第4話 思い掛けない再接近

 日曜日。三人は遊園地の入り口を前にしていた。

「遅いなあ」

 ここに来てからずっと、同じことを言っているのは要。

「私達が早すぎたのよ」

 超然と、悠香が指摘する。淡いピンクのワンピースで決め、髪も思い切り手入れしてきた要に対し、悠香の方は折角の休みにも関わらず、Tシャツにジーパン、髪はいつものように一つにくくったままという出で立ち。

「私が家を出るとき、頼井はまだ寝てたわよ。昨日の電話で、まだ早いって言ったのに、誰かさんが『もし何かあって遅れたら悪いから』って泣きつくもんだから」

「泣いてなんかないよー」

「泣きつくってのはね、本当に泣いてなくてもいいの」

 と、わいわいやってる二人の横、少し距離を取って、冷や汗をかく公子。初めの内は服――クリーム系統の上着にチェックのスカート――を気にする素振りをして時間を潰していたけれど、段々と間が持たなくなってきた。

(もう、あんまり騒ぐと、人が見るよー)

 恥ずかしくて視線を地面に落とそうとして、かぶっていた黒の帽子がずれた。上目づかいに直していると、視界に知っている顔をとらえる。

「秋山君!」

 さっきまで恥ずかしがっていたのも忘れ、公子は叫びながら、手を大きく振った。いつもなら、大声を出すのも恥ずかしいのだが、今の状況はそれどころでない。

「早いなあ」

「ええ? まだ十時になってないだろ?」

 そんなやり取りが聞こえる。同時に、要達も静かになった。

「悪い、待たせちゃったみたいで」

「そ、そんなことない。私達、早すぎて」

 公子は、またうつむいて答えた。知らない男子がいると、何故かしら普通にしていられなくなる。

「そう言えば悠香、朝、ちょっと声をかけてみたら、もう出ちまってたな」

 さらさらの髪をした、六人の中では一番背の高い男子が言った。

(この人が頼井君よね?)

 公子の推測は当たっていた。

「よっぽど、楽しみにしてたんだな。普段、男と遊べないから」

「うるさいっ。いっつも色んな子と遊んでるあんたには、ちっとも楽しくないでしょうねえ」

「どういたしまして。毎回、楽しくてしょうがない。今日は他の子を断るの、一苦労だったんだぜ」

「おあいにく様。私達の中に、あんたの相手をする人はいないわよ」

 早速、やり合い始めた頼井と悠香。

 二人を無視して、秋山が取り仕切るため口を開く。

「とりあえず、自己紹介だな。僕はもういいだろうから、石塚いしづかからいくか」

 石塚という男の子は、一見してまじめそうである。白っぽいシャツの上に、紺のチョッキという格好だが、私服にあまり慣れていない雰囲気があった。

「五組の石塚安孝やすたかです。えー、秋山君とは一年のとき同じクラスで、出席番号が近いせいもあって、知らない内にこういうことに。それと、ああ、新聞部やっています。記事になりそうな話があったら教えてください。よろしく」

 人当たりのいい声質だ。中身はどうか分からないけど、まじめな外見とこの声は、新聞部の取材でも生きるのかもしれない。

「いつものように呼び捨てにしろよ。『秋山君』なんて……。ま、いいか。で次は、野沢さんは知ってるだろうけど、こいつが頼井健也けんや。四組だよな? 僕と同じ日本拳法部」

「法律の方じゃないからね」

「え……? あ、そうか」

 頼井の言葉に、一拍おいて笑えた。公子は秋山が日本拳法部に入っていることを知っていたから間違いようがないが、初めて聞いた者なら「日本憲法」と勘違いしてもおかしくない。

「くっだらなーい」

 背後で悠香がぽつりと漏らした一言は敢えて聞かなかったことにして、公子は挨拶する。彼女にとって、初対面の男子と話すのは、かなり努力を要する作業だ。それでも、最初に冗談を言ってくれたおかげで、ずいぶん気持ちが楽になっている。

「あの、朝倉公子です。クラスは、えーと、秋山君と同じ三組。クラブは入ってません」

 続いて要の自己紹介。

「寺西要です。二組で、クラブは入ってなくて……。あの、拳法部にマネージャーっていらないですか?」

 秋山以外なら気兼ねなしに話せるらしい要の質問を、頼井が引き取る。

「残念! すでに二人いるんだ。これ以上は無理。どうしてもってなら選手の方にならないと」

「マネージャー、二人とも女子で、こいつ目当てに入ったのが見え見えなんだ。参るよ」

 と、頼井を横合いから指さす秋山。要が不満そうな顔をした。「頼井君より秋山君の方が、絶対に格好いい!」とでも思っているに違いない。

「さて、最後は私か」

 悠香が自己紹介を始めた。

「四組の野沢悠香。クラブは帰宅部。そこのちゃらちゃらした人とは何の因果か家は隣同士、クラスもほとんどいっしょだったけど、うるさくてしょうがないわ」

 悠香は溜飲を下げるかのように、言いたい放題である。

「この」

 頼井が反論のために口を開きかけたところで、

「さあ、時間がもったいないから、入りましょ」

 と、するりとかわした。

 力が抜けた様子の頼井の周りで、笑い声が起こった。


 クラスは違えど、公子達は三人いっしょにいる場合が多い。全学年上げての大掃除のときもその例から外れない。

 各組の受け持ちを巧みに代わってもらい、校庭をほうきで掃いていた。かったるいとか何とか言いながらも、どうにか進んでいく。

 じゃんけんの結果、ごみを捨てに行く役は要に決まった。

「ようやく慣れてきたね」

 二人になったところで、悠香が唐突に話しかけてきた。

「何に?」

「男子と話すの、慣れてきたんじゃない?」

「それは……そうかもしれない」

 初めて六人で遊園地に行って以来、似たような集団デートを何回か重ねている。その過程で、公子もどうにか秋山以外の男子とも話すのに慣れてきた手応えはあった。

「ほんと、心配したんだから。公子、それだけかわいいのに、話せないなんてねえ」

「かわいい――って?」

「あんたが、よ。自信持ちなさいよ。私みたいに理想が高すぎるのもどうかなって思うときもあるけど、公子も人並みに」

「分かった分かった」

 面倒になって、強引に話を切り上げる。

(分かってるわよ、ユカ。だけど、分かったからって、そう簡単にできるものでもないのよ。だいいち、カナちゃんのことがあるし)

 そんな風に考えていると、要が戻って来た。片手を口に当て、やけに楽しそうにしている。

「聞いて聞いて。ゴミ捨て場までゴミ捨てに行ったら」

「秋山君と会ったんでしょ」

 道具を片付けながら、悠香はあっさり言い切った。

「どうして分かるの?」

「分かるわよ」

 要からは見えない位置で、舌を出す悠香。

 その様が、公子からはよく見えた。おかしいような、ちょっと寂しいような、微妙な感覚。

(学校っていう小さな枠の中だけど、私も秋山君とクラスが違ってて、偶然に会えたら、きっとうれしいだろうな)

「さて、戻ろうか」

 三人はそれぞれ自分のクラスに戻っていった。

 教室に戻ると公子は、すぐに秋山の姿を探していた。その途中ではっとして、(私ったら、前より意識しちゃってる。話せるようになったけど、その分、想いが強くなってるみたい……)

 と実感して、顔が熱くなる。

(いけない。表情に出ないようにしないと)

「――と」

 出入りの戸口で立ちつくしていたら、邪魔になったらしい。公子はその場を飛び退いた。

「あ――秋山君」

「公子ちゃん、どうしたの? 大掃除のとき、いなかったみたいだけど」

 教室内に入りながら、そう尋ねられた。

「ああ、あれは、他の組の子と代わってもらって、カナや――えっと、寺西さんや野沢さんといっしょに、掃除してたの」

「そうだったの。ちょっと心配してたんだ」

(え?)

 こんな何気ない一言にも、どきっとしてしまう。

「さぼってたら、先生に言ってやろうかと思ってたんだ。あはは」

 おかしそうに言う秋山。

「え、まさか」

「言ってない言ってない。そんなあわてた顔しなくても。じゃあ、あれだ。寺西さんが捨てに来たごみから推測して、校庭の方の掃除」

「そう」

 要が、ゴミ捨て場の前で秋山と会ったと言ってたのは本当だった。

(カナがごみを捨てるの、手伝ってあげたのかな? それならあれだけうれしがっていても、ちっとも不思議じゃない……)

「もうすぐ期末試験だけど、進んでる?」

「え、あ、テストね。とりあえず、得意科目から押さえてる」

「変わってるなあ。普通、苦手なのからしない?」

「だって、得意な科目で確実に稼ぎたいから」

「そういうものなのかな。自分はいっつも、苦手なのからやって、得意なのはぎりぎりにちょこっと見返すだけだった」

「それであの順位なら、うらやましい」

 定期試験の度に張り出される得点上位者一覧に、毎回、秋山はなかなかいい位置で載っている。

「確か、公子ちゃん、二十位前後にいつもいるよね……。こういうこと言うと、何だか嫌味かもしれないけど……今度は苦手なのから手を着けてみたら? ひょっとしたら、もっとよくなるかも」

「分からないわ。下がるかも」

「試してみたかったら、どうぞ。責任持てないけど」

 秋山の言いように、くすっと笑う公子。

 先生が入ってきた。急いで席に戻る。

 先生からの連絡事項のメインは、試験の日程の発表だった。

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