第4章 初デートと恋愛お約束条項⑧

「――箱と説明書、どうします?」


「解散まで預かっててくれ。帰りはなんか袋に入れて持って帰るよ」


「はいです」


 貰ったばかりのG―SHOCKを左の手首につける。ベルトが固いが、それがまたよい。


「気に入ったよ、嬉しい――けど、もうこんな値段のもの買っちゃだめだ。高校生がプレゼントに使う額じゃない」


 前半は感謝を込めて――後半は言い聞かせるように言うと、美月は小首を傾げて――


「ブーメランって知ってます?」


「知ってる……いや、でも俺は俺で一応理由があるしよ」


「どんな理由が。私高校在学中は多分バイクの免許取れませんよ?」


 ……こいつは自分のことだと勘が悪くなるタイプか? いや、大抵の人間はそうか……


「まあ、今日で俺は十七才になった訳だ」


「はい」


「同時に普通自動二輪免許を取得して今日で一年な訳だ」


「あ――」


 それを告げたところでようやくぴんときたらしい。


 普通自動二輪免許は――というか大抵の運転免許は取得して一年間は初心者運転期間といい、この期間は自動二輪での二人乗りを禁じられている。


 つまり、今日からその気になればバイクで二人乗りができるようになったわけで。


 元の世界でバイクに乗っていた美月なら当然持っている知識だ。


「いつか後ろ乗りたいって言ってたろ? まあ。その気になれば今日からは可能なわけで。とは言えその格好じゃ絶対無理だし、プロテクターやブーツはなくていいとしても上着は必要だ。できればグローブも。そういうの用意してからだけど」


「センパイ……」


「まあ、なんだ。だから何はなくとも絶対に必要になるメット(これ)はな、最初に用意してやってもいいかなと」


「……それにしたって、ヘルメットは高いですよ」


「俺の代わりに庶務やらせることになっちまったし、それにお前が弁当作るのにかける手間とか材料費とか考えたら、別にそう高いもんじゃねえと思ったんだよ」


「……たまにデートしてくれたらそれでいいって言ったじゃないですか」


「それに行くには、あった方がいいだろ?」


「……こんな色気のないところできゅんきゅんさせないでくださいよ」


 美月は膝の上に載せたヘルメットをぎゅーっと抱きしめて、


「ありがとうございます。大事にします」


 泣きそうなくらい顔をくしゃくしゃにしてそう言った。


「おう。シールド別のがよかったら自分で替えろ。できるだろ?」


「はいです。でもこのまま使います」


 にこにこと嬉しそうに言う美月。良かった、そう外さなかったようだ。


 ――さて。


「メイン目的終わったし帰るか」


「まだ十四時前ですが!?」


「もう俺プランねえよ?」


「今からでも駅前戻ってカラオケとか映画とか! 時間まだ全然あるじゃないですか!」


「すまん、帰りのバス代とガス代しか残ってない」


「プレゼントが捨て身過ぎます! もう抱かれてしまいたいくらい盛り上がった私の気持ちをどうしてくれるんですか!? いざという時のためにここにHappy Birthday Souta♡ってボディペイントしてきたのに!!」


 自分の胸元を示して、美月。


「いや、それは引くわー」


「さすがに冗談ですけど!!」


「その否定の仕方がマジっぽい」


「どうでもいいでしょう、それは――ほらセンパイ、駅前戻りますよ?」


 美月が半ば怒鳴るように言いながら俺の手を引いてベンチから立たせる。


「だから、俺もう金ないって」


「カラオケ代ぐらい私が出しますから! もう……私の当初のプランと変わっちゃいましたけど、ハニトーにお誕生日の花火刺してもらいましょ?」


「……お前とカラオケとか襲われそうで怖いんだけど」


「今ここで抱きついて甘い声出して差し上げましょうか!?」


 すげえ脅しきた。


 しぶしぶ立ち上がると美月が俺の手をぐいぐい引いてバス停に向かう。


「もう! ほんとうにもう、センパイは……」


 ぶつぶつと言いながら俺の手を引く美月は、その表情は覗えなかったが耳が真っ赤になっていた。




   ◇ ◇ ◇




 俺たちは駅前のカラオケボックスに場所を変えた。美月が一も二もなくハニトーとバースデーオプションを注文し、部屋で待つことしばし――


「お待たせしました」


 店員が、トレイに乗ったハニトーを運んでくる。入室前にライターで点火している姿が見えたのがアレだったが、それでもパチパチとトースト塊に刺さった花火が瞬くのを見て美月は大興奮だ。


「ほらセンパイ、花火ですよ! 写真撮りましょう!」


 店員が退室するのも待たずにそのハニトーを俺に持たせ、自撮りをしようと俺に肩を寄せる。


「センパイ笑って!」


「……いや、距離近すぎてちょい緊張すんだけど」


「今そういう可愛いのいらないんで、花火終わる前に笑ってくれます?」


 満面の笑顔のまま低い声で言われた。女の子って怖いなぁ……


 パシャリ、とシャッターを切る美月。撮れた画像を確認して――




 ぽろり、と涙をこぼした。




「ちょ――お前今怖い声出してたじゃん! なぜ泣く?」


「だって私、こんなに幸せそうな私見たことないです……」


 バッグからハンカチを取り出すと目元を押さえて、美月。なんだよ、嬉し泣きか……


「未来の私に見せてあげたい……」


「意味わからんことを言うな。未来のお前は今のお前の未来だろ。今より十才大人だった私に見せてあげたい、じゃねえの」


「センパイが何言ってるかわかりません……」


 しゃくり上げながら美月が言う。


「……俺もよくわかんねえ」


「改めて誕生日おめでとうございます……」


「今言う!? せめて泣き止んでから言えよ」


「西野カナのHappy Birthday歌いますね……」


「そのテンションで!?」


 ぐすぐす言いながらすいすいとリモコンを操作する美月。その手からリモコンを取り上げ、


「待て待て。祝ってくれる気持ちは良くわかった。取りあえず泣き止め。な?」


 告げると、美月は俺を見上げて目を閉じた。


「……どさくさに紛れてキス要求するの止めてくれない?」


「……今なら雰囲気で押せるかなって」


「恋愛交渉禁止令は何も学校だけで適用されるわけじゃないからな?」


「……センパイこそ無駄に頑なですね」


「なんとでも言え――せっかく頼んだんだ、ハニトー食おうぜ」


 美月から少し離れて座り、ハニートーストに手を伸ば――


 ……………………


「……これどうやって食うの?」


 なんだこの改めて見るとよくわからん食い物は。


「どうせ二人じゃ食べきれないと思いますし、完食諦めて適当に食べましょう」


「……完食目指すなら適当じゃ駄目なのか」


「適当に食べちゃうと、最後に味のない土台の部分が残っちゃうんですよ。だから最初に切り分けるんですけど」


「これ、一斤だろ? 二人で全部はキツいよなぁ」


「はいです。だから、食べたいところつまんで食べたらいいと思います」


 言いながら美月はハニトーの一角を手に取り。


「はいセンパイ、あーん」


「お前隙あらばぶっ込んでくるな」


 やんわりと断り、美月がしたようにハニートーストの一角を崩す。美味い……っつうか甘い。


「んもう、恥ずかしがり屋さんですね。誰も見てないからいいじゃないですか」


「気持ちの問題だろ――なあ、美月」


「はい」


「来週は無理だけど、来週空けたらすぐGWだろ?」


「はい、そうですね」


「お前んちって家族でどこか出かけたりするの?」


「……どうでしょう? うちの父はカレンダー通りのお休みなので、行くとしても飛び石にならない後半ですね」


 柏を見送るだろう来週の次の週――つまり再来週は月火と登校すれば十連休になる。だからこそ柑奈さんたちもその月火で無理に信任投票をせず、GW空けにすることにしたのだろうが――


「……それじゃあ、初日にどこか行くか?」


「それはもしやデートのお誘いですか?」


「……デートというつもりはないが、お前が乗りたいと言っていたバイクの後ろに乗せてどこかに出かけてもいいのかなと思ってる」


「ツーリングデートじゃないですか!」


 色めきだつ美月。


「いいんですかっ!?」


「……ああ。一緒にいりゃ写真撮ったりどっか出かけたりすることだってあるだろ。だから写真一枚ぐらいで泣くなよ。な?」


「~~~~っ、センパイ大好きですっ!」


 言って美月が首元に抱きついてくる。


「抵触! 禁止令に抵触してる! 離れろっ!」


「ちゅっ」


「お前どさくさに紛れてなにしてんだ!」


「愛情表現ですよー? ほっぺにキスぐらいさせてくださいよー」


「よしペナルティな」


「三秒ルールっ!」


 ばっと離れて美月が「セーフ」とジェスチャーする。


「そんなルールを設けた覚えはねえ」


「ではファイブカウントということで」


「プロレスじゃねえんだよ」


「やや、場合によってはこれから大人のプロレスを」


「お前人目がないからって攻めすぎだろ……」


「あ、落ち着いてきたんで改めてHappy Birthday歌いますね?」


「実はお前って俺の話あんま聞いてねえよな……」


 そう言ってやるが、もう美月は歌う方に集中しているようだ。リモコン操作後に流れ始めるオケにマイクを手にする。


 美月の歌うその歌は予想以上に上手く、そして甘いものだった。




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