違和感


「それで、本題は何でしょう」

 妹子がカブをつまみながら言った。

 本題、とはなんだろう。先程裴世清は「挨拶のために会いに来た」と言っていた。それが目的ではないのか。

 大和はそんな風に首を傾げたが、裴世清は特段不思議に思わなかったらしい。少し感心するように目を細めて、「上からの指示がありまして」とにこやかに笑った。

「先日蘇威殿の使者に会いましてね。答礼使として倭国に向かう際、貴方に何か指示されることもあるだろう、と言われました」

 裴世清は真っ直ぐに妹子を見つめる。

「その時は必ず貴方の指示に従うように、と」

 妹子はそこで目を細めた。大和からすれば、妹子と蘇威がどのような話をしてきたのか分からない。しかしそんな言葉を言われたのならば、蘇威からの信頼は厚いように思えた。

「何故それを私に?」

 貴方が理解していればいいことじゃないですか、と妹子は言う。ここでお得意の困り顔を見せると思いきや、その目は鋭く光ったままだった。大和はそれに唖然とする。あの妹子が素を見せている。裴世清は特段おかしなことなど言っていないのに······。

 窓から入り込む街の喧騒がどこか遠くへ離れたような気がした。奇妙な静寂の中で、妹子が口の端を持ち上げる。裴世清はそれを見て固まっていたが、薄い氷を溶かすような朗らかさで顔をゆるめた。

「いやぁ、何となくです。貴方に伝えていた方が指示しやすいかと思いまして」

 その瞬間、市の賑わいが再び大和の耳に戻った。まるでこの一瞬だけ神隠しにあっていたかのようだった。そんな不思議な感覚に、大和は少々身震いをする。

「すみません、箸を止めさせてしまって。まあそういう事ですので気軽に指示をお出しください」

 裴世清は再びにこやかに魚をつまんだ。ぱくぱくと軽やかに進む箸が、皿に乗った食事を侵食していく。妹子はそれを意味ありげに見つめると、再び手を動かし始めた。上品な手つきで鶏肉をつまみ、それを小さな唇の奥へしまい込む。

 何なのだろうか、この違和感は。まるで夢の中の世界を見ているかのような、川面の下を覗き込んでいるかのような、そんな現実離れした風景に大和は顔をしかめる。皆が食事を食べ終えても、二人が別れの挨拶をしていても、その違和感が消えることはなかった。












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