第4章 初デートと恋愛お約束条項⑦

 バスに揺られること十数分。目的地で降りると、美月は実に微妙そうな顔をした。


「ここ、ですか?」


 停留所の前にあるショップを見て美月が呟く。


「おう」


 着いたのは、この街唯一のバイク用品専門店だった。


「……いや、センパイのお買い物に付き合うのは吝かじゃないですけど」


「美月もジムカーナ、C1に上がるほど乗ってたんなら嫌いじゃないだろ?」


「それはまあ、はい、そうですけど」


「……取りあえず買う物買おうぜ」


 言って俺は店内に入る。美月が着いてくるのを肩越しに確認しつつ、目的のコーナーへ。


 向かったのはヘルメット売り場だ。ホームセンターでも売っている安物から、専門店ならではの高級モデルまでずらりとしている。


 さすがに高級モデルは手が出ない。それでもそれなりの品が並んでいる棚に向かい、商品を物色する。


 その中で、黒のマット地にピンクのラインが入ったフルフェイスが目に留まる。


「なあ、これどう?」


「え? 悪くないです……っていうか可愛いですけど、サイズSじゃないですか。センパイ被れないんじゃ」


「や、俺被らないし。お前に」


「え?」


「だから、お前のメットだよ。どうだ?」


「え? え?」


「ちょっと被ってみろ」


「ちょま、センパイ、セットが……ぎゃー!」


 美月が何か言っていたが、取りあえず被せる。


「酷い……」


「サイズの判断できるだろ? どうだ?」


 尋ねると、美月はそのままぶんぶんと首を振って見せた。激しめに振ってもメットはブレない。


「……ジャストです」


「よし。じゃあ鏡見てこい」


 言って肩を押してやると、美月はそのままよたよたと姿見の前に行った。鏡の前でメット姿の自分を一通り確認し、メットを被ったまま戻ってくる。


「どうだ?」


 俺の目のまですぽん! とメットを脱ぎ、手の中のそれをまじまじと眺める美月。


「……可愛いです」


「じゃあこれにするか」


 美月の手からそれを取り上げ、レジに向かう。


「ちょ、センパイ!」


「ぐえ」


 背後から上着の裾を引っ張られ首が絞まる。


「おま……なんなんだ」


「なんなんだは私のセリフですよ! いきなりお店来て私のメット買うって……意味がわからないです」


「……今日は何の日かわからないか?」


「……センパイの方からそれを切り出しますか。ムード作ってからって思ってたのに」


 俺の言葉に美月は不服そうな顔をする。


「まあ、これを買うのは決定だから。お前は外のベンチで待ってろ」


「……はーい」


 美月にも美月なりのプランがあったのだろう。それが崩れたせいか、肩を落として店を出て行く。


 ……やあ、まあなんとかなるだろう。俺は美月によく似合っていたそのヘルメットを手にそのままレジに並んだ。




   ◇ ◇ ◇




 一応プレゼント用に包装して貰ったヘルメットを手に店外に出ると、店の脇に設置してあるベンチに美月は一人でかけていた。


 近寄ると、美月は恨めしそうに、


「ハッピーバースデー、センパイ……もっとムードある感じでお祝いしたかったです。ほんとはちゃんと雰囲気作ってからおめでとうございますって言うつもりだったのに」


 ……そう、本日四月十八日は何を隠そう俺の誕生日である。美月なら知っていると思っていた。


「さんきゅ。ほら、これお前にやるよ」


「わーい――ってプレゼント送る側と貰う側が逆なんですけど!?」


「一応ノるんだな」


「そりゃセンパイにプレゼント貰えるのは嬉しいですもん。でも今日はセンパイの日じゃないですかー。しかもメットて。思いつきでプレゼントする値段じゃないでしょう?」


「いや、別に昨日今日思いついたわけでもないし」


「ええー……?」


 美月は困惑しながら俺から受け取ったメットを一旦脇に置き、肩から提げていたあんまりものが入らなそうなお洒落なバッグからリボンのついた手のひら大の包みを取り出す。


「これ、私からプレゼントです。気に入ってくれたら嬉しいんですけど」


「おう、ありがとう」


 差し出されたそれを受け取り、美月の隣に腰掛ける。


「開けていい?」


「勿論です。センパイ手ぶらですし、箱、お邪魔なら来週まで預かりますから」


 ――箱? 箱に入ってるようなもんなのか?


 取りあえず包装紙をぺりぺりとはがす、その下から割とがっしりとした箱が姿を現わした。その箱の印刷で何を頂戴したか察する。これは結構値の張る物のはずだ。


「お前、これ……」


「いや、ちょっと頑張ったんですけど、この流れなら頑張っといて正解でしたよ……ヘルメットなんていただいて私のプレゼントがアレだったらちょっと悲しいですからね」


 包装紙の下の黒い箱には赤い文字でGと記してある。いわゆるG―SHOCKだ。開封すると、黒を基調に針やロゴ、ベゼルに金色を使ったデジアナが顔を見せる。


 一目でわかる。絶対メットより高い。


「……高一女子がプレゼントに使う値段じゃないだろ」


「無趣味でお小遣い貯めてた自分に感謝です♡」


「だからって――」


「センパイが買ってくれたメットも高二男子がプレゼントに使う値段じゃありませんでしたが?」


「いや、まあ、それは……」


「……気に入らなかったですか?」


 美月が寂しそうにそんなことを言う。その問いにイエスかノーかで答えるなら断然ノーだ。


 バイカーあるあるだが、バイク乗りは私服をバイクに乗る前提で選ぶ傾向にある。俺も例外じゃない。今日の上着は黒のライダース。


 そのライダースにこの時計は絶対似合うだろう。上着がなくたって金の差し色が主張し過ぎていなくてカッコイイ。意匠もG―SHOCK特有のゴツ過ぎるタイプのものじゃなく、普段から使えるデザインのもの。


「――めちゃめちゃ気に入ったよ。着けていいか?」


「――! はい!」


 そう言うと、ようやく美月の顔が晴れた。


「ありがとな」


「いえ、喜んでもらえて私も嬉しいです!」


 そう言って言葉通り嬉しそうに笑う美月。その笑顔は今日一番のそれだった。





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