挑戦

「では、妹子の言う通り初めは流刑と言っておきましょうか。どうです、大臣」

「私もそれで良いかと。豪族たちの不満を抑えたいのならば、私の方から流刑の宣告をしようと思うんだが······」

「大臣が?」

 厩戸が眉を上げて馬子を見る。その反応に苦笑すると、「まあ気休め程度ですが」と肩をすくめた。

「私が流刑を宣告し、私がそれを取り消せば豪族たちが皇子を恨むこともないでしょう。小野を流刑にしたことに対する弱小豪族の恨みも、それを取り消したことに対する有力豪族の憤りも、皇子が今後まつりごとをするにあたって邪魔になりましょう。ならばこの馬子の口から宣告した方が皇子への不満は減ると思いますが」

 そんなことを言い出した馬子に厩戸は少し目を丸くした。河勝もほう、と言いたげに馬子を見ている。

「しかしそれでは大臣が得をしないではないですか」

「いやいや、得はするとも。いずれ皇子が大王におなりになれば本望。そのためには皇子への不満はなるべく減らしておかねば」

 厩戸は少し寂しそうな顔をした。しかし「大臣がそう言われるなら」と目を伏せて妹子に向き直る。

「ならばこれで決まりです。大臣から貴方を流刑にするよう声を上げていただきますので、その時はそれなりの反応を。そしてしばらくしたら大臣から流刑の議を取り下げていただきます。それでよろしいですか?」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 妹子が深々と礼をすると、後ろにいた河勝が「あとは何かある?」と問いかける。妹子は河勝を一瞥したあと、「もう一つだけ」と口を開いた。

「大和殿のことですが」

「大和さん? どうかしました?」

「試す、というと言葉が悪いですが、少々大和殿の立場を確認しておきたいのです。主に、政治に口を出すかどうか」

 厩戸は「ほう?」と首を捻る。河勝も妹子をまじまじとみていた。この件については何も聞かされていないようだった。三人の不思議そうな眼差しがぶつかった先で、妹子はすっと視線をあげる。

「隋にて洛陽の化身とお会いしました。その際、彼らは政治に口を出せないと聞きまして。しかし、大和殿はお人好しですので少々感情に流されやすいような気がするのです。それゆえ、本当に私が流刑になったかのように錯覚させたいと思った次第で」

「錯覚? 大和殿には流刑の取り消しを伝えないということですか?」

「はい。それで大和殿がどう出るのかと。隋への体面を考えて流刑を止めるようなことがあれば、大和殿は朝廷から離すのが賢明かと思います」

 その言葉に誰一人として返答できなかった。大和について何も知らない彼らは、どう受け止めて良いか分からなかったのである。妹子は背を正してもう一度口を開いた。

「大和殿の恐ろしさをお分かりですか? 今はただの稚児のようですが、あちらの方々は大人のなりをしておりました。つまり、いずれは大和殿も成長するということ。原理は分かりませんが、恐らく土地の発展が彼らの見た目に関わっているのではないでしょうか。しかしながら、彼らは死にません。どれだけ背が伸びようが、身体を痛めつけようが死なぬのです。つまり、戦や政治に悪用しようとすればいくらでもできる」

 それでは困りましょう、と付け足すと妹子は皆を見据えた。目に宿った鋭い光に、厩戸と馬子は思わず息をのむ。

「大和殿が自分の存在意義を理解しているのかどうか、試してみたいのです。どうか、手伝っていただけないでしょうか」

 しんと張り詰めたような空気が流れた。耳鳴りのような静寂の中で、ただ妹子だけが明確な意志を持って前を見据えていた。

 そうだ、これなのだ。この男の美しさは。河勝はにやりと笑みを零した。

「僕は賛成ですな。大和殿の得体の知れなさは少々恐ろしい」

 ふわりと服の裾を広げて河勝が前へ進み出る。そして厩戸と馬子に向かって頭を下げた。

「大和殿は、我々に一番近く、一番遠い友人のようなものでしょう。その大和殿を政に関わらせて辛い思いをさせるのはいささか心が痛む。違いますか?」

 合理的で感情のない妹子の考えに対し、付け足されたそれは心に訴えかけるかのような響きをしていた。相反するような言葉がひとつの風になり、厩戸と馬子の心に入り込む。

 彼らは頷いた。大和の存在意義、そして大和自身の選択を確かめること。それゆえ妹子はにこりと笑みを浮かべ、糸を張ったような空気を一気に緩めさせる。

「では、大王との謁見に関しても色々と相談したいことはございますが、それは大王や他の豪族の方々もいる際に改めて」

 再び廊下へ出た妹子の姿を厩戸と馬子が顔を見合せながら見送った。内心笑みを漏らしながら、河勝も後を追って退出する。

「いやぁとんだ悪魔だね君は。まあ昔から知ってたけどさ」

「うるさいですよ。貴方居る必要ありました?」

 嫌そうに河勝の先をゆく妹子の態度に、河勝は「ひどいなあ」とケラケラ笑う。

「最後に納得していただけたのは僕のおかげでしょ? 全く人の心がないんだから。良い? 人っていうのはね、合理性だけじゃ動かないの。もっと感情を織り交ぜないとね······ってそんなこと言っても無駄か」

 あっはっはと愉快そうに笑うと、河勝は踵を返して廊下の奥へ消えていく。反対側へ帰るならなぜここまで着いてきたのだろうか。そう思いながら眉を寄せると、妹子はイマイチ理解出来ていないかのように口を曲げた。しかし、結局腑に落ちぬまま廊下の先へと足を向けると、小さな背を闇にかき消した。

 

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