第3話 花火大会

 夏休み。


 学校では夏期講習がはじまった。

 マスクのせいでよけいに汗をかきながら教室にやって来ると、真人が軽く手を上げて迎えてくれた。


「聞いたか、祥子。夏の部活は週一回、二時間までだってな」

「聞いた。夏合宿も禁止なんだってね。美鈴ちゃん、泣いてたよ」


 私は真人のとなりの席に腰を下ろした。


 一学期はけっきょく一度も部活動が認められなかった。夏休みになってようやく解禁されたものの、元通りとはいかず、後輩たちがかわいそうになってしまう。


「よその学校は普通に部活やってるらしいよ。どうしてうちは駄目なんだろう? 不公平じゃん」

「うちは私立の進学校。部活にはそれほど力を入れていないからな」

「部活はさせません。でも、夏期講習はガッツリやります。学校はそれでいいわけ?」

「いいんだろ、きっと。感染者を出さずに進学実績が上がれば、それで」

「うわー、真人の薄情者」


 そんな会話を交わすうちに、先生が教壇に姿を現した。


 先生が熱のこもった声を教室に響かせる。

 今年から大学入学共通テストがはじまり、これまでと出題形式が変わるらしい。

 どうして今年からなんだ、と文句の一つも言いたくなる。


 私だってもう子供じゃないから、勉強しなくちゃいけないことくらい分かる。

 だけど、すべてが大人たちの都合で動いている感じがして、気持ちがついていかない。


 部活はいらない、それより勉強しろ――それが学校の本音のような気がして、心がささくれ立つ。部活が生きがいの生徒だっているんだ、って言ってやりたくなる。


 講習中、私はふと窓の外に目をやった。

 突き抜けるような高い青空がまぶしくて、思わず目を細める。


 最後の大会がなくなって、どんなに信じて努力しても叶わない夢もあると思い知った。

 あの日から、私の心はずっと空虚をさまよっている。


 勉強だって、どんなに努力してもまた徒労に終わるんじゃないか……そんな悪い予感がよぎる時、私はひどくたまらない気持ちになる。


 太陽のまぶしさが、そんな私の心の闇をいっそう黒く鮮明に浮かび上がらせるような気がして。

 私はあわてて黒板に目を映し、ノートにペンを走らせた。





 講習が終わった午後。

 今日も真人と並んで下校の道を歩く。


 別に付き合っているわけじゃない。

 かといって、部活を引退した途端によそよそしくなるような関係でもない。

 気の合う友だちとのルーティーン。私たちはそれをいつも通りくり返し、二人で駅へと向かう。


「そういや、花火大会も中止だってな」

「あーあ、毎年楽しみにしてたんだけどなー。今年の夏はなにもなくて悲しくなる」

「じゃあ、今度一緒に花火でもするか?」

「えっ?」


 とくん、と心臓が小さく跳ねた。


 二人で花火だなんて。

 まあ、私はかまわないけど。ほんとに私でいいの?


「ほら、後輩たち、夏合宿がなくなってかわいそうだろ。だから、みんなで夏の思い出作りに花火でもどうかなって」

「あー、そういう……。いいんじゃない。美鈴ちゃんたち喜ぶよ、きっと」


 私は急にクールダウンして、抑揚のない声を返した。





 そして、夏期講習の前期日程が終わった八月中旬。

 私は真人や後輩たちと一緒に花火を楽しんだ。


 私は県大会で着るはずだった部Tをここぞとばかりに着ていった。やっぱり部Tはテンションが上がっていい。

 けれども、公園にやって来ると、


「あれ?」


 部Tを着ていたのは私だけで、後輩の女子はみな色とりどりの浴衣を着てはしゃいでいた。

 かわいい花柄の浴衣を身にまとった美鈴ちゃんが、がっかりした顔で言う。


「もう、祥子先輩、どこまで部活脳なんですか! 今年は浴衣を着る機会がないから、みんなで浴衣にしようって連絡しましたよね?」

「え?」


 あわててスマホを確認する。ほんとだ、見落としてた。

 美鈴ちゃんが今度は真人にからみ出す。


「で、真人先輩はちゃんと伝えたんですか? 祥子先輩の浴衣が見たいって」

「え? そうなの、真人?」

「べ、別にそんなの期待してねーしっ」


 私が真人の表情をのぞくと、真人は気まずそうにぷいっと顔を背けた。


 美鈴ちゃんはわざとらしくはぁ~っと大きなため息をつき、私たちに言い聞かせた。


「いいですか、お二人とも。このままじゃ青春の無駄づかいですよ。後輩一同、見守っていますからね」

「無駄言うなし」


 せっかく花火大会を企画してあげたのに、この言われようである。美鈴ちゃんも大きくなったものだ。


 こうして、高校最後の夏休みは線香花火のような小さな閃光を一瞬輝かせ、その後は何事もなく終わってしまった。


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