第6話 シエラトゥール第3階層・風車の島――風読みの師弟、字の無い手紙Ⅱ

「それで、仕事の内容はどういったものですか?」


 ギルドホールの商談用テーブルについたがっちりさんと私。私がそう尋ねると、がっちりさんは簡潔にこう答えました。


「手紙の配達だ」


 その言葉に私は首を傾げます。手紙、というにはずいぶんと慌てて、急いでいたように見えたからです。


「失礼ですが、お手紙でしたら、そこまで躍起になって急がなくても……」

「中身が問題なんだ。届けてほしいのは、『黒鉄腕くろがねうで』の操作指示だ」


 黒鉄腕って何だっけ? そんな顔をしていると、がっちりさんが小さくため息を吐いて説明してくれます。


「時間がもったいないから手短にいくぞ。この島の特産は風晶石だ、で、こいつを作るには風車を回す必要がある。風車を回すには風が要る。この風車の島の上空に上手く風を吹かせるため、人工的に風の流れに干渉する装置が黒鉄腕だ」

「なるほどなるほど」

「良い風を吹かせる為に、俺たち風読みがその日の黒鉄腕の操作指示を朝に出すんだが……」


 そこで、私には話が読めました。


「風を読み違えてしまった?」

「ああ、恥ずかしい話だがそういうことだ……このままほったらかすと今日の風晶石の生産量がガタ落ちになっちまう。早いとこ修正の指示を出したい」

「分かりました。じゃあ早速、その修正した操作指示書をください」

「……無理だ」

「え?」


 私は思わず間の抜けた声を出してしまいます。がっちりさんは悔しそうに首を振ってこう続けました。


「今日の風は厄介だ、俺たちの腕じゃ読み切れん」

「じゃあ……どうするんですか?」

「読める人に訊きに行く。俺たちの『師匠』だ」


 がっちりさんに続いてギルドを出ると、外には風力車が一台停まっていました。風力車は風晶石を動力にして車輪を回して進む乗り物で、速いのは結構ですが湯水の如く風晶石を使ってしまうぜいたく品です。私なんかはもちろん、乗った経験はありません。

 貴重な経験、飛び込み仕事に感謝です。




 窓の外をすごい勢いで流れていく景色に目を奪われているうちに、目的地に着いたようでした。そこは島の外れに立つ一軒の風車。風力車を降りると、がっちりさんがどんどんと扉を叩きます。


「師匠! 師匠! 急ぎの用がございます! 師匠!」


 がっちりさんは扉をどんどん叩き続け、師匠師匠と叫び続けます。するとしばらくして。


「うるせえぞっ!!」


 一喝、どがんっ! と内側から勢いよく扉が開け放たれ、真正面に立っていたがっちりさんが吹っ飛びました(ちょっと離れたところに立っていて、助かった……)


「聞こえとるわっ!! こちとらもういい歳の老人なんだ、玄関来るまでちったあ静かに待てんのか!?」


 そう中から姿を現したのは、ちょっと小柄な男性。なるほど老人、髪は白と灰色が混ざった短髪、顔のしわも年季が入って深い様子。しかしながら転がるがっちりさんを見下ろす眼光は鋭く輝き、その光に老いた気配は微塵もありません。


「師匠! よかった、まだ生きていて!」

「誰が死にかけだっ!」


 ぼがん! 音を立ててがっちりさんにげんこつを浴びせます。見るからにがっちりさんの方が強そうなわけですが、こうして二人が話しているのを見ると、なんというかオーラの差というか、総合的な力の差は明らかで、確かに確かに、師匠と弟子ということのようです。


「で、どうした? 血相変えて」

「師匠、面目ないんだが、風を読み違えちまったんだ……」

「読み違えるも何も、お前ら毎朝読み違っとるだろうが」


 そう師匠さんは嘆息します。


「毎朝、間違ってるんですか?」


 私がそう尋ねると、師匠さんは頷きます。


「まあ、俺に言わせりゃな。こいつらの風読みは、お世辞にも『正しく』読めてるとは言えねえよ」

「師匠のレベルと比べられたら、大概の風読みが読めていないでしょうよ……この島には一人も、いや、他の島にだって滅多にいない高等風読士なんだから」

「高等風読士!?」


 私は驚きました。

 風読み――風読士は、風乗士と同じく風を扱うお仕事です。役割は、名前の通り「風を読む」こと。集積されたデータ、当日の観測記録、そして自分の五感で、その日どんな風が吹くのかを予測する。風に身を任せて空を飛ぶ私たち風乗士にとっては、無くてはならないお仕事なのです。

 そして風読士にも、風乗士と同じく初等・中等・高等、三種類の免許があります。高等風読士はあらゆる風の流れを読むことが出来る、と太鼓判を押された、風のスペシャリストであることの証明なのです。


「だから免許はギルドに返納して引退したって言ってるだろうが……ったく毎度毎度仕方ねえ奴らだな、で、今日はどうやらかしたんだ?」

「師匠、これなんだが……」


 がっちりさんが恐る恐る一枚の紙を差し出します。風の流れの予測が書かれた島の周囲の空域図――風図です。

 それを見た師匠さんの両目が一度カッと見開かれ、それからぷるぷると震え、収まり。


「……今日は殴られてもいねえし、怒鳴られてもいない?」

「殴る気にもなれねえよ、こりゃ」


 大きな師匠さんのため息が響きます。


「これじゃあ商売あがったりだろうよ、お前ら一体何年風読みやってんだ? ……ぐずぐずすんな、さっさと観測資料よこせ」


 そう師匠さんが言うと、がっちりさんが慌てて紙の束を渡します。

 それを眺めながら、師匠さんは空をじっと見ています。気になって横から覗いてみると。


「うわ……数字に記号がたくさん……」

「おらっ! 見せもんじゃねえぞお嬢ちゃん!!」

「ひっ! す、すみませんっ!」

「師匠、怒鳴るのは身内だけで勘弁してくださいよ……この子がいなけりゃ師匠が風読んだってどうしようもねえんだ」


 そう嘆息してがっちりさんが言うと、師匠さんが怪訝な目を私に向けました。


「んん? どういうこった?」

「その子が操腕所に指示書を届けてくれる風乗士ですよ」

「お嬢ちゃんが?」


 師匠さんの見透かすような視線に、目を逸らしそうになります。しばらく私のことを見つめると、ふっと、師匠さんが笑みを漏らしました。


「……良い眼だ。なるほどなあ、お前らポンコツどもよりよっぽど風が読めそうじゃねえか」


 がっちりさんはその言葉に苦笑しています。

 ずっと鬼みたいに見えていた師匠さんは、なんだか笑うとあったかい感じがしたのでした。

 しかし、師匠さんが私から空に目を戻すと、一転、難しそうな表情を浮かべています。


「……今日の操腕、誰が担当だ?」

「えっ? 今日はジルエットですがね」

「ほう、ジルか。なるほど……面白えな!」


 難しそうな顔が一転、深いしわの刻まれた師匠さんの顔はさらにくしゃくしゃ、心底面白いという風に笑い始めて、まるでいたずら好きの子供のよう。そして、がっちりさんから受け取った紙束――観測資料に恐ろしい速度で書き込みを始めました。

 一頻り赤筆が走り、ふう、と息を吐く師匠さん。そして。


「おらっ!」

「はいっ!?」


 師匠さんが私に向かって叫ぶと、観測資料をそのまま眼前に突き出してきたのです。


「嬢ちゃん、こいつを黒鉄腕の操腕所に持ってきな。そこにジルってクソガキがいる、そいつに渡せ」

「……おいおい師匠、操作指示書を作ってやらねえと……」

「うるせえ! 風の読めねえ半人前どもが、隠居のジジイ頼っといて口出しすんな!!」


 師匠の罵声にがっちりさんが、ひい、という顔で小さくなります。

 私も思わず萎縮しながらも、師匠さんに問い返します。


「えっと……これを届ければいいんですね?」

「そうだ」


 師匠さんは迷いなく頷きます。私ががっちりさんの方を窺うと。


「……師匠がそう言うんなら、それで構わん」


 私は二人の顔を交互に見て、そして、しっかりと頷きました。


「わかりました。風乗士リリィ・ライゼが責任を持って、この依頼、お引き受けします!」

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晴れ渡りのリリィ・ライゼ 阿部藍樹 @aiki-abe

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