、そういう被害には日常的に遭っていそうだ。


「ストーカーはいますよ。ただ、あたしって敏感ですぐに気付くんですよね。

 昔から借金取りに追われていましたから、そういうプロに比べると、

 ファンのストーキングなんて雑なんですよ、

 気付かれないつもりがないくらい足音立ててますし」


 だからというわけではないが、盗撮の被害もないと言う。


「写真映りが悪いんですよ……宣材写真とかならまだマシですけど、

 集合写真とか距離が離れると、あたしの顔だけぶれたり飛んできた木の葉で被ったり……」


 それはそれで、プライベート写真が撮られなさそうで良い気もするが。


 不幸不幸と言ってはいるが、中には逆に幸運なのでは? と思うようなこともある。


 あながち、不幸とも言い切れない。

 不運も幸運も、半々なのではないだろうか。


 不幸の印象が強過ぎて、それにしか目がいっていないだけで。


「あたしを家までストーキングできたら、キスでもなんでもしてやりますけどね」


 強か過ぎるだろ。


「……そういうことは、カメラの前では言うなよ。

 自信があるんだろうけどさ、ネットの拡散力を甘く見ない方がいい。

 さすがに全国からこられたら、

 いくらお前でも一人くらい見逃す可能性だってあるんだからさ」


「さすがに冗談でしたけど……先輩、心配してくれるんですね。

 先輩もあたしのファンになってくれるなら、ストーキング成功でキスしてあげますよ?」


「遠慮しとく。今後、お前と会う時に気まずくなりたくないからな。

 あと、とっくのとうに俺はお前のファンだ」


「…………あ、ありがとう、ございます……そう、だったんですね……」


「なぜ驚く。お前が表紙の漫画雑誌をこの前に買ったばかりだろうが」


「いえ、それはだって、身内贔屓と言いますか、ポーズで買っただけかと……」

「見たくて買ったんだ」


 友達が頑張ってる姿をな。

 すると、照れ臭いのか、尼園が顔を赤くした。

 こいつ、アイドルをやってるくせに知り合いに見られることに抵抗があるのか?


 でも、水着はどうでしたかと聞いた時は嬉々としてたけど……、遅れてくる恥ずかしさ?


 冷静になってみると恥ずかしい黒歴史は、誰にでもあるのだろう。


「あ……しの、………着、見……くて」


「そう言えば、お前って出席日数ってどうなってんだ?」


 ぼそぼそと呟いていた尼園の声は聞き取りづらくて、いっそ聞かなかったことにした。

 話題を変えて、少女Aの時に問題になった出席日数について、

 実際にアイドル活動をしている尼園に聞いてみることにした。


「日数ですか? あたしは、特に意識はしてないですね。

 担任の先生に仕事の日は連絡して、そうすると課題が出されるんですよ。

 それを提出したら、実際に一日、出席したのと同じ扱いにしてくれるらしいです」


「へえ。そんな制度があるのか」

「この学園も理事長からのスカウトですし、それくらいしろって話ですけど」


 ……カメラは止まってるけど、マイクは機能してるからな?


 陰口とまでは言わないが、理事長に向けての言葉遣いは気にした方がいい。


 それにしても、ふうん、やっぱりスカウト、か。

 この学園に限れば珍しくもない。

 創設理由が娘の学園生活を楽しくするためなのだ。


 面白いイベント、趣味に合った内装、便利な設備――、

 そして学園を盛り上げる人材が呼ばれるのは当然とも言えた。


 話題作りのために天才を呼び寄せたこともあるくらいだし……、

 理事長が一つ、口を出せばどんな無茶でも通ってしまう融通が利く学園とも言える。


 尼園の出席日数から始まり、小中先輩の保健室登校、

 鳴滝先輩の校則違反の見た目と服装の見逃し……、

 例を挙げればきりがないが、特別扱いが顕著に現れている。


 それを不満に思う生徒はいない。

 いても言わないだけかもしれないが――、


 ようするに細かい分野でもいいから突出していれば、自然と声がかかるのだ。

 秀才よりも天才が重視される――それは自分自身が劣等だと思っていることこそが、

 理事長の琴線に触れることもあるのだから、人生は分からないものだ。


 誰に大逆転の目が残っているか分からない。


「だから少女Aみたいに、親や先生から反対されてはないですねー」


 極貧生活なら、若くても稼げるアイドルを目指したのは合理的か。


 じゃあ、自分からアイドル事務所に応募したのか? 養成所? 分からないけど。


「今のマネージャーをストーキングして、

 無理やり押し倒してあたしを力尽くでアイドルデビューさせました」


「…………」


 よく訴えられなかったな……。


「だってあたし、こんなに可愛いですし、

 マネージャーからすればご褒美ですからね――って、そうですよっ! 

 あたし、可愛いんです! この配信でみんなに話しかけやすいように、

『みんなとなにも変わらないよ?』アピールしようと思っていたのに、

 ほとんどなにもできずに半分も経ってるじゃないですか! 

 先輩っ、ちゃんと手伝ってくださいよ!!」


「なにをどうしろって言うんだよ。素のお前を見せればいいんじゃねえの?」

「素なんか見せたらあたしの不幸体質で誰も近寄ってきませんよ!」

「そこを乗り越えない限り、無理だと思うけどなあ」


 不幸の方はどうしようもないし、周りに慣れてもらうしかないのだろうか。


「みんなとあたしは、なにも変わらないんだよ? って言うしかないですねっ」



「先輩からのアドバイスだけど……」


 そう言ったのは小中先輩だ。

 長机の端にいた彼女に気付いた尼園が、

「はぁ?」と俺の腕をがっしりと掴んで、壁にしながら答える。


「いりませんよ、先輩だからなんですか。小中先輩はアイドルじゃないでしょ?」

「そうね。でもね、天才よ」


「むかっ。むかつきますね、実際そうかもしれませんけど、

 それでマウントを取ってくる人とは喋りたくないですよ」


「そういうことよ」


 と、意味ありげに短く答えて、紅茶を淹れたカップを持ち上げた。


 優雅って感じだな。

 保健室でだらけている人と同一人物とは思えないほど、仕草が様になる人だ。


 それにしても、ふうん。


 なるほど、的確なアドバイスだと思った。

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