第5話 シエラトゥール第3階層・風車の島――風読みの師弟、字の無い手紙Ⅰ

 入島手続きを終えたら、まずは仕事を済ませてしまいましょう。

 東の大島と同じように風切板セイルで移動……といきたいところですが、ここでは我慢して歩きです。

 無数の風車が立つこの島では、陸地付近の風の流れがとにかく複雑なのです。乗れないことはない(むしろ乗ってみたい!)とは思うのですが、もしも事故でも起こして風車を壊したりしたら大変です。私の風乗士生活は開幕早々借金まみれ、そんな迂闊な事態は避けなければなりません。

 島の街並みは総石造り。高い風車の間を縫うように石畳の道が張り巡らされ、迷わず歩くのは大変です。これだけ潤沢に石材を使えるのは、島の周囲に大量に浮かぶ浮遊岩のおかげ。これらの浮遊岩が風の通り道を狭めて強風を生み出し、風車を動かしているのです。

 何度か路地を行ったり来たりしながら、何とか島で一番大きな二連風車――島府に到着です。島府は島の管理を取り仕切る役人たちの仕事場であり、島全体に関わる決め事、島民の相談事の解決、税の管理、祭りや行事の主催をしたりしています。


「風乗士リリィ・ライゼ、東の大島より、ギルド預かりの届け物で参りました」

「……はい、確かに受け取りました」

「では、依頼状に署名捺印をお願いします」

「……これでいいかしら?」


 島府の受付で、お姉さんから依頼状にサインと島府公印を貰います。学院お膳立ての仕事とはいえ、依頼状にお仕事完了の印が初めて刻まれるのは……感慨深いです!


「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げると、お姉さんも笑って手を振ってくれました。


「いえいえ、頑張ってね。新米風乗士さん」


 さて、次は島渡りギルドに行ってこの依頼状を換金――報酬を受け取ります。これまた迷いながら島渡りギルドの風車へ。先ほどサインを貰った依頼状を、今度はギルドの窓口に提出します。


「……署名も公印も間違いないな。確かに、では依頼状に従って報酬を引き渡そう」

「ありがとうございます」

「報酬は金と風晶石で半々、銀貨5枚と風晶石で50グラーメだ」

「確かに頂きました」


 今回は初めての仕事ということで色がついて、これでしっかり一日分の稼ぎです。

 依頼状には依頼内容だけでなく報酬額も指定が入っていて、依頼先の署名捺印がされて初めて、報酬との引き換えが可能になります。依頼状は、依頼された島渡りギルドと人の行き来があるギルドなら、基本的にどこでも報酬と引き換えられます(遠かったり、取引が少なかったりすると、めんどくさがって断られることもあるそうですが……)

 各ギルドの会計士たちは、どの島のギルドにいくら貸し借りがあるかを逐一帳簿に記録していて、報酬を支払ったり依頼を受けたりしてそれを相殺していきます。毎年「芽吹きの3月」になると、相殺しきれなかった残額を前金で風乗士に依頼して直接やり取りするので、この時期はどの風乗士も大忙しです。これで数字が合わなかったりすると、手紙を持って何度も行き来することになるので事なのですが、まあ、私たちは仕事が増えるので結果オーライです。

 風晶石は風の力を丸く固めた特殊な石で、産地によって様々な色をしています。風車の島はこの東部空域の一大産地で、濃い緑色をしているのが特徴です。

 風晶石を使えば、風の吹いていない場所でも風力炉ウィンドドライブを動かすことができます。風を逃して飛行器が飛べなくなってしまった時や、風が弱い時期に風力炉を動かしたい時などに重宝します。価値は場所によって違いがありますが汎用性のある資源なので、だいたいどの島でも換金できるのもありがたい所です。


 さて、仕事も終了。初報酬でお昼ごはんでも食べて帰ろうかな、と思ったところで。

 ばっと入口から駆け込んできた、がっちりした男の人とすれ違いました。

 なんだろうな。ちょっと気になって振り返ってみると。


「なあ! ちょっと急ぎなんだが、すぐに飛べる中等風乗士はいないか?」

「いや、ちょうど昼前便で目ぼしい乗り手は皆出払ったばかりでしてね……戻ってくるにはまだ結構掛かりますよ」

「……弱ったな、竜骨墓場を飛べるやつがすぐに要るんだが」

「風が変わりましたか?」

「ああ。このままじゃ今日一日大損しちまうぞ……」


 あんまり話は分かりませんでしたが、どうやら中等風乗士じゃないと飛べない道を飛んでほしいらしい、というのは分かりました。


「あの……」

「何だい、お嬢ちゃん」


 私は恐る恐る、がっちり男性に声を掛けてみます。


「今の話、詳しく聞かせて貰えませんか? 私でお力になれるなら、と思って」

「君、風乗士か?」

「はい、一応」


 そこまで話すと、ギルドの窓口さんが苦笑します。


「気持ちはありがたいんだが、君は今日が初仕事の駆け出しだろう? 初等免許じゃ飛べない難しい道なんだよ」

「今日が初仕事、そうかあ……」


 がっちりさんがあからさまに落胆した顔をするので、ちょっとむっとしてさらに尋ねます。


「あの、その風道って何等級ですか?」

「だから、初等じゃ……」

「いいから、教えてください」


 私がちょっと凄んで言うと、なんだかまずそうな空気を感じたのか、がっちりさんが教えてくれました。


「な、7等だけど……」

「よかった。じゃあ、私飛べますよ」

「え? でも、君今日が初仕事って……」


 私はバッグから風乗士免許を取り出して、二人に見せました。


「特例但書……6等」

「はい。そちらで許可を貰えれば、私飛べます」


 二人は顔を見合わせ、それから、がっちりさんが私の手を取って叫びました。


「すぐに仕事を依頼させてくれ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る