第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項⑥

 そのまま美月のウィンドウショッピングに付き合い、気がつけば陽が傾きかける時間だった。


 美月が興味を持ちそうな店を一通り見終えたところで声をかける。


「そろそろ帰ろうぜ」


「えー。なんなら一泊しても」


 俺の提案を秒で却下する美月。


「恋愛交渉禁止令に抵触するぞ。置いて帰っていいか?」


「やや、変な意味じゃなく――お洒落なホテルいっぱいあるじゃないですか、軽井沢。ああいうところで一緒の時間過ごせたら楽しいだろうなーって」


「お前が言うと変な意味にしか聞こえねえんだよ」


 そう言ってやると美月は悲しそうな振りをして、


「酷いですよー。恋する乙女になんてイメージ持ってるんですか」


「日頃の行いのせいだろ?」


「ぐぬぬ……」


 言い返す言葉が出てこないようだ。だろうな。


「――またどっか別のとこ連れてってやるから今日は帰ろうぜ。タンデム慣れてないから、暗くなったら嫌なんだよ」


「……んー、そうですね。事故っても面白くないですし、センパイも暗くなって気を張って運転したら疲れますもんね」


「ああ――俺が疲れたーで今日を終えるより、楽しかったーで終わる方がお前にとっても得だろ?」


 そう言うと、美月は獲物を見つけた猛禽のように目を輝かせた。


「――私と一緒に軽井沢ぶらぶらして楽しかったんですか?」


 しまった。


「さあ、どうかな」


「――楽しかったんですね?」


 にやにやしながら、美月。


「……つまんなくはなかったよ」


 溜息交じりに答えると、美月はえへへーと笑いながら体を寄せてきた。そのまま俺の手を握る。空気を読んだのか先の指を絡める感じじゃなく、俺の手をそっとつまむような――そんな感じだ。


 ……まあ、これぐらいならいいか。


 そのまま一緒にコインロッカーへ向かい、ヘルメットとライダースを回収。二人でバイクの元に戻り、帰り支度――とは言っても、ライダースを着てメットを被るだけだが。


 その最中に、美月が言った。


「センパイ」


「うん?」


「昼間来たときよりちょっと気温低いですよね?」


「そうな。これから陽が落ちればもっと下がるぞ」


「――ちょっとお腹冷えちゃうかもです」


「冷たいもん摂りすぎなんだよ……大丈夫か?」


「今は平気です。大丈夫です。けど、これでバイクに乗ったらちょっと冷えちゃうかも」


「あ―……そんじゃその辺のコンビニでスポーツ新聞でも買うか」


 実は新聞ってのはこんな時に大活躍するアイテムだったりする。ライダースの下に腹巻きの様に撒くと風で冷えたジャケットが体に密着しなくなるので防寒力が大幅にアップするのだ。


 弱点はライダースを脱いだときに絶望的に格好悪いということだが、乗車中は快適になる。出かけたはいいが予想以上に寒いという時にかなり有効な手段だ。


「や、そういう色気のない手段はちょっと」


「腹が冷えて下すよりはいいだろ」


「やー、そうじゃなくて、ベルトとグラブバーじゃなくて、センパイに掴まってもいいですか? ほら、そしたらセンパイも背中温かいし、私もお腹温かいし。ハッピーだし」


「それが色気のある手段ってか」


 色気というか、直接的だ。


「それがしたくてアイスとフラペチーノ――」


「や、それは誤解ですよー。モカソフトもフラペチーノもそれぞれ欲しくって、つい」


「疑わしすぎる……」


「センパイと一緒で舞い上がってたんですよー。帰りのこと考えてなかったです」


 しおらしい態度でそんな風に言う美月。


 俺はそのままバイクに跨がり、美月に乗れと示す。


「次も同じ手が通じると思うなよ」


「センパイ、優しいから大好きです」


「うるせえよ。乗らないなら置いてくぞ」


 そう言うと美月は慌ててメットを被り、ステップに足をかけてタンデムシートに跨がった。体をシートの前に寄せてくる。


「いただきます」


「やっぱ降りろお前。な?」


「間違えました、失礼しまーす」


 悪びれず美月はそう言って美月は俺の腰に手を回した。背中に美月が体を預けてくる。


「センパイ温かいです。これなら真冬でもタンデムできそう!」


「真冬はさすがにタンデムしねえよ。あと絶対俺よりお前の方が体温高えから」


「愛が発熱してるとでも? そしたら私永久機関じゃないですか」


「なんでだよ……いや、お前の脳内って花畑じゃん? そりゃ体温も高いだろうなって」


「酷い! センパイを想ってるだけなのに!」


 美月が更に俺に体を預け、腰に回した手をぎゅうっと締め付ける。そして、背中から伝わってくる美月の――


 ――いかん、俺がしっかりしないでどうする。


「発進と停車、あとカーブん時はそれぐらい掴まっとけ。走行安定してるときはもっと力抜いて大丈夫」


「はいです♡ 痛くないですか? 重くないですか?」


「どっちも大丈夫だ。出るぞ」


「はーい」


 メット越しに美月の返事を確認し、クラッチを繋ぐ。ブロロロと機関が回り、岐路に着く。


 向かう先の空は茜色に染まりつつある。半日ほど軽井沢で美月と遊んでいた計算だ。あちこち見て回ってそれなりに疲れもしたが、なんというか――あっという間だった。


 できることなら、もう少しいても良かったと思うくらいに。




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