国書

 妹子の手から国書を受け取ると、厩戸うまやとは馬子に視線を送った。彼も少し戸惑ったような顔をしていたが、国書を読むよう厩戸をうながす。

 サラリと紙を鳴らして国書が解かれた。目を滑らせていた厩戸は途中で眉をひそめ始める。そして最後の一文まで目を通すと、何も言わずに国書を馬子に手渡した。馬子もそれを読み進めたが、厩戸と全く同じような顔をすると妹子を見つめる。

「これは······確かに」

 そんな歯切れの悪い感想に、妹子は姿勢を低くして国書を受けとる。まあそのような反応になるのも致し方ない。そこには大王に対する侮辱とも取れる言葉が並べられていたのだから。

「これを大王にお見せするわけにはいかぬと思うのです。私の実力不足が招いたものなので申し訳ないのですが、この国書は処分させていただこうかと」

「しかし処分と言っても······」

 馬子が不安そうな顔をした。しかし、その横で話を聞いていた厩戸が彼を呼び止める。

「大臣、私も処分して良いと思います」

「え?」

 馬子は驚いた顔をした。厩戸はそっと瞼をあげると、「内容は全て頭に入れましたゆえ」と微笑む。

「処分と言ってもどうするつもりなんです?」

「それはこちらに」

 厩戸の問いかけにニヤリと笑うと、後方で成り行きを見ていた河勝かわかつが部屋の灯火を差し出した。それに皆が目を丸くするのもつかの間、妹子が灯火を受け取って床の上にことりと乗せる。そしてあろう事か、皇帝からの文が綴られた書物をその火にくべてみせた。

「待て待てあまりにも······」

 馬子が焦ったように身を乗り出す。厩戸も絶句して焦げゆく書物を見つめた。しかし、妹子と河勝は至って冷静に灰を見つめると、「これで誰にも見つけることはできません」と唇を綻ばせてみせる。

「私はこれを百済くだらの盗賊に奪われたことにしておきます。それゆえ、それ相応の罰を受けたいのです」

「罰?」

「ええ、国書をなくしたのですから当たり前です」

 厩戸と馬子はいよいよついていけなくなったようだ。彼らは困惑した様子で河勝を見上げたが、彼は助け舟をだすわけでもなくニヤニヤと目を細めている。

「しかし、ずいの使者がいる前で貴方を罰せば面目が立たなくなります」

 厩戸がもっともなことを言いだす。やはり状況把握は上手いようだ。妹子はそんなことを考えながら、「その通りです」と微笑んでみせる。

「それなので、一度処罰を宣告した後にそれを取り消していただきたい。そうですね、流刑などいかがでしょう」

「取り消す? 処罰を?」

「はい。私はたかが小野の出身ゆえ周りからの風あたりも強いのです。そんな中、国書をなくしてもお咎めがないとなれば、有力豪族たちの不満や苛立ちは御二方に向かうのでは?」

 妹子の言葉に二人が身を固めて顔を見合せた。確かに、二人で実力主義ともいえる改革をしてからというもの、地位が危うくなった豪族たちはじわじわと不満を持ち始めている。しかし、それを抑え込めていられるところが二人のカリスマ性とも言うべきところであった。

「まあ、僕はこの子に従うのが良いかと思います。これまでは猫をかぶっていたようですがこちらが本性。それを見込んだからこそ、僕はこの子を朝廷に推薦致しました。それを考慮にいれていただければありがたい」

 河勝が試すように二人を見た。馬子は少し気圧されたようにしながらも、しばらく考えた後、「私は河勝を信じようと思う」と言葉を落とす。

「私のような不器用な人間がここまでこれたのも河勝の支えがあってこそだ。それに、河勝が見込んだ人間は誰よりも信頼できると心得ておりますが······皇子はいかが?」

 そんな馬子の眼差しを受け、厩戸も「そうですね」と河勝を見上げる。

「私も貴方のことは信頼しています。今回は二人に従いましょう」

 それに目を細めると河勝は恭しく礼をする。それを胡散臭げに睨みながら、妹子も「ありがとうございます」と頭を下げた。

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