第7話 言わなくてはならない

「……どしたん? 黙って?」


「あ〜もしかしてマジビビリ?」


 黙り込んだミカを多少は気にするが、注文していたパフェが来ると、アユは食べる前にスマホで写真を撮り始める。

 

「大丈夫です 続けてください」


 平静を装い、ミカはアユが知っている事について話してもらう。

 魔王について腹を立てるのは後でいくらでも出来る。だからミカは少しでも早く、情報を聞いてこの苦手な空間から離れたかったのだ。


「ん〜とね その廃ビルってのがマジで"出る"って評判だったから行ってみよう〜って なんか男達だけで行ってみたんだって〜」


「何人ぐらい?」


「十人ぐらいっだって しかも調子悪いのって彼氏だけじゃなくてその全員って」


 写真を撮って満足すると、今度は味を楽しむ。


 悩んでいるわりにはマイペースだなと思いつつも、ミカにそんな事を言う勇気は無い。


「チョーウケる」


「もう! 他人事だからってミコミコ薄情すぎぃ!」


(十人全員が魔憑きとしたら……ヤバいかも)


 その場所がミカの知る廃ビルであれば、おそらく全て『魔憑まつき』と化しているとみて間違いない。


 ミカの頭の中で魔王がクスクスと笑う。思っていた通りに事が進んで満足そうに、嘲笑っている。


「全員はマジヤバいって言ってるのに……絶対お祓いしないって」


「え? 本人が?」

【自覚があるかは知らんが"避けている"な 霊は本能的に霊媒関係に近づく事を嫌うのだ】


 まるで『寄生虫』のように、霊は宿主を操る。


【差し詰め陽の昇っている時間は身を潜め 夜に人に操り人を襲う……よく育ってるではないか】


 人間を『餌』としか思っていない。魔王にとって、人間とはその程度の存在に過ぎないのだ。


「──で? 話を聞いた感想はマイマイ?」


「ミコトさんまでその呼び方……少し心当たりがあるので ちょっと試してみます」


「本当!? マジ神だわマイマイ〜!」


【神だと? 魔王に対しなんたる不敬……】

(いや アユさん知らないから)


 今日の夜、ミカは廃ビルに行ってみる事にした。


 通り魔事件の犯人である魔憑きをミカは倒したが、ニュースで報道される事は無い。

 何故なら犯人について第一発見者であるミカが黙っているからだ。


 あとはこのまま、犯人不明のまま終息するのを待つだけだった。

 そうすれば事件への周囲の関心も薄れ、関係者であるミカが詮索される事も無くなる。


(……めんどくさい)


 その筈だった。


 自分には関係無いと見過ごす事も出来た。ミカとしても、その方が良かった。

 ただ、そうなれば魔王が怒りを爆発させるのが目に見えていた。ミカとしても、魔王が自身から出て行くのが遅くなるのは本意では無い。


 そして何より、見過ごした事で被害者が出てニュースになるような事があれば、これから罪悪感に悩まされるのはミカ自身である。


 それだけは絶対に嫌だったのだ。


「やばたん! アタシバイトの時間じゃん!」


「マイマイが全部払うから会計は大丈夫だよ」


「話せてスッキリしたから! 今日はマジゴチになりました!」


 思ったよりも時間が押していたのか、ミカの返事も聞かずにアユはファミレスを去って行く。

 そういえばそんな話だったと、ミカは恐る恐る財布の中身を確認した。


「ウゥ……つらたん」

【移ってるぞ】

(うるさいよ)


 現実は非情だった。


 先程のパフェと、ミカが来る前からある伝票と合わせれば、直視したくない現実がそこにある。

 足りるは足りるがかなりキツい。これだからギャルはと、ミカの偏見は悪化した。


「すいませーん スイートポテトパフェくださーい」


「自重して伊吹さん!?」


「自分で払うし」


 伝票に手を伸ばし、ミコトは頼んだものにいくつか印をつける。


「はいこれ 割り勘って事で」


「え? ボクが払うんじゃ……」


「冗談だし それ」


 スマホを覗きながらミカに言う。元々奢らせるつもりなど無く、ただ約束を果たしだけだったのだ。


「アユがさ 結構ガチめに悩んでたから相談に乗ってたんだよね 今日舞田を呼んだのは違う目線で話聞けるかもって思っただけ」


 ミカの前ではアユは気丈に振る舞ってはいたが、ここに来るまでアユは、かなり参っていた。


 今の高校は違うが、中学の時からの大事な友人の悩みを少しでも無くす為に、食事に誘ったのだ。


「──優しいんだね」


「別に 普通でしょ」


 謙遜でも何でも無く、ミコトは本音で言っていた。

 ただ友達を元気づけただけだと、平然とやってのけるミコト。ミカの印象も変わる


(ボク ギャル スキ)

【言えば良かろう?】

(そんな勇気はありません)


 なんだかただスマホをうつ姿でさえ、神々しく見えるのはミカの気のせいである。

 自分には持っていないものを持つミコトに、ただ少し『憧れ』を抱いただけである。


「じゃあアユの事は任せたし よろ〜」


「ミコトさん……」


 今この場にいるのも、ただの口約束を守ってくれたからこそだった。

 憑かれた人を教えて欲しいなどと、普通なら引かれてもおかしくない事を言ったミカに、真面目に応えてくれたのだ。


 そんなミコトに任されたのだから、ミカも応えるしか無いだろう。


「アユさん 食べすぎじゃない?」


「それな」


 それとは別に、アユの分のだけでミカの財布は悲鳴をあげていた。






【さて…… 餌場に魔憑きが群がってくれたようで助かった】


 その日の夜、親の目を盗んで早速噂の廃ビルへと向かったミカと魔王。


「ここで間違い無い?」

【魔憑きはいる 間違い無い】


 魔憑きの気配が漂い、この場所で間違いない事を示していた。


 二度目の廃ビルに臆する事なく足を踏み入れる。不気味な雰囲気を感じさせるが、恐怖を抱くよりもミカは魔王に対する不満を抱いていた。


「……言っておくけど 今回の件は魔王様が原因なんだからね」

【我輩はただ放置していただけだ 勝手に群がった霊共が悪い】


 まるで反省の色を見せない魔王に、ミカは言葉を失う。

 これが魔王なのかと、これが『前世』なのかと、自身に巣食う存在に対しての嫌悪感が強まった。


「じゃあ任せたからね 終わったら教えて」


 途中まではミカ自身が進んでいたが、めんどうになってしまった。

 話をするのなら後で良い。今は魔王に任せ、魔憑き退治を済ませてから話すと決めたのだ。


【任せろ 久方ぶりの食事なのでな 貴様の嫌悪感など寧ろ心地良いぐらいだ】


 ミカの考えは魔王にも伝わっている。自身に向けられる嫌悪感など、全て筒抜けである。

 まるで普段だったら許さないといった口ぶりであるが、それは違う。


 魔王にとっては"どうでも良い"事だ。


 そんな感情には興味は無く、ミカとは利害が一致している事以外に何の感情も無いのだ。


「さて……たっぷりと味わうとしよう」


 人格が入れ替わる。ミカが裏に、魔王が表へと顕現する。

 その証拠に身体から迸る魔力を放たれ、黒い瞳は紅く染まり、自信に満ちた不適な笑みを浮かべていた。


 廃ビルに潜んでいた霊が姿を見せる。魔王の魔力に反応し、引き寄せられたのだ。


「『ブラッドバレット』」


 指に傷を入れ、血を流す。


 人差し指を霊へと向け、魔王は血の弾丸で撃ち抜いていく。

 実態を持たない霊すら撃ち抜けるのは、魔王が魔力を込めているからだ。


【ここにいるのって魔憑きだけじゃ無かったの!?】

「魔憑きは元々霊だぞ? 此奴らはまだ取り憑けていないだけだ」


 本来であれば目に映りはしないのだが、この場に漂う魔素と魔王の放つ魔力に影響を受け、表に出てきたのだ。


「薄味だな 弾丸一発とプラマイゼロといったぐらいしか得られん」


 目的は魔憑きであって低級の霊では無い。こうして蹴散らしているのも、降りかかる火の粉をはらっているに過ぎない。


「──そういえば言い忘れた事があったな」

【やめてよ不安な事言うの】


 ただでさえ魔王に対する評価が低いというのに、これ以上下げるつもりなのかと抗議する。


「そろそろ魔力が尽きそうだ」


 本当に、最悪な答えが返ってきた。


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