第3話 同類

 私は私を食べたんです。


 その子は、確かにこう言った。


 どうゆうことだ。

 もう一度、俺は投稿された内容を確認した。


 間違いない。

 こう書かれている。


 全身を嫌な汗が伝うのが分かった。


「私自身を食べるといっても順序があります。何もいきなり、ふとももにかぶりつくわけではありません。それこそ、ふとももを先に食べてしまっては満足に立つこともできません 笑」


 カッコ笑って。

 なんなんだ、この子は……。


「ものには順序ってのがあります。まず食べても問題ない場所の選定です。なんだと思いますか?」


「さあ、なんでしょうか。あんまり、よろしくなさそうな……」


 気分が悪くなりながらも、必死に返す。


「正解はですね……。耳ですよ。ここ、美味しいんです。でも、残念なのが、せっかくの可愛い顔が欠けてしまったことです。でも、仕方ありません」


 まさか!

 思わず小さな悲鳴をあげた。

 ざわついていた店内の客は、一斉に俺に注目した。


「次はですね……。左腕です。右腕は残しておかないと。ね? ここも美味しかったです。左腕って、思った以上にもちもちしてるんですよ。知ってましたか? 次はですね……」


 すぐ耳元で、ふふふ、と生暖かい声が聞こえてくるような気がする。


 だめだ。

 限界だ。

 もう、これ以上続けさせるわけにはいかない!

 俺は懇願するように返信を打ち込んだ。



「もう、やめるんだ!」


「? なにをですか?」


「これ以上、自分を傷つけることだよ!」


「だって、美味しいですよ。わたし」


「ばか! そんなことしてもご両親が悲しむだけだ! 変な妄想にとりつかれてるだけだ!」


 興奮して、相手がこの場にいないのがわかっていながら、同じセリフを叫んでいた。



 暫しの沈黙。

 はあはあと息苦しさを覚えて、汗を拭う。

 その時、

 ピンポンと返信がきた。

 それは、画像つきであった。


「ほらね」



 恐る恐る画像を開くと、そこには……。



 その子を模った、巨大な等身大のパンが映っていた。


 パ、パン……?


「ね? 美味しそうでしょ? 実際美味しかったんですよ」


 よく見ると、耳と左腕が食べられたあとがあった。ちなみに右腕は少し焦げていた。


「もう、自分が好きすぎて、こうなったら等身大のパンを焼いちゃおうと思って、一生懸命パン作りを勉強して作っちゃいました」


「は、はあ」


「そんな大きな窯もないから、一個ずつ作っては繋げました。やっと等身大のパンができた時は感動しましたよ。その日は抱き枕にして一緒に寝ました 笑」


「……よかったね」


「これ、その時の私です」


 無駄な時間を過ごした。

 俺は必要のない汗をかき、必要のない客からの冷たい視線を浴びた。しかも、まだ顔をじろじろ見られているし。


 まあ、でもいいか。

 この画像が見れたから。


 嬉しそうな顔で、等身大のパンに抱き着く可愛らしい女の子。


 俺は思った。


 こりゃ、自分自身を好きになるわ。

 でも、俺は好きにならないかな。


「パン作りが上手くなったんで、あなたの画像もくれたら作りますよ 笑」


 なるほどね。

 じゃあ、俺の等身大のパンでも作ってもらおうかな。

 俺は自分の写真を撮り、画像を送った。


 ピンポンとすぐに返信はきた。






「あっ。あなたも耳を食べたんですね」


 



 俺も自分しか愛せなかったんですよ。





「同じ……ですかね 笑」


 どうですかね。

 あなたもなかなかですよ。

 自分以外の感性はわからないものですね。

 俺もやっと気が付きました。



 了







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美味しそうな、わたし 小林勤務 @kobayashikinmu

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