第8話 お前は誰だ

【魔力が尽きるって……どういうこと!?】

「そのままの意味に決まっているだろう」


 指先から血の弾丸を放ち、現れた霊を倒しながら、魔王は衝撃の真実を口にする。


魔憑まつき狩りを暫く休んでいた弊害だな 魔力が然程溜まっていないのだ」

【でもコイツら倒して魔力を奪えば……】

「この程度の雑魚ではプラマイゼロが良いところと言っておるであろうが」


 居る筈の魔憑きは姿を見せず、下級霊を使って魔王の消耗を待っているのであろう。

 魔王の予想以上に、ここ廃ビルは霊の巣窟として機能し過ぎていたのだ。


【じゃあどうすんのさ!?】

「魔力の節約だ 多少威力を落としても……この程度を蹴散らすのであれば充分だ」


 より精密により繊細に、射抜くようにして指先を構える。

 少なくとも三十を超えるであろう死霊を前に、ミカが表に出ていれば失神していたかも知れない。


塵芥ちりあくた風情が……魔王の手を煩わせるでない」


 だが、今は『魔王』の人格が戦っている。


 たとえ囲まれようとも焦る事などない。たとえ本来の力を発揮出来ずとも、王の風格が揺らぐ事などあり得ない。


 現代に転生した『ベルフェゴール』にとって、このような状況は瑣末な事でしかないのだ。


「『ブラッドバン』」


 弾丸として飛ばしていた血飛沫を利用し、更なる力を行使する。

 壁や天井、地面などに付着した血に魔力を込め、この場にいる死霊全てを囲い込む。


 弾幕の嵐が巻き起こる。包囲され逃げ場を失った死霊は、次々と霧散していく。


【……もう魔王様一人でいいんじゃないかな】

「戯け 全盛期の何万分の一の力も出せておらぬわ」


 力の無い死霊が相手とはいえ、これ程までに圧倒する姿を見せつければ誰も口を挟めはしない。


 そもそもの格が違う。人間としての尺度で測るなど、到底叶う筈も無いのだ。


「今ので粗方片付いたが……寧ろ魔力の消費はマイナスだな」


 ここはまだ、二十階建てのビルの四階である。


 気配が強いのはもっと上の階からであり、今の死霊は謂わば侵入者を阻む番犬でしかない。


【でも残りは魔憑きだけだよね? なんとかなりそうじゃん】

「我輩の後世とは思えぬ程に軽薄な奴め 死霊を使って消耗させる事が狙いに決まっているではないか」


 そんな魔憑きのテリトリーである。縄張りに侵入してきたのであれば、迎撃するのは当然であろう。


「そら来るぞ……腹を空かせた亡者共が」


 階段を駆け上がって着いたのは九階である。


 闇夜に紛れ、生者の血を啜ろうと、魔王へと襲いかかってきた。

 迎え打つ。その為に血を固め、魔剣へと変える。


ブラッド──ッ!?」


 牙を剥いた魔憑き斬ろうとしたが、魔王は避ける事を選んだ。

 相手は以前この場所で倒した人間に憑依したタイプであり、強さに変わりない。


「……チッ」


 血の弾丸で牽制し距離を取る。しかし、魔憑きは怯む事無く、強引に突き進む。


「魔力を抑えられるがやはり魔憑きには影響は薄いか……」

【ちょっと!? なんで剣出さなかったの!?】

「悪いが もう使えん・・・・・


 ここにきて、魔剣を造り出す魔力が尽きた。


 今は消費を抑える為に、血の弾丸で凌いではいるがこれでは意味が無い。

 憑依した霊を引き剥がし、霊体そのものを叩かなくては、魔憑きは倒す事が出来ないのだ。


「弾もどれだけ持つ事か……血の増幅も使えんからな 今体内にある血液を使うしかあるまい」

【貧血で倒れちゃうよ!】


 魔力の代わりにミカの生命力を犠牲にして戦うしか、今のこの状況を切り抜ける方法は無い。


「その時は"Badendバッドエンド"だ 腹をくくれ」


 飛びかかり、完全に間合いに入り込んだ魔憑きに対し、魔王は拳を繰り出す。


 高校一年の平均を下回るミカの筋力で、魔憑きを突き飛ばしただけでなく、壁へと激突させる程の破壊力。


 その光景に驚いたのは他でも無い、ミカである。


【ボクにこんな力が……?】

「魔力で強化しただけだ間抜け」


 魔力で筋力を上げ、反射神経を研ぎ澄ます。


 魔力を放つのでは無く、身体に纏わせる事で最小限に消費を抑える為の苦肉の策であった。


「それにしても腕が短いな貴様は 思ったよりもリーチの伸びが悪かったぞ?」

【余計なお世話だよ!】


 相手がただの人間であれば、今の一撃で動きを封じていただろう。


「さて……情報通りなら魔憑きは九匹いる筈だ」


 気配は消えていない。再び立ち上がり、殺気を魔王へ向けている。


 そして、魔王には分かる向けられる他の殺気。獲物を喰らわんとする獣の本能。

 人としての理性は消え失せた『魔物』が、息を潜めていた。


「知能の低い魔憑きが様子見など……片腹痛いわ」


 追い込まれているのは魔王である。だが、顔色一つ変えず、不敵な笑みを浮かべていた。


「心地良い窮地だ 貴様を試す・・・・・のに丁度良い・・・・・・

【──へ?】


 今までも大概に無茶苦茶だったが、今回ばかりは比べものにならないだろう。


 ミカの嫌な予感はよく当たる。当たって欲しく無いのだが、想像通りの答えが返ってくる。


「それってどういう……ってやっぱり!?」

【後は任せたぞ"弟子" 我輩が相手では奴らも手を出さんからな】


 問答無用で人格が切り替えられる。虎視眈々と狙う魔憑きの前に、ただの『人間』であるミカを表に出したのだ。


「これ学校の時よりもヤバいって!」

【そうでなくては修行にならんであろう】

「難易度上げすぎなんだって!」


 ミカは死を覚悟する。人格が切り替わると同時に、身体から醸し出していた魔力は消え、身を潜めていた魔憑きが姿を見せた。


〈ガァァァッ!〉


「ピャーッ!?」

【情け無い悲鳴を上げるな】


 咄嗟に躱し、急いで逃げる。それしか方法は無い。


「数多いし! 有効武器も無いし! こんなん無理だってぇ!」

【逃げ足は中々……】

「冷静に判断しないで!」


 以前と同じく息を潜めて隠れるしか無い。ミカは階段を降りながら適当な部屋を見つけ、急いで隠れた。


 ただ、今回は数が多い。魔憑き一体であれば撒けるかも知れないが、十体もいるのであればその限りでは無いだろう。


「本当もう……いい加減にしてよ」


 ミカの我慢は限界だった。


 平穏を望んだいるというのに、魔王が目醒めてからはどんどん遠ざかっている事に。


「ボクの邪魔ばかりして! なんだってそんな勝手なの!?」

【大声を出すな 気づかれるぞ】

「あっごめん」


 この押しの弱さがミカである


「──とにかく! ボクには戦う力なんて無いんだからこんなのおかしいよ!」

【それは困る 貴様の身体は我輩の身体でもあるのだ 貴様が軟弱では我輩にも支障がでるのだぞ?】


 先程のようにミカの小柄な体格、ウェイト差は覆しようがない。


 ならばどうするかといえば、ミカを鍛えるしか無い・・・・・・・・・・のだ。


「そんなこと言われたって……ボクには無理だよ」


 目醒めたのは魔王であってミカでは無い。あくまでもミカは魔王の『後世ごせ』であり、力を行使する事は出来ない。


 そんな事は分かっているというのに、魔王は無理矢理ミカを戦わせるような事を選ぶ。


【──お前は誰だ?】

「え? ボクはボクなんだけど……」


 当たり前の質問に、困惑しながらも答える。


【その通りだ『舞田マイダ 未架ミカ』 だがそれだけか・・・・・?」

「──え?」


 質問の意味が分からない。理解しようとした瞬間、勢いよく扉が開けられた。


〈ガァァァッ!〉


「ヒッ!?」


 絶体絶命の状況であっても、魔王は考えを改めない。

 人格を切り替えるつもりは一切無く、ミカが魔憑きに首を締め上げられていても、手を貸さ無かった。


「ウッ……アグッ!?」

【苦しいか? ならば自分でなんとかしてみせろ】


 そんな方法は知らない。何度も何度も自分は嫌だと言っているのに、魔王はミカにどうしても戦わせようとしていた。


【助かる道はただ一つ "戦う"だけだ】

(でも……どうやって……)

【我輩を『信用』しろ ただそれだけだ】


 それこそ無理な話だった。


 ここに来るまでに、どれだけ疑いをかける事をしたのかを思えば、当然であろう。


【お前は勘違いをしている 『信用』と『信頼』は違う お前が信じられないのは我輩を信頼していないからだ】


 魔王はそんなもの必要無いのだと言う。


【我輩とお前は"ギブアンドテイク"で充分であろう? 利害が一致しているのだから それ以上踏み込まなくて良いのだ】


 だから信用しろと言う。その為に、魔王は力を貸す。


【胸に残せ 脳髄に刻め 心の奥底に染み込ませろ】


 ミカはただの人間。その事実は過去の話だ。


【貴様は誰だ? 『舞田マイダ 未架ミカ』 貴様の師匠は何者だ? 我輩の名を思い出せぇ!】


 魔王の人格を宿す存在が、力を振るえないなどあり得ない・・・・・


【器とて──お前は我輩の生まれ変わり・・・・・・・・・であろう・・・・!?】


 ミカは自身から、湧き上がる力を感じた。




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