第4話 もういいや
私のクラスはおだやかな子が多い。今年のクラスは当たりだったな、と私はひそかに胸をなでおろしていた。
そんな私のクラスでさえ、秋の文化祭中止の知らせには荒れた。
これまでずっと我慢してきたストレスが一気に噴き出したのかもしれない。教室のあちこちから不満の声が聞こえてきた。
「なんだよ、中止って」
「妹の学校はオンラインで開催するよ」
「弟のところは延期だってさ」
「うちの学校、ほんとに生徒のこと考えてないよね」
「合唱コンもなくなったし、その上文化祭も中止、運動会も中止。ひどすぎる」
私はみんなの声を複雑な気持ちで聞いていた。
先生たちにしたって、難しい判断だったと思う。別に生徒のことを考えていないわけじゃないだろうし。
けれども、みんなの怒りも分かる。高校最後の年に、学校行事のすべてを奪われたのだ。みんな黙っていられないのだろう。
とはいえ、荒れた感情を包み隠さない棘のある言葉たちを聞き続けていると、さすがに心が痛んでくる。
こんな時、私は真人と話したくなる。
落ち着きを取り戻したいのか、あるいは癒しを求めているのか。とにかく、真人と話すことで私はいつもの私でいられるような気がするのだった。
私は参考書を眺めている真人に問いかけた。
「真人はどう思う? 文化祭」
「まあ、残念だけど仕方ないんじゃないか」
「でも、毎年文化祭にかけている子たちもいるじゃん。どんな形であれ、少しでもやらせてあげる方法はないのかな?」
「無理に実施して、万が一校内で感染が広がったら、祥子はどう責任を取るんだ?」
「その言い方、意地悪」
「とにかく、中止の決定はくつがえらない。あきらめるしかないさ」
「そんな」
真人の言い分は頭では理解できる。学校ごとに対応がちがうのは、きっと正解がない問題だからなのだろう。
でも、やっぱり気持ちがついていかない。
私は部活で涙をのんだ。それと同じことが学校行事でも起こっている。
我慢しなくちゃいけないと自分に言い聞かせつつも、あまりのやりきれなさに胸が張り裂けそうになる。
私は窓の外に広がる景色に目をやり、遠くを見つめた。
「なんか、いつも私たちの意志とは関係ないところで大事なことが決まっていくね」
しんみりとした私の声に、真人もうなずいてくれた。
夜、塾から帰ってきた私は、着がえもせずにベッドに身を投げ出した。
暗い天井をぼんやりと見上げる。
夏に受けた模試の結果はさんざんだった。気持ちがぐちゃぐちゃな時に受けた模試だったから、悪いのは分かっていたけれど、さすがにこれはマズすぎる。
「やばいな……」
私は焦りを感じはじめた。
点数が悪いことに対してじゃない。
受験に向かう気持ちが少しも盛り上がっていかないことに対してだ。
時間はどんどん経っていく。
だけど、私の心は県大会の中止を告げられたあの日からずっと止まったままだ。
夢への挑戦権を失い、期待していた団体戦にも臨めず、以来私の心はずっと空虚をさまよい続けている。
部活でも、それ以外でも、私たちにとって大事なことが、いつも私たちの意志とは関係ないところで決まっていく。
あらがうことのできない大きな波に飲みこまれ、虚しさばかりが募っていく。
「……だる」
生気のない声が暗闇に溶けていく。
少しも気力がわいてこず、しばらく起き上がれそうにもない。
「もういいや、学校行かなくて」
文化祭も運動会も部活もない、ただ勉強するだけの場所。それが学校だというのなら、もう行かなくていい気がしてきた。
こうして、私は翌日から学校を休みはじめた。
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