裴世清はいせいせいを迎える宴には、飛鳥からも百人以上の群臣が集まった。彼らは和やかに談笑しつつ、裴世清や大和に挨拶を告げていく。


「あ、大和殿! 無事に戻られて良かった」

 突然声をかけられた大和はビクリと肩を震わせて振り返った。すると、数人の付き人を従えた男が嬉しそうにこちらへ駆け寄ってくる。

「わっ、蝦夷えみしはん! 久しぶりやなぁ、元気にしとった?」

 それは現在 大臣おおおみを務める蘇我馬子そがのうまこの嫡男・蘇我蝦夷そがのえみしであった。彼は周りに気を使いながら大和の傍にしゃがみこむと、「今日は父の代理なんです」と照れたように笑う。

 この男は他人と深く関わるのが苦手なのだが大和には昔から懐いていた。というのも、大和は普段蘇我氏のもとで暮らしていたのだ。未だ得体が知れぬこともあり、大王おおきみの一族では傍に置くことが出来なかった。同時に、大和を神ではないと断言した中臣なかとみやそれに同調する物部もののべも大和を預かることを拒んだ。その時、「では私が」と手を挙げた者こそが蝦夷の祖父にあたる蘇我稲目そがのいなめである。

 その影響で、馬子の代へ移ったあとも蘇我に面倒を見られている。同じ屋敷で暮らしているゆえに、蝦夷たちとは兄弟のような仲であり、彼が大和に親しみを持つのも自然な話であった。


「大臣も忙しいやろな。飛鳥は飛鳥でもてなしの準備してるんやろ?」

「ええ、父と皇子みこ様を中心に」

 皇子とは厩戸皇子うまやとのみこであろう。遣隋使節を派遣した張本人である。有力豪族であった物部守屋もののべのもりやが倒れてからは、大王のことは主に厩戸と馬子が二つの柱となって支えていた。

「そういえば何やら不思議なもてなしをするとか。何と言いましたっけ? あの食事をする時に使うという二本の棒のような······」

「ああ、箸やで。隋で使ってる食事道具やねん」

 実は今回、せっかく教えてもらったのだからと言う理由で宴の際に箸を使うことにしたのだ。もちろん倭国の群臣たちが使い方を知っているわけないのだが、そこは事前に連絡して少し触ってもらっている。

「大和殿はもう扱えるのですか?」

「うん、あっちで教えてもらった」

「凄いですね。私は全く······。あの箸というものは神事にしか使わないのだと思っておりました。祭祀をする中臣なかとみなら扱えましょうか」

 そう言って顔を顰める蝦夷に、大和はくすくすと笑いを漏らす。久しぶりに交わした倭の話題に、どこか懐かしくあたたかい心地がした。和やかで賑やかな宴の灯火が、難波の夜にぽつりと浮かんでいた。

 初めて隋の使者を迎えたにしては、中々良い雰囲気だ。裴世清自身が穏やかなことも理由の一つだろうが、それ以上にどこかまとまりがある。

 大和はやっと帰ってきた幸せを実感して、飛び交う大和言葉に眉をやわらげた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る