第2話 シエラトゥール第3階層・東の大島――リリィ・ライゼ15歳、旅立ちⅡ

 朝の8時――街の出入島業務管理組合、通称「島渡りギルド」に、開館と同時に滑り込みます。窓口の顔なじみのおじさんに向かって私は一声。


「私宛ての仕事を受領に参りました!」

「おお、リリちゃんか。朝一番、元気がいいね」

「初仕事ですのでっ!」


 そう力を込めて言うと、おじさんは笑います。私はいたって真剣に用件を申し上げていましたので、ちょっとむすっとしました。おじさんは私の非難の意を察したのか、申し訳なさげに返事をしました。


「いや、すまんすまん。別におかしくて笑ってるんじゃないんだ」

「おかしくもないのに女性を見て笑うのは、もっと失礼なのでは?」

「いやなあ……ま、ちょっと、そこの鏡で自分の顔、見てみなよ」


 怪訝な思いを持ちながらも、私はロビーに置いてある姿見で自分を見てみます。


「……う」


 そこにはなんというか――頬が引きつり、目は異様にぎらぎらと見開かれた、超ブサイクな私が立っているのでした。


「リリちゃん、気合いが入るのは分かるんだが、入りすぎだ。飛行器エアバレルから落っこちるぜ。空を飛ぶには……?」

「……自然体」

「そうそう、学校で聞き飽きてるだろうが」


 ――空を飛ぶには自然体。自分の力で空は飛べない。風の気まぐれに乗せて頂くもの。

 先生の言葉を思い出すと、強張っていた体が少し、楽になった気がしました。それを見ておじさんは、さっきの笑いとは違って、今度は優しい微笑みを私に向けてくれます。


「よし、大丈夫そうだな」


 おじさんの言葉に、私は頷きました。


「じゃあ依頼状を引き渡す。規定だ、免許を見せてくれ」

「了解しました、少々お待ちを……」


 バックパックを開けて、風乗士免許を……


「……あれ?」

「なんだ。まさか、免許を忘れたのか?」

「いえ! 一番大事なものですから、絶対持ってる! はず……」


 しかし、免許が入った革のケースは中々出てきません。しまいには、バッグの中身を床に広げて探すはめに……


「あっ! ありました! ちゃんと持ってましたよ!」


 一頻り荷物と格闘し、私はぱっと顔を上げて見つけ出した免許を掲げました。一番大事なものだからと真っ先にバッグに詰めたせいで、一番底に入っているのだ、ということをすっかり忘れていました。


「リリちゃんおめでとう、でも……ちょっと周りを見た方がいいかな?」


 おじさんの苦笑に、はっとして周囲を見回します。もう既に他の島渡りの方々がギルドを訪れ始めていて、窓口の正面で荷物を広げた私のことを、ぐるりと迂回して皆避けているのでした。


「ご、ごめんなさい……」


 そう小声で謝罪しながら、おじさんに免許を見せます。


「初等風乗士免許、確かに。それにしても但書付きか、久々に見るなあ」

「そうなんですか?」

「ああ、この島じゃ珍しいもんさ。最後に見たのは……お前の父親だな」


 父さんのことを聞くと、嬉しいような、寂しいような、不思議な気持ちになります。

 私の免許は初等風乗士――風乗技術特例但書6等、とあります。本来、初等免許では最高でも8等までの大風道フルーヴしか飛べませんが、私は、技術的には6等までの中風道リヴィエールを飛ぶ能力が認められています。なので、ギルドの許可があれば特例として、中等免許でなければ入れない道も飛べますよ、ということで但書が付いているのです。


「さて、依頼状だ」


 私はおじさんから依頼状を受け取り、その場で開封します。と、言っても中身は分かっているのですが。

 依頼者はメルキオール風術学院――つまり、私の母校。依頼はこの「東の大島」の西隣にある「風車の島」の島府に手紙を届けること。

 言ってしまえば、これは学院が卒業生に贈る初仕事にして、お餞別、という慣例なのです。

 続いて、おじさんは依頼の手紙を私に渡しながら説明します。


「『東の大島』と『風車の島』の間は、10等の大風道フルーヴ、最も穏やかな道だ。風力は安定しているし、流れも大きい。実習でも何度も飛んで、慣れたもんだろう。リリちゃんの腕ならまず安心だろうが……それでも一人で別の島まで飛ぶのは初めての経験だ、くれぐれも操縦は慎重にな?」

「はいっ」

「ちゃんと無事に帰ってきて、元気な顔で仕事の終了報告をしてくれよ」

「はいっ! じゃ、行ってきます!」


 私は依頼状と手紙をしっかりとバックパックにしまうと、ギルドを後にしたのでした。

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