第5話 思いも寄らないアプローチ

 一学期期末試験の最終日。

 最後の試験。

 終わりを告げるチャイムの音――。

「終わったーっと!」

 試験が終われば、三人の家のいずれかに集まって、打ち上げめいたことをやるのを通例としている。いつもなら誰の家にするか迷うのだが、今回は一も二もなく悠香の家に決定。何故なら……。

「秋山君達、来てるかな?」

 悠香の家に到着するなり、要。

「まさか。ほとんど同じ時間に終わったはずよ。私達と会ってないってことは、まだよ」

 公子はそう言いながらも、要の秋山に対する想いを覗き見た感じで、ちょっと複雑。

「はい。とりあえず、お茶」

 と、悠香がお盆でティーセット一式を運んできた。

「ねえ、ユカ。本当に頼んでくれた?」

「言ってあるわよ。隣の奴に、下げたくもない頭を下げて……というのは嘘だけど、ちゃんと秋山君や石塚君も呼んで、騒ごうって」

「ユカのご両親は共働きって聞いてたけど、頼井君の方は?」

 公子は、少し気になっていた点を聞いてみた。

「あっちは父親が単身赴任だとかで、母親と二人暮らしのはずだよ」

「じゃあ、今夜はそのお母さん、一人になっちゃうのかな……」

「何を心配してんのよ、公子。そんなに遅くまでやらないって。ご飯食べたら、すぐ帰った帰った」

「そっか」

 公子がほっとしていると、いきなり、要が大声を上げた。往来を見おろす窓に、ずっと張り付いていたのだ。

「やった。来た、来た。来たよっ」

「さてと」

 やれやれと大儀そうに玄関に向かう悠香。

 やがて、ざわめきが聞こえてきた。

「ども、お邪魔します」

 最初に顔を見せたのは秋山。続いて石塚で、三人目の頼井と出迎えた悠香が、なかなか来ない。大方、またくだらないことでやり合っているのだ。

「テスト、どうだった?」

「全然だめだったよー」

 秋山の問いかけに甘えるように返事したのは、もちろん要。

「カナの場合は、他に気を取られてたからじゃない?」

 公子は秋山のことを指摘したつもりだったが、要には意味が通じなかったらしい。彼女、きょとんとしている。

「公子ちゃんは?」

「あ、そうだわ。少し効果が出たかもしれない。秋山君に教えてもらったやり方で」

「えー? 何の話?」

 要が耳ざとく反応する。

「勉強の方法、少しだけ教えてもらったの」

「ずるい! 私も教えてほしかった」

「そんなこと言っても、具体的な話じゃなくて」

 説明を試みかけた公子だったが、要の目を見て、やめた。

(カナは秋山君といっしょに勉強したかったんだ。本気なんだ……ね)

「次の機会は、そうしようか。みんなで勉強会みたいなの」

 意識しているのかどうなのか、この場に適切な提案をした秋山。

「ねえ、秋山君や石塚君の方は、出来はどうだった?」

「だいたい、うまくいった手応え」

 秋山君ならそうでしょうと思う公子。

「自分は今日の最後のテストで、ミスったかもしれないな」

「これが終われば女子と遊べるって思って、焦ったな」

 石塚の言葉にも、いいフォロー。笑いが起こる。

「おーお、お楽しそうで」

 ようやく悠香が戻って来た。

「あら、頼井君は?」

「あいつのことなんか気にしなくていいよ、公子」

「けど」

「あいつったら、ったく、しょうがないんだから。あいつね、隣だってのに、家に帰らずそのままこっちに来るもんだから、言ってやったの。お母さんに顔ぐらい見せて来なさいって。一旦、追い返してやった。当然でしょ」

「それはそうだね」

 納得いった。

「さあ」

 みんなの方を振り返った悠香は、元気よく言った。

「大した物は出ませんが、テストの憂さを晴らしましょう!」

 わーっという歓声と拍手が起こる。

「何か買って来ようか。出されっ放しだと、落ち着かないしな」

 腰を上げかける秋山。

「ああー、いいのいいの。細かいことは気にしない」

 行かれては寂しくなるとばかりに、要が止める。

「私はその方が助かるんだけど」

 と、お菓子を皿やバスケットに盛っている悠香。

「じゃ、じゃあさ」

 言いかけて、公子はしまったかな、とも思った。でも、止められない。

「お金出し合うから、秋山君とカナに買ってきてもらおうかな? どう?」

 公子の提案は受け入れられた。秋山は最初から買いに出る気だったし、要はその秋山といっしょにいればそれだけでいい状態だから、当然。

「絶対にいる物、これでいいんだなあ?」

 メモを振りかざす秋山。その斜め後ろ、要はさすがにうつむき加減にしているけど、口元にうれしさが溢れている。

「気を付けてね」

 玄関先で二人を送り出してから、公子はため息をついた。

(あーあ、やっぱり言えないよ、今さら。私も秋山君が好きだなんて、裏切ることになりそうで。小学生のとき、秋山君が私に告白したのだって、カナは知らないし。それより、カナの応援してあげないと。結構、親しくなったみたいだし、カナはかわいいから、秋山君が気に入っておかしくない……)

 戻ると、暇を持てあましている様子の石塚が、早速、公子に話しかけてきた。

「部活はしていないって言ってたけど、委員はしてるよね、当然」

「あ、ええ。図書委員」

「知ってる。見たことあるから、当番をしているとこ」

 にこにこしている石塚。

「どうして図書委員?」

「一年のとき楽だったから続けてなったんだけど、貸し出し当番させられるなんて、知らなかったわ。文芸部の部員が減ったからだって」

「それは不運だったなあ。ま、新聞部って、割と図書室を利用するから、そのときはよろしく頼むよ」

「うん」

 そこへ悠香が加わる。

「あー、やっと一段落。夕飯のときは手伝ってもらうからね、公子」

「ううっ……仕方ないな。いつものことだし」

「あの、また話を戻すけど」

 女子二人を相手に、やや気後れ気味の石塚。

「部活のことだけど、三人そろってどっかに入ろうとか、何かやろうって話、なかったわけ?」

「一年のとき、散々迷ってねえ」

 スナック菓子を一つ、口に放り込みながら、悠香が始めた。

「三人で相談して決めようってことにしたのよ。ね、公子?」

「うん、そうだったわ。あれ、おかしかった」

 思い出し笑いをしてしまう公子。

「何がおかしいんだろ?」

「だって、気が付いてみたら、放課後、毎日のように三人で集まってさ、お喋りするの。これが部活みたいになっちゃって」

「それは……凄いというか何というか」

 あきれた風に腕組みする石塚。男子には理解できないのかもしれない。

 玄関で音がした。

「主役は最後に登場するっ」

 声と共に、頼井がやたらと張り切って姿を見せた。

 部屋にいた三人は、あっけに取られてしまった。

「あら? どした? 三人しかいないようだし」

「……ばーか」

 ゆっくり間を取ってから、これ以上ないほど効果的に、悠香のつぶやきが入った。

「秋山君とカナは買い出し。靴、数えてたら分かっただろうに」

「何だ」

 恥をかいたはずなのに、まったく気にしていないように腰を下ろすと、頼井はお菓子に手を出し始めた。

「こらっ。あんたも出資金」

「あ、そうか」

 財布を取り出す頼井。見ていて、公子は何だかおかしくなってきた。

「何がおかしいのよ、公子ったら」

 お金を預かりながら、小首を傾げた悠香。

「ううん、何でもない。言ったら、怒るだろうし」

「気になるわね」

「俺には察しがついたぞ」

 いばるように言った頼井。

「言っていいかな、公子ちゃん?」

「え、あ、あの」

「さっきの状況で、俺やこいつの」

 と、悠香を指さす頼井。

「二人が怒るようなことなら、これしかないぜ。ずばり、『二人って喧嘩してても、結局は仲がいいのね』、だよね」

 裏声を駆使した頼井が女性っぽく言い終わると同時に、悠香からげんこつが飛んだ。

「あほ!」

「いてっ。俺を殴るな。公子ちゃんが思ったことだ。当たっているだろ、公子ちゃん?」

「え……そ、その……当たって……いるわ」

 言いにくかったけど、正直に言うしかない雰囲気だった。

「あのねえ、公子ちゃーん?」

「はいはい、何でしょう、悠香さま」

 詰め寄って来かねない悠香を制しながら、冷や汗を感じる公子。表情はただただ、苦笑するばかり。

「冗談でも、思っていいことと悪いことがある! こいつとはただの幼なじみ。それで仲がよく見えるかもしれないけれど、それ以上は何にもなーい!」

「そんな強く否定しなくても」

 よよと泣き崩れる真似をする頼井。懲りない性格らしい。

「……こんなばか、相手にしとれん。女の子の相手なら、いくらでもいるでしょうが」

「それもそうだな」

 立ち直ると、またお菓子に手を伸ばす頼井だった。

「学校でもパンとか食ってたけど、よく食べるよなあ」

 感心したように見ている石塚。

「それだけ食べて、どうして、そんなすらっとした身体でいられるんだ」

「部活のせいだぜ、石塚」

「嘘を言うな。拳法だけやったって、そこまではならないと思うぞ」

「……仕方がない。秘密を明かそう」

「またばかが始まったよ」

 ぼそっと言ったのは悠香。

「何を隠そう、日頃の努力を怠らないこと、これだね、やっぱ。何しろ、俺、女子に人気あるだろ。だから、この格好を維持しないといけないからなあ。日夜ハードトレーニングを」

 もはや誰も聞いていなかった。

「多分、体質ね」

 笑いながら決めつけた公子。

「そういう体質なら、私もなってみたいな。いくら食べても太らない」

「あ、俺、多少はぽっちゃりしてても大丈夫だから」

「え?」

「健也ぁあ~っ!」

 閉じていた目を見開き、悠香が怒鳴る。

「あんたね!」

「はひ?」

「あんたが誰と付き合うと知ったこっちゃないけどね! 私の前で、しかも私の友達を引っかけるなっての!」

「……厳しいお言葉」

 石塚と顔を見合わせ、苦笑いする頼井。そこへ公子が質問をぶつける。

「頼井君……」

「はい?」

「私……太ってるかなあ?」

「え? いや、そんなことは」

「でも、さっき」

「あ、あれは言葉のあやでして……」

「気にするんだなぁ、ああいう言葉って」

 そっぽを向く公子。実はからかってやっているのだ。見えないところで舌をちらと出す。

「ごめん。謝るから。全然、太ってません。公子ちゃんはかわいいです。ね、許してくれる?」

 公子が横目で悠香を見れば、その辺でいいよという合図。

 公子は振り返った。

「いいわ、許してあげる。その代わり、約束して」

 まじめな顔つきになって、公子は頼井を見つめた。

「何でしょう。今なら何でも言うこと聞きます、はい」

「頼井君のお母さん、今は一人なんでしょ? 外から見ただけじゃ分からないこともあるだろうから、勝手な言い種かもしれないけど……頼井君、今よりもう少し、お母さんのことも考えてあげて」

「……分かったよ」

 頼井の顔が、面食らった表情から、優しい笑みに変わった。

 これぐらいいいでしょと、悠香の方を見ると、彼女も少しだけ感心した様子だった。

「それにしても……優しいなあ、公子ちゃんは。僕と付き合ってみない、やっぱりさ?」

 頼井の余計な一言で、手をわななかせる悠香。

「こら! 言ったそばから! それに何よ。あなたのお母さんのことを言ったのは、私も同じよ。それなのに、何で私のときは」

「おまえは言い方がきついから、だーめなの」

 まだ言い返そうと口を開きかけた悠香だったが、そこに買い出しに出ていた二人が帰ってきた。口を一度つぐんだ悠香は、二人を迎えてにっこりと笑った。

「どうもありがとう、ねっ!」

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