難波

 

 それからしばらくして、遣隋使の一行は難波を立った。これから宮のある飛鳥へと向かうのだ。異国の香りを乗せた行列は、倭国の民からすれば実に大きく華やかなものであった。

 そんな中、浜にそびえる大きな岩の陰に、大列を見つめる小さな人影が一つ。彼は面白そうに目をぱちくりさせると、華やかな大列を「ほへー」と眺める。

「なんやお祭り騒ぎやな」

 外見は五歳ほどであろうか。潮風に揺れる茶色のくせ毛に、同じく茶色味を帯びた丸い瞳。好奇心に満ち溢れた瞳の中から大列が消えると、彼は岩の陰からひょっこりと表へと出る。

 あの行列はなんだろう? 都へ行くのだろうか? 何か面白いことが起こっているのかも。

 そんな好奇心にいてもたってもいられなくなったのか、近くにいた漁師に駆け寄った。

「なーなーおっちゃん! さっきの人達なんなん?」

「ん? ああ、あれは遣隋使の一行やな」

「けんずいし?」

「まぁ今から都へ行くんやろ」

「都なぁ······ええなええな、俺も行きたいなぁ」

 地団駄をふむ彼を見て、漁師はからかうように笑った。

「もう少し成長すれば都に行けるんとちゃいます?」

「ほんま? それなら嬉し······って誰がお子ちゃまや! 俺おっちゃんより年上やもん!」

 わざとらしく頬を膨らませる少年に、漁師は豪快に笑った。

「どうだ難波なにわさん。今日は大漁でね、うちでメシ食ってくかい?」

 難波と呼ばれた少年は、目を輝かせて勢いよく頷いた。

「よっしゃ! おっちゃんとこの嫁さんお料理上手やもんな! ほんまええ人やわぁ」

「ありゃうちの嫁だ、とるんじゃねぇぞ!」

 冗談めかして笑う漁師に、難波もにかにかと笑顔を返した。

 今は特に定まった名もなく難波と呼ばれているが、後にこの国を支える大都市・大阪となるこの少年。大和にとって、彼との出会いが大きな出来事となるのだが、それはまだ誰も知らない未来の話なのであった。

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