第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項⑤

 国道から浅間山麓を走る広域農道に上り、ひた走る。機関の調子は良好。俺のスロットル操作に忠実に応えてくれるし、そのパワーは普段の一人乗りと違い後ろに美月を乗せていても違和感はない。ブレーキの操作に関しては別だが、それはブレーキ性能と言うより速度と重量という物理の話だ。


 暖かい陽光と風を浴びてバイクを走らせるのは、端的に言って楽しい。


 そんな訳で運転する俺は目一杯楽しいのだが、美月も美月なりに楽しめているらしい。信号で停車させる度にやれ景色が綺麗だ、動物がいたと肩越しに語りかけてくる。


 車がよく流れるその広域農道から国道に出て道なりに進む。十キロも進めば軽井沢駅――そしてショッピングプラザだ。美月が希望する生パスタの店はこの国道沿いの駅からいくらか手前にある。


 その店で生パスタに舌鼓を打ち、ショッピングプラザの前に美月の希望で旧軽井沢銀座に向かい、通りを見て歩く。


 ひとしきり遊んだ後で寄り道しつつショッピングプラザに移動。こちらも一通り周ろうとする彼女にたまらず待ったをかけ、俺は休憩を要求した。


 というわけで、上着やメットをコインロッカーに預け身軽になった俺たちは、美月セレクトでショッピングプラザの中にあったスタバで一息ついていた。


「……なんで遠出してまでスタバなんだよ」


「だってミカド珈琲は旧軽井沢銀座の方で寄ったじゃないですかー」


「お前がモカソフト買うためにな……俺はコーヒー飲んでねえよ」


「センパイ豆買ってたしいいかなって」


「にしたって地元にないショップに入ったっていいじゃん」


「フラペチーノの気分でしたので」


 てへぺろ、と美月。


「やー、そんなことより礼拝堂、めちゃ良かったですね! お嫁さん可愛かった! 私もセンパイとあそこで式挙げたいです」


「会話のハンドリングが雑すぎる……」


 フラペチーノを手にご満悦の美月が、さっき見てきた光景を思い出しているのか、にまにましながら言う。


 銀座からこちらに移動する際、途中にある旧軽井沢礼拝堂と現――とはついていないが軽井沢礼拝堂を眺めてきた。どちらも美月のリクエストだ。


 軽井沢礼拝堂の方が新しいぶんモダンではあったが、樹木に囲われた真っ白い旧軽井沢礼拝堂には厳かでありながら人を惹きつける魅力があった。


 特に美月は、そこで丁度行なわれていた挙式――その花嫁のウェディングドレスに感激したようだが。


「私もああいうドレスでセンパイの隣に立ちたい!」


「その時、俺ジャージかなんかでいいか」


「遠回しな結婚拒否!?」


「ランチにケーキセット食って、軽井沢銀座でモカソフト食って、今トールサイズのフラペチーノ食ってるやつのエンゲル支える自信がねえよ」


 どんだけ甘いもん食えば気が済むんだ。


「大丈夫ですよ。私太らない体質なんで、センパイ好みのプロポーションは維持してます♡」


 美月の言葉に反射的に視線が動いてしまう。彼女に気取られないよう即座に逸らしたつもりだったが――


「……お胸はもう少し待ってください……」


「いや、まあ、うん、なんだ」


「言っときますけど今でも平均はありますからね? 確かめてみます?」


「陽が高えうちから胡乱なこと言ってんじゃねえよ!」


「落ちたらいいんですか?」


「ダメだ」


「むうー」


 頬を膨らませる彼女。しかしフラペチーノに口をつけるとにっこりと笑い、


「ところで、なんで軽井沢って教会多いんですかね? 可愛い教会いっぱいありますよね?」


「可愛いかどうかは知らんが」


 俺はそう言って、聞きかじった浅い知識を披露する。


「軽井沢って避暑地――つうか別荘地だろ?」


「はい」


「昔、とある宣教師がここに別荘を建てたんだ。で、その宣教師からこの町の話を聞いた仲間も別荘建てるようになってな。プロテスタントの避暑客が増えたわけ。その需要に応えるために教会ができたんだ」


「さらっと説明できるのカッコイイです」


「なんかのパンフで読んだんだか、誰かに聞いたんだかの浅い知識だ。大したもんじゃねえし、テストにも出ないからあんま意味ないな」


「さりげに教会のこと知ってるとかポイント高いですよ。やー、教会みると結婚したくなりますよねー。じゅるり」


「……お前って何考えてるか丸わかりだし裏表なさそうだよなー」


 阿呆なことを言い出す美月にそう言うと、心外だとばかりに美月が言う。


「はあ? 私ほど裏表あるオンナはそういませんけど?」


「それ胸張って言うことなの……?」


「あの手この手でセンパイを陥落しようとこう日夜努力を」


「無駄な努力ご苦労さん」


「……言っときますけどねー、オンナは愛の狩人ですよ? 深町先輩だってセンパイのこと諦めてないんですからね」


「……あんまりそうは見えないけど」


「甘い! フラペチーノより甘いです!」


 フラペチーノをテーブルに置いて、美月。おう、現物あると説得力あるな?


「大体センパイは押しに弱いんですから、カリカノになれた今だって油断は全然できませんよ」


「……俺と柑奈さんが付き合う選択肢を消したくないんじゃなかったのか」


「だからー、その上で私を選んで欲しいんですよー」


 そう言って口を尖らせる美月。その彼女に言ってやる。


「……まあ、大量リードしてんだからあんま柑奈さん敵視してやんなよ?」


「センパイがデレた!?」


「声! 声でけえよ!」


 美月の素っ頓狂な声に周りの視線が集まる。変に注目されてしまい、俺は慌てて席を立った。


「ほら、ウィンドショッピングするんだろ? もう行こうぜ」


「え? え? 今確実にセンパイデレましたよね?」


「デレてねえよ何言ってんだぶっとばすぞ」


「早口じゃないですかー。これはお約束条項アップデート案件では?」


 美月は退店する俺に追いすがりつつ、手を繋いで指を絡めてくる。


「そんなわけあるか」


 即座に振りほどいてやった。


「ぁん、酷い……」


「甘い声を出すな――勘違いすんなよ、休みの日に二ケツしてでかけようって思うくらいには悪く思ってないってだけだ」


「センパイがツンデレの見本みたいなセリフを……! ご馳走様です♡」


 隣で美月がそんなことを宣う。


 そんなわけあるか。そもそもそこまでツンツンしてねえだろ。




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