第5章 ツーリングデートと恋愛お約束条項④
GW初日。
美月の家から徒歩圏内だというコンビニで待ち合わせをした俺は、十時過ぎに家を出て待ち合わせの十時半ぴったりに目的地に辿り着く。
美月はすでに駐車場の一角で待っていて、俺が駐車場に入る前からここですよと言わんばかりに大きく手を振っていた。
そんな彼女の前まで徐行で近づき、停車。エンジンを切る。
メットを脱いで――
「おはよう!」
「おはようございます! 絶好のツーリング日和! 今日はよろしくお願いします!」
「おう! こっちこそよろしくな!」
「盛り上がったら持ち帰ってもいいですからね?」
「多分そんなことにはならないけど、まあなんだ、楽しもうぜ!」
「……センパイがおかしい。いつもならこんな事言えば『お疲れー』とか言って帰ろうとするはずなのに」
「それがわかってて言うお前もアレだけど、まあいいよ。そんな気分もあるよな!」
「……どうかしちゃったんですか?」
「言い方気をつけて? どうか、じゃなくてどう、な? ――……一日バイク乗ってすごせると思ったら楽しくて仕方ないだけだよ。今日の俺はお前が多少アホなことを言っても優しい気持ちで聞き流せる」
「……あー、でしょうね」
美月は言って俺が跨がるバイクのタンクを撫でる。CB400Four――かつての名車CB400Fの復刻版とも言えるマシンだが、復刻版と言ったって俺が生まれる前にもう絶版になっている旧車に片足を突っ込んだバイクだ。
「
「懐かしい? ちょっと待って、お前の世界線で俺こいつもう乗ってないの?」
「や、所有はしてるはずですよ。ただ社会人になってからは一緒にツーリングしたりする機会なんてほとんどありませんでしたから。ほら、私休日のセンパイを独占できる立場じゃなかったので……」
美月の顔がどんよりと曇る。
「大学の頃はセンパイがあそこに行く、ここに行くっていうのに着いてったんで、よく見かけましたけど」
なるほど。これ深く掘り下げないほうがいいやつだな?
とりあえず俺はサイドスタンドを立てて降車し、タンデムシートに積んで来た荷を解く。荷と言っても畳んだライダースだが。
それを美月に差し出す。
「ほれ、着てみろ」
「やー、これがセンパイの着てたライダースですか。じゅるり」
「去年着ててちょいキツくなったやつだよ……なんか貸すの嫌になってきたな」
言いながら上着を差し出す手を引っ込めるが、美月は俺の手からひったくるようにライダースを取り上げる。
「センパイが袖を通したライダースが今、私の手に!」
「黙れHENTAI」
「HENTAIとは失礼な。愛に真摯なオンナノコですよー?」
「言っとくけどクリーニング済みだから」
「……残念です」
やっぱHENTAIじゃねえか。
「いいから着てみろ」
「どきどき♡」
「そういうのいらないから……」
言って美月が持っていたヘルメットを預かる。美月はライダースに袖を通して――
「――ちょっと大きいですけど、全然オッケーです♡」
言葉通り、美月には袖も着丈も少し大きかった。いわゆる萌え袖状態だ。
だが、
「ま、運転するわけじゃねえし、いいんじゃねえの。高校出るまで運転しないだろ?」
「そうですね。免許代考えても、自動車の免許取ってからの方が安上がりですし」
「ああ、教習所通うとそうだよな。でも今なら一発試験で取れるだろ?」
「あ、そうか――センパイも一発でしたよね?」
「教習所代まで捻出するのはキツくてな。時間もかかるし」
だから誕生日に一発試験を受けたのだ。我ながらよく一度で受かったものだ。
「――話が逸れたな。上着買えとは言ったけど、着れないこたなさそうだし――それ、やるよ」
「いいんですか?」
嬉しそうに、美月。
「ああ。お前が着たの持って帰りたくないし」
「酷い!!」
憤慨する美月。百面相だ。
別にからかっているわけじゃない。女子が着た服持ち帰るとかちょっとアレだろ、困るだろ……
「……去年春先に買ったんだけど、冬にはちょいキツくなってきてたんだよ。んで今着てるコレ新調したわけ。処分しようと思ってクリーニング出したんだけど、お前が着るならそれでいいや」
「……いいんですか? 古着屋に売ればいくらかにはなるでしょう?」
「お前がサイズあった物自分で買うっつーならそうするけど」
「着ます! やった、センパイありがとうございます!」
「手入れは自分でしろよ……」
「はいです♡ ありがとうございます。やったぁ、センパイのお古だ」
言って美月は着込んだ上着を抱きしめるように胸元で手を重ねる。なんだよ、可愛いじゃんか……
……せっかく待ち合わせ通りに合流したのに無駄話に時間を費やしてしまった。
「で、飯はどこがいいんだって? 調べるから店名教えろ」
「はい。ええと、○○です」
美月が口にした店名には覚えがあった。
「ああ、そこならわかる。軽井沢の国道沿いの店な?」
「あ、そうですそうです。行ったことあるんです?」
「いや、ないけど軽井沢は何回か行ってるし」
答えながら取り出しかけたスマホをしまい直して、
「他に行きたいところは飯屋で聞く。ほれ、そろそろ行こうぜ。トイレ大丈夫か?」
「女子ですよー? そうはっきり聞かないでくださいよー。好きな人の前だと恥ずかしくてトイレ行けないって子もいるんですよ、オンナノコは」
「はいはい。で、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、んもう!」
膨れる美月。俺はそんな彼女を横目にバイクに跨がり、エンジンをかける。
「――元の世界線でタンデムの経験は?」
「はい、何度か」
「じゃあレクチャーしなくて大丈夫な?」
「はいです」
頷く美月に彼女のヘルメットを差し出す。それを受け取った美月は愛しげにそのメットを撫で――慣れた手つきで被ると、俺が安定させている車体――そのタンデムステップに足をかけ、ひらりと軽やかにタンデム―シートに乗った。
「センパイとタンデム! 感激です!」
「お前言っとくけど運転中はマジでふざけるなよ?」
「わかってますって。さすがにそんなことはしませんよー」
そう言う美月の声は実に楽しそうだ。
「……マジで頼むぞ」
「はいでーす」
「じゃあ出るぞ。休憩したくなったら信号で止まったときか流れ安定してるときに言ってくれ」
「はーい」
俺の言葉に返事をし、美月は両足できゅっと俺の腰を絞める。車種にもよるが、運転するライダーを膝で締めて体を固定するのは正しい乗り方だ。別に美月のおふざけではない。
……よく考えたらタンデムって密着する機会多いな……そんなことを考えつつ、俺はクラッチを繋いでバイクを発進させた。
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