第9話 誰が為にではなく

【精神接続完了 魔力変換開始】


 ミカの頭の中で、魔王の淡々とした声がする。


【そうだ……それで良い やれば出来るではないか】


 霊に取り憑かれ、理性を無くした魔憑きが、ミカの首を締め上げていた。

 息の出来ない苦しさから解放されたい、その一心で、ミカは力を振り絞る。


 締め上げる力が強すぎて抗えなかったというのに、身体の内側から湧き上がる力が、首を掴む魔憑きの手を引き剥がす。


【既に身体の動かし方は覚えている筈だ ならば次にどうするべきか──理解出来るな?】


 頭ではなく、身体が知っていた。


 魔力をどう使うのか、戦うには何をすべきか。


〈ゴォッ!?〉


 蹴りが魔憑きの顔へ直撃する。予想外の反撃に対応が遅れ、そのまま大きく吹き飛ばされた。


「…… 『ブラッドバレット』」


 指先から放たれる血の弾丸。自らの血液に魔力を込め、撃ち抜く技。魔王の扱う力である。


〈ガァッ!?〉


 弾丸は眉間を捉えていた。込められた魔力により、取り憑いた霊を強制的に排出させ、直接霊本体へとダメージを与えた。


【初めてにしては上出来だ 最後はとどめをさせ】


 指先から溢れた血が地面へと落ちると、広がり、魔法陣を描きだす。


 霊を斬り裂く血の魔剣。ミカはこの力を、一度だけ使った事がある。


「『ブラッドブレイド』……ッ!」


 再び人間の身体に憑依して逃げ込もうとした霊を、ミカの魔剣が斬り裂いた。


 霧散する霊。魔王の手では無く、自分が倒したのだと、ミカは己の力に驚く。


「これって……?」

【『精神同調』だ 我輩とお前の精神を一時的に繋げ お前が我輩の力を使う】


 今までミカは身体の主導権を貸し、魔王が力を行使していたが、これは"逆"である。


 魔王がミカに力を貸す・・・・・・・・・・。それが、たたの人間であるミカが、魔王の力を扱えた理由だった。


「でも魔力が尽きたって……?」

【前にも言ったであろう 魔憑きは人間の生命力と『恐怖心』を糧にしていると】


 魔憑きが人間を襲うのは、人間の生命力を奪う為であるが、もう一つの理由は魔王の言うように『恐怖心』を煽る事である。


 自らに向けられた恐怖心という『感情』もまた、魔力を溜める方法の一つなのだ。


【霊からすればそれが"手っ取り早い"からだ 恐怖心とは自己防衛本能だからな どんな感情よりも強く そして長く続く】


 幸福な事よりも不幸な事の方が記憶に残るのは、次は同じ轍を踏まないよう、覚える必要があるからである。


 だから恐怖心は強く、そして鮮明に残る。もう二度と嫌な思いをしない為に、次にどう対処するべきかを知る為に。


【──感情は魔素を育て 強くする 喜怒哀楽の感情もまた……強い魔素を育て 魔力となるのだ】


 ミカは恐怖していた。生身の自分が魔憑きに襲われ、このまま殺されるのではないかと。


 そして、ミカは怒っていた。理不尽な目に遭わされるこの状況に、振り回してばかりいる魔王に。


【お前は我輩の言葉を微かにだが信用した・・・・ だから我輩の精神と繋がれた】


 疑念を抱くミカに対し、魔王は信頼では無く、『信用しろ』と言った。


 似ているようで異なる言葉。魔王自身を信じるのでは無く、魔王の"力"を信じろと言ったのだ。


【我輩はお前の為に力を貸すのではない! 我輩の為に力を貸している事を忘れるな!】


 その為ならなんであれ利用する。魔憑きも、人間も、自らの器である『舞田マイダ 未架ミカ』でさえも。


【さあどうする!? お前は力を手に入れた! ならば存分に溺れろ! 自らの力に打ち震えろ!】


 悪に墜とす・・・・・。魔王がミカを弟子にしたその日に、口にした言葉だ。


 ミカは漸く理解した。自分を悪の道に墜とし、器として用いようとしていたのだと。


「ボクは……っ!」

【魔憑きが来たぞ 言わなくとも分かっているなぁ?」


 物音を聞きつけ、そしてミカが発した魔力に反応した魔憑きが、ミカのいる部屋に入り込んで来た。


 一箇所にしかない扉の前に、魔憑き三体が群がる光景がミカの目に映る。

 咄嗟にミカは血の弾丸で牽制し、二体の動きだけをとどめさせた。


〈ガアアアッ!〉


「ハァッ!」


 手にした魔剣が魔憑きを斬る。胴体を勢いよく斬りつけたが、決して傷をつける事は無かった。


 魔剣は本体である霊を見極め、霊のみを斬る事が出来るからだ。


【各個撃破か 作戦としては悪くない 及第点だ】

「残り……八体!」


 今すぐ魔王へ問い詰めたい気持ちを抑え込み、ミカは戦う事に集中する。


 身体能力が上がったといえど、元の能力がそれほど高くないミカにとって、長引かせるのは避けなくてはならないからだ。


【一つ言っておくが 精神力を魔力に変換したからといって 無限に湧いてくるわけではないぞ? 使い過ぎれば倒れるだろうな】

「いちいち言うの遅いよねホント!」


 より一層、長引かせてはいけなくなった。


 指先に魔力を集中させ、先程同様に眉間を狙い撃つ。


「一体……二体!」


 初めて使う力が、驚くほどに馴染む。魔憑きを倒すたびに、ミカは魔力が高まるのを感じた。


「あと六体……っ!」


 休む暇も与えられず、残り六体もまた、戦いの音を聞きつけミカの前に現れる。


 一体がミカを喰らおうと唸り、飛びかかるった。


「もう! いい加減にしてよ!」


 前に魔剣を手にした時、ミカは重さに振り回させていたが、今は違う。

 重さは同じであるというのに、体を巡る魔力が筋力を強化し、振るう速度は比べものにならない。


〈ギィッ!?〉


 残り五体。このまま全てを倒してしまおうと、魔剣を握る手に力が篭る。


 だが、魔憑きはミカの強さを目の当たりにすると、一体を残して取り憑いた身体を捨てた。


【ほう……考えたな】

「え? どういうこと?」


 ミカには分からなかったが、魔王には察しがついていた。

 身体を捨てた四体の霊は、残した一体の身体に入り込む。


「……まさか?」

【そのまさかだ 少々手強いだろうがなんとかなるだろう】


 根拠のない励ましをされ、ミカのやる気は一切上がらない。

 反対に最後の一体は、取り込んだ霊により、より強力な魔憑きへと強化されてしまった。


〈ガアアアッ!〉


 先程までと明らかに違う速さで襲いかかってくる。

 牙を剥き爪を立て、獣のような唸り声に、思わずミカは怯んだ。


「ヒッ!?」

【狼狽えるな! 所詮は死霊の寄せ集めに過ぎんのだからな!】


 すると魔王は魔剣を持つ右手の主導権を奪い、反応の遅れたミカの代わりに攻撃を受ける。


【よく目を凝らせ! 今のお前なら追えない速さでも 敵わない強さでもないのだぞ!?】

「怖いんだからしょうがないでしょ!」


 たとえ力を手に入れようと、性格が変わるわけではない。

 怠惰な性格も臆病な性格も、魔王の力が扱えたとて、変える事は出来なかった。


【──蝸牛マイマイのように殻に籠るな怠け者め】


 その直後、一時的に身体の主導権全てが魔王の物となる。


 飛びかかった魔憑き蹴り飛ばし距離を取ると、更に追い討ちをかける為に血の弾丸を放ち、仰反らせて遠ざけた。


「お前はただ戦う事だけを考える"驢馬ロバ"になれ」


 感情を殺し、目の前の敵を屠る為だけに、愚直に力を振るえと言う。


「飢えた大熊のように 荒れる猛牛のように戦え」


 余計な事を考えず、力の限り暴れてしまえと言う。


「何度打ちのめされようと──不死鳥の如く舞い上がるがよい」


 死なない限り負けでは無い。どれだけ無様であろうとも、倒れる事を魔王は赦さない。


「特別だ 今回限りは見せてやる……っ!」


 魔剣を分解し、血が魔憑きに向かって纏わりつく。


ブラッドバインド


 動きを封じ束縛する。どれだけもがこうとも、血の縄からは逃れられない。


【これが……見せたいもの?】

「ここからだ 目に焼き付けろっ!」


 天高く拳を掲げ、力を溜める。


「我が眷属の力を此処に! 雄々しく燃え上がれ!」


 突き出した拳は炎を纏い、灼熱の熱線が真っ赤に燃え上がらせる。

 熱風を起こす姿は、転生を司る火の鳥を連想させる。


ブレイズバード


 不死鳥の一撃を込めた魔王の奥義。ミカと精神を繋げ、魔力を賄って初めて扱える魔王の業火である。


「──誰が為にではななく 己の為に戦え」


 魔王は魔王としての在り方を示す。


 初めてミカは自覚した。自分が魔王の生まれ変わりなのだと。内に秘められた力の一端を。

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