第10話 力ある者

「だからやり過ぎなんだって!」

【だから何度も分かったといっているであろうが】


 月曜日。学校の屋上でミカは一人、昼休みの時間を利用して、頭の中にいる魔王への説教を始めていた。


【お前に力の使い方を教えてやっただけだというのに……感謝はされど 抗議を受ける謂れはない】

「加減ってものがあったでしょ!? 物理……的だったかはイマイチ分かんないけど! 今までとは規模が違いすぎたの!」


 ミカの言うように、今までは魔剣で斬り裂いて倒していたので、周りへの被害は最小限にとどめられていた。

 だが、魔王の放った『奥義』は比較にならない程強力で、桁違いの破壊力だったのだ。


「相手は魔憑きだけど身体は生きた人間なんだから! あんな一撃受けたら普通焼き尽くされて死んじゃうよ!」

【取り憑いた霊だけ焼いたのだから良いではないか】


 確かに魔憑きとなった人が焼き尽くされるような事は無く、全員多少の怪我だけで済んだのは事実である。

 が、それは人の話であり、廃ビルがどうなったかかは別の話だった。


「ニュースになったでしょ 不審火騒動」

【アレは我輩達の事だったのか】

「それ以外誰がいるのさ」


 煙が上がっているとの一般市民からの通報が相次ぎ、警察沙汰にまで発展してしまったのだ。

 幸い人通りの少ない場所だったので、ミカ達は誰にも見られていない。

 

「霊に取り憑かれて気を失った人達も全員連れ出せたけど……間一髪だったんだよ? もしも見られてたらどうなっていたことかと」

【その場合は目撃者を消せばよかろう】

「まったく良くない!」


 全く反省の色を見せず、魔王は廃ビルでの一件を終わらせようとしている。


「それに日曜日! ボクほぼほぼ寝てたんだけど!?」

【精神力の使いすぎだ あれだけの魔力を使えば当然……】

「奥義使ったの魔王様じゃんか!」


 せっかくの休みまで潰され、休んだ記憶の無いまま月曜日を迎えてしまった事に対し、ミカはご立腹だったのだ。


 前者に比べ、後者の内容は能天気に思える内容かもしれないが、ミカにとっては死活問題である。


「やり残したゲームが……続きの気になる漫画がぁ……」

【だが今回の収穫は有意義であっただろう? 何故ならお前自身が戦える身体になったのだからな】


 荒療治も良いところではあったが、魔王と人格を切り替えずとも、魔王の力を扱えるようになったのは確かな一歩であった。


 残念ながら魔力を集めとしてはあまり得られなかったが、結果としては充分な成果であると言える。


【さあどうする? 今のお前の力があれば……この世界を力で捩じ伏せるのも夢ではないぞ?】

「──やらないよ」


 色々と疲れた様子でミカは仰向けに寝そべる。


「言ったでしょ ボクは平凡に平穏な生活を望んでるんだって」


 心身ともに疲れた心を、流れる雲が癒してくれる。ミカは廃ビルの古びた匂いを忘れる為に、大きく深呼吸をした。


「……悪い気はしなかったけどね」


 今まで振り回されるだけで、魔王が代わりに戦っている様子をただ俯瞰して観ているだけで、ミカには実感があまりなかった。


「こういうのってゲームだとFPS視点って言えば良いのかな? 自分の視点なのにどこか他人事でさ……現実味ってのがなかったんだよね」


 魔王の力を手に入れたと、本当なら喜ぶべきなのは分かっていた。

 今までミカが素直に喜べなかったのは、そういった理由があったのだ。


「平凡な自分が突然力を手に入れるって 憧れもあったからさー……やっと嬉しく思えたよ」

【だが"めんどくさい"──であろう?】

「ハハハッ……そういうこと」


 ミカが以前魔王へと、世界征服は考えていないのかと尋ねた事がある。

 その時の魔王の答えが『面倒』であった。ミカとは性格が違うのだが、根底にあるのは同じ『怠惰』なのだ。


「だから自分から動きたくないのさ」

【お前のそういうところ 嫌いじゃないぞ?】

「初めて意見が合ったね?」


 不満しか言い合わない両者が、漸く通じ合えた内容としては酷いものであろう。


【"魔道"に堕ちるというのなら いつでも手を貸してやろう 我輩は寛大だからな】

「それはやめておくよ」


 信頼ではなく、信用しろと魔王は言った。ミカは魔王に身体を貸し、魔王はミカに力を貸す。それだけで良いのだと。


 今回の騒動も含め、それは変わらない。ただ微かであるが距離も縮まった事も事実であった。


「──って! 話を逸らして誤魔化そうとしないでよね!」

【チッ】

「そもそも魔王様はさぁ……」


「誰と話してんの?」


 空を仰ぐミカの目の前に、突如ミカ一人だった屋上に現れた『伊吹イブキ ミコト』が、ミカの顔を覗き込む。


 あまりに突然の出来事に飛び起き、そして慣れない女子と目を合わせてしまった事に動揺しながら、とにかくミカは誤魔化す事を考えた。


「いや え〜と……電話だよ! じゃーゴメン切るねー! また後でー!」


「ああ スピーカーモードで話してたんだ ごめん気付かないで」


「全然! 大丈夫だよ!」


 咄嗟な言い訳としては悪くない対応だったと、ミカは自分を褒める。

 ただ今度からはスマホを耳元に当てていた方が良いなと、反省点も露になった。


「さっきアユから連絡きてさ 彼氏の調子が戻ったんだって」


「ハハハ……良かったね」


「──心当たりあるって言ってたけど 何したの?」


 当然の疑問であろう。友人がお祓いを頼みこむ程に追い込まれてというのに、簡単に解決して見せたのだから。


「……オカルトマニアだから」


「オカルトマニアマジパネェ」


 咄嗟の言い訳としてはあまりに情けない返しをしてしまう。

 もうミコトの前では、自分はオカルトマニアで通すしかないとミカは決めるのだった。


「……ありがとね マジ困ってたから アユもこれで安心出来るって」


 ミコトがミカに会いに来たのは、困っていた友人のアユの悩みを解決したからだ。


「正直期待して無かったから ちょっと見直したって感じ」


 この言葉にミカは驚いた。素直にお礼を言いに来てくれた事に。

 そして何より、自分が動いたおかげで、誰かが救われた事に。


「ちなまだ探しててたりする? "お祓いに来た人"」


「え? もう満足……」

【断ったら殺す】

「したりないかなぁ! じゃんじゃん欲しいかなって!」


 やっと距離が縮まってきた魔王から、早速の脅しがかかる。本音を殺し、怪しい人物の情報を分けてもらえと。


 巫女であるミコトであれば、魔憑きらしき人と関わる機会は誰よりも多いのだ。


「ならスマホ貸してよ」


「まさかボクの個人情報を売るのが条件……?」


「アタシをどんな目で見てんの」


 失礼な事を言うミカをミコトは睨みつけ、大人しくミカはスマホを渡した。

 するとミコトは自分のスマホを取り出し、何やら打ち込む。


「連絡先入れといたから 何かあったら送るわ」


 用は済んだとミコトは屋上から去っていく。


「じゃーねーマイマイ 分け前は山分けってことでよろ〜」


「いやマイマイはちょっと……」


「じゃあ『ミカっち』で 既読スルーは殺すから」


 最後はミコトにストレートに脅され、屋上の扉が閉まった。

 ミカはその場に立ち尽くす。閉まった扉を見つめたまま、動けなかったのだ。


【どうした? 心拍数が妙に高いぞ】

「いやだって……女の子と連絡先交換だなんて縁が無いと思ってたのに」


 スマホの連絡先は家族と男友達少々と、かなり寂しい中身が、いきなり色付いた気分であった。


「ボクはこの日の為に生きてたんだなって……」

【気持ち悪いな】

「うん 言うと思ったよ」


 いつもの暴言も今のミカには通用しない。


 ため息を吐くミカだったが、重く苦しいものではなく、嬉しさを噛み締めた息である。


「フッフッフ! これはボクにも春が来たのでは?」

【今は九月だぞ 次に来るのは冬ではないのか?】

「そっちじゃあ無いかなって まあ魔王様には分からないか」


 だが調子に乗れば痛い目をみる。これはいつも通りだった。

 魔王の力で頭が締め付けられるような痛みに襲われ、ミカは悶絶した。


「くっ! いつもの……っ!」


 泣きそうになるのを必死堪え、耐えてみせる。いつまでも屈していては、魔王が調子に乗ると思ったからだ。


【そろそろ耐性がつき始めたか……次の弄りを考えなくては】

「勘弁してください!」


 どんどん離れる距離感。いつか打ち解ける日が来るのかは、それは誰にも分からない。


「あっそうそう 言い忘れてたわ」


「ドワッ!? 伊吹さん!?」


 一度は出ていったミコトだったが、再び屋上の扉を開け、ミカに告げる。


「なんか職員室来いってさ なんかやったん?」


「早速冬が来たね」


 何故呼ばれたのかは分からないが、職員室に呼び出されるのだけは嫌だった。

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